ムゥの宝箱   作:西風 そら

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*「七峰君、おなら漫画はお下劣じゃないんですかっ??」
  って突っ込みは寛容に呑み込んで、暖かく見守ってやって下さいませ。


7 ツクシとスギナ

ツクシとスギナ・4

 

 七峰は半分腰を浮かし、小杉は椅子を引いて立ち上がった。

 

「は、はじめまして、私、ジャック編集部の……」

 

「いやいや、仕事上ではないから。私が勝手に声を掛けただけだから、お気遣いなく」

 慌てて名刺入れを引っ張り出そうとする若者を、遠藤は柔らかく制した。

 

「久祖君の名が聞こえてしまったもので。不躾(ぶしつけ)で申し訳ない」

「本当に不躾ですね、盗み聞きなんて」

「七峰くぅん、きみがそれを言うか? あ、立ち話も何ですし、どうぞお掛け下さい」

 小杉が彼の座っていたテーブルから椅子を持って来た。

 

 遠藤は七峰の方を見て躊躇したが、「どうぞ」という彼の言葉に、遠慮がちに腰掛けた。

 この人の描く自由奔放なキャラクターからは随分イメージが遠いなと、小杉は思った。

 

「それで、僕達に何か有益な話でも持って来てくれたんですか?」

「な・な・み・ね・くんっ!! その目上の方に対する言葉遣いとか、本当のホントに何とかしないと、いつか東京湾に浮かぶよっ!」

「東京湾は嫌だな、もうちょっと綺麗な海にしてください」

 

 ぷ・くくく・・という笑い声に、二人は振り向いた。

「いや、失礼。いいなあ、貴方達、本当に仲良しなんですね」

 

「「は!!??」」

 二人は同時に大口を開けた。

 

「冗談じゃない、何でこんな学歴だけの坊っちゃん編集と」

「こっちこそ、こんな頭でっかちの屁理屈小僧なんか…」

 

 口喧嘩するほどに遠藤がますます笑顔になって行くので、二人は勢いを削がれて口を閉じた。

 

「羨ましいですよ。私はそんな風に担当さんと喧嘩した事がない…」

 

「……」

「……」

 

 

 夕方の路地裏の喫茶店は丁度ダウンタイムに入った所で、人も音もまばらだ。

 窓から入る斜めの夕陽がスポットライトのように、テーブルで組まれた遠藤の年季の入ったペンダコ指を照らしていた。

 

「この仕事をかれこれ三十年以上やっているけれど、そんな風にポンポン言い合える担当編集なんて、漫画の中だけの存在だと思っていた。だから、さっきからの貴方達のやり取りに、つい聞き入ってしまったんです。いいなあ、羨ましいなあ、って」

 

「「羨ましくなんかないですよっ」」

 二人の若い声がハモって、また遠藤にクスクス笑われた。

 

「えーと、でも、打ち合わせとかは? 作品を作る時に会って話しますよね、担当の人と」

 笑われっぱなしの照れ隠しも兼ねて、小杉が聞いた。

 

「私は児童向けテレビ番組雑誌の出身でね。ヒーロー物の大先生のアシスタントをやっていた流れで仕事を貰えたから、担当さんが来ても先生と話している方が多くて。打ち合わせよりも先生のOKの方が大事な感じだったな。独立してからも、原作とのズレの照らし合わせがメインだった。原作ファンの子供達は細かいデイティールに厳しかったからね」

 

「……」

 

「ジャリーズランドに移籍した時、丸々オリジナルをやれる事になって嬉しかった。それでつい、今までやれなかった下品方向にハッチャケてしまったんだ。そしたらそれが自分でもビックリする程大当たりしてね」

 

「こ、子供って、基本、大人が眉をしかめる物が大好きなんですよね」

 頑張って相づちを打つ小杉の横で、七峰は不機嫌そうに鼻から息を吐いている。

 

「編集部でも予想外だったらしい。担当者も喜んで、良いです素晴らしいです、このまま行きましょう、ってなって。作家年数だけは長かったから、ベテラン認定されちゃったのかな。以降、ネームは出すけどほぼフリーパスで、倫理基準に触れそうな時だけ連絡が来て、後は丸投げされていた。毎月、挨拶して原稿を渡すだけ。楽といえば楽なんだけれどね、はは……」

 遠藤は自嘲気味に口角を上げた。

 

 小杉は、頬杖を付く七峰を横目で見た。

 彼にとっては遠藤も『負け組』なんだろうか?

 だが、作家の作品をいいですいいですと受け取るだけの編集者は、彼の理想だった筈だ。

 

「そんな私にも、最近困り事が出来た」

 

 二人は顔を強(こわ)ばらせた。例の事件の事だろうか?

 

「娘がね……反抗期もあるんだろうけれど、『お父さんの漫画が恥ずかしい』って言うんだ」

 

 小杉は拍子抜けし、七峰は頬杖から顔を落っことした。

 

「あ、心で笑っただろう」

「いっ、いえいえいえいえっ」

 

「君等も親になったら分かるさ。他所の子供が喜ぶ漫画は描けるのに、自分の可愛い娘には嫌われる。どこの誰に酷評されるより、遥かに堪(こた)えるんだぞ。今まで何やって来たんだろう……って、遠い目になったりするんだぞ」

 

 ま、まあ、確かに、子供は容赦ないからな……

 

「でも、遠藤先生、まだまだお若いじゃないですか。これからどんどん、お子様が誇れるような漫画もお描きになれるでしょう?」

「小杉さん甘いなあ。一旦貼られたお下劣漫画家のレッテルは、生半可じゃ剥がれないですよ」

 一生懸命フォローしてるのに、ちょっと黙ってろ、この茶髪! 

 

「下品を売りにしても、それを土台に大作家になった方もいらっしゃるじゃないですか。永井豪先生とかジョージ秋山先生とか。代表作を聞かれたら、ほとんどの漫画ファンは下品じゃない方の名作を答えるでしょう?」

 

 遠藤が目を真ん丸にして小杉を見た。

 そして、右手を額に当てて愉快そうに笑い出した。

「ははっ、あははは」

 

「な、何ですか、遠藤先生。僕、変な事言いました?」

「いや失礼、……いやね、まったく同じ台詞を言われたんだ」

「誰に……ですか?」

 

「今年から担当になった、新人編集君に」

「…………」

 

 

 

ツクシとスギナ・5

 

 小杉と七峰は同時に顔を上げた。

「久祖君……ですか?」

 

「うん、そう」

 遠藤は目を細めてうなずいた。

 

「最初の挨拶訪問の時、何かの話の流れで娘の事を愚痴ったら、いきなり君と同じ事を言われた。永井豪だのジョージ秋山だのって。どこか私の知らない所で流行っているのか? 君らが子供の頃とも明らかに世代が違うだろ?」

 

「あ、それは、僕が彼の受け売りだからです。彼と飲みに行った時、そういえばそんな話をしました」

「なんだ、小杉さん、パクリだったの? ほんのちょっと感心したのに」

 うっさい、黙れ。

 

 二人のやりとりをまたにこやかに眺めながら、遠藤は話を続けた。

「一緒に来た前担当の佐波寅(さばとら)さんには叱られていたけれどね。知った風な口をきくなと。まあ、私も最初は、頭でっかちの漫画オタクの若者ぐらいに思っていた」

 

 そりゃ初対面で、伝説級大作家を引き合いに語ったりしちゃったら、そうなるだろうな。

 

「それが、何日か後に、彼、私の児童雑誌時代の作品を大量にプリントアウトして持って来たんですよ。何処から捜し出したのやら」

 

「!!」

 

「テレビ番組雑誌に載った物なんてほぼ単行本化もされないし、私の手元にすら残っていなくて、忘れてしまっているような物もあったのに。いくらネットで便利な時代といえど、並大抵じゃない」

 

 いや、ネットでも断片的な画像ぐらいしか拾えないだろうし、並大抵どころじゃない気がする。

 

「それらを並べて、ほら先生はこんなに引き出しを持っている、イメージチェンジなんか容易いですよ。この絵柄なんてどうです? こっちの絵柄なんか女の子ウケしそうです、とか、熱心に…それはもう熱心に」

 

「……」

 

「確かに色んな原作に寄せた絵を描いて来たから、絵柄の描き分けは得意だ。それに気付かされたら、何だか本当にイメージチェンジ出来そうな気がして来てね。学生時代に本名で、学習雑誌の読み物に挿し絵など描いていたんだが、そんな物まで持って来たんだ、彼」

 

 ちょっと待て、幾ら何でも高性能すぎないか? 久祖君。

 

「『世界の英雄烈伝』とかいうシリーズだったかな。そういえばこの神話の英雄のエピソード好きだったな、なんて挿し絵を見ながら懐かしく話したら、じゃ、それをやってみませんか? って」

 

 それが遠藤先生がいきなり英雄物なんか描こうとした経緯か。

 やっと繋がったが……ちょっといろいろビックリした。

 隣では七峰が、珍しく口を結んで黙りこくっている。

 

「幸いジャリーズは西洋の歴史物がなかったから、企画自体はすんなり通った。その後二人で、資料を漁って、プロット作って、ネームを練って……あの時間が一番楽しかったな……」

 楽しかったと言いながら、遠藤は寂しそうに目を伏せた。

 

「えと、掲載作品を拝見しましたが、あの……」

 

「うん……  もうちょっと彼とやれていたら、君達みたいに喧嘩も出来たのかな……」

 

「…………」

 

 遠藤は目を伏せたまま、組んでいた両手をテーブルに付いた。

 

「いや、お喋りが過ぎた。久祖君の名が聞こえて、ついムキになって弁護しに来てしまいました。例の作品の出来が悪かったのは、私が至らなかったせいだ。彼は何も悪くない。どうか、私の駄作で彼を評価しないでやって下さい。お願いします」

 

 壮年の漫画家は、大きなベレー帽を脱いで、若い二人に頭を下げた。

 

 

 

 遠藤が去った後、小杉と七峰はしばらく無言で向かい合っていた。

 ウェイターがコーヒーのお代わりを継ぎ足しに来る。

 

「で、小杉さん、分かりますか?」

 七峰がつっけんどんに口を開いた。

 

「何を?」

「それだけの手間と情熱をかけて作っていた作品が、あんな出来栄えで掲載された理由です」

「………」

 小杉が無言なのは全く分からない訳でもないからなのを、七峰は察していた。

 

「長年これでいいと現状維持だった作家を、入社したての新人担当がいきなりフルチェンジさせる。歓迎はされないだろうな。万が一成功しちまったら、それまでの担当が立つ瀬を失う」

「……うん……」

 

 多分『新人担当の指導者』から、相当な横槍が入ったんだろう。

 作品の良し悪しに関係あるのかどうかも怪しい、妨害のようなダメ出しが。

 〆切のタイムリミットが迫って、作家が疲れて折れてしまうまで。

 

「あの爺さん人がよさそうだったから、長年付き合った前担当の顔を立てない訳には行かなかったんだろうな」

 いつもは言い方に注意する所なのに、小杉はその気持ちになれなかった。

 

「遠藤先生は復帰するけれど、多分担当替えになるだろうって相田さんが言ってた」

 

 新しい担当が誰になっても、遠藤はもう冒険しようとはしないだろう。

 

「面白くないな」

 七峰が眉間にシワを寄せて呟いた。

 

 

 

 

 

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