サガフロンティア アセルス編   作:おめかけ

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幕間 あまりにも弱き毒婦

 その剣の名は萼十字(ウテナクロス)といった。

 美しい剣であった、と記憶している。上級妖魔であれば誰しもが一振りの剣を携えているものだが、それでも針の城一優しいお方だと噂される白薔薇姫が他者を滅ぼすための武器を片時も離すことがなかったというのは不思議なことのようにも思えた。実際、どこへ行くのにも白薔薇姫はその剣を持っていた。武器と言う存在が己の美しさを損なうことを嫌い、別の空間に隠し持つ妖魔も多い中、それでも彼女は依然としてその萼十字を帯剣していた。剣の美しさがそうさせたのかもしれない。その剣は白薔薇姫の美しさを一層引き立たせていた。その名の如く花を支えるための萼として。

 柄元に奔る十字の緑鍔、美しく咲いた刀身。白薔薇姫の細腕が振るうつるぎ、萼十字。彼女が根っこの町へと訪れるたび私の眼は吸いつけられるようにその剣を追った。妖魔としては浅ましいことだったかもしれない。けれども私には妖魔としての矜持や規律なぞはどうでもよいことのように思えた。ただ私が思うのはたった一つのことだけだ。

 美しければそれでいい。

 

 私は美しいものが好きだ。妖魔だからそう思うのかもしれない。妖魔の世界には、そして妖魔たちの間には美しいものが多くある。私はそれが嬉しい。美しいものはいつまでも見ていたいし、出来ることならば更に美しくしてあげたい。そう考えた私はいつの間にかに根っこの町に仕立屋を構え、妖魔の貴族たちに妖美なる衣装を仕立てて差し上げることに夢中になっていた。私は名もない下級妖魔、蜘蛛の妖魔飴鐘(あめかね)。針の城に住む方がたはゴサルスや私たち職人を蔑視している。妖魔は努力や向上心を否定するものだからそれは仕方のないことかもしれないが、私の衣装を身に纏う妖魔の貴族様がしかしその衣装を仕立てた私のことをどう思っているのかと考えると少しだけ悲しくなることがある。……でも私は私であって、その性分や感性を変えることはできない。私は好きで仕立屋を営んでいるのだ。私は私だ。……この“私は私”という言葉は、近頃店によくいらっしゃるようになった黒騎士イルドゥン様の口癖がうつったものだ。イルドゥン様は自我のとても強い方。頑なで、硬質で、そしてとてもまっすぐなお方。イルドゥン様ははじめ「なぜわざわざ他者の服をつくるのか」という顔をしていた。他者を美しく飾るという考えにはまるで共感できないようだった。彼は彼のためだけに存在している。誰かのためだとかそんなお為ごかしを妖魔の中でも特に嫌っている彼は、しかし何故だが私の店に度々訪れては店の服を褒めたりけなしたりしている。最初の内は“なんだか不気味な方”と警戒していたけれどやがて単に私の服を気に入ってくれたのだとわかった途端、イルドゥン様への親しみが急に湧きだして私は自分でも戸惑ってしまった。本当に変わった男。

──それで、イルドゥン様? 今回の服はどのようにいたしましょうか。

──そうだな。夜に似合う服をくれ。

──はぁ……。

 彼の注文はいつもひどく雑だった。曖昧で感覚的な言葉に私はいつも頭を抱えたものだったけれど、そうして悩むことですらも私にはどこか楽しかったのかもしれない。針の城の貴族たちの中で、自らの足で根っこの町で降りてくる者は珍しい。中でも黒騎士セアト様は他者に認められようと努力する者にも比較的優しく、ゴサルスなどにはとても慕われていたけれど、私にとってはどこか野卑な印象を受けるセアト様よりもイルドゥン様の方が好ましく思えた。

 

 ある時私の仕立屋に一人の新人がやってきた。風呂敷包みを背負った幼い少女で、名はジーナと言った。どこの田舎娘がやってきたのかとからかい半分に眺めていると、思いのほかよく働く。きちんと周囲に注意を向け、いまやるべきことを考える。勤勉で怠けることを知らず、家族を養うため懸命に生きている。私はすぐにジーナのことが好きになった。いっそ食べてしまおうかと考えたことも一度や二度ではない。『残念だけれどもあなたにはデザインの才能がないわ』と告げるとジーナは一瞬泣きそうに顔を歪め、けれども気丈に唇を引き締めて『それでも、私は働いていかなけりゃなりませんから、ここに置いてください』と頭を下げた。謝る必要など何もなかった。彼女は必要な人間だった。たとえ独創性や閃きに欠けていようとも彼女の堅実な裁断や繊細で正確な針仕事は私の仕立屋に無くてはならないもの。私は私の持てる技術全てをこの子に叩きこむことにした。

 イルドゥン様とジーナ。彼らに囲まれた私の生活は穏やかで平和だった。掛け替えのないものであり、けして失ってはならないもののはずだった。だから──だから、妖魔の君オルロワージュ様に恋をして、その恋に敗れた時、私はこの二者のことをまず考えた。

 仕立屋に顔を出したイルドゥン様といつものように何気ない会話を交わしながら、私はなぜと考える。なぜ私はこの男を愛さなかったのだろう。彼のことが好きだったし惚れてしまっても何も問題はなかったはずで、とても近しい彼のことよりもなぜ一目会っただけのオルロワージュ様に惹かれてしまったのか私にはわからなかった。オルロワージュ様を好きになってしまったの、と伝えた時、イルドゥン様は静かに『……そうか』と答えた。

──何も言ってはくださらないの? 私はどうしたらいいのかしら?

──自分で行うすべてのことは、自分自身で決めることだ。他者の意見になど左右されてどうなる。

──そう。……あなたなら、そう仰るのでしょうね。

 そうして、彼は今日もまた私の店に訪れる。何があったか聞かないのだろうか。私の恋がどのような結末を迎えたのか何故尋ねないのだろうか。私が今もこの仕立屋にいる以上、その結果は聞かずとも彼にもわかる。でも……。慰めの言葉? そんなもの、求めていたわけではないけれど……。

 

 愛していますと私は言った。このファシナトゥールを支配する王、妖魔の君オルロワージュ様に気持ちを告げた。けれどもその想いを受け取って頂くことはできなかった。だから、私はもうこの星にはいられないのだとそう思った。後に残していくジーナのことを思うととても心苦しい。彼女の技術はもう十分なものになっていたけれど、だからといって経営までこなせるわけではない。長い時間をかけた考えた結果、妖魔ではなく人間の親方を彼女のために招くことにした。愚かではあるが実直で腕のある職人だ。きっとジーナのことを大切にしてくれるだろう。

 美しいものが好きだった。けれども私は、自分自身がそう美しくはないということを知っていた。下級妖魔。力も美貌もそこそこの存在。中途半端で、服を仕立てることしかできなくて……。

 私はファシナトゥールを飛び出して色々な星を見て回った。自暴自棄になっていたのかもしれない。旅の果てに野たれ死んでしまえばそれで運命のカタがつく。投げやりで、いい加減な気分。私。私は何だろう? 妖魔とは何だろう? この思いが叶わないのなら、妖魔であることに何の意味があるのだろう? 色々なことが分からなくなった。世界を旅してまわっていると星によって美的感覚が異なる。“美しさ”というものはその土地の文化に左右される。だとしたら私が今まで美しいと感じていたことは何だったのだろう。これまで積み上げてきた価値観が音を立てて崩れ去っていく。美しいとは一体何を指すのだろう。中級だとか上級だとかいう言葉は、誰が定めたものなのだろう。そう考えたその時に私の手には一枚の紙が握られている。紙にはこう書かれている。『力が欲しくはありませんか? 今の自分が好きになれない方、もっともっと自分を好きになりたい方。私たちと一緒に新しい人生をエンジョイしませんか? ──秘密結社ブラッククロス ※資格・能力に応じて昇進制度アリ。君も目指せ四天王!』

 馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑いながらも私の心はもう決まっていた。もうどうにでもなれと思った。

 

 

 

 

 数年後、私は大都市マンハッタンで貿易会社を経営する女社長、シンディ・キャンベルとなっていた。裸一貫からなりあがるという言葉から想像するほど難しいことではなかった。資本の大部分はブラッククロスが担っていたし、利潤を求めることよりは裏の取引に協力することの方が重要だったからだ。

 ブラッククロスに参加した当初、私は思ってもみない歓迎を受けた。いまの四天王には妖魔が欠けており、そこに私が加わることで調和が保たれる、ということらしかった。戦闘員や工作員を飛び越えていきなり四天王という話には流石に驚きもしたけれど、組織の参謀役であるドクタークラインは熱い口調で私に改造手術を勧めた。

 

──それで、飴鐘君。身上書を拝見させてもらったが、君はファシナトゥールで仕立屋を営んでいたというのは本当なのかね?

──ええ、まあ。

──それは本当かね?

──? ええ、本当ですわ。……どうしてお疑いになるの?

──しかし妖魔は機械に弱いというだろう。仕立屋と言っても、裁断機やミシンを使用する必要はあるのではないかね?

──ひと口に妖魔と言っても千差万別というものでしょう。確かに私も機械が大得意というわけではありませんが、他の妖魔に比べれば慣れている方だと思います。

──そうか。それはいい。実にいい。

──何故ですの?

──私はちょうど、今までにない技術を考えだしたところなのだ。その技術はメカと他種族とを融合させるもの。メカでないものにメカの精密さと生命知らずの力を与え、メカには命が持つ心や技術を与える。四天王には妖魔が必要だ。だから私は妖魔にメカの力を与えることで新たな四天王にしようと考えた。……ところが、下っ端の妖魔ときたらどいつもこいつもメカ音痴ばかりで話にならん。頭を抱えているところに君が現れたというわけだ。

──私、そんなに役に立ちますかしら。

──勿論だとも。君は自分で気づいていないだけなのだよ、自らの特異性にね。メカを扱うことのできる妖魔、その個性は素晴らしいものだ。

──……そうかしら。……私、そんなにすごいものかしら……。

 

 私はドクタークラインの勧めに従ってメカ音痴矯正手術を受け、全身の四割を機械に変えた。これが私の新しい価値なのだと思った。私だけの、この世界に私と言う名の女がいる意味。機械を操る妖魔、悪の組織ブラッククロスの四天王、毒のアラクーネ。

 会社の経営は順調だけれども、女社長であるからにはいつでも忙しい。朝起きて、膨大な電子メールの中から重要なものだけをピックアップして目を通す。メイドのつくった朝食を摂る時も、運転手の操る車で会社へ向かう時もずっと。到着した後は秘書に今日の予定を確認し、会社の数字をざっと頭に入れ、必要であれば各部署に指示を入れる。午前一杯はたいてい会議や報告を聞くだけで終わってしまうし、午後は午後であちらこちらに飛び回っては様々な人間に会わなくてはならない。ようやく夜がやってきたと思っても、女社長である私には連日の夜会や催しが待ち受けている。マンハッタンにおけるレディ・キャンベルは大会社の長であり、ファッションリーダーであり、マスコミや芸能界にも巨大な発言力を持つ存在だ。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。たとえ今は貿易会社の社長であったとしても、悪の組織の幹部であったとしても、私が女であることは変わらない。私は美しくありたい。美しくない私を美しく飾っていたい。……だから、私はどんな時でも一分の隙もなく着飾って人々を魅了する。マンハッタンの才女、都市が生んだ美のカリスマ。それが私。

 誰かに褒めそやされることは、なってみれば案外簡単なことだった。ここは妖魔の世界ではない。人間の住まう世界なのだ。誰もが私の美しさを湛えてくれる。ここでは私の美しさが保障されている。ああ、これでいいのだわ。きっと、私はこういう暮らしを夢見ていたのだわ。そう思って自室に拵えた豪奢な鏡を眺めると、時おり鏡の中の世界には懐かしい過去の世界が映る。ファシナトゥールで暮らしていた頃の、力もなく名誉も持たない私。名無しの下級妖魔であった私。小さな鉤針を繰りながらジーナと一緒に笑っている。時々イルドゥン様がやってきて、仏頂面でカウンターに腰かけてはぶつぶつと文句をつけたりしている。今の私とは違う。私は過去を懐かしむ。過去を懐かしみながら、そうして同時に少しずつ過去を忘れていく。これでいい。これでいいのだわ、きっと。

 

 

 ファシナトゥールにいたころ、上級妖魔であるゾズマ様のことはそれほどよく知っていたわけではなかった。一度か二度みせにいらしたことはあったけれど、とりたてて記憶に残る会話を交わしたわけではないし、だいいち彼は追手から隠れるために仕立屋を利用したに過ぎなかったからだ。けれども、私がファシナトゥールを離れてからゾズマ様との付き合いは急激に増えていった。どこから聞きつけたのだろう、私がマンハッタンで貿易会社を始めると言う話を聞きつけ、薔薇の花束を抱えてやってきた彼は『しばらく匿っておくれよ』とあつかましい頼みごとをする。

 

──それは……まぁ、構いませんけれど……。よく、私だとお分かりになりましたね。

──おやおや、本気で言っているのかい? 根っこの町の小さな仕立屋、キャンディーベル。あの店は妖魔貴族の中でもそこそこ評判の良い店なんだよ。名前を変えるにしても、もうちょっと捻りようがあったと思うけど?

──私にも、捨てきれないものというのはありますから。

──ふうん? なんだか面白そうだな。僕はちょっと人間の世界でやりたいことがあってね。しばらくは君のところに厄介になろうと思っているんだ。なあに、迷惑はかけない。その代わりと言ってはなんだけれど、ちょくちょく君にもファシナトゥールの情報を伝えてあげるよ。僕は情報通なのさ。

──ファシナトゥール、の……。

──君だって元はファシナトゥールの住人だろう。古巣の話の一つや二つ、興味はあるんじゃないのかな。

──あの……。

──うん?

──……ジーナは……ジーナは、元気にしていますか? 新しい親方のもとで、苛められたりしてはいませんか?

──ジーナ? ……ああ、仕立屋のところの人間か。うーん、まあ、あまり詳しくは知らないけど、元気そうだったよ。

──そうですか。良かった……。本当に良かった……。

──……おかしな妖魔だな、君は。人間のことなんて気にしてどうするのさ。本当はもっと聞きたいことがあるんじゃないのかい?

──どういう意味でしょうか?

──それはたとえば、ファシナトゥールの誇る妖魔の君、魅惑のオルロワージュのこととか、孤高の黒騎士、イルドゥンのこととかさ。ジーナのことはともかく、彼らの話ならたくさんあるんだ。何しろ、オルロワージュが血を与えた人間がとうとう目を覚ましてね。……ほら、君の所に毎年イルドゥンが衣装を注文しに来ていただろう? あの衣装の持ち主のことだよ。その人間の名はアセルスと言ってね、面白いことにイルドゥンが教育係を任されることになったんだ。それで……。

──ごめんなさい。聞きたくないわ。

──そうかい? なんだか辛そうな顔をしているね。悪いことをしてしまったかな? ごめんよ。でも君が聞きたくなったらいつでも僕は答えてあげる。君が、本当に、心の底から知りたいと言えるようになったその時はね。

──……そんな時は来ませんわ。私はファシナトゥールを出てここへ来た女ですのよ。私は私、今ここにいる私は、マンハッタンのシンディ・キャンベル……。

──おやおや。

 

 そうしてニヤニヤと笑うゾズマ様を見て、やはり私はこの男が好きになれないと感じた。口数の多いこの男を見ていると、黙ってばかりいたあの方のことばかりが思い出されて辛くなる。

 

 

 正義のヒーローアルカイザーの噂が流れ出したのも丁度この頃だった。その噂を秘書から聞いた時、私は最初何の冗談だろうかと思った。正義のヒーロー? そんなものはTVやコミックブックの中にしか存在していないものだと思っていたのに。悪の秘密組織の、しかも幹部にまでなっておきながら私は自分の敵が何なのかまるでわかっていなかったのだ。私はそれまで、ブラッククロスはクーロンの闇組織やトリニティ軍と敵対しているものだと思っていた。敵対組織というのは、だって、そういう言葉だもの。組織。集団であるもの。ブラッククロスは悪の秘密組織であって、それに敵対するものはといえばそれもやはり“組織”に他ならないのだと。

 でもそれは大きな勘違いだった。正義のヒーローなどというどう考えても馬鹿馬鹿しい存在がこの世には実在している。“正義”などという抽象的で非現実的な理念を堂々と掲げ、それもどうやら単独で活動している。動画サイトに投稿されたヒーローの目撃映像を眺めている内に、「おかしな人もいたものね」と思わず独り言が零れる。

「どうしたんですか、社長? そんなにぼおっとしたりして」

 秘書のチャン・ジィがにこにこと笑いかけてきた。栗色の髪をした目つきの細い狐顔の娘。胸元の大きく開いた華美なスーツを身に纏い、いつも男受けのする化粧をした秘書。

「だって、正義のヒーローなのよ。そんなものが本当にいるだなんて誰も思わないでしょう」

「マァ、社長ったら。ブラッククロスの四天王ともあろう方がそんなこと仰って良いんですかぁ? 私たち、これでもいちおう悪の組織なんですよ?」

「すっかり忘れていたわ。この動画を見て私、ようやく自分が悪者なのだと思いだしたところなの」

「もう、社長! しっかりしてくださいよ! せっかく正義のヒーローさんが出てきてくれたんですもの、いよいよ私たちが悪の悪たる力ってものを見せ付ける時じゃないですか!」

「なんだか随分と嬉しそうね」

「ええ、嬉しいです! ライバルが出てきた方がガゼン燃えますもん!」

「そんなものかしら」

 熱心にヒーローの魅力を語るチャンに付き合っている内に、次第に私もアルカイザーに興味が湧いてくる。一体彼はなんのために正義のヒーローなんていうものをやっているのだろう。仕事の合間を見つけては少しずつ彼の情報を集めてみる。

 シュライクで誘拐されかかっていた女児を救った。ハイジャック犯人から星間船を守った。都市に蔓延る悪を退治する不滅の皇帝、アルカイザー。市民たちは盛んに彼を褒めそやし、近く市長から特別名誉市民に勲章を与えられる日も間近だとか。

「……なんだか馬鹿みたいだわ、本当に」

「とかなんとか言って社長、毎日アルカイザーの動画ばっかり見てるじゃないですか」

「それは仕事だもの。仕方がないわ。もし仮にアルカイザーが本物のヒーローであれば必ずや私のもとへ現れることになるでしょう。その時のことを思えば情報を集めておいて損はないはずよ」

「そのことなんですけど、社長。私すっごく良いこと思いついたんですよ! あのですね! アルカイザーがこのビルに来るじゃないですかぁ。そしたら私がですね、こう……エレベーターガールの振りをしてですね、“あなたのファンです。受け取って欲しいものがあるんです”といって爆弾を渡すんです。どうです? ナイスアイデアじゃないですか?」

「いくらヒーローでもそんな怪しいものは受け取らないんじゃないかしら」

「受け取らなかったらそのまま爆弾投げちゃえばいいじゃないですか。ペッキペキのカンペキですよ」

「そういうものかしら。あなたすこし馬鹿だから心配だわ」

「えー、ひどーい。そんなことないですよう。……あでも、問題があるとすればあるんですよ。ちょっと考えてみたんですけど、もしヒーローさんが素直に私を信じてくれたなら、その時は私嬉しくなって役に立つ武器とかをあげちゃうかもです」

「……あなた、よくそれでブラッククロスなんかやれるわね」

「だって、悪でも正義でも、誰かに信じてもらえたらそれは嬉しいじゃないですか。誰かに信じてもらえたら、その人のことだって応援してあげたいじゃないですか」

「どうして? だってアルカイザーは私たちの敵でしょう。悪の組織にとっての正義のヒーローというのは、つまるところは死神と大して変わらないのではないの?」

 そう言って、私は少しはっとする。死神? ……そう、私にとって、アルカイザーは死神なのだ。自らの罪を罰するもの。自らの存在を糾弾するもの。……いつか、私の前に正義の味方が現れる。私の生き方や私の行動の全てを否定して、お前は間違っているのだと高らかに告げるために。その時、私はどんな顔をしているのだろう。憎しみや怒りを抱いて、歪んだ表情を浮かべているのだろうか。迫りくる死に脅え、惨めったらしく涙を浮かべているのだろうか。それとも……。

 

 

 

 

 アセルス、という娘のことはゾズマ様から聞かされていた。彼女のことを話す時のゾズマ様はいつも楽しそうで、後ろに控えている仮面のメイドがその度に悲しそうな眼をするのが印象的だった。

 トリニティのラムダ基地から逃げ出してきたアセルスのことをしばらく匿って欲しい、というのが今回のゾズマ様の頼みだった。針の城からも人間達からも追われるアセルスには行くところがない。それならば妖魔の社会とも人間の社会とも異なる悪の世界でならば少しは落ち着くことができるかもしれない、というのが彼の言い分だった。理屈のほどはよくわからないけれどオルロワージュ様の血を享けたというアセルスには以前から興味があったし、あの白薔薇姫も同行しているという話を聞いて会わないわけにはいかない。

 初めて会った時、アセルスはひどく丁寧に頭を下げて「ご迷惑をおかけしてすいません」と言った。針の城から逃げ出したという話から随分と気性の烈しい性格を想像していた私としては拍子抜けする思いだった。……これが本当に妖魔の君の愛し子? 礼儀正しい、普通の子のような気がするけれど……。

「ゾズマ様から話は聞いています。何か必要なものがありましたら何でも仰ってください」

「いえ、お世話になるのはこちらの方ですから。むしろ、私にできることがあれば何でもします。下働きとか、キャンベルビルの掃除とか、何でも構いませんから言いつけてください。それで家賃や生活費の足しになるかは分かりませんが……」

「……そんなことはなされなくていいのですよ。アセルスさんはお客人ですから」

「そういうわけにはいきません。生きるからには働かなければなりませんから」

「生きるからには……ですか?」

 その物言いに引っ掛かるものがあって、私はアセルスをまじまじと眺めた。着ている服はどこか薄汚れ、あちこちが解れている。けれどもその服は──その深紅のラーキューズドレスは確かに見覚えのあるものだった。それはジーナが毎夜毎晩少しずつ少しずつ仕立てていったもの。お城の若君のためにあの子が真心をこめて針を通したものだった。

「ああ……そうでしたね。あなたは──あなたのために、針の城からは毎年衣装のご注文があったのでした。イルドゥン様がその度にしかつめらしい顔をして、私にはその顔が懐かしい……。あなたにそのドレスを手渡した時、ジーナは元気にしていましたか?」

「ジーナの、お知り合いなんですか?」

「お知り合いも何も」と私は少しだけ笑う。「私はあの仕立屋のオーナーだったのです。ジーナに針仕事を教えたのは私です」

「そうだったんですか」

「ゾズマ様から時々話を聞いてはいたのですが、やはり他の方にも確認しておきたかったのです。ジーナは健康ですか? 新しい親方のもとで苛められたりはしていませんか?」

「それは、大丈夫だと思います。実際に会っていたのは三年前までのことですが、とてもいい子でした。しっかりしていて……」

「そうですか」思わず声に大きくなって、私は自分でも驚くほど安心していた。「それは、良かった……」

 

 

 

 

 

 

 親愛なるジーナへ。

 お元気ですか? 新しい生活を始めるにあたってあれやこれやと慌てている内に、前回の手紙から随分時間が経ってしまいました。ごめんなさい。

 なぞのメイド仮面がいきなりやってきて私からの手紙を渡されたのでとても驚いた、というあなたの話を読んで思わず笑ってしまいました。

 よくわかります。

 私も初めてあの人(妖魔?)を見た時は目を疑ったものです。

 その時は少し忙しい状況だったので深く追求する余裕もなかったのですが、

 すごいセンスをしているなぁと未だに思います。なにせメイド仮面ですから。

 彼女は上級妖魔であるゾズマに仕えているメイドさんなのだそうです。仮面をつけている理由はさっぱりわかりませんが、

 物腰はとても柔らかで話してみると案外まともな女性でした。

 あなたと手紙のやり取りができるのも彼女のおかげなのでとても感謝しています。

  

 前回手紙を書いた時はまだ星間船の中、住む場所も行くあてもない状態でしたのであなたに心配を掛けてしまったようですが、

 ご安心ください。なんとか落ち着くことができました。

 といっても、お恥ずかしながら自力でというわけではなく、例のゾズマとメイド仮面さん(なぞの)の紹介でなんとか仕事を見つけたという所です。

 いま、私はマンハッタンのキャンベルビルで清掃員をしています。

 マンハッタンに住んでいる妖魔のキャンベルさんとゾズマが知り合いだったので、そのツテです。

 キャンベルという名前からもうわかるとおり、キャンベルさんはキャンベルビルの持ち主です。

 しかもそれだけではありません。キャンベルさんはマンハッタンの誇る巨大な貿易会社の女社長(!)なのだそうです。

 びっくりですね。妖魔なのに。

 驚くのはそれだけではありません。

 なんと。

 そのキャンベルさんの正体は飴鐘さんだったのです。あの飴鐘さんです。

 私がファシナトゥールにいた頃、居なくなってしまった仕立屋の元オーナー飴鐘さんのことをあなたはよく話してくれましたね。

 飴鐘さんは色々あって名前を捨て、マンハッタンで新進気鋭の女社長、シンディー・キャンベルとして成功したんだとか。

 キャンディーベル → シンディー・キャンベルということらしいです。

 『シン』の部分はどこから来たのかと思い、

 もしかして〝キャンディーベルとしての飴鐘さんは死んだ、すなわち、死んディー・キャンベル〟

 という意味なのかとも考えましたが、なんとなく怖くて聞けませんでした。(駄洒落の寒さ的に)

 多分違うと思います。そうであってほしいと思います。

 

 話が少し逸れました。

 清掃員としての仕事はもちろん体力仕事ですから、なかなかに大変ではあるのですが、

 あなたも知っての通りこの体は頑丈ですし、食費もそこまで必要ではないのでなんとかやっていけそうです。

 今は少しずつお金を貯めているところ。目下の目標は洗濯機と冷蔵庫を買うことです。

 マンハッタンは都会ですが、色々な店が身近にありそうでなかったりします。

 コインランドリーくらい近くにあるだろうと思っていたら歩いて三十分もかかるので流石に考えてしまいました。

 そんなことを書くと、またあなたは、

 そんなご苦労をされているのに私はファシナトゥールでぬくぬくして、と言うかもしれませんが、

 この際ですのではっきり言っておきたいと思います。

 そんなことを気にする必要はまったくありません。

 

 前回、うっかり筆を滑らせてラムダ基地で拷問を受けたなどと書いてしまったせいでしょうか。

 あなたの手紙にはしきりに謝罪の言葉が繰り返されていました。

 一緒に行こうという私の誘いを断ったこと。

 根っこの町から逃げ出していく私を助けられなかったこと。

 その二点について、ジーナ、あなたは何度も謝っていたけれど、あなたは何も悪くない。

 むしろ悪いのは私の方です。

 今さらながら私は『ぐわー。ジーナにそんな思いをさせていたのか……』とじたばたしているところです。

 

 針の城を出ていく時、一緒に行こうと誘う私にあなたは申し訳ない顔をして言いましたね。それはできないと。

 とても辛そうな顔をしていました。そしてそんな顔をさせてしまったことを私は長い間後悔していました。

 思えば、その時の私にはまるで常識が欠けていて、分別や思慮も足りてはいなかったのです。

 あなたには両親がいて、三人の弟と二人の妹がいる。

 独り立ちして働くあなたはその稼いだお金をご実家に送っていて、そのお金であなたの弟妹が食べている。

 だから行けない、とあなたは言いました。

 その言葉はどこまでも正しい。

 あなたはあなたを誇りに思うべきです。

 少なくとも、私はそんなあなたと知り合えたことを誇りに思います。

 あなたは家族に黙って居なくなるわけにはいかなかったのです。

 あなたは家族を捨てなかった。

 だから私は、あなたのことが好きです。

 

                                                          マンハッタンより。  アセルス

                                          

 

                                          

 追伸  安物ですがツボ指圧機を贈ります。

     針仕事はなにかと大変だと思うので、お使いください。

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