サガフロンティア アセルス編   作:おめかけ

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第二幕 仙女が頭を蹴り飛ばし、語り語られる永遠の中

 リンクーニャンと呼ばれる女がいる。

 清らかな水の玉。

 滴り落ちる雨粒。

 小さきもの、不完全たる器の中で流動するもの。

 そして何よりも『Ling』という言葉が指し示すのは、虚。何もない、空っぽ、そういう意味である。

 泉玄山の高台に住む仙女、リンクーニャンといえばこの世ならざる美貌の持ち主として名高い。一目見ただけで心を奪われるという蕩尽瞳に桜花の唇。墨を流した黒絹の髪はいかなる時も細密に絡み合い幾何学模様を描く。その吐息はあまりにも芳しくリンクーニャンがほうと一息ため息をついただけで国中の男が下半身を疼かせたという。

 仙人仙女といえばもちろん道を学び欲を捨てることによって人間から昇華した存在であるから、俗世に降りて贅に耽るということもないし会えば会ったでわかったようなわからないような曰く『ありがたい』説教をするものである。リンクーニャンも御多分にもれずその恵まれた美貌を活かすこともなく山に篭り、自然の営みや清澄な空気を愛でてひっそりと暮らしていた。姿を現すことといえば時折山に迷い込んだ旅人の前にふらりと降り立ち、無言のまま道を指し示す時くらいであり、それも年に一度あるかないかという稀なものである。

 

 そのリンクーニャンがある日、突然狂ったのだという。

 リンクーニャンは日々穏やかに暮らす。太陽の光を浴び、畑をいじり、書を嗜み、陽が落ちれば水銀を練り、氣功を巡らせ瞑想に耽る。人を超越した彼女の心は何事にも動じることなく凪いでいる。

 今日もまた昼が過ぎ、やがて雨が降る。稲光がびしゃん、と遠方に落ちる。すっと目を細めたリンクーニャンは盆に睡感水を垂らし遠視術を行う。雷に倒れた大木の下敷きになり、旅人が呻いているのが見える。

 可愛そうだと思いはしない。義侠心に駆られたりもしない。死ぬと言うのなら死ぬのが自然。しかし生きるか死ぬかと問えばどちらかといえば生きた方が良いだろう。いつものようにそう考え、リンクーニャンは旅人を助けに向かう。

 彼女は善悪に頓着しない。正義を行おうとも思ってはいない。仙女としてリンクーニャンの行く道は即ち無為にして自然なる道である。ことさら急ぐこともなく落ち着いて旅人の元へと向かう。それで助かることもあれば助からないこともある。

 今回の場合は一足遅く、旅人の命はもう長くはないようだった。大木に挟まれた衝撃で体のあちこちが破裂し、あまりにも血が流れすぎている。

「これはもう助からんな」

 当たり前のことを口に出してリンクーニャンは表情一つ変えない。

「往生せよ。そなたの骸はねんごろに弔ってしんぜよう」

 鈴の震えるように可愛らしい声でリンクーニャンがそう告げると──ああ、なんということだろう、今にも死にかけているはずの旅人の頬は見る見る内に赤く染まった。

「き、綺麗だ……奇跡みたいだ……」

 血を吐き出しながらたわけたことを口にする男にリンクーニャンはしかしかけらも動揺せず、「格別の賛辞、感謝する」と素知らぬ顔でいる。半死人が錯乱してわけのわからないことを口走るのは今に始まった話ではなく、この程度の事態には慣れきっている。

 ところが、というべきか。ことここに至ってはさらに素っ頓狂なことに、麗しきリンクーニャンの花のかんばせを見つめる旅人の股間が見る見るうちに盛り上がり出す。死に瀕した本能が苦し紛れに子孫を残すべく陰茎を硬直させる、という現象はそれ自体をみればけしておかしなことではない。

 しかし、相手はリンクーニャンである。見るもの全てを虜化する魔性の瞳、淫らにして悩ましき天の吐息。旅人の股間はついにぶるぶると震え、破れた衣服の隙間からぶくぶくと白濁を噴き出した。

 旅人は泣いていた。荒く息をつき、苦しげに唸り、血反吐を吐きながら──しかしその泥に汚れた瞳は恋をしている。死に怯えながら精を放った己の惨めさに顔をぐちゃぐちゃに歪めて泣いている。痛みに喚き、リンクーニャンに焦がれ、恥辱に戦慄くその姿はまさに滑稽というほかになく、鉄面皮に見えた彼女はとうとう「ク」と唇を歪める。

「ク、ハ」とリンクーニャンは言う。普段から冷静沈着な彼女にしては珍しい意味のない言葉である。腹の底から湧き上がるその思いにリンクーニャンは不思議に満ち足りた思いで魂を預け、「クケケ」と化鳥の如き吐息を漏らす。

 呵呵大笑であった。リンクーニャンは笑い出した。目の前の男が余りにも愚かしくてたまらない。

「──生きるも、死ぬも、虫けらよ!」

 邪悪な嘲笑を浮かべたリンクーニャンは旅人に近づいた。やはり面白いことに近づけば近づくほど男の陰茎は再び怒張する。戯れに唾を落とせば地に落ちたそれを男は必死に舐めとりむぐむぐと咀嚼し「ああ」と忘我の声を上げ懲りずに射精を繰り返す。

「ほんにそなたは可愛そうな男じゃのう!」

 嬉しそうにそう言うとリンクーニャンは男の頭を軽やかに蹴り飛ばし、爽やかな笑い声を響かせたまま山を下りていくのだった。

 

 

 

 こうしてリンクーニャンは地に落ちたわけである。世の真実を透徹し悟りを得た筈の彼女がなぜこれほどあっけなく邪に染まったのか、それは誰にもわからない。あるいはただ修業が足りなかったのか、あるいは元々の性根というものが毒であったのか。もしかしたら仙女として無為自然を唱えていたのも結局は世の多くに倣うための方便でしかなく、本当の彼女はどんな時であれやりたいようにしているだけなのかもしれない。

 山を下りたリンクーニャンはその足で都に向かう。城門をくぐり警護のひしめく三殿をするりと通り抜け、森涯城の奥深く皇帝の眠る賢霊宮へと潜り込んだ。あらゆる罠や忍を歯牙にもかけず、彼女を目にしたものは皆腰砕けに崩れ落ちる。

 御簾を上げると丁度皇帝は後ろ姿に後宮の雷貴人を犯している。リンクーニャンは全く気配を悟られることなく二人に近づき、皇帝の耳にそっと唇を寄せる。

 真紅の唇から零れ落ちるは呪い(まじない)によって修辞された艶能詞。本来はあり得ぬ筈の二言絶句に構成される魔女仕掛けの虜歌(とりこうた)。リンクーニャンの舌は肉の槍となって耳朶を貫き内耳を抜け三半規管を砕き割り、遂には皇帝の脳髄へひたり、淫猥な音を立て密着する。

 滴り落ちる乙女の唾液、邪道を行く仙女が震わせる毒の口説。リンクーニャンの言葉は皇帝を容易く木偶にした。

 城を落としてはや三日、既にして国を手中に収めたリンクーニャンの邪悪は猛る。税を上げ、金銀玉石を取り寄せ、逆らう者は皆殺しにした。

 リンクーニャンの庭園では蓬莱の美酒によって池がつくられ、周囲では裸の男女が獣さながらにまぐわい肉を貪る。罪のない家族を無意味に捕え、父母親戚から村人に至るまでの知り合いをみな縛り付けて巨大な鉄板に点在する穴に沈めてしまう。首だけがひょっこりとびだしたまま鉄板は次第に地下から熱され、囚われ人達の悲鳴が上がる。焼け付く人間の皮は鉄板にこびりつきじうじうと焦げつき、蛆虫のように身悶えする。流した汗が滴り落ちれば一瞬のうちに蒸気となって穴から立ち上る。呼吸はたちまち困難となり、舌を痙攣させながら人々は熱い熱いとおかしな踊りを始める。

 リンクーニャンの薬を服んだ裸の猿たちは凄惨な状況にも顔色一つ変えず、本能にのみ動かされてへこへこと腰を動かす。淫乱毒婦の庭園で性は乱れ、快楽と怨嗟の声が混じりあう。

「さあ」と言ってリンクーニャンが背中を叩くのは、捕えられた家族の最後に残った幼子。恐ろしいほどの美女に首根っこを掴まれ、地獄のような光景を強制的に見せつけられて慄く幼子は背後から酷薄な言葉を告げられる。お前だけは逃がしてやろう。ただし行くのならこの鉄板の上を行け。生きていたいのなら、死にたくないのなら。幼子はほろほろと涙を零し歯の根を震わせる。ぶんぶんと首を振り、懇願の視線をリンクーニャンに向け、愉悦しか残らぬその表情に悲鳴を上げる。

 幼子は足を踏み出す。焼かれる村人たちの頭を踏み躙り、鉄板に落ちぬようひょろひょろと揺れながら歯を食いしばる。罵声があがる。この罰当たり、なんてひどい子なの。また一方では幼子の家族や一部の人間が必死に応援する。いいのよ、行きなさい。ああ、私たちのことは……気にしなくても、いいから……。幼子の顔は脂汗で一杯になり、凄まじい重圧と罪悪感から臓腑全体が捻じれていく。うう、と唸る小さな声が快楽と怨嗟の合奏にそっと添えられる。

「暴れないでよ!」 とうとう幼子は隠すことなく罵声をあげる。「落ちてしまうじゃないの!」

 熱さに悶える人々が身をくねらせるたびに幼子はがくりと膝を落とし、そのたびに足元の半死人たちを口汚く罵った。どうせ死ぬのだからせめて自分の役に立て。いつしか幼子はそういう物言いをしていた。

 やがて幼子は知り合いの頭を蹴りつけた拍子にあっとバランスを崩し、転び落ちたその瞬間、怒りに満ちた多くの手によって瞬く間に引きずり込まれ、顔面から鉄板に押し付けられ豚のような悲鳴を上げて死んでしまう。

 リンクーニャンは笑っている。何がそんなに楽しいのだろう。人々が苦しんでいるのが面白いのだろうか。他人が不幸であればあるほど相対的に自らの幸福が実証されているようで安心するからだろうか。うっすらと微笑み、は、は、は、と平和な笑い声をあげる。穏やかに笑っている。

 リンクーニャンの治世はその後何百年と続き、民草にとっては暗黒時代が続いた。

 

 

 リンクーニャンは永遠を生きる。

 死なずの姫は世に奢侈を極め、快楽の限りを尽くす。何年も何年も官能に耽る。

 今日、ひとり恋をして楽人の男を抱き、また明日には飽きて楽人を殺し別の男の瞳を覗く。腕の中に男を抱き百年を生きて気が付けば男は死んでいる。時の流れの中で人はみな死んでいく。

 考える時間は無限にある。百年生き二百年生きればどんな馬鹿であろうと多少の分別を身につけるものである。まして仙女たるリンクーニャン、かつては山中で思索に沈潜することを日課とした彼女がそのことを考えないわけがどうしてあろう。

 リンクーニャンは永遠を思う。

 人を愛して今日を生き、人を殺して明日を得る。支配者として君臨し百年を経て──しかし自分はいつまでそれを続けるのだろう。

 夜明けの窓に天を仰いで下界に目を凝らせば薄明の空は蒼く霞んでいる。大気の塵に光が散乱しあらゆる輪郭を茫洋と冷ますその光景にリンクーニャンはそっと微かな声を漏らす。

「これが妾の永遠か……」

 

 たとえば時の流れを自在に操り、時間を進めることも戻すことも意のままにする、そんな御業を持った存在がいたとすれば、それは時の君とでも呼ぶ以外に方法はない。しかし仮に当の時の君が時を止め、動かぬ時間の中で何百年と生きたとしてそれは永遠だろうか。

 五百年生きれば、千年を耐えれば、それは永遠と言えるのだろうか。どこまでが永遠でどこまでが有限なのだろう。『永遠』とは一体何の謂いだ。

 人は退屈から逃れられない。リンクーニャンがいかに快楽を愛そうとても、やがては飽きる日がやってくる。

 何故と言って、たとえ誰かを愛し愛されたとしても百年経てばその男を知る者は誰もいなくなる。すぐに失われてしまうものに心をかけて言葉を尽くしたところで一体何になろう。何もかもが徒労だ。リンクーニャンは孤独に蝕まれる。

 

 人は彼女のことを零姑娘(リンクーニャン)と呼ぶ。

 清らかな水の玉。

 滴り落ちる雨粒。

 小さきもの、不完全たる器の中で流動するもの。

 そして何よりも『(Ling)』という言葉が指し示すのは、虚。何もない、空っぽ、そういう意味である。

 ──空っぽじゃ。なにもかも。

 呟いてそっと目を伏せる零姑娘。彼女の名を『はじまり』と呼ぶ相手が現れるまでは、更に三百年の時を要した。

 

 

 

 

 ある時誰かが自室の戸を叩く。

「何者か。妾は今、誰とも会いとうない」

 零姑娘の冷たい返答を意に介さず戸はがらりと開けられ、さっと風が吹き込む。肺を病んだ吐息に似た深い障気の風である。胡乱な目つきで零姑娘が顔を上げるとそこには一人の男が立っている。いや、男ではない。かといって女なのかといえばそうでもない。男でも女でもない異様の麗貌がそこにいた。色濃く濡れた影を連れ、禍々しい闇を纏い、オルロワージュはそこにいる。

 生まれて初めて零姑娘は他人の美しさに口を丸めて感嘆する。

「なるほどのう。これはまた美しい男じゃ」

「余は男ではない」

 短く答えたオルロワージュに彼女は少し笑ってたしなめるように言う。

「そんなことはわかっておる。そなたのような者は妖魔というのであろう。男でも女でもない、不死の悪魔とな。……しかしのう、男や女というのは、つまるところは言葉に過ぎん。男でも女でもないというのなら、そのどちらでもよかろう。ならば──妾が美しいと思うその者はみな、男と呼ばれておればよいのじゃ」

「そういうものか」

「それでその妖魔がなんの用じゃ。暇にあかせて妾の領地でも奪いに来たか」

「余は花嫁を求めている。姫よ。そなたが欲しい」

「は」

 真顔で言い放ったオルロワージュに零姑娘は一瞬茫然とし、しかるのちに童女のように顔を綻ばせて嫋やかに笑う。

「おぬしのう! それは野蛮人のやり方というものじゃ。女を手に入れたいと思うのならば、まずは言葉の限りを尽くすもの。おぬしのやり方は直截的に過ぎる」

「そうか。ではどうすればいい」

「妾も長いこと生きてきたがおぬしのような馬鹿者は初めてじゃ」

 からからと笑っていた零姑娘だったが、オルロワージュが黙りこくっているのを見て少し哀れにでも思ったのかそっとため息をついた。

「妖魔よ。おぬし、名はなんという」

「オルロワージュ」

「ではオルロワージュとやら。おぬしはなぜ、妾を妻としたいのじゃ」

「そなたが美しいからだ」

「……そうか」

 相変わらずの直球に反応に困り零姑娘はたじろいで頬を掻いた。

「それでは、ま……女を口説くためには女を喜ばせることが肝要じゃ。女を褒める、楽しませる、まぁそういった類のな」

 オルロワージュはしばらく考えていたが、やがて重々しい口調で口を開いた。

「そなたは美しい」

「それはもう聞いたわ、たわけ」

 零姑娘は頭を抱える。

「褒めるのはもうよい。女を楽しませる──いや、ああ、そうじゃのう。おぬしが人にしてもらって嬉しいと思ったことを妾にしてみよ」

「ふむ」

 今度はさらに長い時間がかかり、待ちくたびれた零姑娘が半目になってようやく柱時計がぼおん、と低くなった。オルロワージュが静かに目を細めた。

「わかった」

 そう言ってオルロワージュはつかつかと歩み寄り、零姑娘の頭に手を乗せるとくしゃ、と撫ぜる。

「……なんじゃ、これは」

「楽しいだろう」

 どことなく満足げなオルロワージュにさしもの零姑娘も押し黙りされるがままに撫でられる。

「おぬしはどうも、妾とは違う星の住人のようじゃのう」

「ああ」

 素知らぬ顔で答えるオルロワージュに零姑娘は上目使いに可愛らしく睨む。

「言っておくが……今のは皮肉というヤツじゃからな」

「そうか」

「……ふ」

 零姑娘は再び笑みをもらし、か、か、か、と高らかに笑い出した

「これほど笑ったのは久方ぶりじゃ。オルロワージュよ、おぬし案外面白いのう」

「そうか。余は面白いか。そなたを楽しませることができて何よりだ」

 オルロワージュは零姑娘を撫でながら優しく語り続ける。

「姫よ。我が花嫁となりてともに永遠を生きようぞ」

「永遠……。おぬしの言う永遠とは、一体どのようなものを言うのか」

「永遠とは」オルロワージュははっきりと言う。「時の中で生きながらけして失われぬことを言う。時を止めて生きるのでもなければ、命を捨てて死に続けるのでもない。流動と変節の中で、しかし不変である存在のことだ」

「おぬしと妾であればそれが作り出せると?」

「少なくとも余は死なん。そなたもまた」

「そうか……それもいいかもしれぬな。どの道、千年を生きて愛という感情の在り処すら見失ったこの妾。おぬしの牙を受けて強制的に虜となるのもあるいは幸いというものかもしれぬ」

「では」

「いいや」

 零姑娘はオルロワージュの手首を掴み、ぎりぎりと握りしめる。

「だからといって易々とおぬしに支配されるほどこの零姑娘、枯れてはおらぬ。どちらかがどちらかを支配するというのなら、それは互いの格をもって競い合おうぞ。妖魔の瞳は魅了の瞳。どちらの支配力が上か試してみようではないか」

「ふむ。それもよかろう。……しかし、どうやって比べる」

「簡単なことよ」

 零姑娘はそのままオルロワージュの腕を引っ張り、胸と胸とを合わせ、互いの吐息が感じられる距離にまで近づける。悪戯な表情を浮かべると彼女はそっと口づけをしてこう言う。

 ──ただ見つめあえばよい。恋人のように。

 

 仙女、零姑娘の瞳は男を蕩かす蕩尽瞳。対するは妖魔オルロワージュの蠱惑の瞳。時計塔の乙女と影絵の魔王が結ばれてできた魔眼。千年の倦怠を超え、悠久の吐息を伴い、二人の魔性は静かに対峙する。瞳は論理を超克し、相手の魂を地べたへと縛り付けようとする。

 跪け。跪け。僕となりて愛に仕えよ。語る眼球がぬるりと蠢き、妖術が視神経を犯していく。

 迎える結末はあっけなく、突如として零姑娘は頬を綻ばせると上衣をはだけて首元を露わにする。

「よかろう。オルロワージュ──いや、ぬし様よ。そなたの牙を妾に打ち立てるがよい」

「余はそなたを愛している。姫よ」そう言ってオルロワージュは身震いするほど美しい唇を開き、乙女の柔肌にそっと牙を埋める。

「ああ……」法悦に喘ぐ零姑娘。傷口から滔々と血は流れ女の肢体を優しく濡らしていく。乙女の血液はたちまちの内に造り替えられ、魂を従属させる。心が愛に満ちていく。

 上気した顔で零姑娘はうっとりと言う。

「ああ……これが愛というものか。この感情が。虜化とは、こういうものか……」

 熱い溜息をついて零姑娘はオルロワージュの胸元に頬を寄せる。オルロワージュは零姑娘を抱き寄せ、耳の融けるほど甘く切ない声色で囁いた。

 

「我らの蜜月はこうして始まる。ともに永遠に挑もうではないか。我が第一の寵姫、はじまりの姫──零姫よ」

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