Fate/Grand Order 偉大なる龍球の導き 作:ほったいもいづんな
閻魔大王の娘!? 孫悟空、閻魔亭へ
山に佇む、人ならざるものが休まるために訪れ、迷うことがなければ必ず辿り着ける秘境にて桃源郷。
『閻魔亭』。
これはまだカルデアのマスター達が閻魔亭で下働きをしていた時の話である。
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カルデアのマスターは今日も今日とて猿を追い返し、山や川で食材を集めていた。 ゴルドルフ新所長は腰を痛めるからといって作業に参加してないが、若人であるカルデアのマスターといえども流石に腰にくるものがある。
もちろん仕事はそれだけではない。 新しくやってきた客の案内や閻魔亭の改築、いよいよ労基にバレたらブラック認定まっしぐらの労働環境。 流石の彼も疲れが見え始めてきた。
そんな彼に優しく声をかける女性が一人。
「先輩、お疲れ様です」
マシュ・キリエライトである。 彼女もこの閻魔亭でマスター共々下働きをしている。 彼女はデミサーヴァントであるためマスターよりも体力はあるし元気もある。 そして仕事の合間を見てこうして自分のマスターの様子も見る元気もある。 実に良い後輩である。
「幾度もレイシフトして人理を修復した先輩でも、流石にお疲れみたいですね……表情に如実に疲れがでてます」
マスターを心配するマシュ。 いつもの彼なら笑って誤魔化すが、状況が状況である。
天下のお正月休み、コンビニとスーパーとイオンと神社以外ほとんどの所が休みであった日本育ちの彼にとっては予想外の忙しさ。 ちょっといじけそうであった。
「うーん、今日はもう温泉に入って休まれては? 倒れてしまっては元も子もありませんし……あとで誰かに先輩の側にいてくれるように言っておきますので」
マシュの提案を申し訳なさそうに受けるマスター。 しかし断固として清姫だけはやめてくれと念を強く押しておく。
「わ、分かりました……確かに清姫さんだとちゃんと看板してくれるかは半々な所ですしね……」
多分そんなことはないであろうともマスターは思っているが、イベントの時のハッチャケ具合ランキング1位の清姫である。 流石にないだろうが念のため、ということだ。
「先輩、ごゆっくりと。 私は紅閻魔さんの所にいきますね。 どうやら上客……? が来たようでして、忙しくなるみたいです」
そういえば何だか少し慌ただしいことを思い出し、「マシュも無理しちゃダメだよ」と伝えるとマスターは着替えを持って温泉へ向かった。
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閻魔亭の温泉はカルデアのマスター達の働きにより無事復活した。 あとついでに邪な怨念も復活したが、それもまたマスターとそのサーヴァントの活躍によって解決した。
温泉の効能もとても身体によく、疲れを取るためには必須なものとなっている。
そんな温泉に、一人の先客がいた。
「おっ、誰か入ってきたな」
声はすれど、何故か主は見えない。 見えないというよりは霧がすごくてシルエットしか見ることができない。 男湯なので必然的に男であり、身長も高い。
そして何より、カルデアのマスターが知らない声であった。
「いやーびっくりしただろ。 オラもさっき来たばっかだけどよ、霧がすごくてさぁ……身体洗ってる間に晴れてはくれたんだけんどぉ、まぁた濃くなってきたなぁ」
こんな天気のいい日の霧? とカルデアのマスターが首を傾げる。 確かにこは山の上であり、朝と昼では気温の差があり霧が発生する場合もあるが……こんな昼間に霧とは実に珍しい。
そう考えていたが、何はともあれ身体を洗い始める。 温泉に入る前には身体を洗う。 人によっては入ってから身体を洗う人もいるだろうが、ここは温泉。 たくさんの人(英霊)が利用するため綺麗にするのかマナーである。
身体を洗い終えたマスター。 だがそれでも霧は濃いままであった。 湯に浸かりながら見る絶景も疲れを取るスパイスなのだが……今日はちょっびり運が悪いのかもしれない。
湯に入ると、先程の先客が声をかけてきた。
「なぁ、オメェ……人間だよな? 生きてる」
その問いにハイと答える。 冷静に考えれば閻魔亭は人ならざるものが向かう場所。 生きている人間がいるのは確かにおかしな話である。
「……あっ! そうか、オメェが紅閻魔が言ってた『かるであのますたぁ』っちゅうやつか!」
男は合点がいったかのように手をポンと叩く。
「そうかそうか、いやぁここって「普通の気」を感じるやつなんてほとんどいねぇから不思議でさぁ! そーかオメェがなぁ……」
マスターは男に「慰安ですか?」と問う。 男は少し頭をかきながら違うと答えた。
「いやぁ……オラはそういうつもりじゃねぇんだ。 久しぶりに『閻魔』のおっちゃんに会ったらよぉ……」
『閻魔』という単語に目を見開くマスター。 閻魔と聞けばマスターが思い浮かぶのは閻魔亭の女将である紅閻魔。 そしてその紅閻魔の義理の父である『閻魔大王』その人である。
「『娘の様子を見に行ってくれないか』って頼まれてよぉ〜オラおでれぇたぞ」
絶賛マスターも驚いている。 その雰囲気を感じ取った男がそれに同調する。 勘違いの同調だが。
「オラも本当にびっくりしたさぁ……だってあの、怖えー鬼見てぇな顔したおっちゃんに娘がいるって言うんだぞ? 本当にびっくりしたさぁ」
「そっちじゃないです!?」っとややツッコミ。 驚いたのはそちらではない。
マスターが驚いたのは『閻魔大王』とまるで旧知の仲だというように話すこの男の存在である。 日本において閻魔大王とは地獄の裁判長。 死後の罪の裁判を行い、唯一天国と地獄の行き先を決めることができるあの世の神のようなもの。 そんな大物と対等な存在など、人理修復で歴史に詳しくなった彼とて思い当たる人物はない。
そう困惑していることを伝えると、また男はあっけからんと普通のことを言うように答える。
「閻魔のおっちゃんは確かにあの世だと偉いし強ぇな。 だけんども……『
一見、男の傲岸不遜な言葉に見えるが、様々な神霊や英雄達に出会ってきたカルデアのマスターにはそういった態度には見えない。 この男は本心で閻魔大王と対等な仲であると自負しているのだ。 悪意のない、だけれども友情とも違う、その男だからこそ出せる不思議なキャラクターがなせる繋がりなのだと察する。
あとでマシュ達に相談してどのような英霊なのか当てよう、そう考えていると今度は男の方から質問が飛んでくる。
「なぁ、ちょっと聞いてもいいか?」
どうぞ、と返す。 男は少しだけ言葉を選んで口にする。
「閻魔のおっちゃんから、なんか紅閻魔のやつがいつもいつも大変そうに仕事してるって聞いたんだけどよぉ、何かあったんか? さっき会った時もちょっと気ぃ落としてたみてぇだし」
マスターはすぐには答えられなかった。 現在の閻魔亭の危機、紅閻魔の苦難、レイシフトしたゴルドルフ新所長の問題、それらを今は漏らす事は出来ない。
どう答えるか悩んでいると、男がすっと手をマスターの頭に乗せてきた。
「答えにくいなら、探らせてくれ。 オラ結構口堅い方だからさ、な?」
霧の中から腕だけ先にハッキリと確認できる。 ゴツゴツとした筋骨隆々な腕、それだけで男が並々ならぬ経歴を持つのだと分かる。
突然頭の上に置かれた手に驚くも、伝わる暖かな体温がすぐに緊張をほぐす。 「探らせてくれ」という言葉に、何か魔術的な力を使って記憶を読み取るのかと最初は考えたが、いつまでたっても『魔力』を感じる事はない。
どうなっているか分からない、しかしこの男の正体が分かればカルデアのマスターも納得がいくだろう。 今この瞬間、男はマスターが経験したこれまでを目まぐるしい速度で「観ている」のだから。
「…………」
時間にして1分と少し。 男はマスターの頭から手をどかす。 再び霧の中に消える腕、そして帰ってくる言葉。
「なるほどなぁ……そういう事があったんか」
マスターに向けられた言葉は優しく、まるで子を思いやる父のように温かみがあった。 マスターも自然と「はい」と答える。
「うーん……オラが何とかしてあげてぇって気持ちもあるけんど……」
男は悩む。 それは葛藤のように思える。
「……悪りぃな、今のオラはあんましそういう事しちゃいけねぇんだ」
男は申し訳なさそうにマスターに伝える。 マスターも彼の実直な態度に、それだけで感謝する。 優しい人なのだと、マスターは素直に感じた。
そして男は再びマスターの頭に手を乗せる。 今度は先程よりも少し熱い温度を持っている。
「だからオラができる最小限でオメェに手を貸してやる」
そういうと、マスターの身体が頭から光をまとっていく。 突然の自身の発光に驚く中、男は優しく言葉を向ける。
「結構無茶してたみてぇだからな、オラの『気』を分けてんだ。 これで元気になれっぞ!」
光が消える。 それと同時に身体が軽くなったような感覚になる。 マスターの全身に力が漲るような、羽でも生えたのかというくらい身体が疲れという重みから解放されたのを理解した。
「おっと、身体が楽になったからっていきなり動いちゃダメだかんな。 これで今日は飯をたくさん食ってたくさん寝る! そうすりゃあ明日は元気一杯になれっぞ!」
マスターは男のしてくれたことに礼を言う。 だが男は「これだけしかできなくて……悪りぃな」と言ったが、マスターにとってはこれだけがとても大きな助けになるのだ。 出来うる限りの感謝の言葉をいい、そして閻魔亭のご飯はとても美味しいので是非食べていって欲しいと言う。
すると男は「そうだ!」と立ち上がりながら大きな声でいう。
「紅閻魔が飯を用意してくれてんだった! オラとしたことが忘れてたぁ〜!」
男は足早に湯から上がり、脱衣所に飛び込んでいった。 子どものような人だ、そう思っているとすぐにまた扉が開かれる。 別の人かと思っていたら、自分に向けられた声でその正体に気付く。
「なぁ! カルデアのマスター!」
男が戻ってきたのだ。 布の擦れる音が聞こえるので服を着たのだろう。 一体どうしたのかと思っていると男が続けて喋る。
「せっかくいい天気だからよー! ちょっとこの霧を晴らしてやるよー!」
え? っと小さく口にした瞬間。
空気が揺れた。
え? っと二度と口にした時にはもう……
「そんじゃなぁ、ゆっくり休むんだぞー」
いきなり晴れた霧に辺りを見ながら驚いていたが、すぐに男の姿を目に収めようと視線を入り口に向ける。
そこには黄色のズボンに薄い青色の道着。 白い帯と独特な髪型、そして……猿のような尻尾。
後ろ姿であったが、マスターは知っている。 その男の正体を。
現代に生きるカルデアのマスターは当然知っている『世界の
『
ーー〜〜〜ッ☆¥+「%<^<〒@○!!?
声にならない叫びが木霊した。 嬉しさと驚きと、何でいるんだよというツッコミの混じった叫び。
部屋でくつろいでいたゴルドルフ新所長の耳にまで届いたという。
「今のは……あやつの声か? 一体何があったというんだ……それにしても下品な声だったな。 あとで教えてやらねば」
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「はぐっ! ガツガツ! ……ぅんめぇなぁ!」
「喜んでいただけて何よりでち、『
閻魔亭の一室、そこに座して飯を食らう男が一人。 その隣で高速でなくなる茶碗に高速でおかわりをよそう女将が一人。
「アムッ、んぐんぐ……プハー! いやぁ本当に美味ぇなぁ紅閻魔の飯は!」
「正確にはあちちきだけでなくのあちきの弟子達も作っていますでち」
「そうなんか……アムッ……オラは美味けりゃなんでもいいけどな! ははは!」
ものすごい勢いで消費されていく皿に乗っていた料理達。 そして空いた皿を慌ただしく運ぶ雀達、料理を慌ただしく運んでくる雀達……そして隣で一番忙しく思わせる紅閻魔の高速おかわり。
もはや戦場と化した食事場において、悟空だけが実に楽しそうにしていた。
いや、それを見ている紅閻魔もまた悟空が美味しそうにご飯を食べる様に笑みを浮かべていた。
「チュチュ〜ン! 閻魔亭史上最大の忙しさでチュン〜!!」
「一人で100人並みの胃袋でチュ〜〜ン!!」
……なお雀達にとっては地獄ではあるが。
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積み上がった空の皿、白米の入ってたはずのおかま。 一人で閻魔亭の食料全てを食い尽くすのではないかと危惧された悟空の食事は、閻魔亭の食料庫に致命傷一歩手前までダメージを負わせた所でようやく止まった。
「ふぃー……腹八分目ってところだな!」
ガクッ、と閻魔亭丸ごとずっこける音がした。 気がした。 さしもの紅閻魔も苦笑いである。
「……話には聞いていまちたが、悟空様の胃袋はものすごいでちね」
「そうか? オラ達サイヤ人からしてみりゃぁこれくらい普通だけどなぁ」
「悟空様の奥様は毎日苦労したんでちね……」
「ハハッ! だからオラ、チチには頭上がんねぇんだ」
食事を終えた悟空は紅閻魔と談笑している。
元々悟空がこの閻魔亭にやってきたのは、先ほどのマスターに言った通り閻魔大王から頼まれたからである。
本来紅閻魔のいう『閻魔大王』と悟空のいう『閻魔大王』は違うのであろう、しかしありえうる話ではある。
もしくは、ここはそういう人理なのかもしれない。 諸兄らにはそう思っていただきたい。
「そうでち、悟空様。 以前の地獄での異変を解決していただちありがとうございます」
「ん? ……あぁ、あの世の17号と生きてる17号が合体した時んか」
「あの時は地獄が大変な騒ぎだったと聞きまちた。 閻魔大王も大変な目にあったと……」
「あん時はオラも地獄に落っこちたりしたかんなぁ〜。 ピッコロやベジータ、18号がいなかったらオラも危なかったぞ」
世間話をしながら穏やかな時間を過ごしていた。
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「それじゃあな、紅閻魔」
しかし悟空は飯を食べた1時間後には閻魔亭からたとうとしていた。
あまりにも早い出発に見送りにいけるのは紅閻魔一人だけである。
「もう行ってしまわれるんでちか? もう少しゆっくりとしていってもよいと思うのでちが……」
名残惜しそうな表情をしている紅閻魔。 まだ彼女にとって十分なもてなしをしていないと思っているからである。 恐らくはこれで閻魔亭の女将としては最後になるであろうから、そう本気で思っているからだ。
「……」
紅閻魔の暗い表情を見た悟空は、それとは反対にニカッと明るく笑いながら紅閻魔の頭に手を置く。
「でぇじょうぶだって紅閻魔!」
「ぇ……?」
優しく、紅閻魔の頭を撫でる。 太い指が紅閻魔の髪に優しく触れる。
「『かるであのますたぁ』を信じろ、紅閻魔」
子を優しく諭す父親のように、優しく力強く。
「あいつは良いやつだ。 オラが保障する。 きっとあいつが、あとあいつの仲間が何とかしてくれるさ」
「悟空様……」
悟空を見上げる紅閻魔。 その表情は普段の大人びた女将としての顔でなく、一人の娘のような愛らしさと幼さを感じさせる。
それを見た悟空は「なっ!」といって笑顔を見せる。 その笑顔につられ、紅閻魔も笑顔を浮かべる。
「んじゃな、紅閻魔」
「はい、短い時間しかおもてなしできまちぇんでしたが、また悟空様がご利用してくれると嬉しいでち」
悟空の足が地面から離れる。 悟空達の世界で一般的な浮遊の技、舞空術である。
「……あっ! 忘れるところだった!」
悟空は少し上昇したところで何かを思い出したのか空中で停止する。 そして……思い出した大切な頼みごとを口にする。
「紅閻魔」
「はい?」
「
「えっ!?」
悟空に紅閻魔の様子を見てきて欲しいと頼んだ閻魔大王の、一番大切な頼み。
「ーー『たまには里帰りしてもいいんだぞ』……だってよ」
「……! 閻魔大王……」
紅閻魔の脳裏に浮かぶ閻魔大王の姿。 今の伝言を受け、紅閻魔の中の閻魔大王がちょっぴり恥ずかしそうに顔をかきながら顔を背けた。 なんだか可愛らしく思えてしまい、思わず顔がほころぶ。
それを見て自分の仕事が無事完了したと考え、悟空は大空へ飛翔する。
「じゃーなー!」
もちろん笑顔で……
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「あ、あれ? 先輩どうしたんですか息を切らして……あと何故サイン色紙を?」
玄関を掃除しようとやってきたマシュが玄関に走ってきたマスターと出くわす。 どうやら何か急いでいる様子で、かつ誰かを探しているようだ。
「……え? 猿の尻尾を生やした男がこなかったか? ですか? えっと……確かその方なら先ほど紅閻魔さんがお見送りしてましたよ? 私はお片づけしてたのでお見送りはしてませんがーーって先輩!?」
その言葉を聞いてる途中でマスターは玄関から外へ駆け出す。
しかし外にいるのは紅閻魔一人のみ。 件の男はすでに去った後であった。
急いでやってきたからか息が乱れる。 その音を聞いて紅閻魔がマスターとマシュに気付く。
「おや、そんなに急いでどうしたのでちか?」
「えぇっと……先輩が先ほど紅閻魔さんがお見送りした男性の方を探してたみたいで……」
マシュの言葉を聞いて「あぁ」と呟く紅閻魔。 乱れた息を整えたマスターに、空を指差しながら言う。
「ちょうど、ここから去る瞬間でちよ」
「え?」
紅閻魔の指差す方へ視線を移す二人。 そこには……
「あ、あれは……!?」
空を横切る緑色の鱗と黄色の腹。 雲を貫く程の巨体。
「東洋の……ドラゴン?」
その姿を見たものは……ふとこの名を呟くだろう。
ーー
マスター達は空の果てに消えるまで、その龍を見ていた。 偉大なる龍の雄々しき姿を。
その時一瞬だけ、マスターは見た。
龍の頭にあぐらをかいて座っている。
『孫悟空』という偉大なる英雄の姿を……
偉大なるドラゴンボール伝説。
それは本来交わるはずのない歴史。
しかし、今その『縁』が結ばれた。
これより先の未来、カルデアのマスターがその伝説に立ち会う時がくるであろう。
しかしそれはまた、いつかの話である。
後日また悟空のFGOに出た場合の設定を書きます。