冬樹イヴへの遺言   作:屍野郎

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桜の木の下で

 第七次侵攻からどれだけの冬が過ぎ去っただろう。

 

 当初、かつてない規模の侵攻となると予測されたこの戦いを乗り越えられると確信していた人はきっといないはずだ。後の軍の記者会見曰く、北海道侵攻の時なんて比ではない大規模なものだったらしい。

 

 最初は風飛とその周辺に全戦力の一部を裂いて配置した。

 私達魔法使いの力に頼り切った政府の姿勢には、国内から批判がとんだ。

 

 途中から魔物と戦う皆が異変に気付き始めた。

 これだけじゃ足らない。もっと人がいる、もっと戦力がいる。

 

 政府は一部を除いた全戦力を風飛に向かわせ、戦力を足すことにした。

 闇夜の中で列を成す眩いライトの数々は山を照らし、空を照らし、もう昼なのか夜なのかもあの時は正直理解していなかった。

 

 ――とにかく生き残る事に必死だった。

 あの日、図らずも最前線に身を置いた私は見た。

 目の前を流れる死の川を。あっちとこっちを隔てる境界線を。

 

 その川は月の光を放っていて美しかった。

 美しいが故に、足を踏み入れればもう二度と戻って来れない――そんな気がした。

 

「――……つまり、ここはこの公式を利用して――」

 

 でも、私は今生きている。

 頑張って行き伸びて、頑張って勉強をして……そして今度は私が勉強を教える番。

 まさか私が人と接するような仕事を引き受けることになるとは思いもしなかったけれど、教師を初めて数年経った今ではその違和感もとうに忘れてしまった。

 

 未だに人と話す事は好きでは無いけど、それでもどういうわけか、子供達の笑顔を見るとそんな気持ちも自然と薄れてしまう。

 どうしてだろう……子供の笑顔が、記憶の底を擽ってくる。

 

「――……今日の授業はここまでです。お疲れさまでした」

 

 授業を終えた私はそのまま教室を後にする。

 通り過ぎる生徒達が挨拶をしてくるが、私はそれらを悉く無視しながら職員室――を通り過ぎて教職員の寮へと向かった。書類作業は粗方済ませているから、態々人混みの中に戻る必要もない。

 

 扉を開けて部屋の中に入る。

 ベッドと本棚と机と椅子、そして日常生活に必須な家具など本当に必要最低限のものだけを揃えた部屋の中は、さっぱりした感覚を通り越して最早ある種の虚しさを感じる。

 むしろ学生時代の私の方が、もっと女の子らしい部屋を作っていたと思う。

 

「……あ」

 

 チカッと視界を刺すような光に驚く。

 視線を動かせば、そこには部屋を隅々まで映す鏡のように綺麗な鋼――でも、少し汚れている。

 最後に手入れをしたのは確か2ヶ月前だったか。まあ、それほど期間を開ければ埃も被る。

 私は箪笥からタオルを取り出して埃を拭き取る。

 そうして柄を握って色んな角度から汚れが無いかを確認して、また元の位置に戻す。

 

 やっぱり、いつ見てもこれには人の心を惹き付ける不思議な力があるように思う。

 私の身には余る長さの――太刀。

 

「……私に渡されても困るんですがね」

 

 私は何度も拒否した。それを持つべきは私じゃないと。

 それでも……彼は最後まで言う事を聞かなかった。どうしても私に持っていて欲しいと。

 

 

 

 

 

 ――大規模侵攻が終了して数日が経てば、既に学園内の復興は終了して今まで通りの生活が戻って来た。中庭で追いかけっこをする人、調理室で訳の分からない暗黒物質を生成する人、薔薇園で例の転校生と茶会を開く人――それでも唯一戻らないのは、カーテンで遮られた保健室の角の窓際だけだった。

 

『失礼します……こんにちは』

『……あぁ、イヴ……』

 

 絶えず漏れる機械の音に紛れて聞こえる彼の声は今までに聞いた事が無いくらい弱弱しかった。

 身体中にチューブを繋げられ、朝から晩まで休みなく血液を抜き取り霧を除染し、そしてまた血液を身体に戻す――彼は霧の病を患っていた。

 

 どれだけ身体が霧に親和していようとも、彼は彼であり一人の人間に過ぎなかった。

 元々東雲アイラからも、霧を取り込み過ぎれば普通の人と同じように霧の病に掛かってしまうと釘を刺されていたらしい。

 それを知ってなお、あの日彼は自分の身を捨てて魔物と戦い続けたのだ。

 

『今日は空が晴れていますから、桜がとても綺麗ですよ』

『そっか……俺も、少しぐらい歩けたらなあ』

『そう言うと思って、ちゃんと写真撮ってきました』

 

 ポケットから携帯端末を取り出して、保健室に来る前に撮影してきた数枚の写真を見せる。

 何本も立ち並んだ桜や、木の下にたくさんの生徒達が集まっている桜や、山際にポツンと一本佇む寂し気な桜。中でも彼は三枚目の写真を長い間見つめていた。

 

『来年は……』

『うん?』

『……来年は、この桜の下でお花見しましょうか――って、え?』

 

 ふと視線を落とすと、彼の顔は熟れたトマトのように真赤に染まっていた。

 最初見た時は緊急事態かもしれないと焦ったけれど、次第に思考が落ち着いて、単に彼が恥ずかしがっているだけなのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 最近までの私は脳の回転に少し陰りがさしていたのに、彼とまた会う事が出来たおかげで精神的にも余裕が出来てきて、今では以前通りのスペックの冬樹イヴに戻りつつある。

 

『まさか、イヴから言ってくれるとは……』

『私だって人を誘ったりしますよ。嘗めないでください』

『別に嘗めては、ないが……そうか、来年か』

 

 彼は感慨深そうにそう呟くと、窓の外に視線を向ける。

 私からは遠くで子供達が鬼ごっこをしているのが見えるが、彼から見れば恐らく空が見えるばかりだろう。天と地をひっくり返して、海が空に落ちたみたいに澄み渡った青空に、白波のような雲がゆったりと流れている。

 

 彼の瞳は空だ。

 

『来年度で、俺は卒業だよ』

『……はい』

『花見、しような』

『……約束ですよ』

 

 震える手を受け取って、私の小指と彼の小指を絡めて指切りをする。

 ――指切りげんまん。嘘吐いたら、針千本飲ます。

 

『改めて考えると、指切りげんまんほど気軽で恐ろしい契はありませんね』

『はは、まったくだ』

 

 これを考案した人は本当に嘘をついたら針を千本飲んでいたのだろうか。

 現代では考えられない事だが、大昔なら或いは……いや、考えるのはやめておこう。

 

 ――その後も彼と小一時間話したところで、保健委員の椎名さんが面会終了を告げに来た。

 もう少し一緒に居たかったけれど、あまり負担をかけたくもないので仕方ない。

 また明日来ます、とだけ告げて私はカーテンの外に出た。

 

『うん、またな』

 

 そう言う彼の声色はとても明るく安らかで、落ち着いていたと思う。

 

 

 

 

 

 ――その夜。

 

『……嘘つき』

 

 容態が急変して、彼は軍病院に搬送されることとなった。

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 太刀を眺めながらぼうっとしていると、突然携帯端末がメロディを奏で始める。

 元の場所に戻して机の上の携帯を手に取って相手の名前を見ると、やはりというべきか、水無月さんからの電話だった。

 

「もしもし、冬樹です。突然どうされましたか」

『冬樹、今暇ですか?』

「たった今仕事が終わったところです。貴女こそ、忙しくはないんですか?」

『必死に頭下げてきょーだけ休暇をもらいました』

 

 水無月さんは学院卒業後、軍に入って人類の最前線で魔物と戦っている。

 他の風紀委員達も大概は同じで、私だけは戦場から一歩離れた場所で生活している。そのことがなんだか歯痒くて、コミュニケーション能力が低い事も相まって中々連絡を取らずにいたのだ。

 

「それで、一体何の用ですか?」

『何の用って……約束したじゃねーですか』

「……約束?」

『花見ですよ、花見』

「っ」

 

 ……どうして水無月さんがそのことを知っているのだろう。

 この会話をした時は私と彼しか部屋にいなかった。

 ましてやそれを他の人に言いふらしたりも勿論していない。

 

「なんで、知ってるんですか」

『は?』

「……あの日の約束を」

『……いやいや、だいじょーぶですか? 冬樹』

「え?」

『知ってるも何も、ついこの間グループで皆と約束したじゃねーですか。

 元風紀委員の全員で花見をしようって』

「――」

 

 黙って立ち上がり、バッグの中からスケジュール手帳を取り出してカレンダーを見る。

 そこには、はっきりと私の字で『花見予定日』と書いてある。……うっかりしていた。

 

 ……本当にただのうっかりなんだろうか?

 そう片付けてしまいたい気持ちと、それを立ち止まらせる重い岩があるように感じる。

 

「すみません、今のは聞かなかったことにしてください」

『はあ。それで、どーなんですか? この後予定とか入れてませんよね?』

「それについては大丈夫です」

『分かりました。じゃあ……そうですね、集合場所は――山際に一本立っている桜の下で』

 

 ……本当はあの日の会話を盗み聞きでもしていたのではないだろうか。

 何やら作為的なものを感じるけれど、でもまあ、態々私を花見に誘ってくれているんだから、贅沢は言わないようにしないと。

 

 それにしても、花見。

 学園を卒業して教師になってからは一度もしていないし、誰かとの会話に上がったことも無かった。つまり、ここ数年で私と桜は一度も同じ時の流れにいなかった。

 それぞれの流れを辿って行くと、最終的に巡り会う場所はあの日を境に無くなっている。

 

 ――ああ、懐かしい。

 濁った目にはあの日々は些か輝かしすぎる。

 

 彼とはその日以降会っていない。手紙も交わしていない。

 もう数年が経ってしまうけれど、その間にお互いの存在を確認し合うような行為は一度たりとも無かった。

 搬送された場所は軍病院だから、情報統制は厳しいし何と言っても科研と距離が近すぎる。

 私がどれだけ頑張って交流をしようと思っても、私と彼の間には厚くて固い大きな壁があった。

 最早、私には彼が生きているのかもよく分からない。

 

 ……結局、私には何もできなかったな。

 

「……よしっ」

 

 頬を叩いて気分を入れ替える。

 これからかつての仲間たちと再会するのだから、暗い顔をして行くのはあまりに失礼だ。

 バッグに必要最低限の物を入れて、姿鏡の前で着替えをして、ハイヒールを履いて部屋を出た。

 

 寮の扉を開けた瞬間に青い香りのする春風が私の髪を靡かせながら走り去っていく。

 空を見上げた。雲一つない晴天、日差しは暖かい。

 きっとこれ以上に花見の似合う日なんて無いだろう。

 

 途中で学園生とすれ違いながら目的地へ向かう。

 中央広場を抜けて、プール横通って、コロシアムを横目に歩く。

 

 ――昔と変わらない風景。

 魔物との戦いは終わらない。それでも私達は確かに生きている。

 子供達は友達と語り合い、幸せを享受している。私達は太陽の下に生きている。

 

「あった」

 

 でも、私の後に影は出来ない。

 彼の存在は大きすぎた。私はもう、生きる屍と何も変わらない。

 生きる意味を失い、けれど表面上は普通の人を偽って生き続ける。

 

 未だ過去に囚われている事を悟られないよう。

 過去の輝きを手放すことの出来ない、私の弱き心がため。

 

「まだ誰も来てない……いや、誰かいる」

 

 結局時を経て変わったのは外側だけだった。

 時間は本質を癒してはくれない。それもそうだろう、あくまで本質は本人自身なのだから。

 だからこそ、外側もいずれ傷んでくる。

 私が今の私の形を保っていられるのも、時間の問題。

 

「よいしょ……っと」

 

 桜の木を隔てて、先客の向こう側の坂に座り込む。

 座ってすぐに、レジャーシートを敷いておけば良かったと後悔する。でも、芝生だから良いか。

 

 ……まったく、人がこんな気分になっているというのに太陽は相変わらずだ。

 太陽も太陽なりに慰めようとしているのだろうけど、私にそれは逆効果。

 同情されれば同情される程、反って深みに嵌ってしまうのが私の性格だから。

 

 二度と、彼と会うことは出来ないのだから。

 

「…………」

 

 ――突然視界が暗くなる。

 身体の不調とか、超常現象とかそういうのではないことはすぐに分かった。

 私の両目を覆う掌の感覚が分かったから。

 

「…………」

 

 叫ぶ、べきなのだろうか?

 助けを呼ぶべきなのだろうか。でも、視界を封じられただけで?

 ここは学園内だし、そもそもテロリストがこんな大胆な行為に出るはずが――

 

「だーれだ」

「……え?」

 

 男性の低い声。

 街を歩けば、いくらでも声のそっくりさんを見つけ出せそうな、そんな平凡な。

 でも、その質と抑揚、そして何よりこの行為にこそ、私の心は温かくなる。

 

 私はその手を強引に取って後ろを振り返る。

 頭に包帯を巻き、左目に白い眼帯をした黒髪の若い男性。

 その瞳は――

 

「……あー、えっと」

 

 あたふたと視線を泳がせて慌てる様子に……私は自然と笑みが零れた。

 突然笑い出した私に困惑した表情を見せ、やがて子供のように綺麗な笑顔を浮かべた彼に、私は顔を寄せる。

 

「……遅いですよ」

 

 ――風が吹く。

 散った桜花を巻き上げて空に浮かべ、それは常闇の星々のように青空に舞った。

 

ーーー

 

「では、事情聴取に入りましょうか」

「えっ」

「とりあえず軍病院に入ってからの様子を聞きましょう。謝罪はその後です」

 

 隣に座るイヴはいつもの事務的な声でそう言うが、しかしその裏で僅かに隠しきれていない喜びに気付かないほど俺も鈍感ではない。

 ……と、いつもならちょっかいを掛けていたのだが、今回ばかりは真面目に説明しよう。

 それが、数年間連絡を取らずに恋人を悲しませ続けた男の償いとなるのなら。

 

 

 

 

 

『先生、意識を取り戻しました!!』

 

 痛む身体に無理矢理意識を覚醒させられて、初めて聞いたのは慌ただしそうな看護師のそんな叫び声だった。ゆっくりと瞼を開けて周囲を見渡すと、数人の白衣を纏った人達。

 そして機械、機械、機械――。

 身体に繋がるチューブの量が明らかに増えていた。

 

 そしてそれが意味することを、俺は知っている。

 

『貴方の命も、そう長くは続かないでしょう』

 

 後から聞かされた話の内容は、概ね俺が想像した通りに進んだ。

 霧の病の進行が急激に進んで、保健室にいた時に繋いでいた機械だけでは除染するペースが追いつかなくなってしまった。軍病院では最新鋭の設備で出来るだけの除染を行うが、それでも最早延命措置とすら言えないくらい身体はボロボロになってきていると。

 

『ここは軍の施設である以上、冬樹さんを連れてくるわけにはいきません。

 それに、これらの機械を伴って外出することは厳密に禁止されています。

 申し訳ありませんが、お二方が顔を会わせる事はもう……』

 

 そう言って頭を下げる医者に、俺は気にしないでと言う体力すらも残されていなかった。

 

 それから何日経っただろうか、突然部屋に来訪者が現れた。

 目だけで入口に視線を向けると、そこには盟友こと東雲アイラが立っていた。

 沈鬱な表情をして佇むその姿は今でも忘れられない。

 

『……すまん、妾が無責任だったばかりにお主をこんな……』

 

 そんな本気の謝罪を彼女から聞くのはあれが最初で最後だろうな。

 何も悪くない東雲が罪悪感を感じているという事に俺の方こそ罪悪感を感じていたが、しかしそれを裏腹に心の底では少しワクワクしていた。

 ……アイラは優しい人だ。

 だからこそ、謝る為だけに顔を見せに来たのではない事は分かっていた。

 

 ――俺の思い通り、しかし東雲が提案してきたのは俺の想像を超えるものだった。

 

 機械を使って限界まで霧の除染をした後に、体内に残った霧をどこか一か所に集めて手術で切り落とす、というものだった。

 最初聞いた時は、何言ってんだこいつ……と思ったりもしたが、なるほど説得力はある。

 俺の霧と親和した体質を利用した霧を操る魔法を使う――妙案だったが、リスクもある。

 

 この方法には手術――つまり軍病院の協力が必須であり、それ即ち科研にも俺の正体が露見してしまうということだ。霧と親和のある体質など、人類史に二つとない貴重な存在であり、それを逃すことなど知識欲の悪魔と化した研究者共に限って有り得ない。

 この方法でないと霧の病を完治できないのは重々理解しているが、だからと言ってホルマリン漬けを是とするわけにもいかない。

 

 そんな心配を予想していた東雲は、生徒会長の武田虎千代や学園長と協力して、持てるパイプをふんだんに使ってでも俺がホルマリン漬けになるのを阻止すると断言してくれた。

 それはもう、赤子も黙らせるような凄まじい断言だった。

 

 結局俺はその説得に折れて、翌日の定期健診で東雲と共に事情を説明して、彼女の考えた治療法と、笑顔たっぷりの『お願い(脅し)』をもって看護師の顔を蒼白にさせた。

 これで全てうまくいくと思った。だが、彼等の執念は俺達の一歩先を行っていた。

 

『身体の提供は別にいい、だが……片腕だけならどうだろうか!?』

 

 ……まさか翌日、俺の目の前で白衣を着た恰幅の良い爺が土下座をすることになろうとは。

 結局強大な権力を前にしても、研究者達はその知識欲を堪える事が出来なかった。

 一夜の理性と欲望の葛藤を経て、彼等は譲歩して俺の腕を欲しがったのだろう。

 俺からすれば一体何が譲歩なのか理解できないし、別にしたくもないが。

 

 でも、ホルマリン漬けになってイヴと二度と会えなくなるぐらいなら、腕の一本や二本を差し出した方がよっぽどお得だ。俺は床に平伏す爺に、親指を立てて応えたのだった。

 

 その後の展開は……まあ、一年かけて霧を除染して残った霧を左腕に集めて、ばさっと切ってもらった。

 その後ずっとリハビリやって……リハビリに明け暮れて。

 それだけだ。

 

 

 

 

 

「でも、それならどうして長い間なんの音沙汰も無かったんですか?

 手紙くらいは寄越してくれても良かったと思うんですが」

「あーっと、それはなぁ……」

 

 一番聞かれたくない事を聞かれてしまったな。

 どうしよう、言うべきか。だけど別に言う程のことでも――

 

「大方、ずっと放置してた私になんて言えば良いのか分からず、そのまま時間が過ぎたってところですか」

「えっ! なんで分かったんだ!?」

「貴方の考えなんてお見通しです。ええ、考える時間もいりません」

 

 ……なんだか釈然としないが。

 でも、そう言うイヴの横顔はとても自信に満ちていた。初めて会った時のような影が表情から一掃されて、その無表情は子供の純粋な笑顔にも勝るほど美しかった。

 ああ、やっぱり俺はイヴが好きで、愛してるんだな……。

 

「……本当に貴方は馬鹿でマヌケで、変な所で鈍感でドジで」

 

 あれ? なんかおかしくない?

 ここってそんなに罵倒する様な場面じゃないと思うんだが……。

 

「自己評価が極端に低くて、私の気も知らないで……ですが」

 

 イヴが顔を俺に向けた。

 微笑んでいる。目尻に金剛を輝かせながら。

 

「私は、そんな貴方が好きです。愛しています……」

「イヴ……俺も、愛してるよ」

「……」

「……」

 

 辺りに沈黙が降りる。

 熱を帯びた視線が混ざり合い、それは行く当てもなく互いの身体に纏わりついてくる。

 俺はイヴの肩を右腕で掴んで向かい合う。イヴは目をゆっくりと瞑った。

 脈打つ心臓、脳内回路を膨大な熱が行き交う中、俺はイヴの唇にそっと――

 

「あっ、冬樹ー! お待たせしてすいま……って、えぇぇえぇえ!?」

「もー、どうしたんすか水無月先――ああぁあぁああ!?」

「せ、先輩!? 生きてたんですね!!」

「生きてるわ馬鹿!!」

 

 突然の大集合と思いきや、いつもの無自覚氷川砲が炸裂する。

 まったく、あいつは後で教育だな。

 風紀委員時代に新入委員の教育係をしていた俺にはお手の物だ。

 

「……なんだか騒がしくなっちゃいましたね」

「だな。……どうする?」

「どうもこうも。とりあえず、水無月さんと氷川の説教は覚悟してくださいね」

「うっ、だよなあ……」

 

 まあ仕方ないか。

 俺はイヴの頭をくしゃくしゃと撫でてから立ち上がる。

 かつての懐かしい面々が、全力でこっちに走ってきているのが見えた。

 

「もう、遠くに行ったりしないでくださいね」

 

 差し伸ばした俺の手を取って立ち上がった。

 イヴは笑った。その綺麗な翡翠の瞳はどこまでも透き通り、美しく。

 

「ああ。死ぬまで一緒だ」

 

 

 

 

 




皆様大変長らくお待たせしました。
これにて『冬樹イヴへの遺言』完結です。たった11話の短いお話でしたが、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。

最初期から読んで頂いていた方ならご存知でしょうが、元々今作は短編小説でした。
冬樹イヴが大好きな私が、如何にしてオリ主と彼女の恋模様を書くか。でもあまり長く小説は書けそうもない……せや、短編ならええやんか! でも短編は経験無いし、話の展開のペースも分からんし……とか色々考えた結果が、死の間際に互いの本心を暴露し合って愛が結ばれ、最後は主人公がそれに幸せを噛み締めながら息を引き取る、そういった小説でした。

でもなんやかんやあって続編を書くことになって、その合間の情報収集でグリモアをやっていく途中(主にイヴ関連のストーリー)で、私はこう思いました。

『イヴは幸せにさせなあかん!! バッドエンドだけはダメや!!』

思い立ったが吉日、私はすぐ路線をハッピーエンドに切り替えてプロットを組み直し始めました。
そうです、続編を書いている途中まで私はバッドエンドを計画していました(鬼)
だからこそ、突然の路線変更が祟って執筆はグダり、更新期間がどんどん空いて……暴露しますと、最終話を書き始めたのも昨日です。

その他にも色々な二次創作を読み耽っては文体に影響されて、最初期と比べて言葉の選択が変わっていく……いやほんとうにすみま(ry

ですが、こうして一つの小説を完結させるのには不思議な感覚がします。
事実、先程最終話の最後の4文を書き終えるまでに30分ほど時間が掛かりました。結局こんな締め方にしたのは、思いついたどれもがそれ以下だったというだけです。
私は小説を書き始めて早4年程度経つわけですが、これまで書いた小説で無事完結にこぎつけたものは一つだってありません。
どれも途中でエタったり、放置したり、黙って後に削除したり……とんでもないクズ野郎だったわけです。私の心弱きが故に……(冬並感)

いや、改めて考えると、『完結した駄作と未完の良作は、前者の方が良い』という意味がようやく分かった気がします。この事に気付かせてくれたこの作品に、ありがとう。
冬樹イヴよ、永遠なれ。グリモアに栄光あれ。

最後になりましたが、こんな小説に11話も付き合ってくださった皆さんに重ね重ね感謝申し上げます。皆さんがきちんと見てくれたお陰で、心弱き私でも小説を完結させる事が出来ました。
読者の皆さん、ありがとう。またどこかで会いましょう!
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