珍しく腹が鳴って、アセルスは顔を赤らめた。やだ、ごめん……と誰に言うでもなく謝ると、傍で針仕事をしていた白薔薇がくすりと笑った。笑ったね、とふざけ半分に睨みつけると、白薔薇の指から僅かに血が流れている。どうしたのと注意を向けたが、彼女は何でもないことだというように首を振る。ちょっと、針で刺してしまっただけです。
ソファーに腰かけた白薔薇は手袋に刺繍を施している。やがて冬が訪れ、スラム街にも雪が降るだろうから、と彼女は言った。妖魔は暑さ寒さには強いが、逆に気温の変化には鈍くなりがちだ。“人間”のフリをして生きていくのなら、装いの一つも変えてみるべきだろう。
人間のフリ、という言葉は気にかかったが自分のために手袋を作ってくれている白薔薇の気持ちは素直に有難かった。毎夜毎夜少しずつ完成に近づいていく手袋を見守りながら彼女と他愛もない会話を繰り返し、夜中のお茶で咽喉を潤す。いつしか習慣めいてきたこの小さな夜会を心のよりどころの一つとして、アセルスはクーロンでの秋を終えようとしていた。
空腹をごまかすために立ち上がり、窓をさっと開け放つと冷たい空気が流れ込んでくる。寒いとは思わなかった。もしこれが人間ならどう感じただろう、凍えるように冷たいとでも形容しただろうか。アセルスにはわからなかった。自分は冷たいという言葉を知っているから、冷たいと感じるのだろうか。今の季節であれば、夜ならば、おそらく、きっと、冷たいだろう。そう推論し、周りの風景や窓におりた露から“冷たい”と表現しているだけなのだろうか。
熱を感じることはできる。氷を抱き締めれば確かに寒くもなるだろう。けれどもこのまま妖魔に近づいていきあらゆる環境に耐えうる体を手に入れたなら、その時は四季の変化に心を動かすことさえもなくなってしまうのだろうか。
「だから……なのかな」
世界のあらゆるものから感覚が遠ざかってしまったら、失われた感覚を呼び起こすための破滅が欲しくなる。身を斬られる痛みでもいい、魔法による業火や絶対零度でもいい。妖魔に戦う力が備わっているのもそのためか。イルドゥンやアルキオネが戦いを求めるのはそのためなのだろうか。
「なんて……なんの証拠もない。あれこれ考えたって、想像の域を出ないか……」
近頃では随分と独り言も増えて、白薔薇はごく自然に聞こえなかったふりをしてくれるようになった。ヌサカーンの話を聞いてからアセルスは妖魔と言うものが一体何なのか考え続けていたが未だに答えは出ない。オルロワージュ、イルドゥン、ラスタバン、セアト。紅にメサルティム、そして白薔薇。みんな人間とはどこか違う生き方、考えを持っている。けれどもそれは同じではなく、一口に妖魔といっても誰もがどこかしら違ってる。シュライクで学生として暮らしていた頃、妖魔はただの化け物だった。本や映画の中に登場するような──人の血を啜る吸血鬼、人を魅了する怪物。しかし妖魔の世界に一歩足を踏み入れた今、アセルスの眼には妖魔がただの化け物とは思えなくなっていた。
夜風にあたっても空腹は引かず、アセルスは諦めて冷蔵庫の中身をごそごそと漁り始める。少しだけわくわくする。久しぶりの夜食。お腹が空いたという感覚は実に健やかな感情をもたらしてくれる。ようし、たまには贅沢してやろうじゃないか。何かに挑むような気持ちで魚肉ソーセージの皮を剥き、あんぐりとだらしなく口を開けてかぶり付いた。
「あ……」
思わず茫然としてアセルスは言葉を失う。そのままぽとりとソーセージを取り落とし、のろのろと力なく拾い上げ、そっとラップに包んで冷蔵庫に戻した。俯いたまま、アセルスはとぼとぼと戻り白薔薇の隣に腰を下ろす。
「夜食はおやめになったのですか?」
「うん……」
アセルスは膝を抱え、長いため息をついて足の間に顔を埋めた。
「お腹が空いたと……そう思ったんだけどな……なんだろう……、味が……」
戸惑いに言葉を揺らすアセルスに、白薔薇はそっと微笑んで肩を寄せた。
「白薔薇」
「はい」
「妖魔って何なのかな?」
突然の質問に白薔薇は眼をぱちくりさせていたが、やがて針仕事の手を止めてゆっくりと答える。
「妖魔とは何か、という質問はきっと、人間とは何かという質問と同じものですね」
「それは……答えが出ないという意味で? それとも妖魔も人間も変わらないという意味で?」
「いいえ、私には答えることができない、という意味で」
「はぐらかすね」
「誰だってそんなことを聞かれれば困ります」
「でもさ……」
不意に沸き起こる焦燥に言葉尻を上擦らせ、アセルスは言い淀む。
「私は半妖だから……、自分が何なのかってことを知ろうとしたら、妖魔とは、人間とはって考えて、答えを出して、そしてようやく、そこから半分を、中間点や境界線を見つけ出さなきゃならないんだ。……ゾズマには、そんなことくらい自分で考えてみろって言われそうな気もするし、それはそれで正しいような気もするけど、でも、何の材料もなしに結論なんて出せやしないよ……。ねえ、白薔薇は元々は人間だったの? 吸血をされて人間から妖魔になって、自分の変わり様に戸惑ったりしたの? それとも初めっから白薔薇は妖魔で、人間の血を吸ったりもしたの? 白薔薇は妖魔なのに、どうしてそんなに優しいの?」
矢継ぎ早に投げかけられた問いかけに白薔薇は困ったように眉を下げておずおずとアセルスの手を握った。
「アセルス様……」
「ごめん。子供みたいなことを言って」
「いいえ。いいのです。アセルス様。それは当然の疑問です。……ですが、ごめんなさい。私はアセルス様の疑問に答えることができません。私は気がついたときから妖魔でありました。妖魔として生き、そのことについて疑問を持ったことはありませんでした。私には、私が優しいのかどうかわかりません。あなたと同じように、私もまた自分のことがよくわからないのです。たとえ妖魔と言えど、自分が何なのかを知っているものはそうおりません」
「よく、わからないんだ……。あなたみたいな妖魔もいるって思うその一方で、やっぱりどうしても理解できない部分がある……。セアトやアルキオネみたいにいきなり襲ってくる奴もいるし、イルドゥンみたいに戦うことを楽しんでいるような奴もいる……」アセルスはミニチュアのベッドですやすや寝ている紅をちらとみやる。「紅も……初めて会った時はあやうく焼き殺されるところだった……。別に、それで恨んでるってわけじゃあないけど、……でも、人間とは違う。人間はそんなことしない。ねぇ、白薔薇……」
そこでアセルスは縋りつくように白薔薇の手をぎゅうと握りしめ、泣き出しそうに顔を歪める。
「白薔薇も、人を殺したの……?」
静かに尋ねるアセルスに白薔薇はにっこりと微笑んで答えた。ええ、たくさん殺しましたよ。
◇
──そう。
蚊の鳴くような声でアセルスは呟く。
わなわなと震える右腕を押さえて、アセルスは顔を背けた。嘘なんでしょう冗談なんでしょうと叫び出したかったが恐ろしくて出来なかった。ぎゅっと眼を閉じて、必死に息を整えた。今、自分の隣にいるこの女性が不意に膨れあがり、口は三日月に裂け眼は爛々と輝きだして舌なめずりをする、そんな妄想に囚われる。この肩に触れる彼女の柔らかい感触はしかしどう仕様もなく妖魔のものなのだ。
人を殺した。
確かにそう言った。
何と言っていいのかわからず胸の中で渦巻く動揺に吐き気を覚えていると、怯えるアセルスを慰めるように白薔薇が優しく背中を撫でる。いつもならそれでほっと安心し、身も心も任せてしまいたくなるような愛撫。けれどもどうしたことだろう、今日このとき殺人を宣言して伸ばされた白薔薇の指先はどこか生理的な嫌悪感を芽生えさせ、アセルスはびくりと身を竦ませる。
「いやだ……白薔薇……」
「アセルス様……?」
不思議そうな声を上げて白薔薇がなおもアセルスの背中を撫でまわす。白薔薇の細い人差し指が、淫らに捩じれた薬指が、放恣を秘めた中指が、アセルスの脊髄をひたひたと叩いた。痺れるような痛みが全身を奔る。神経を駆け巡る稲妻がびりびりと震え、脳髄にまで蕩けるような刺激を伝達していく。その電気信号が官能という名だとアセルスはまだ知らない。ただこの時ばかりは見知らぬ感覚に戦き、やめてと強く身を捩って白薔薇を睨みつける。
「どうし……」
どうしたの白薔薇、こんなのおかしいよ。いつもと違う。そう言いかけてアセルスは口を噤む。思いのほか近く、瞬きの音さえ聞こえそうな距離から深く、どこまでも深くこちらを覗きこむ視線でもって白薔薇の眼球がこちらを見つめている。白薔薇の掠れた吐息が痛いほど耳に響いた。彼女の吐息はむせかえる植物の臭いがした。生きとし生ける植物が、刺を持つ薔薇が食虫花が放つ濃密な命の香り。
──この女は一体誰だ?
──こんな
──ひとじゃあ、ない……。
戸惑いにアセルスが視線を反らすと、白薔薇はくすりと小さく笑った。
「アセルス様」
「はなして……」
押しのけようと差し出した腕を白薔薇は怖ろしいほど素早く掴み、万力のような力でそのままぎりぎりと締めつけながらアセルスをソファーに押し付ける。やだ、何するの、とアセルスはもがいた。けれども白薔薇は何も答えてはくれなかった。
「し、白薔薇……」
声を迷わせるアセルスに白薔薇は俯いてふるふると全身を震わせた。何をしているのか、まじまじとその顔を覗きこんでアセルスははっと息を飲んだ。
白薔薇はいつものように、平和な顔をしてくつくつと笑っていた。楽しくてたまらない、そういう顔をしていた。
「……少し、早かったですね」
「え?」
「あなたとこんな話をするのはもう少し先にしようと思っていたのに──あなたが変なことを聞くからつい、口走ってしまったの……失敗でした」
「何を言っているの……?」
「ねぇアセルス様……。“無かったこと”にしてしまいませんか……? ほら、赤子みたいに眼を瞑って? 体をうんと縮めて、ぶるぶると恐怖に怯えて──ああ、悪夢よ去れと念じてみて? そうすれば何もかも忘れられる。今日、起きたことはみんな、“無かったこと”になりますよ……。気付かなかったフリをして、見えなかったフリをして……忘れてしまいましょうよ」
アセルスは唾をごくりと飲み込み、頬を強張らせる。
「そんなことは、できない……。無かったことになんて、なに一つならない……。この、体も、あなたのことも……」
「本当にそれでいいのですか……?」どこか眠気を誘う声で白薔薇が穏やかに尋ねる。「本当に、それで、後悔はしない……?」
「嘘のままになんかできない」アセルスは苦しげに呻く。「無かったことになんか……」
「そう」
白薔薇は頷いた。
「それならば思い出してみて下さい。
「え……?」
こんな時に何を言うのだろう。一瞬頭が真っ白になった。お腹が鳴ったのはなぜ? 空腹を感じたことにどうして白薔薇は言及するのか──。
(珍しく腹が鳴って、アセルスは顔を赤らめた。やだ、ごめん……と誰に言うでもなく謝ると、傍で針仕事をしていた白薔薇がくすりと笑った。笑ったね、とふざけ半分に睨みつけると、白薔薇の指から僅かに血が流れている。どうしたのと注意を向けたが、彼女は何でもないことだというように首を振る。ちょっと、針で刺してしまっただけです……)
「そ、そんなことは……違う! 絶対に違う!」
うろたえるアセルスの体を玩具のように前後に揺すり、白薔薇は軽やかな笑い声を上げて言う。いいえ、そうよ。あなたのお腹が減ったのは、ただあなたが私を食べたくなったからですよ。
「嘘だ! そんなのは嘘っぱちだ!」
「嘘のままにはできない、とあなたは言った筈」
「でも、そんなことは……」
「ほら!」
珍しく大声を出した白薔薇にびくりと体を引き攣らせ、アセルスは彼女が突き出した指先に思わず目を向ける。
ごくり、と無意識に咽喉が鳴った。
「うう……」
混乱に脂汗を流しながら唸るアセルスは、しかしその可憐な指に眼を奪われる。いや、指ではない。白薔薇姫の細れる指、その先端にできた醜い傷口、その傷口から滴り落ちる、いやらしく粘ついた蒼の液体──乙女の血液。かちり、と奥歯が鳴った。恐怖に歯の根が合わなくなったのではない。獣の衝動に、その歓喜に牙が震えているのだった。歯茎をむき出しにして歯と歯とを強く噛みしめた。次から次へと涎が溢れ、唇の端から零れだした。だらしなく頬を緩ませて、アセルスはとろんと表情を弛緩させる。わなわなと舌を震わせ、はしたなく突き出した。与えられるものに何の躊躇いもなく跪いてアセルスはねだる様に鳴き声を上げた。淫らがましい声だった。
「アセルス様」
淡々とした白薔薇の声にアセルスははっとして我を取り戻す。動揺に視線を彷徨わせながら口ごもる。
「ち、違う……これは違うんだ……、ねぇ」
アセルスは助けを求めるように白薔薇を見た。冗談だと言って欲しかった。気のせいだと言って欲しかった。だが、しかし──白薔薇の指先でまた一滴の血が流れ落ちる。ぴちゃり、と湿った音を立て絨毯に小さな染みができた。あさましい音を立ててアセルスの腹が鳴った。違う。これは違う……!
戸惑うアセルスを尻目に白薔薇はじれったいほどゆっくりとした動きで指先を軽やかに振り、また一しずく血液で床を汚してみせたかと思うとほらわかるでしょうとでも言いたげに視線を床へそしてアセルスへと移動させた。
「白薔薇……」
縋りつくように瞳に涙を浮かべたアセルスを残酷な目つきで見下ろして、女王が命令を下すように厳然とした声色で白薔薇は言った。
「ほら──お舐め」
◇
「う……」
顔を歪めて咽び泣くながら、アセルスは四つん這いになって地べたを舐める。
「うう……!」
涙がとめどなく滴り落ちて、体を支える両手が滑る。あ、と間抜けな声を上げて力なく倒れ込み、したたかに頬を打ちつける。思わず撫でた掌に血がべったりと付着して、ああ、なんて勿体ない、と浅ましく考える。自分はなんて生き物だろうと絶望に冒されながら、必死になって零れた血を啜りあげた。今や全身は焼けつくほどの熱を持ち、衣服の裏側で欲情に胸が尖る。喘ぐように息をして淫らに伸ばした舌を床に擦りつける。咽喉を滑る血はどろどろと粘性を帯び、甘やかな感触をしつこく残していく。恐ろしいほど甘美なその液体を思う存分味わって──アセルスはまた一つ嗚咽を漏らす。
「嫌……こんなのは……私じゃない……私じゃあ、ない……!」
「……」
そんなアセルスを見下ろして白薔薇はつまらなそうにため息をついた。
「やはり、早かったわ……」
床を舐めるアセルスの頭をがちりと掴み、白薔薇は子供をあやす母のように優しい微笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。アセルス様」
「あ……?」
「悪いのはすべて、この私。アセルス様はなにも悪くございません。私がただ、少し急ぎ過ぎてしまったのがいけなかったのです。だから──」
白薔薇は小さく囁く。
──
白薔薇の手の中に生まれた光球がするりとアセルスの頭の中に侵入し、内側で音もなく炸裂する。アセルスの頭が一瞬にして弾け飛んだ。おぞましい肉片をぶちまけてぴくぴくと痙攣しながら、彼女の胴体がどうと音を立てて転がる。
「大丈夫ですよ。アセルス様──」
白薔薇は淡々と言葉を続ける。
「このくらいであなたは死なない。次にあなたが目覚めた時には、何もかもが夢になっています。……私が、ちゃんとそうなるようにしておきます」
そう言って白薔薇は飛び散ったアセルスの肉片をかき集め、その中に小さな種子をそっと埋め込んだ。瞬く間に根を伸ばした種が身を捩ると種はふと姿を消して見えなった。アセルスの体がようやく再生を始めていく。
部屋を汚したアセルスの血液のいくぶんかは本体に惹かれるようにずず、ずず、と蠢いて戻っていく。残りの動かない分は白薔薇が魔術で生み出した吸血植物に吸わせて消しておく。
「あとは……、そうね……」
「白薔薇姫! ……あなた、何をしているの!」
後始末のために頭を悩ませていると、不意に背後から鋭い声が上がった。
「紅姫様……。いくらなんでも、起きるのが少し遅すぎるのではないですか? そんなことではアセルス様をお守りできませんよ」
白薔薇は呆れながら振りかえり、非を責めるようにやんわりと口を開く。平然としたその態度に紅はわなわなと全身を震わせ、激情の炎に身を高ぶらせた。
「黙れ! アセルス様から離れなさい!」
「嫌だ、と言ったら?」
「殺す!」
即答した紅に白薔薇はやれやれと言いたげに眼を閉じ、面倒そうに息をついた。
「少し考えて下さいませ、紅姫様。こんな所で私たちが戦えば、アセルス様が折角見つけてきたこの家は簡単に壊れてしまうのですよ」
「そんなことを気にする状況か……!」
「ではもう一つ教えて差し上げます。アセルス様はいま、大変傷ついていらっしゃいます。……だから、これはそれを“なかったこと”にするための仕方のない措置なのです。アセルスは私たちが妖魔であるということに──大量殺人者である妖魔だということを知ってしまいました。自分が血を求める浅ましい化け物だということに気づいてしまいました。その事実は彼女を苦しめ、絶望させてしまうでしょう。今の彼女にはまだ、真実に触れるだけの強さがありません」
白薔薇は紅を威嚇するように不敵な笑みを浮かべる。
「私を殺しますか、紅姫様? そうして目覚めたアセルス様に全てを教え、彼女の心の支えである私を殺したと告げる勇気があなたにありますか?」
「貴様……」
「恨まれますよ、きっと。あなたは、アセルス様に」
「……」
「ああ、でも……そうした方がもしかしたらあなたにとっては都合が良いのかもしれませんね。だってあなたはアセルス様に恋をしたのでも希望を見たのでもなくて……死ぬ理由が欲しかっただけなのだもの」
「そんなことはないわ……」
弱々しく言葉を濁す紅を嘲笑い、白薔薇は「嘘ばっかり」と頬をつり上げた。
「だって、ねぇ? たった一人の小娘が夢見がちなことを言って……“この世のどこかに居場所を探そう、
「違う。私はアセルス様を信じているわ!」
「ならばすぐに私を殺してアセルス様に真実を告げなさい」
「く……」
「できないのなら……いますぐ私に協力してください。アセルス様ももうすぐ目覚めます。口裏を合わせ、血痕を跡形もなく消し去るのです。全ては悪夢だった、そういうことになるよう、舞台を作り上げるのです」
「もし……」怯えの表情を浮かべながら恐る恐る紅は尋ねた。「もし、アセルス様が全て覚えていたら? 悪夢だと信じなかったら?」
「信じるまで殺しましょう」
白薔薇はこともなげに言った。こうやって脳を吹き飛ばせばいくら再生すると言っても記憶に齟齬も出るでしょう。フラッシュフラッドで何回か脳味噌を焼いていけば、その内に何だって忘れますよ。
多分ね、と言って白薔薇は笑う。それは例えば自らの破滅を楽しむような、後先を考えずに悪を為す罪人特有の邪悪な微笑みだった。