普通のフランドール 作:ねこ
馬鹿と天才は紙一重。私、フランドール・スカーレットの座右の銘であるこの言葉には、様々な意味がある。
だが、私は勝手にこの言葉の意味を、こう解釈していた。あまりに天才過ぎる奴は、周りから理解されず、馬鹿にされる。
逆に、あまりにも馬鹿な奴は、言っていることが意味深に思えて、天才だと思われる、とそういう意味だと捉えていた。
暴論だとは私は思うが、あながち間違いでもないと私は思っている。
だから、ごくごく平凡な吸血鬼である私は、決して馬鹿でもないし、天才でもないはずなのだ。まして、危険でもない。性格だってごく普通。力も吸血鬼としては一般的だと思う。むしろ、弱いくらいだ。
「なのに、どうして今日も部屋にいないといけないのさ」
「それ、本気で言っているのか?」
姉のレミリア・スカーレットは、困ったように肩をすくめた。
私たち吸血鬼姉妹は、紅魔館と呼ばれるヨーロッパの一角にある館に住んでいる。近所で噂になるぐらいの、仲良し姉妹だ。両親はいない。姉曰く、私たちが幼い時に修行の旅へと行ってしまったらしい。
それでも、私は決して寂しくなかった。もちろん、姉の親友である魔女のパチュリーや、門番の美鈴。最近やってきたメイドの咲夜と仲がいいということもあるが、一番の理由は、やっぱり目の前にいる姉の存在だろう。
彼女は、聡明で力も強く、そして何より優しかった。今思えば、大抵のことは彼女から学んだと思う。私の翼が吸血鬼としては珍しいものと知ったのも、彼女のおかげだ。
私は、私と姉以外に吸血鬼を見たことがなかった。だから、自分の翼も一般的だと、そう思っていた。姉の翼はコウモリをそのまま大きくしたかのような、無骨で、それでいて美しいものだったが、私の翼は毛がなく、先に宝石のようなものがついている。
だが、どうやら私の翼は類を見ないほど珍しいらしかった。そう告げられたとき、私はかなりへこんだ。ただですら吸血鬼としての力は弱いのに、姿も変だとすれば、出来損ないじゃないか、と姉に泣きついた。
「吸血鬼は別に翼で飛ぶわけじゃないから、そこまで気にすることはないわ。確かに珍しいけど、たいしたことないわよ」
優しい姉はそう慰めてくれた。今では、この翼は私の自慢だ。例えば、前歯が少し飛び出していること、髪の毛がくるくると丸まっていること、鼻がかぎ鼻になっていること、それらと同じなのだ。それは欠点ではなく、個性だ。
「あの時はあんなに優しかったのに!」
私は思わず声を荒らげる。それも仕方がないだろう。自分の家だというのに、悪いことはしていないというのに、部屋から出るなといわれたのだ。理不尽にもほどがある。
「分かってくれ、フラン。今日は大事な日なんだよ。何かあったら、まずい」
「何かって、なにさ」
「フランが部屋から出ると、毎回問題を起こすでしょ?」
さも当然かのようにそう言い切る姉に、軽くめまいを覚えた。私は問題を起こすようなキチガイでもないし、そもそもそんな力もない。
姉の水色の髪の毛が、ふわりと浮かんだ。気のせいか、視界に少し靄がかかっているようにも思える。寝不足だろうか?
「例えば、この前はパチェを失神させた」
「本で滑って頭をうっただけだよ」
「その前は壁をぶっ壊した」
「経年劣化だよ」
「そのさらに前は美鈴を」
「やってないって!」
私は思わず大声で声を遮った。いつもそうだ。私は馬鹿でも天才でもない。それなのに、どうしてこうも勘違いされるのだろうか。その私の憤りに同調するように、バサバサと鳥が羽ばたく音がする。
目を丸くしている姉は、呆れたのか、私の後ろを指さし、どういうわけか、小さく舌打ちした。
「あなたは頭がいいけど、馬鹿なのよ。そして天才でもある。自分の実力に見合った仕草を身につけなさい。それまでは部屋から出ないように」
姉は、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。怒っていないか、と気を遣ってくれているのだろうか。当然、怒っていた。だが、心優しい姉にこれ以上迷惑をかけるのは、本意ではない。
「仕方がないから、許してあげるよ。だから、代わりに面白そうな本を持ってきて」
「あなたは本当に本が好きねえ。パチェの影響かしら?」
「違うよ。逆に、部屋にこもってできることで、読書以外にある?」
「他にも何かあるんじゃない」
「ないよ。一人でタップダンスでもすればいいの?」
姉に言われたとおりに、部屋へと戻ろうと振り返るも、思わず立ち止まってしまった。あまりの光景に、声を出すことができない。
そこには、無数のコウモリの死体と、小さなガラス片が散乱していた。いったい、何があったのか。混乱で頭が壊れそうになる。
私の後ろをずっと見ていた姉ならば分かるのではないか。そう思い、もう一度彼女に視線を戻す。こんな突飛な光景を目にしていたにもかかわらず、姉の顔に動揺はなかった。いつものような、自信満々で頼もしい面持ちだ。どうしてそこまで反応が薄いのだろうか。
「私の後ろを見たのに、どうしてそんだけなの?」
私がそう聞いた途端、その強気だった姉の顔は、ひどく情けないものとなった。なぜだ。
悪魔の子。彼女はまさしくその言葉にふさわしかった。
そもそも、私たち吸血鬼は皆、悪魔の子といえるかもしれないが、その子は、フランドール・スカーレットは、群を抜いていた。
私の両親は、生まれてきた彼女の姿を見て、絶望的なまでに美しい彼女の翼を見て、逃げた。逃げたというのは、この館からではない。この世から逃げたのだ。手段は絶対に言わない。思い出すことすら憚られる。
親がいなくなったことに対する悲しみはあった。妹を恨む気持ちもあった。だが、それもすぐに消え去る。たった一人のかわいい妹。愛おしくないはずがない。
そんな妹に、親の死因を言えるはずがなかった。未だに誤魔化してはいるが、賢いあの子のことだろう。きっと、すでに真実にたどり着いているに違いない。
そう。私の妹は賢い。だが、同時に馬鹿だ。二手三手先を見るとは言うが、その先が遠すぎて、私たちには理解できない。そんな彼女のなす事に、私たちは冷や冷やさせられていた。
だから、彼女にはできるだけ自室にいてもらいたいのだ。まあ、さすがにずっとと言うわけでもないし、強制するつもりもない。愛しの妹に、軟禁のようなことなんて、できるわけもなかった。
だけど、今日だけは別だ。
「分かってくれ、フラン。今日は大事な日なんだよ。何かあったら、まずい」
何かって、なにさ、と口を尖らせる彼女をなだめる。何かとはなにか。それは単純だった。
今日は、引っ越しの日なのだ。それも、ただの引っ越しではない。館ごと、幻想郷という場所に引っ越すのだ。そこは、日本にある、妖怪の楽園と呼ばれているものらしい。
そこを支配することができれば、しばらくは困らないだろう。何にか。このおてんば妹の遊び相手だ。彼女ほどの力と対等に戦えるものを探して、私は引っ越しを決意した。
その引っ越しを邪魔するようなことは、いくら妹とはいえ、勘弁してほしかった。
だが、フランはどうやら納得がいっていないようだった。しぶしぶ、最終手段を使う。とはいうものの、そこまで複雑ではない。実力行使だ。
「例えば、この前はパチェを失神させた」
適当に言葉を並べながら、時間を稼ぐ。口から泡を吐く七曜の魔女の姿が脳裏に浮かんだが、かき消した。意識をフランの後ろへと集中させる。
私は吸血鬼だ。コウモリに変身するのだって、たいしたことではない。だが、私はそれ以上の技術を手に入れていた。
予め霧状に変化させていた髪の毛を、その場でコウモリに変化させることができるようになったのだ。しかも、感覚をも共有できる。
フランの後ろに漂っていた霧が、あっという間に無数のコウモリへと姿が変わる。すると、頭の片隅に、映像が浮かんだ。フランの背中と、私の姿が見える。たくさんのコウモリを、音もなく彼女の後ろに近づかせ、一斉に超音波を出させる。いくら吸血鬼といえど、さすがに気絶するはずだ。
内心で予定通りことが進んでいることに満足しつつ、言葉を重ねる。
「そのさらに前は美鈴を」
「やってないって!」
あと少し、というところで、突然フランが叫んだ。ぎょっとしたが、焦ることでもない。そう思っていた。
だが、状況は一転した。叫び声のせいか、それとも何かしら細工をしたのか、窓ガラスの一部が音もなく割れた。粉々になり、小さく分裂したそれが、猛烈な早さでこちらへ向かってくる。私たちは、たかがガラス片にぶつかったところで、どうってことはない。
だが、コウモリは別だ。
急いで回避しようとするも、まるでその動きを読んでいるかのようにガラス片が近づいてくる。たかが小さなガラスのかけら。それにも関わらず、パチェの追尾弾のように接近してくるそれに、私は対処することができなかった。
一瞬でコウモリは全滅した。それぞれの頸動脈を、すべて突き刺されてしまっている。たかが、小さなガラスで、だ。
戦慄した。怖かった。口は勝手に動くが、何を言っているかは分からない。声の振動によって窓ガラスを割り、その破片を、死角から襲いかかってくる無数のコウモリの頸動脈めがけて突き刺すだなんて、普通に考えればあり得ない。だが、私の妹は普通でなかった。
妹に恐怖した。思わず、彼女の顔をまじまじと見てしまう。私は心配だった。彼女が私の思考をすべて読み、それで次の行動をしているのではないか。無様な姉だと、見限られたのではないか。そう思った。思わず、舌打ちが出る。
だから、「仕方がないから、許してあげるよ」と言われたとき、私は心底安心した。
後は、最近パチェの図書館から本を借りているという彼女らしく、本を注文してきた妹に相づちを打ち、笑った。きっと、難しい魔道書を読むに違いない。どれだけ力を欲するのだろうか。恐ろしいが、誇らしい。
私に背を向け、去ろうとしている妹に小さく手を振る、と彼女はいきなり振り返った。その顔は、いつにもまして青白く、表情がない。金色の短い髪が、私を非難するように揺れた。
「私の後ろを見たのに、どうしてそんだけなの?」
背筋が凍った。ばれていた。彼女を後ろから奇襲したことなど、お見通しだったのだ。コウモリ程度では、彼女にとっては次第点にもならないらしい。
そんだけ。彼女は確かにそういった。やはり、私は彼女に失望されてしまったのだろうか。だが、それも悪くない。彼女の末恐ろしさからすれば、私がちんけな存在であることは事実だからだ。