いつか、人として暮らしていた時代に誰かに尋ねられたことがあった。この世で最も楽しいことは何か。
私はこう答えた。
間近で馬鹿を眺めていることだと。
馬鹿といっても智慧の足りない愚か者は駄目よ。性根の悪い軟弱者も失格。
馬鹿というのは純粋な事よ。まっすぐで、向こう見ずで、そして何よりも無垢であることなの。
オルロワージュと初めて出会ったとき、なんて弱々しい男だろうかと思った。
肉体や戦いの強さを言っているのではない。自分の望んだものを望んだその時に手に入れられる決定的な強さをオルロワージュは持っていなかった。触れただけであらゆる妖魔を薙ぎ払いながらしかしその言葉を誰一人分かち合うことも出来ず、時の流れの悠久に全てを浚われて途方に暮れているように見えた。
オルロワージュはよく海を眺めている。自分の足跡が波に引きずり込まれ、海の中に沈んでいく。流動する液体の中に溶けた足跡は形を失い海になってしまう。たとえ何を孕んでいようとも海の中に入り込んでしまったものを取り出すことはできない。その形を再現することはできない。
「だから──」と私が言うと、
「それでも──」とオルロワージュは答えた。
「海を見つめて何になりますか? 何かを失った感触にささやかな涙を流すことさえあなたはご自身をお許しにならない。なぜですか?」
「なぜであろうな」オルロワージュは茫洋と視線を水平線に向けた。「理由など、わからぬ。流した涙でさえいつかは海に滲みて形を失ってしまうことを知っているからか……それとも、単に悲しいと感じていないからなのか……。どちらにせよ、ああ悲しいと嘆くだけ嘆いて、それで何もかも終わりというわけにもいくまい。依然として時は続く」
「私はこれまで、あなたのような愚か者を何度も目にしてきました」
「ほう」
「身の丈を弁えず……いいえ、己の領分を知っていてそれでもなお、この世の理に挑まんとする挑戦者。何かを奪われ、傷つき、苦しみながら、どうしても諦めきれない何かに突き動かされて前へ前へと進み続ける意地っ張り。彼らの多くはみな、絶望と失意のうちに死にました。だってそれは当たり前のことでしょう? 明日雨が降るのが嫌だからといって雨を殺すことができますか? 太陽ではなく、天に虫や獣を登らせることができますか? 何度諫めても夢見る馬鹿者たちを止まることを知らず、嬉々として死地に飛び込んでいくのです。私はそれをずっと眺めてきました。何年も何十年も、ただそれのみを眺め、語り続けてきたのです。──オルロワージュ様。あなたのお隣にいさせて頂いてもよろしいでしょうか? あなたの命の物語を、忘却と時間とそして恋と愛との物語を、心の書物に記すことをお許しになって下さいますか? ──ああ、私は思います。この世の全てを忘れ行く煉獄の日々を生き、あなたが淡々と敗北し続けていく姿を私はいつか見るでしょう。けれども、“記憶はけして戻らず、失ったものは取り戻せない”と言ったところできっとあなたは頷かない。なればなおさらのこと、私はあなたを見届けましょう。その隣であなたの苦悩を噛みしめることを密かな悦びとし、あなたとあなたの魂が泥にまみれ墜落したその有様を、いつか私は語りましょう」
「死神のように優しい女だな、白薔薇」
そう言って目を細めるとオルロワージュは私の手を取りそっと唇へと運んだ。こうして私は姫となった。
それから私はオルロワージュが多くのものを失っていくのをずっと眺めていた。99人もの寵姫を侍らせておきながら、しかし彼は常に失い続けているのだった。
「愛している」と彼は言う。無数の乙女がその言葉に相貌を崩し、妖魔の口づけを首に受ける。愛しています。可憐な唇からこぼれたその返事はいつか機械仕掛けの音色となって呪いのように耳を打つ。
時には彼の愛を拒む者もいた。純真であるがゆえに吸血を拒み、ただオルロワージュに寄り添うことだけを願う者もいた。そうして儚い乙女たちはみな、束の間の瞬きの内に土くれへと還っていた。
その度にオルロワージュはひどく打ちのめされ、絶望し、あの魅力的な瞳を僅かに陰らせて海を見つめるのだった。
「ほら、もう、そろそろ死にたくなってきたのではありませんか?」
ある日私は耳元でそっと囁いてみた。
「あなたがどれほど時間と死闘を繰り広げようとも、手に入れたものはみな瞬く間に滅び去っていくものですよ。あなたが虜にした乙女たちをご覧なさい。阿呆のように来る日も来る日も“愛している”と語るばかりではありませんか。愛というものは何と美しく、残酷なものでしょう。──乙女たちの屍山血河を踏み越えて一人行くあなたの旅路に、果たして何の救いがありましょうや」
「いいや、まだだ」
オルロワージュは断固とした口調で首を振る。
「余は何かを忘れた。忘れるということは裏切りだ。何百年何千年と生きるうちに愛する心を忘れ愛する人を忘れ愛した記憶さえも忘れた。余は誰かを裏切り続けている。いまさらやめることはできぬ」
迷いのないその表情を見て、私は思わず微笑みながらオルロワージュに寄り添った。
「そうですか」
「……なぜ、それほど嬉しそうな顔をする?」
「あなたが苦しんでいるのが嬉しいのです。あなたの苦しみがこれからも続くのが嬉しいのです」
「これはまた恐ろしいことを言う姫もあったものだ。……しかし不思議よな、そなたも言う通り、虜化の洗礼を受けたものは思考の一部を侵される。余の苦しみを楽しむようにはならないはずだが」
「いいえ、いいえ、何も不思議なことなどございません。あなたの虜となった者が課せられるはただ一点。主を一心に愛し続けるということのみ。それ以外の全ては愛の副産物に過ぎないのです。私はあなたを苦しめているのでもなければ、苦しめたいと思っているのでもありません。ただあなたの苦しみをひたひたと寄せる波のように眺めていたいだけですから、それは愛でしょう?」
「愛……」
「あなたは永遠の愛を求めていらっしゃる。……ですが、その愛をきちんと定義されたことがあるのですか? あなたの求める愛は一体どのような形をしているものなのか、あなたにはわかっておられるのですか?
「ふむ」オルロワージュは口を閉じ、目を細めた。「なるほど……。確かに余は失念していたのかもしれぬ。愛。……そうか。愛……。白薔薇姫、そなたと話すことができてよかった」
「それはようございました」
それからしばらくして第一の寵姫、零姫が針の城から逃亡するという事件が起きた。最愛の寵姫を失いさぞ落胆していことだろうとオルロワージュの元へ向かうと、意外なことにこの孤独な妖魔の君は珍しく猛々しい笑みを浮かべているのだった。
「零姫にはしてやられたものだ。まさか余が逆に吸血される日が来るとはな」
「その割には随分と楽しそうなご様子」
「残念か、白薔薇?」
オルロワージュは私の腰をぐいと抱き寄せ、首筋にそっと唇を落とした。ああ、と弱々しく吐息をついてみせ、私は彼の顎を撫でる。
「姫を失って打ちひしがれている余を見せてやれず残念だ。しかし、なぁ、白薔薇姫よ。余は生まれて初めて希望に震えているのかもしれぬ。なぜなら余は零姫を失った。だがそれはもう一度彼女を支配できるということなのだ。余を愛してはいない零姫。余と出会う前の零姫。……あの、自由で、邪悪で、そして何よりも美しい零姫。何かを失うということにこれほどまでの可能性を感じたことはない」
「支配……。それが、あなたの望みですか?」
「ああ、そうだ。余は何も失わぬ。失ったとしても、失わぬのだ。……そうだな、手始めに吸血薔薇をそなたたちの棺に這わせることとしよう。二度と自由に出歩くことができぬよう、余から逃れられるとは夢にも思わぬようにな」
「ふ、ふ……」
「なにかおかしいか、白薔薇姫よ」
「なぜと言って、オルロワージュ様。あなたは矛盾されていらっしゃる。失って失わぬとそう言いながら寵姫たちを縛るはまさに笑止千万。本当に失わないと信じているのなら持てるものの全てをお捨てになればよろしいのに」
「そうか……余は矛盾しているか」
「はい」
「余は狂っているのか」
「はい」
「そうか……」
「それで良いのですオルロワージュ様。矛盾している御身を愛し、狂っている御身を愛せば良いのです。その心のままに迷うことなく、戦って、戦って、戦って──、そしていつか心が滅びたら、子供みたいに涙を零して死んでしまえばよいのです」
「いつの世も女というものは不可思議な生き物だな……。面白いことを言う。なるほど白薔薇姫、もちろんそなたの言う通りたとえ狂っていようとも余は余の心のままに生きることを止める気はない。……だが、そうだったな、そなたの望みはこの隣で余を観察していることだったか。そうであれば吸血薔薇で自由を縛るのはいささか不都合が過ぎるやもしれぬ。そなたにだけは吸血薔薇の戒めを解く方法を教えておこう」
「格別のご配慮、ありがとうございます」
私は深々と頭を下げ、オルロワージュと共にしばらく海を見つめた。
また長い時が過ぎた。オルロワージュは零姫を捕らえるべくよその星に出向いては狩りを繰り返しているようだったが、ついに零姫が捕まったという話が届くことはなかった。
私は時々考えた。──実際、オルロワージュに本気で零姫を捕縛しようという意思があるのだろうか? 口では何と言おうとも無意識に手を抜いているということもあるのではないか。
オルロワージュは失うことをことさらに恐れる。また来る日の零姫が彼の手に落ちたなら、いつか再び裏切らないとも限らない。だとすれば永遠に狩りを続けた方が、と妖魔の君が考えたとしてもおかしくはない。
妖煌帝オルロワージュはその美しさや強さとは裏腹にひどく臆病な男だ。孤独で、哀れで、そして愚かな男だ。
「零姫は捕まりましたか?」
「いいや、まだだ。だが、きっと捕らえてみせよう」
「そうですか……」
「ああ、そうだ。白薔薇姫。余は妖魔の君オルロージュ。望む物全てを手に入れ、この世の全てを支配する男なのだ……!」
さようでございますかと答える代りに腹の底で私は笑った。こうして永遠という名のお芝居を繰り広げながら、いつしか求めるものに手を伸ばすことさえもできなくなったオルロワージュ。ガラスケースの中のドーナツを眺めながら「欲しい」とも言えずに指を咥えて甘ったれている少年のように、弱く未熟なオルロワージュ。私はこの男を愛している。
愚か者を見ているのはいつも楽しい。何十年何百年とオルロワージの傍を生き、「まだか」「まだだ」とうすら寒い台詞を何度となく繰り返して幾年月。足掻き続けるオルロワージュを眺めて私は時の流れを楽しんだ。
「まだ、零姫は捕まらないのですか?」
「ああ。なかなか零姫も抜け目のない女、一筋縄ではいかぬ」
「随分とお時間がかかるのですね……」
「そうか? だが、苦労すればしただけ手に入れたときの喜びも大きいというものだろう」
「あなたが零姫様を取り戻すその時を、私も心よりお待ちしておりますわ」
「そうだろう、そうだろう。楽しみにしているが良い。ははは……」
「ふふ……」
私はオルロワージュを愛している。その筈だ。けれども……。
時の倦怠というものははたして伝染するものなのだろうか?
オルロワージュが零姫を追い求めておよそ五百年が経過した。来る日も来る日も同じような会話をして同じように男を愛している内に、私の心にも次第に退屈という名の蛇が忍び寄ってくる。とぐろを巻いて心の臓を縛りあげたその蛇はやがて甘く切ない声で「刺激が欲しい」と囁き始め、私の視線は次第にオルロワージュを離れ、彼と同じように海を見つめるようになるのだった。
オルロワージュが人間に血を分け与えたという話を聞いて私は少し嬉しかった。また新しいことが始まる。何か面白いことがあればいい、そう考えていた。
妖煌帝の血を享け半妖となったアセルスはけしてオルロワージュに魅了されることはない。オルロワージュが彼女に並々ならぬ期待を寄せるのは当然のことだ。
だから私はこう考えた。アセルスを誘惑してみようと。オルロワージュの愛し子を魅了し、奪い去ったなら……、妖魔の君は今よりももっと苦しむことになるのではないか。オルロワージュの目の前で生まれた希望の雛を横から掠め取り、この針の城から離れたら、あるいはあの零姫のようにオルロワージュは私を追ってくるのだろうか。……それはそれで楽しいことかもしれなかった。
それに、と言っては何だけれどもアセルスは実際私好みの救い難い馬鹿だった。突然妖魔の世界に放り込まれたせいもあるだろうが少し優しい言葉を掛けただけで犬のように容易く懐く。
「白薔薇はすごいなぁ」とアセルスはよく言ったものだった。「植物のこととか、物語のこととか、なんでも知っているし、綺麗だし、本当に憧れちゃうよ」
「そうですか……? そんなにお褒めにならないでください。恥ずかしい……」
頬を染め、照れるそぶりを見せながら私は内心でああこの子は本当は“女の子”になりたかったのだと推測する。自分の生まれや半妖となったことで、常に気を張って男のように強くあることを強いられ続けたために中性的な振る舞いを選んでしまったというだけで、本音のところでは誰もに愛される女の子、守られるべき女の子になりたかったのだと。なんと他愛のない小娘だろうか。
モンスターと戦わされて変わっていく自分に戸惑うアセルス。
「あなたは優しい人です」と言われて涙を流すアセルス。
単純で純情なアセルスを弄ぶのは、枯れた私の心にも久しぶりに楽しいという感情を思い出させてくれた。若く愚かなアセルスの、瑞々しく甘ったれた言葉に対して時には頷き時にはからかい、まごつくアセルスを笑うのは楽しかった。
──強くなりたい。自分の思う通りに生きられるようになりたい。傷つかずに、傷つけることなく生きられるようになりたい。……近頃ではね、ようやくバーゲストくらいなら無傷で倒せるようになってきたんだ。でも、そうやって、変わりたいと思って変わってしまった私は、バーゲストに勝てなくて、襲われて怯えていたりした自分とは違う生き物なんじゃないのかって時々思う……。強くなって、弱さを捨てて、いつか完成した未来の私は、弱かったころの私のことなんかてんで忘れて、悩みや苦しみなんて全然わからなくなっているんじゃないのか……。そう思うと怖くなる。このままイルドゥンについて戦闘訓練をしていていいのかな……?
──けれども、誰だってそうなのではありませんか? 何も変わらずに生きていくことなどこの時の中でどうして出来ましょう? 肉体が成長することのない妖魔ですら、日々を生きている内に少しずつ変わっていくもの。まして元々は人間であったアセルス様なら、少しずつ成長し、過ぎ去りし過去を懐かしみながら変化を受け入れていくものでしょう?
──うん。そうだね……。そうなんだけど……、でも時々寂しくなるんだ。いや……違うかな。寂しいっていうんじゃなくて、なんだろう……。納得がいかないっていうか、なんだか無性に……なんだろうな、この気持ち……。前にも、こんな会話をしたな……。
──その気持ちに、いつか名前をつけられたら良いですね。
──うん。
──針の城での生活はお辛いですか?
──ううん、本当はそうじゃない。嫌なことばかりじゃないし、優しい人も親切な人もいる……白薔薇もね。だけどこのまま慣れていって身も心も妖魔になるのはやっぱり嫌だ。
──お家に、帰りたいですか?
──あ……。
──アセルス様?
──どうかな……。そりゃあ帰りたいといえば帰りたいよ。もちろん。でももしかしたら、私は帰らない方がいいのかもしれない。帰ったって、迷惑をかけるだけだろうしね……。
──そんな。
──いや、そうなんだ。そりゃ誰だって死ぬよりかは生きている方がいいって言うだろうけど。でも、私が帰って行ったって、結局は誰かに養ってもらうことになるだけなんだもの。……そうだよ。針の城だってそうなんだ。この服も、部屋も、食べ物だって、みんなオルロワージュのものなんだ。私は働きもせずにそれを平気な顔をして受け取ってへらへら笑ってる。ゴサルスの店ではただではもらえないなんて偉そうなことを言ったけど、今の私は誰かの好意に縋ることでしか生きていけない。助けられるばかりだ。与えられるばかりだ。私は強くなりたい……一人で生きていけるくらい、強くなりたい……。だから、ああ、そうだ……白薔薇。私は……。
アセルスは真剣な眼をしてそっと言う。
──私は、ここではないどこかに行きたいのかもしれない……。
◇
「まず最初に言っておく。──俺は剣を教えることには向いておらん」
ゴサルスの店を後にし、意気揚揚と腰に剣を提げて訓練場へ向かったアセルスを見て、イルドゥンは開口一番そう告げた。
「はぁ……」
「だが自らの意思で剣を手に入れたお前の意思を認め、今日は俺が相手をしよう」
「あ、うん、まぁそれはともかくとして、教えるのに向いていないっていうのはどういう……?」
尋ねると、イルドゥンは「ふむ」と顎に手を当て目を細めた。
「まぁそういうことだ。……妖魔とは既にして完成された生き物。人間が赤子から成人になるような成長過程を経験することはない。生まれてから死ぬまでその体は一切変化しない。ある妖魔が今日バーゲストを斬れないのなら、十年先五十年先にもそのままだ。いくら剣を振るったとて、妖魔の筋力はけして増えない。よって妖魔は努力を行わない。いかな鍛練や修行も妖魔にとっては無意味だからな。妖魔が剣を振るうのは、誰に教えられるでもなく自分が相手を斬れることを知っているからだ。人のように技を磨くこともなく、ただ無心で敵を斬るのみ。……つまり俺は、というよりも妖魔という生き物は他者に剣を教授できるようには出来ていない」
「何それ」アセルスは呆れる。「どうして言い訳から始めるわけ?」
「言い訳ではない。ただ事実を言ったまでだ。いいか、アセルス。お前は半妖だ。闘いを知っている妖魔とは違い、お前の体の元は人間なのだ。無限に成長し続けることができるならやがては俺よりもはるかに強くなるかもしれんし、あるいは衰え続けてそこらの邪妖にすら劣る存在になり下がるのかも知れん。どちらを選ぶのかはお前次第だ。戦い方はお前自身で考えろ」
「本当に身勝手なやつだな。自分で無理やり戦わせておいて、それ以外のことは全部私任せってこと? そんなことなら“すいません、できません”って言って教師役なんか辞退しておけば良かったんだよ」
不満を零すアセルスにイルドゥンはしばらく考え込むように首を傾げていたが、やがて「まぁそうだな」と頷いた。
「そうするべきだったかもしれん。俺もあの時はそれほど深く考えていなかったのでな。どうも失敗したようだ。……まったく、オルロワージュも無茶なことを言ったものだ。人間がまともに妖魔の強さを身につけようとすれば当然訓練といったものが必要になってくる。が、そうして戦い方を学ぶという努力は本来妖魔の社会では否定されるべきものなのだがな……」
「努力、否定されるんだ」
「ああ。妖魔にとっては生まれ持った素質だけが全てだ。他を魅了する美貌、他を威圧する恐怖、そして何物にも屈しない誇り。この三つだけを尊び、それ以外のすべてはどうでもいいことだとされている」
「その三つが優れている妖魔がオルロワージュみたいな妖魔の君に選ばれるの? ……大体、そういう美しさとか誇りとかって誰が評価するものなのさ。美的感覚なんて相対的なもので、実際には比べようがないと思うけど。投票でもするの?」
「馬鹿か。妖魔が投票なぞするか。妖魔にとっての三大要素は他人に認めて『もらう』ようなものではない。認め『させる』ものだ」
「どういうこと?」
「つまるところは決闘だ。我に力ありと自負する者が当代の妖魔の君に挑み、より強いものが王として君臨する。それだけのことだ」
「ふうん」とアセルスはつまらなそうに口を尖らせる。「下らない」
「今、何と言った?」
「下らないってそう言った。何が、妖魔だ。性別を持たない美しい種族だの、薔薇の守護者、無慈悲な王だのとさんざ勿体ぶったことを言っておいてさ。結局は殴り合いで勝ったやつが偉いっていう典型的な男社会なんじゃないか。笑わせるなよ」
「お前の言うことは一々面白いな。だが気に食わん。戦いを否定したいのなら、それなりの強さを身につけてから言うといい」
イルドゥンは厳しい目つきで静かに答え、腰の剣にそっと手を添える。
「言われなくてもそうするさ……!」
その場を軽やかに飛びのき、アセルスは身を屈めて剣を構えた。
では行くぞ。目の前のイルドゥンが呟き、ああ、と答えたその瞬間、アセルスの右手首はふっつりと断たれ、切り離される。ぼとりと転がって手首に呻き声を懸命に噛み殺し、冷や汗を流しながら左手を伸ばすと掴み上げるよりも先にイルドゥンの靴底が右手首を踏みつぶした。恨みがましい目つきで顔をあげると、冷たい顔をしたイルドゥンが続けざまにアセルスの左肩を砕き割る。
イルドゥンは言う。けして剣を手放すな。どんな時でもだ。たとえオルロワージュの血がお前を再生させようとお前を無力化することは容易い。武器を奪われれば後は嬲られるだけだ。発狂するまで拷問されるのが嫌なら、硬く剣を握りしめろ。
唸り声を上げながらアセルスはイルドゥンの腰目がけて体当たりを仕掛ける。待ち構えていたように顎をイルドゥンの膝がかち上げ、衝撃にのけ反ったアセルスの意識が一瞬飛ぶ。だがそのまま倒れ込みながらも滑らせた足で転がった自分の右手首を蹴り飛ばし、そのまま転がって吹っ飛んでいった右手首を取り戻した。切断面を合わせるとぞわりとした痒みと共に肉が延び、元通りに接着される。鼻血を垂らしながら不敵に笑い、アセルスは再び剣を構える。
「楽しいか、アセルス」
「何が」
「お前はいま笑っている。戦うのが楽しいのか」
アセルスは顔を顰め「……うるさいな」と低く呟いた。
「そんなこと、どうだっていいだろう。無理やり戦わせているのはそっちだってのに」
「それもそうだな」
当然のように頷いてイルドゥンが斬りかかってくる。壁から壁へと影が飛び移るように何の重さも感じさせぬ速さで、どこまでも正確無比な剣閃を振り下ろす。数瞬遅れて追いかけたアセルスの剣は軽く打ち払われ、乙女の体に新たな裂傷が刻まれる。
何度となく同じことを繰り返した。その度に血を吐き、痛みに呻く。拙い手つきでいかに剣を繰り出そうとも、イルドゥンは手首の返し一つで致命的な一撃を叩き込んでくる。迷いのない剣筋。躊躇いなく込められた力。力任せに振るっているだけのアセルスの剣では如何ともしがたい実力の差に、ようやくアセルスは頭を使い始める。
(ただ剣で斬ろうとしているだけじゃ、駄目なんだ。隙を狙う、隙をつくる、そういう考えでいかないと……)
息を整え、拳で唇の血を拭い、アセルスは真っ向からイルドゥンを見据える。力ある瞳の輝きに「ふむ」と囁き、イルドゥンは面白そうに口元を歪めた。
「来るか、アセルス……」
ふっ、とくぐもった吐息と共に足を踏み出し、アセルスは振りかぶった剣をイルドゥン目掛けて振り下ろす。風を切り裂き骨を砕かんと唸りをあげる鉄剣をしかしイルドゥンは瞬き一つせず僅かに半身を反らせるだけで交わしてのける。攻撃は失敗、しかし──、
(まだだ……ここで、切り返す!)
振り下ろした剣を力ずくで止める。細腕の筋肉がぎちぎちと音を立てて跳ねまわる。それでも歯を食いしばり、剣の軌道を強引に捻じ曲げた。振り下ろした剣を、丁度Vの字を描くように下から上へと引き戻す。剣撃の切り返しによる二連続攻撃。
これならばあるいは。束の間抱いた希望はあっけなく砕かれることになった。動揺一つ見せずいとも簡単に剣の柄で攻撃を打ち払ったイルドゥンは続けざまにアセルスの脇腹につま先をぶちこんだ。
「く、そ……」
息も出来ないほどの痛みに顔を歪め、アセルスは唸る。
悔しげなアセルスとは打って変わり、対峙するイルドゥンの表情はどこか楽しげですらある。「なるほど」とイルドゥンは言う。
「やはり元は人間なのだな、アセルス」
「何……?」
「いま、剣の軌道を途中で変えたろう。それはお前が考えたのだな?」
「ああ、まぁね……付け焼刃だったけど」
「それは妖魔には無い人間の閃きというやつだな。妖魔には技を磨く必要などなく、それ故真っ向から打ち合うことしかしない。だが人間は違う。いまのお前のように自分に足りない部分を補い、工夫を重ねることができる。……先ほどの動き、なかなか良かったぞ。猿のように剣を振り回しているのとは大違いだ。あとはその技をどう使い、どう自分のものにしていくかだな」
「……なんか、急に師匠みたいなことを言うんだね」
「俺は師匠にはなれん。俺とお前とは違う生き物なのだから。お前はお前自身で戦い、お前自身で自らの戦いを研がなければならん。……俺に出来るのはその相手役くらいか。さあ立てアセルス。もう一度お前の人間性を見せてみろ」
◇
戦闘訓練を終え、くたくたになった体を引きずって自室へと戻ろうと階段を上ると、見覚えのある妖魔が穏やかな表情をして待ち受けていた。橙色の外套を羽織ったその妖魔は恭しく膝をつき、大仰な礼をする。
「これはアセルス様。ご機嫌麗しゅう」
「あなたは……?」
「ラスタバン、と申します。あなたに期待を抱く男の一人です」
「期待……。何のこと?」
「ファシナトゥールのことを、どう思われますか?」
「どうって、妖魔の世界でしょう。好き好んでいたい場所じゃあないね」
「そうでしょう。このファシナトゥールは時の止まった淀んだ世界。誰かがその時を刻まねばならないのです。私はあなたがそれを成してくれるのではと考えています」
「わけの分かんない役割を押し付けないでよ。やりたいのならあなたが自分でやればいいでしょう」
「ところが、残念ながらそう簡単にはいかないのですよ。妖魔には妖魔のルールがある。妖魔にとっては格が絶対で、自分よりも上の妖魔には逆らうことができないのです。……ですが、あなたは別だ。アセルス様、あなたにはオルロワージュ様の血が流れていらっしゃる。それは支配者の血、一億年を生きる完全者の血です。あなたにならあるいはこの妖魔の世界を変えられるやもしれません」
「そんな気は無いよ」
「いまはそうでしょう。しかしいつか気が変わらないとも限りますまい」
「イルドゥンといいあなたといい、妖魔ってのはみんな勝手すぎる。私は、私だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「イルドゥンとは、その後どうですか? 彼からは戦闘訓練にも随分やる気を出していると聞きました」
「あんな奴!」アセルスは大げさに顔を顰める。「人の話は聞かないし、勝手だし、無理やり女の子をモンスターと戦わせて平気な顔をしてるろくでもないやつだ! あんな底意地のねじ曲がったような奴は大嫌い!」
「そうですか」
ラスタバンは静かに微笑む。
「いや、イルドゥンもなかなか嫌われたものだ。そのお気持ちはよくわかります」
「そうさ! 出会ったときからあいつは嫌な奴だった。あいつは……」
「アセルス様」
にこやかな調子のままラスタバンはアセルスの言葉を遮った。
「僭越ながら友人の名誉のために申し上げます。確かにイルドゥンは口も悪ければ態度も悪い。ぶっきらぼうで言葉も足りず、いささか失礼な印象を覚えるのも至極当然のこと。……しかし、どうか彼の悪意だけは否定させて頂きたいのです。イルドゥンは他者を困らせ害を成すことに何らの興味も持ってはおりません。彼の言動が気に障ったというのなら彼に代って謝ります。ですがイルドゥンが彼なりに真剣にあなたに妖魔の世界を伝えようとしていることだけは理解してやってください。──それでは」
「あ……」
立ち去っていくラスタバンに言葉を詰まらせたアセセルスだったが、はっと気を取り直すと慌てて声をかける。
「待って!」
「何でしょうか」
「あの……ごめん!」
「はい?」
「あなたは……その、イルドゥンの友達なんだよね?」
「いかにも。イルドゥンは我が親友です」
「そうか。そりゃあ、そうだ……友達のことを悪く言われたら誰だって嫌な気分になるよね……ごめん! これからは、陰で悪口を言うんじゃなく、イルドゥンと面と向かって真っ向から罵倒するよ」
「はっはっは!」ラスタバンは口を開けてさわやかな笑い声をあげた。「その時はぜひ私も仲間にお加えください。加勢しましょう」
◇
目の前には巨大なテーブル。一分の乱れもなく揃えられた見るからに高価な銀器の数々に滲み一つない純白のテーブルクロス。慣れない格式ばった晩餐の場に肩を強張らせたアセルスは緊張した面持ちで体面に腰かけるオルロワージュを窺う。
「オルロワージュ様が夕食をご一緒にと」と侍女に告げられ、案内された広間で恐る恐る卓に着いたアセルスに遅れること数分、現れた妖魔の君は椅子に腰かけたものの黙ったままでいる。給仕は前菜をアセルスの前に運んできたがオルロワージュには血のように赤い葡萄酒を供するだけだった。
「い……いただきます」
一応呟いては見たものの自分だけ食べだすというわけにもいかず、居心地悪くもじもじしているとオルロワージュが静かに尋ねる。
「食べないのか」
「いいの?」
「当たり前であろう」
「じゃあ……」
ぎこちなく食べだしたアセルスをオルロワージュはしばらく眺めていたが、やがて自らも杯を手に取り、葡萄酒を口に運んだ。
「ファシナトゥールでの生活には慣れたか」
「うん……まあ、それなりにね。周りの人には良くしてもらってる。食べものとか、身の回りのこととか。……ご飯、食べないの?」
「妖魔は人間ほど食事を必要とはしない。余にはこの酒だけで十分なのだ。気にするな」
「そう……」
「そなたとて半分は妖魔の体。じきに食欲もなくなるだろう」
「嫌だよ、そんなの……」
「“欲”がなくなるのだ。心配することはない。もう腹を空かせて歩きまわることはない。そなた自身にとってもそれが自然なこととなる」
「そういうことじゃないよ。たとえ飢えが無くなったとしても、何も食べずに生きていたら自分がどういうもので構成されているのかわからなくなって気持ちが悪いし、ものを食べる喜びや楽しみを忘れてしまうのは悲しいことだよ」
「忘れる……か。……人間であったころ、そなたにとって食事は唯一無二のものであったか? どこまでも強く執着し、何を捨てても保持していたいものであったか?」
「そこまでではないけどさ……。でも、何かを食べるってことは私にとって当たり前のことなんだ。食事をして、睡眠を摂って、それで、まぁ……その他もろもろの欲求があってね。そういう当たり前のことが、ある日突然自分から失われてしまうってことは、人格やら魂やらを強引に削ぎ落とされてしまうような気持ちになるじゃないか。あなただってそうでしょう? 妖魔は血を吸うんだよね。血を吸うあなたが本当のあなたというもので、それをたとえば今日からまったく血を吸わなくなってしまったとしたら、それはもう昨日までのあなたとは全然違う生き物で、もしかしたらあなたではないあなたなのかもしれない」
「ふむ。なかなかに興味深いな。続けよ」
「いや、この話そんなに伸びないよ。私が言いたいのはさ……要するに、なんで私はよう……その、半妖ってものにならなけりゃいけないのかなってことだよ。どうして、あなたは私に生き返らせたの?」
「覚えていないのか」
「まるきり」
「馬車に轢かれたそなたの死体を見て、醜いな、と余は言った。すると死にかけのそなたはこう答えたのだ。“そんなことは自分の知ったことではない。醜いというのなら、あなたが美しくすればいい”とな」
「そんなの……わからない。そんなこと私が言うかな……。仮に言ったとしても、だからってこんな」
「半死の状態だったのだ。そなたには何の責もない。そなたに血を与えたのはあくまでも余が戯れに行ったこと。妖魔になることをそなたが望んでいないのであれば、それはすまないことをした」
殊勝な言葉にアセルスははっと顔をあげ、まじまじとオルロワージュを見詰めた。
「オルロワージュ……さん」
「どうした、突然改まって」
「妖魔も……妖魔の君も、誰かに謝ったりすることができるんですね。私はずっと、あなたたち妖魔は人間のことなんて家畜か何かにしか見ていないんだと思ってました」
「ふむ」とオルロワージュはため息をつくように頷いてみせる。「実際そのようなものだがな。大部分の妖魔は人間を餌だと考えている。余にもそういう部分があることは否定しない。だが人を愛することもまた妖魔の習性の一つだ。我が寵姫の中には元々人間だったものが少なくない」
「あなたはほかの妖魔とは違うと思います。イルドゥンとか、セアトとか……」
「だから口調を変えたのか?」
「はい」
「そうか。生物としての強さや身分よりも自らの価値基準に従うそなたの態度を余は好ましく思う……が、その話し方はあまり好きではない。誰もが余にひれ伏すこのファシナトゥールにあって、今までのように気取らぬ口調の方が余にはめずらかに感じる。あまり気を使うな」
「はい。あ……うん、じゃあ……そうしてみ、る、よ……」
「それでいい」
穏やかに目を細めたオルロワージュの表情は相変わらず美しくはあるもののどこか老成を帯び、孫に対する祖父のような寛容と慈しみに満ちている。暖かなオルロワージュの態度にアセルスは思わず気を緩め「あなたは」とつい口走ってしまう。
「あなたは私のことをどう思っているの」
口に出してすぐさま顔が熱くなるのがわかった。なんて直截的で愚かな質問をしてしまったのだろう。
「ごめん。今のは忘れて」
「娘だと思っている」
こともなげに妖魔の君は言った。
「え……?」
「生殖を行わぬ妖魔に元来家族というものはない。我が血を分けたたった一人のそなたが、この世ではたった一人の余の家族だ。年齢からいえば余はそなたの父と呼べるであろう」
「家族……。お父さん……。あなたが……?」
「そうだ。アセルス。我が娘よ」
顔をあげると目が合ってアセルスは慌てて俯く。嘘偽りのないまっすぐな視線を向けるオルロワージュにどんな言葉を返せばいいのかとんと見当もつかない。
「……嫌か?」
「ううん……そんなことは」
首を振って否定した後でアセルスは自分の言葉にはっと驚いた。確かに、化けものであるはずの妖魔に突然家族面をされる気持ち悪さが無かったとは言わない。正直に言えば厚かましいとも勝手すぎるとも感じる。けれども……心の底でほんのりと淡く、嬉しい、とそう思ってしまった。
「あ……」
「どうした、アセルス」
「あのね、オルロワージュ……。私はわからないんだ」
「何がわからないのだ、アセルス。そなたが疑問に思うことは素直に尋ねればよい。余がそれに答えよう」
「私は妖魔が嫌いなんだ」ぽつりとアセルスは囁く。「だってみんな勝手なことばかり言うし、私だって好きでファシナトゥールにいるんじゃないってのに半妖だなんだって馬鹿にしてさ。妖魔はみんな美しいっていうけど、私にはよくわからない。そりゃあ奇麗だなって思うし、人間の知り合いと比べてみればずっとずっと見た目が整っているなって思う。……でも、崇拝しようだとか、支配されたいだとか、そんな気持ちにはならないし……そんな気持ちにならない以上は、美だの虜だのと言っている妖魔のことなんててんで理解できる気がしないよ。人間にしてみればやっぱり妖魔は化けものなんだもの。どんなに美しくてもさ。ごめん……。だから、急に言われたっていきなりあなたを父親だとは思えないし……」
「それでいい。時間はいくらでもある。その内に慣れ、いつか余のことを父と感じる日が来るやもしれぬし……あるいはどれほど時間が経とうと何一つ変わらぬかもしれん。どちらかが定まらぬこととが、余には面白い……」
「面白い……かな……」
「ああ、そうなのだ、アセルス。そなたはいま妖魔の美しさが理解できないと言った。余の顔を見てどう思う? 身も心も奪われたいとは思わぬだろう? だが他の者は違うのだ。妖魔としての格や力が弱い者、またそこらの人間であれば余の顔を見ただけで魅了されてしまう。……これは何も思いあがりから言うのではないぞ。事実そうである、ということを余はそなたに伝えなければならない。余にとって、己以外のすべては弱者なのだ。顔をあわせただけで相手は余に恋をし、頼みもしないうちから跪こうとする。そなたならどうする? 百人の男を従え、千人の人間を支配し、誰も彼もを奴隷として君臨したいか?」
「まさか」
「そうだろう。そなたはそうなのだ。だが余は違った。手に入れたいものはみな手にいれなければ気が済まぬし、そうでないもの、手に入らぬものは滅ぼしてしまわねばならなかった。それが妖魔の性分というものだからだ。だが何千年と生きているうちに……“手に入れる”という言葉の意味がある日わからなくなった。手に入れたいと思うものはみな“自分のもの”ではない。所有していないから欲しいと思う。けれども……そうして求めた結果手に入れたものはもはや“自分のもの”となってしまっている。わかるか、アセルス? 手に入れたいと思ったものと、その結果手に入れたものとは、決定的に何かが違ってしまっているのだ。……もしかしたら、だから余はそなたに血をわけたのかも知れぬ。余の血を享けたそなたはけして余には魅了されぬ。面白い」
「そういうものかな……。よく、わからないけど……」
戸惑いを誤魔化すために手元の杯を呷ると慣れない酒の味にアセルスはむせてしまう。初めて飲んだ葡萄酒は喉元に苦い感触を残し、アセルスは少しだけ顔を歪めた。