ムゥの宝箱   作:西風 そら

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8 芋ようかんとメンチカツ

芋ようかんとメンチカツ・1

 

 漫画家の仕事って、白い原稿用紙にペンを走らせている時間がメインだと、ほとんどの奴がそう思っているだろ。

 その前に話作りって作業があるんだよ。四六時中頭の中に原稿用紙があって、話を絞り出してはコマを割ってキャラを動かし台詞を喋らせている。

 

 頭の中で出来上がったら、原稿用紙の半分の大きさの紙にラフで具現化する作業だ。

担当者に見て貰わにゃならんからな。んで、OK貰って、やっと原稿用紙に向かえる。

 

 あ、原稿にかかる前のそのラフを、ネームっていうの。

 作家によるのだろうが、そのネーム作業がたまにペン入れよりもヘビィだったりするんだよ。

 原作付きをやっている奴だって、あっちはあっちならではの苦労があるだろうし、まるっと楽している訳でもないと思うぜ。

 

 分かったか、週刊連載漫画家なんて夢の中でも仕事してるぐらいじゃなきゃ追っ付かないんだ。机に向かっていないから休日だなんて、ゆめゆめ思っちゃいけねぇぞ。

 

 

「はあ、すみません・・」

「いや、別に謝らんでもいいのだが」

「でも、福田さんだって、今、そのネームって奴をやっている時期なんですよね」

「まあ、そうだけれどよ。これから行く先での注意事項を喋ったまでだ。俺には気を使わんでいい。自分の好きで動いているんだから、俺のは自己責任だよ」

 

 昼下がりの東京近郊某私鉄。

 福田は公星と並んで、線路の継ぎ目の規則的な振動に揺られていた。

 土曜とあって車内はガラガラで、立っている客もまばらだ。

 

「お前が昼間は土日しか空いてないんだから、しょうがない。っていうかお前、マジで高校生だったんな」

「平日の方がいいなら、学校バックレてもよかったのに」

 

「それはイカン。俺だって真面目に学生やってたクチじゃねぇから人の事は言えんが……やっぱりイカン」

「学校ってそんな大事ですか?」

 

「うん、学校が大事って話じゃなくて……えっとな、これから行く訪問先の相手が、高校生が学校サボって自分の元に訪れてるなんて知ったら、要らん気を回して心配するだろ? 要するに、他人の気持ちを慮れって事」

 

「ああ、そういう事なら納得します。福田さんって見た目と違って案外大人なんですね」

「ひとこと余計だ」

 

 電車が目的の駅に到着し、男二人、駅前アーケードを並んで歩く。

 

「その紙袋、手土産か?」

「はい、舟和の芋羊羮。ネットの知恵袋サイトで、手土産ならこれが鉄板だって」

「……」

 

 それって、オバチャンご用達のサイトじゃねぇのか? 

 気が利いてるのか利いていないのか、分からん奴だな。

 

 程なく、瀟洒(しょうしゃ)なデザイナーズマンションの玄関に到着した。

 

「中井拓朗って、凄い所に住んでいるんですね」

 

「ぶっちゃけて言うと、居候だ。マンションは平丸一也って漫画家の持ち物で、中井さんはそこで住み込みアシスタントをしている」

 

「えっ? 『ラッコ11号』の? すごい! あ、じゃ、手土産、平丸一也にもあった方がいいですよね? 芋羊羮、二箱しか用意していない」

 

「新妻師匠の分もここに置いて行っていいんじゃない? 後で師匠んトコに行く前に何か買えばいいと思うよ。吉祥寺だから店も多いし」

 

「き、吉祥寺に舟和、あるでしょうかっ!?」

「だから、絶対に芋羊羮じゃなきゃイケナイって訳じゃないからっ」

 この情報過多不自由時代の申し子め。

 

「それよか、中井さんを前にしてちゃんと喋れるか? 大丈夫か?」

「はい。福田さんに会う前に朝カラで二時間唄って充電して来ました。大丈夫です、イケます」

「そうか、頑張れ」

 

 

 カラオケボックスで、中井と新妻宛てに「本当は大好きなんです、ごめんなさい」の伝言を頼まれた福田だが、ちょっと考えてから公星に提案してみた。

 

「お膳立てしてやるから、お前が直接謝らないか? 元々そうするつもりだったんだろ?」

「えっ、いいんですか?」

 

「ああ、ジャリランの内情なんかは喋らん方がいいが、その辺は俺が上手くフォローしてやる。あと二人とも忙しい身だから、沢山の時間は取れないぞ」

 

「やった! やった、やった!!」

「だからミーハー根性はしまっとけ。謝るのがメインだからなっ」

 

 

 ・・ってな感じで、本日の運びとなった。

 

 中井にも新妻にも、「公星少年は極度の心配症で、憧れの作家を前に急に自信をなくしてパニクってしまった」ぐらいに伝えてある。あながち嘘でもない。

 

 謝りたいという申し出に、二人とも快く承諾してくれ、しかも外ではなく自宅を指定してくれた。イイ奴らだな、さすが福田組。

 俺が伝言するだけなら簡単だけれど……何だかな、こいつにちゃんと謝らせてやりたかったんだ。

 あーあ、保護者みたいじゃん、俺。そんなガラじゃねぇのによ

 

 

 

芋ようかんとメンチカツ・2

 

「あらまあいらっしゃい、さあ入って入って。高校生ですって、何年生? 一年? 凄いわね、高校一年生で原作者の卵なんて。平丸さんが高一の時なんて、何をしてました? ふふふ。え、あらあら、お気遣いなく……きゃあ舟和の芋羊羮! 嬉しいわ、お芋ってお肌と美容の優等生なのよ。お茶入れますね。中井さんも手を休めてくださいな。ダイエット中でもこれなら大丈夫ですよ、うふふ」

 

 平丸宅に平丸が居るのは当たり前なのだが、蒼樹紅(あおきこう)まで居るとは思わなかった。

 謝りに来たというこちらの意向はガン無視され、今、アールグレイの香りに包まれて、和やかなお茶会が開催されようとしている。

 

「あ、蒼樹紅……」

 公星は、崇拝する『hideout door(ハイドアウトドア)』の原作者にいきなり遭遇して、目が泳いでいる。

 いかん、中井に謝る前に、余分なスタミナを消耗するんじゃねぇ。

 

 中井がインクで汚れた手を洗って、居間に入って来た。

 今だ、喋れるうちにとっとと謝っとけ、あとは勇気だけだ、ほら行け。

 福田に突き飛ばされた公星は思いの外よろけて、中井の腹にぶつかって跳ね返された。

 ―― ぽよん。

 大爆笑する一同。いやコントやりに来たんじゃないから。

 

 

「酷いなあ福田君、あの夜彼を見つけていたのなら、僕にも教えてくれればよかったのに。お陰で深夜に電話を貰うまでドン底気分だったよ」

 中井が愚痴りつつも、出された芋羊羮を平らげて行く。

 

「ドン底気分だったんですか? 晩御飯三杯お代わりしたくせに」

 平丸が小指を立てて紅茶をすすりながら、片目を閉じた。

 蒼木はクスクス笑っている。

 

「すまん、中井さん。最初は締め上げてヒィヒィ言わせてやろうと思ってたんだ。あんたはともかく、師匠を暴力沙汰に巻き込めないだろ」

「俺はいいのかよ」

 また一同大爆笑。

 

 福田の横で肩をすぼめている公星が、彼の袖をちょちょっと引っ張った。

(あの、僕はどのタイミングで謝ればいいのでしょう?)

 小声で言うのだが、皆には丸聞こえだ。

 

「お茶のお代わりは如何かしら」

 野苺模様の丸いポットを持って、蒼樹が彼の横に立った。

 

「私、昔、ストーリーキングって賞に応募して作品が漫画化される事になった時……物凄く不安だったわ」

 公星は顔を上げて、お茶を注いでくれる彼女を見た。

 

「だって、どんなに望んでも、自分じゃない人が描くものは、絶対に自分の思い通りにはならないもの。そんなのワガママでしかないのは分かっていても、不安でザワザワして、気持ちがどんどん尖って行った」

「……」

 

 公星だけでなく、中井も平丸も、目を丸くして彼女を見ている。

 

「でもね、自分じゃない人の描いた作品は、自分には無い物、自分では気付けなかった物に満ち溢れていたの。自分だけの作品以上の物になったのよ」

 お茶を注ぎ終わって彼女は、今度は中井の方に向いた。

 

「それを気付かせてくれた中井さんに、本当に感謝しているの。えと、ちゃんと謝った事なかったから……この際、便乗させて貰おうかな。あの頃はワガママですみませんでした、中井さん」

 

 彼女の言葉が終わるや否や、公星が凄い勢いで立ち上がった。

「ぼぼ、僕も、すみませんっ、すみませんでしたっ、中井さんっ」

 

 

 

「せっかく蒼樹さんにいい言葉貰ったのに。余韻に浸(ひた)らせてくれるとかの気遣い無いのかよ、あのガキ」

「彼女が公星を謝りやすいように誘導してくれたんだろ。さすが女性は台詞まわしが上手いよな」

 

 中井と福田は居間のテーブルを挟んで向かい合わせに座り、公星はキッチンに立つ蒼樹を手伝っている。

 平丸は、「さっきのユリたんの台詞が超インスピレーション~!!」とか言いながら、テーブルの端でネームを描きなぐっている。あ、ユリたんは蒼樹紅の本名(青木百合子)だ。

 

「まあ、あいつ、元気が出たみたいで良かったな」

「あれ、中井さん、心配してくれてたの?」

 

「そんなんじゃないけど……福田君の電話で、改めて昼間のあいつを思い出したんだ。若いのに目の下真っ黒で、ビクビク挙動(キョド)って。確かに普通の精神状態じゃなかったんだろうな。そんな話を平丸センセにしたら、今日、蒼樹さんを呼んでくれたの。原作者経験があるから、何か力になれるかもしれないって」

「……」

 

「中井さん、ペナルティ! それは黙ってる約束だったでしょ。まあ僕は他人の事なんかどうでもいいんだけれど。ユリたんの慈愛溢れるお姿を堪能出来ればそれで満足というか……」

 

 平丸は動かしていた鉛筆を止めて、眉をしかめて顔を上げた。

「だからぁ、そんなのはやめてぇ。そういうの僕のキャラじゃないからぁ!」

 

 福田が椅子から立ち上がって、二人に向かって直角に頭を下げていた。

 

 

 

 

 

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