冬樹イヴへの遺言   作:屍野郎

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冬樹イヴへの遺言

「くそっ、ちゃんとクエスト管理ぐらいしろよなあ……!」

 

 この理不尽な状況に対して怒気を込めて。もしかしたらこの声が誰かに届くかもしれないという一抹の希望は、一寸先も視界の届かない洞窟へと消え行った。

 全身で硬くごつごつした石の感触を受け止め、空虚な闇は服の繊維の隙間から身体に直接触れて見る見るうちに体温を奪っていく。

 足の感触はまるで氷に漬け込んだかのように無かった。動かす事なんて出来っこない。

 

 それでも俺は、手で岩の突起を掴んで身体を引きずり動き続けた。

 暗闇の中独り静かに。

 恐らく俺の後には、ヘンゼルとグレーテルのパンの切れ端の様に

 ──血が延々と続いている事だろう。

 

 

 

 

 

 俺は今日、いつも学園で仲良くしていた人達と一緒に魔物の討伐へと来ていた。

 場所はとある森の中で内容は突然発生した魔物群の退治。普通のクエスト──のはずだった。

 

 順調に魔物の頭数を減らした俺達の前に突如立ち塞がったのは、タイコンデロガ級の魔物数十体。

 普通、タイコンデロガ級の魔物一体につき討伐には相応の軍力が必要となる。それが数十体も集まっていた。

 これだけでもかなりの異常事態だし、本来なら今すぐ学園へ帰還し生徒会へこの事を伝えるべきなのだろう。

 

 しかし、如何せん俺達の人数が少なすぎた。三人だ。もう魔物に見つかってしまった以上、全力で逃げても瞬く間に追いつかれる。

 誰か二人を殿として、一人を情報通達係として逃がす選択肢もあるが……それが如何に理想論にすぎないかは火を見るより明らかだ。

 

 俺達は震える手で各々の武器を手に取った。

 勝てるかどうかは分からないが。あの侵攻を共に乗り越えた仲間だ、きっとどうにかなるだろう。

 

 

 

 

 

 ──そんな、過去の栄光に縋りついた結果がこのざまだ。

 結局クエストは失敗した。途中までは上手くいっていたが、仲間の内の一人が負傷し役割分担が崩れた。

 一人が先陣を切って斬りかかり、ある程度弱体化させた魔物を俺達二人がかりで討伐し、時間が経てばローテーションで役割を交代する。

 

『おい、大丈夫か!?』

 

『俺はいい……お前らは戦いに集中しろ!』

 

 負傷した仲間がそう言うが、そんなのは無茶だ。

 彼は軍にも認められた類稀な力のある才能を持った実力者だ。

 対して俺達はただ学園のトップ5に入る程度の青臭い学生にすぎない。

 そんな雑魚にこの状況を打破できる方法は無かった。

 

 『死』というたった一文字が頭の中に浮かぶ中、俺はひたすらに愛刀『燕子花』を振るう。

 乱暴に光の弧を描く剣先は、魔物の喉笛を切り裂いた。

 

『一体討伐! そっちは!!』

 

『ダメ、多すぎてキリがない! あいつらどこから沸いて来てるの!?』

 

 仲間を庇いながら戦う彼女は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 思考がかなり乱れているようだ。動きに単調さが増してきた気がする。

 

 だが逆に、彼女の言葉で俺は頭の中が冴え切った。

 沸いてきている……この一言に、最悪の状況を挽回する秘策が込められている。

 

 だが……それを実行するという事は、つまり──

 

『お前、そいつを連れて早く逃げろ! 殿は俺が務める!』

 

『はあ!? あんた自分が何言ってるか分かってるの!?』

 

『分かってる。俺は女好きで喫煙愛好家のロクでなしだが、馬鹿じゃない』

 

『だったら尚更──』

 

『だからこそ、俺の意見に従ってくれよ。なに、俺も後からすぐに追いつく。なまじ魔法使いをしてるわけじゃないからな』

 

 言い切った俺の顔を見る彼女は表情を曇らせた。

 だが俺も今回ばかりは譲る気はない。生きて帰る事が何より重要な事だとは思うが、それよりもこの場から魔物共を逃してしまう方が圧倒的にマズい。

 

『……分かった。約束だからね!』

 

『……ああ! 約束だ!』

 

 なんて。心にも思ってない事を如何にもそれらしく言い放ち、俺は魔物の大群に独り斬り込みに行った。

 仲間を背負って全力疾走で山を下っていく彼女を後目に、最期に俺は誰にも聞こえない声で。

 

『ありがとな』

 

 そんなシュールストレミングもびっくりな臭い言の葉を落とした。

 

 ──端からあの意見を提案した時点で、俺は生きて帰るつもりはなかった。

 こんな無謀な戦い、生還出来るわけがないのだ。つまるところ無理ゲー、詰み(・・)である。

 

 死体すら残らなくて当たり前。

 身体の断片が残れば運が良い。

 死体が見つかれば奇跡。

 倒し切る事が出来れば──英雄かな。

 

 勿論俺は英雄になる気は無かったし、なれる可能性も無かった。

 だから俺が出来た事。つまり思いついた作戦は、人里から出来るだけ離れたところに魔物をおびき寄せることだった。

 

 おびき寄せた先は洞窟。どこまでも無限に続いているように錯覚させる道を進み、時たま魔物の攻撃を受けて傷付きながらも、どうにか最奥部らしき場所までやってくることが出来た。

 ここまでくれば、まず人の目に触れることは無いだろう。

 

 そして、俺が助かる事も。

 

 完全に体力切れだった俺はその場に倒れ込んだ。

 後ろを見る。どうやら魔物はもう追ってきてはいなかった。分かれ道で俺を見失ったか、途中の大穴に落ちて出られなくなったか。

 今はもうどっちでもいい。とにかく、どこか安らぐ場所を。

 

 そうして、辺りを見回した俺が見つけたのは、暗さに慣れてようやく見れるようになった巨大な鍾乳石だった。

 

 

 

 

 

「うっ……ふぅっ、よっこら……せっと」

 

 痛む身体を無理矢理に起き上がらせて、巨大な鍾乳石に背中を預ける。

 ヒヤリとした感覚が背中を伝った。

 

「ふう………」

 

 溜め息を吐き、コートのポケットから大きなバツ印の入った煙草ケースとライターを取り出す。

 ケースを振ってみると、中からはコトコトと何とも空虚な音が聞こえてくる。残り一本らしく、最期だというのになんか心もとない。

 

 ライターで火を点ける。

 チッ、チッ、チッ、と三回目でようやく火が灯り、神様は俺の最期を見越してオイルの量を調節していたのかもしれないと頭のおかしなことを思い浮かべながら、煙草の先に命の灯を吹き込む。

 

「……ふぅーっ」

 

 やはり、煙草の味はやめられない。

 依存性とかそういうのは全くの抜きにしても、俺は煙草が大好きだ。

 その日嫌な事があって気が晴れないでも。俺のことを誰も理解してくれなくて、一人寂しく泣いていた時も。

 こいつだけは、俺の相棒でありつづけていてくれた。親友であり続けていてくれた。

 

 …………親友?

 ああ、そうか。俺にはまだ一人、愛して止まない大切な存在がいた。

 いっつもツンツンしてるし妙に大人びた奴だと思っていたら、女の子としての可愛らしい一面も持ち合わせていたあの子。

 最初はただの先輩後輩の関係ではあったが、話を進めるうちに俺は彼女の事を一人の女として愛すようになった。あいつは俺の事をどう思っているかは知らないが……。

 

 …そうだ。死ぬまでに彼女へ話すべきことがあった。

 俺はポケットの中に大切にしまってあった携帯端末を取り出し、電話を起動した。

 

 膨大な数のユーザー名が縦に並べられる。この中から一人を探すのはなかなかの至難の業だが、それでも指の動きには迷いが無かった。

 ある人物のプロフ画像が見えた瞬間動きを止め、

 丁度画面中央に現れた、『冬樹イヴ』と表示されたユーザーをタップし電話を掛けた。

 

ーーー

 

「……よお、久しぶりだな」

 

 電話が繋がる。

 俺とこの画面の向こうにいる彼女とは、実に一か月ぶりの会話となる。

 

『なんですか、私は勉強をしていたのですが。用件があるなら手短にお願いします』

 

 出会ったばかりの頃だったらすぐに通話を切られていただろうから、話を聞いてくれる姿勢を示してくれただけで成長したんだなあ、とちょっと感動してしまった。だがやっぱり愛想が無い。

 冬樹の相変わらずな無愛想さに思わず苦笑いを零し、苦しい心臓を慰めるように深く空気を吸う。

 

「まあ、用件つってもそんな大層な物ではないんだが」

 

『…私は貴方の暇つぶしの為に生きている訳ではありません。

 今後は大した用も無しに電話してこないでください。それでは』

 

「まっ、待て! ──うぐっ」

 

『貴方もなかなかしつこいで……どうしましたか? 妙な声が聞こえましたが』

 

「…いや、なんでもない」

 

『そうですか…』

 

 危うく気付かれかけたので、慌ててフォローを入れて事なきを得る。

 俺は冬樹に今の現状を明かすつもりはない。

 そんな、戦死した奴の最期の話相手が自分だったとか、どんな酷いトラウマだよって話だし。

 これはただの自己満足だ。死ぬ前に冬樹と会話をしておきたかった…ただそれだけ。

 まだ若干腑に落ちてなさそうな冬樹は放っておいて。

 

「今まで、俺は全力でお前をサポートしてきたつもりだ。

 勉強で全然理解できないような所は教えてやったし、たまに委員長がぶち込んできた風紀委員の仕事も付き添いで手伝ってやったこともある」

 

『急に真面目な話を始めたかと思えば、なんだか恩着せがましいですね。

 …まあ、正直なところ恩は受け取っているのですが』

 

「だがな、冬樹。俺はまだ、お前に重要な仕事の説明をしていないことに気付いた。

 今から話すのはそのことについてだ。必ずメモを取るようにしろ、分かったな」

 

 後半になるにつれて語気が荒くなる。

 だが、今更そんなことを気にしている余裕はない。俺には風紀委員として遺さなければならない情報(もの)がある。

 俺が命に代えてでも守り抜いてきた、霧の守り手──共生派に関する情報だ。

 

 

 俺は風紀委員では、学園へたまに攻撃してくるテロリスト対策を中心に職務を行っていた。

 主要な反魔法師団体をリストアップ、その人員を出来るだけ調べ尽くし、そこから芋づる式で彼等の人間関係や秘密裏にバックに付く企業などを把握。

 やがて団体の思惑や作戦などの情報を入手し、最後は政府へ提出しテロリスト根絶へ向けたアプローチを進めてもらう。

 

 明らかに学生身分でここまではしなくていいのだが、だからと言ってテロリスト問題を全て政府に丸投げして良いのかと言うとそうではない。

 特に、俺には霧の守り手に対する恨みや憎悪が人一倍あった。

 それが俺の活動エネルギーとなり、それらは年月を掛けて数多の共生派に関する情報群と化したのだ。

 

「霧の守り手の情報は、俺の部屋にあるパソコンに全部入ってる。

 この事を知ってるのは、現時点では俺とお前だけだ。他言無用だぞ」

 

『なぜ生徒会や上層機関に提出しないのですか? わざわざ溜めておく必要も無いでしょう』

 

「俺が情報を発信しているとバレたらマズいからな。

 必ずしも政府の人間全員が人類側に立っているとは限らない」

 

『でも、もし今の状態でバレてしまったとして、貴方の集めた情報を奪い返されてしまえばそれこそ大変ですよ。どこまで情報が割れてるのかが相手に把握されてしまいます』

 

「大丈夫、俺のパソコンは双美さんか俺でない限りログインできない」

 

 実際にこの間、俺が知り得る中で一番プログラミングに長けていた人にノーヒントでログインさせてみようとしたが、一週間かけても不可能だった。

 対して双美は僅か6時間で全制覇、作成に1年を掛けた俺の努力は涙となって枕の中へ染み込んでいった。

 

『なら尚更私に話しても無意味でしょう。私はあくまで風紀委員に籍を置いているだけです。

 テロ対策などには全く興味がありません』

 

「ああ、分かってる。だから冬樹、俺の集めた情報がどうしても必要になった時は、双美に頼んで全部引き出して欲しい。

 双美に、お前のことについては話を付けてあるから余計な手間はかからない」

 

『お断りします。そもそもどうして私が貴方の代わりにそんなことをしなければならないのですか? 貴方がすれば良いことでしょう』

 

「頼む、冬樹。俺はお前を信用している。お前にしか、できないことなんだ」

 

 お願いだから、こんなところで冷静さを醸し出さないでくれ。

 

『……』

 

「礼なら、なんでもする。だから──」

 

『一つ、聞いても良いですか』

 

「なんだ」

 

『貴方は今、どこにいるんですか』

 

 そう言う彼女の声は、いつにも増して緊張が混じっているように感じた。

 気づかれたかもしれない。そう思ったが、俺は精一杯の強がりでハッと笑う。

 

「どこって、そりゃお前、街にいるんだよ」

 

『まったく人の声が聞こえないのですが』

 

「だって、今は図書館にいるからな」

 

『貴方は図書館で電話をするほど非常識でない事は知っています』

 

「さあな、そんな日も、あるんじゃないか」

 

『ふざけないでください。嘘を吐かないでください』

 

「ふざけてないし、嘘も、吐いてない」

 

『貴方の声がさっきから震えています。息遣いが苦しそうです。これでもまだ嘘を吐くつもりですか』

 

 冬樹の言葉に迷いはない。それどころか、現に俺が死にかけているのを今目撃しているかのような、妙な確信めいた雰囲気がスピーカー越しにも伝わった。

 

 ふと、思い出したことがある。

 

 ある年の12月。クリスマスの日にも関わらず街に現れた魔物の討伐依頼を風紀委員で受ける事となった。

 委員会の面々は急遽の仕事乱入に嘆き呻いていたが、俺にとっては毎日がテロ対策という仕事のため大した苦にはならなかったのを覚えている。

 

 その時に俺と冬樹は同じチームとして割り振られた。

 「さっさと終わらせてクリスマス楽しもうな」と、その気も無い事を俺が。

 「クリスマスなんて関係ありません」と、視線も合わせずに冬樹が。

 「俺が先導するから、冬樹は付いて来て」と、先輩らしい姿を見せようと俺が。

 「必要ありません。私は一人でやります」と、振り向きもせずに奥へと歩む冬樹。

 

 魔法使いにとって、単独行動は自殺も同然だ。

 先輩として冬樹の行動は咎めなければならないのだろうが、彼女は言って聞くような人では無いだろうと諦めた。その後に、彼女の身に被害が及ぼうとしていたのに。

 

『あがっ!!』

 

 ──危機一髪だった。

 あと少しでも俺の反応が遅れて──冬樹を突き飛ばしていなければ──今頃彼女は地に伏してもがいていただろう。想像するだけでも恐ろしい、後輩が苦しむ姿は見たくなかった。

 俺は先輩として最悪な判断を下し、結果冬樹を庇い自分が重傷を負うという失態を犯した。

 それについて冬樹は後日、わざわざ保健室まで来て俺に頭を下げた。

 

 私の身勝手な判断だった、と。責任は俺にあるというのに。

 

 俺は自分にこそ責任があると思っていた。彼女も同様にそう思っていた。

 頑固者は意見を変えない。お互いがそれを知っていたからこそ、この問題の解決は簡単に済んだ。

 

 彼女曰く、私は貴方を信じます、と。

 それに対して、俺は冬樹を信じる、と──。

 

 冬樹は本当に俺を信用していたらしい。

 だからこそ、彼女は嘘を即座に見抜けるほどの信頼関係を築き上げることに成功し、俺の異常に気付くことが出来た。

 冬樹は優しい女の子だ。純粋で、無垢で、真っ直ぐで。そして何より──愛おしくて。

 ならば俺は、彼女の信頼に応えるべきなのではないだろうか。

 

 重く冷えた空気を肺一杯に吸い、全身を震わせながら吐き出す。

 口を開く──

 

「……冬、樹」

 

『ようやく本当の事を言う気になりましたか? 最初から嘘なんて──』

 

「もう、ダメだ」

 

『………え?』

 

「さっきから、出血が酷い。もう、俺は死ぬ、だろう」

 

『ちょ、ちょっと待ってください。死ぬって……一体どういう──』

 

 冬樹がそこまでで言い淀む。

 通話越しではあるが、俺は初めて冬樹が焦っているのを感じた。

 もうすぐ死にそうだといのに、この期に及んでも俺はその冬樹さえ愛しいと思える。

 

「クエスト中に、タイコンデロガの…大群に、襲われた。執行部の、管理責任」

 

『執行部の……あの、今何処にいるんですか』

 

「分からん」

 

『少しでも良いので目に見える情報を教えてください。辛いのは分かりますが…』

 

「本当に、分からねえよ。一匹も、山の外に出さないと、思って……洞窟の、中に」

 

『洞窟の中のどこなんですか!』

 

「だから、分からんって。帰り道も、確認せずに、闇雲に走った。今見えるのは、暗闇だけ」

 

『そんな……』

 

 すまねえな、冬樹。

 俺はもうどうやっても助からねえんだ。

 

「そのうち、俺のペアが、生徒会に増援を、要請しにいく」

 

『そう、ですか。……だったら私が』

 

「お前は、来んな」

 

『なんでですか!? 貴方、自分の状況が分かってるんですか!?』

 

 ああ分かってるさ。身体の芯まで冷え切って、もう痛みも感じなくなってきた。

 死は近い。

 

「お前を、こんな危険な所に…来させるわけには、いかん」

 

『後輩だからって甘く見ないでください! 私も一人の魔法使いです!!』

 

「だがな、冬樹」

 

『私はもうあの時の様な失敗はしません! あの頃の私とは違うんです!』

 

「冬樹──」

 

『だから先輩、お願いします! 私を頼ってください! なんでも一人で背負わないでください!!

 私は貴方に救われました……だから今度は私が救いたいんです!!』

 

「冬樹ぃ!! げほっ……」

 

 俺の怒声に冬樹は黙り込んだ。

 私を頼れ、か。……はは、俺はどうしても良い後輩を持ってしまったなあ。

 嗚呼、死ぬのが惜しい。

 

「俺だって、生きたい。いつもみたいに、授業を受け、本を読み、魔物を倒し、そして……お前と……冬樹と、他愛もない話を、していたかった…!」

 

『先輩……』

 

「だがッ、もう、ダメなんだッ……! ……ここは危険すぎる。精鋭部隊でも、攻略は困難を極める」

 

『だからって……ああ、分かりません。分かりませんよ、どうしてそこまで貴方は私を守ってくれるのか! 私は貴方を突き放すようなことを何度も言いました! 嫌われるようなことも、憎まれるようなことも!!』

 

「…………」

 

『だというのにどうして貴方は──』

 

 冬樹の声に涙が混じってきているのが分かった。

 この様子だと、今頃彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっているだろう。

 

 ──男ってのは単純なもんだ。

 なにかやると心に決めた物があれば、それに向かって一直線に突き進む。

 例えその先にどんな困難が待っていようとも、そんなものは物ともとせずに。

 

 俺はその心に決めた物が、『冬樹を守る』という単純で明確なものだっただけだ。

 

「……前に言ったよな。時間が来たら、お前に伝えたいことが、あるって…………」

 

『…………』

 

「──俺は、冬樹が好きだ。世界で一番、愛している」

 

『あい、してる……?』

 

「そうだ。……なんか、恥ずかしいな。告白って、こんな緊張、するんだな」

 

 俺は人生で一度も女性に対して自分の愛を曝け出したことは無かった。

 この学園に来る前、クラスメイトが校舎裏で女子に告白しようとしたところで、ヘタって逃げ出してしまった事を猛批判したことがあるが…あれは俺が全面的に悪かったようだ。

 

 ……ああ、幸せだな。

 最期の最期で、俺は最愛の人に愛を伝える事が出来た。

 これがもし両想いではなく、俺のただ一方的で独善的な愛だったとしても別に構わない。

 冬樹に告白が出来た。これだけでも十分満足だ。

 

『……私も』

 

「ん」

 

『私も、貴方の事が……す、好きです。だから、死ぬなんて……そんなこと、言わないでっ。お願いだから……』

 

 そう言って。

 冬樹の泣き声に誘われて、俺の頬に一筋の温かい涙が流れた。

 すまんな冬樹。そして、こんなロクでなしの俺を好きになってくれてありがとな。

 

『お願い、生きて……! これからも、私の隣で笑って! ──ずっと私の傍にいてください!』

 

「冬、樹」

 

 俺は最期の力を振り絞って、その名前を呼んだ。

 気難しい性格で人を寄せ付けず、学園ではかなり浮いている変わり者。

 俺が生涯で一番愛した女性の名前──。もし死後の世界があるというのなら、俺は冬樹イヴの名を片時も忘れることは無いだろう。

 

 俺は今、幸せだ。だから冬樹も、ぜひ幸福な人生を送ってくれよ。

 

「ありが、と──」

 

 身体から力が抜けて、無意識に瞼を閉じる。

 耳をすませば、随分衰弱してしまった心臓の鼓動がゆっくり、ゆっくりと、次第に間隔を開けながら聞こえてくる。

 

 今まで俺を育ててくれた人達、ありがとう。お陰で立派な最期を迎えられたと思います。

 どうか皆さんにも、幸多からんこ、と…を……──

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