冬樹イヴへの遺言 作:屍野郎
いい感じに時間が出来たので続きます。
『ありが、と──』
電話越しに聞こえた彼の言葉。
人との付き合いを拒絶する私に寄り添って、ずっと傍で語り掛けてくれていた彼の声は、遂にその温かさを失い冬の冷たい空気と同化してしまった。
「はあ、貴方って人は……」
彼は結局一人で旅立つことを選んだ。
最後に、私への愛を呟いて。
貴方を愛し、貴方に愛された私を差し置いて。
ただ、いつかこんなことになるのではないかと前から思っていて。
だから今回の事も彼らしいと言えばそうなのかもしれない。
私は電話を切り、部屋を出て憂鬱になるような曇天を見上げた。
「貴方って……本当に、バカですねっ……」
誰もいない中央広場のベンチで、私は一人泣く。
まだ生きているかもしれない──そんな考えも浮かんだけど、私にはどうすることも出来ない。
彼の言う通り、私の手には負えない問題。
私が行けばすぐ彼に合う事が出きる。でも、そんなことをすれば絶対に怒られてしまう。
涙で景色が滲む中、私の隣を数十名の生徒が忙しそうに走り去っていった。
その、数日後。
生徒会の人達から、私宛に一枚の封筒と──血が付着した彼の愛刀が届いた。
ーーー
雪が降る風飛市は、子供達の楽しそうな声で溢れかえっている。
そんな街の一角で彼の葬式は執り行われた。
参列者は生徒会長と副会長、風紀委員のメンバー、彼の親友2人と先鋭部隊の面々に政府の人達だけで、親と見られる人はどこにもいなかった。
部屋は小さく、それにしても物寂しく思うほどの少ない人数。
とてもこの学園を支えていた人の最期とは思えない、ひっそりとした葬式。
「……冬樹、だいじょーぶですか」
彼の生前から私の特別な感情に気付いていたと思われる委員長は、心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫です。なので私の心配は結構です」
そう、私は大丈夫。
だからいつもみたいに人を突き放すような言葉も平気で言える。
「そーですか。……無理すんじゃねーですよ」
『無理』なんて、私には縁のない言葉だ。
私には常にエリートであり続けることが求められる。
それは彼がいなくなってしまっても、同じことだ。
いや、むしろよりエリートになる事が求められる。
彼と言う優秀な魔法使いがいなくなった以上、今の学園の戦力は驚くほど下落しただろう。
そんな状態で、再び侵攻が起こってしまえば一体この地域はどうなってしまうだろうか。
壊滅である。恐らく一週間も持たない……というのは、さすがに贔屓だった。
学園生もそこまで強くないわけでは無い。
……だけど、そう直感的に思わせてしまう程に彼は強かった。
とても強くて逞しくて、頭が良くて社交性もあって。でも、たまに委員会の当番を忘れて委員長にこっぴどく叱られたりと、ちょっと抜けたところもあって。
天才故の解釈かと思えば、ただの思い違いだったり。
思い出せば思い出すほど、彼の抜けた点は溢れ出てくる。
それでも私は誰よりも彼を信頼していたし。
生まれて初めて私が人の魅力に魅せられたのも、彼だった。
『俺は、冬樹が好きだ。世界で一番、愛している』
突然フラッシュバックしたその場面に、私は思わず目頭が熱くなるのを感じた。
──ああ、どうして彼との記憶は私を泣かせるのだろう。
泣いちゃダメだって。今までは彼が頑張っていたんだから、今度は私が頑張る番だって。
彼との最期の通話で、ちゃんと心に決めたはずなのに──。
「……なん、で。貴方はっ、誰よりも……強くてっ……優しいのにっ……!」
涙が止まらない。身体全体の力が抜けて私はその場にへたり込んだ。
遺体は無く、彼の遺影だけが飾られた祭壇に向かって。私は静かに泣く。
隣では、歩み寄って来た水無月委員長が肩を優しく包んでくれた。
目の前が滲んでよく見えないが、他の風紀委員たちもあの様子だときっと泣いているのだろう。
彼は本当に素晴らしい人だ。
生徒会長でも無く、世界のヒーローというわけでもないのに。
大勢ではないにしろ、こんなにも凄い人達がお葬式に来てくれるんだから。
「だいじょーぶですよ、冬樹。だいじょーぶです……」
「……は、いっ。もう、大丈夫です……」
それがただの強がりであることは私も分かっていた。
だけど、そうした方が少しは楽になると思った。
いつもの私へ。彼から託された使命に押し潰されないように、今だけで良いから、いつもの慣れ親しんだ『冬樹イヴ』へと……。
さて。
ひとしきり泣いたので、私はそろそろこの場から離れようと思う。
彼は死んでしまった。これが事実。なら私には、やり切らなくてはならないことがある。
また、どこかで会いましょう。
私の初恋の人。最愛の人。
彼の葬儀を終えて、私達風紀委員はいつもの委員室に集まっていた。
委員長曰く会議があるとのこと。主に風紀委員の役割分担の再構築と、これからについて。
部屋の空気は窒息しそうなほどの沈黙で溢れている。
「……えー、私はいつも通り学園内の見回りを……」
最初に沈黙を破ったのは、なんだか気まずそうな表情をしている氷川だった。
突然暗闇に差した光に、会話の切り込み口を探していた委員長が食いつく。
「そーですね。でも氷川の取締は厳しすぎるって、毎日くじょーが来てるんですが」
「なっ、一体誰の仕業ですか! 誰がそんな根も葉もないことを!」
「いや、ふつーに考えて氷川の取締を受けた生徒でしょ」
「そんなはずはありません! 私はただ風紀を乱す人には数十分厳重注意をしているだけで──あっ」
「普通は数十分もしねーですよ。もしかして、リア充爆発しろみたいな感じでやってるんですかね」
「そそ、そんなわけないですよ!? 委員長もあまり適当な事は言わないでください!」
委員長に揶揄われた氷川は、その名前にそぐわないほど顔を赤面させて必死に抗議した。
その騒がしい様子に釣られて、さっきまで暗い表情で俯いていた人達も顔を見上げてうっすらと笑みを零している。
その中で、一瞬。
私以外の誰にも分からないと思う程さりげなく、服部がバレないように私の方をちらと横目で見る。
それで私はなるほどと納得した。
「……ふふっ」
なんだか今の状況がおかしく思えてしまって、思わず笑みが零れた。
彼女達は多分、金輪際私の笑顔を見ることは無いだろうと思っていたのだと思う。
その証拠に、私が笑った時風紀委員の彼女達の表情はどよめいた。
こいつ、ストッパーがいなくなって遂に狂ったかとでも思われているかもしれない。
でも、残念。
私の気が狂うなんてことは、天と地がひっくり返っても有り得ない。
だって、私には彼の遺した死んでもやらなければならない事が沢山あるから。
「私はそろそろ、失礼させていただきます」
「冬樹──!」
「はい?」
「……いや、なんでもねー、です」
「……大丈夫ですよ、私はいなくなったりしませんから」
本当に、私がこんないい仲間に巡り合えたのも彼のお陰だ。
そんな彼の情報をみすみす誰かに横取りされる訳にはいかないので、私は合鍵を握って彼の部屋へ足早で向かった。
勿論途中で指示通り双美も連れて行く。
遂にこの日が来たか、と肩を落とす彼女が切り開いたプログラムの壁の先にあった情報群は。
「こんな……」
「以前、彼が私にログインさせた時よりも数倍になっています。
短期間でここまでの情報を集めるとなると、最早国家レベルじゃないでしょうか」
双美の指摘通り、そこにはとても一人だけではどうすることも出来ないような莫大な量の情報があった。
『共生派の企業一覧』、『幹部候補一覧及び彼等の人間関係』、『学園襲撃犯一覧及び目的』、『所有兵器』、挙句の果てには直接ハッキングしたとしか思えないような、『活動計画書』や『予想総資産額』までもすっぱ抜いていた。
中でも『学園襲撃犯一覧及び目的』に関しては特に凄まじく、実行犯を拷問にかけ目的を洗いざらい引き出すまでの描写が事細かく記述されている。
その上目を疑ったのは、全ての資料に彼の名前が拷問官として載っていること。
そしてコメントの欄には、いずれも精神的苦痛を想起させるものが書かれている。
彼はこんな辛いことも自分一人で引き受けていたらしい。
それに気づいてあげられなかった過去の私を思い切り殴り付けてやりたい。
「双美さん、ありがとうございました。後は自分だけでやるので大丈夫です」
「分かりました。何か困った事があれば遠慮なく言ってくださいね……無理だけはしないように」
そう言い残して、双美さんは部屋を後にした。
皆同じことを私に言う。無理をするなと。
……確か、いつかの彼も私に同じことを言っていた気がする。
そうだ、あれは確か夏の夜のことだったような──
ーーー
今日は七夕の日。
学園では毎年この日に七夕祭りを開催し、生徒達にはこの日に限り夜の行動を認めるという特例が与えられている。
その結果風紀委員が動く時間が増える。祭りの活気が上がれば上がるほど、取締の人手不足は免れない。
私は図書室で勉強をしていたのだが、そんな人手として忌々しい彼に駆り出されたのだ。
断ろうと思っても、もう彼には返し切れないほどの恩が溜まってしまっている。
だから拒絶するのもおかしな話だろう。
「おい」
人だかりから外れた寂れたベンチ。
そこで気配を消して勉強をしてたにも関わらず、この状況の元凶は何ともない様に話しかけてきた。
「どうしてここが分かったんですか」
「そりゃお前、ずっと監視してたからな。お前が仕事サボるのは目に見えてた」
「そんな人聞きの悪い事は言わないでください」
「言うまでも無くお前が悪なんだが」
彼は一体何を言っているのだろうか。
無駄な時間を有意義に使うのは人として生きる者全てに与えられた義務だ。
私はそれに則った行動をしただけで、悪だなんだととやかく言われる筋合いはない。
「私は時間の有効活用をしているだけです。私をずっと見ていたストーカーさん?」
「ストーカーじゃねえ、そもそもお前に対して劣情を抱いてねえ。……お前が消えてから大変だったぞ、そこら中で見境なくいちゃつく生徒が沢山いるし、しらみつぶしに注意しようが止める気配も無い」
「それはご苦労様です。ですが、そのようでしたら放っておいた方がいいんじゃないですか? 注意するだけ無駄と言う事は、その分貴方は無駄な時間を消費しているという事です」
「お前……」
「貴方も私の様に、少しでも身になるような事をしてみてはどうですか? 今なら出血大サービスでおすすめの魔導書を教えますが」
付け加えるようにそう言うと、彼は腕を組んでうーんと唸るように悩み始めた。
彼は学園内でも学年の壁を越えてトップクラスの学力を持つ秀才だ。
魔法使いとしての実力も高く、人柄も良く、社交性のある彼はまさしく天才と呼ぶに等しい存在だと私でさえ思わされている。
そんな彼が私の提案に悩んでくれている。
それだけで意図せずに私の胸は高鳴り、仄かに身体の体温が高くなるのを感じる。
最近彼と会話する時はほとんどこうなってしまう。
他の生徒と変わらず結局背景でしか無い彼が、一体どうしてなのだろうか。
未だに答えのような影すら掴めていない。
「えーと、じゃあそうだなあ……」
ひとしきり悩んだ後、やっと彼は口を開いた。
一応、彼が興味を示しそうな魔導書は事前にリサーチしておいたし、図書館でその本が置かれている場所も完全に把握している。
どこにも落ち度はなく、彼が誘いに乗れば全て順調に行くのだけど。
「一緒に屋台でも廻っていくか」
──そういう時に限って、彼はいつも予想の斜め上を行くのだ。
「はい? どうやら私の耳が腐ってしまったのかもしれませんね」
今、この人はなんと言ったの?
「いや、だから一緒に屋台を廻ろうと」
「どうやら腐っていたのは貴方の口だったようですね」
「なんでそうなる」
「今は仕事中です。それに図書室から私を引っ張り出してきた貴方がそれを言える立場ですか」
彼を拒絶するための御託を並べる度に、心臓が麻縄で締め付けられるような苦しさが襲う。
どうして、私には分からない。
彼の熱を帯びた視線が私の視線と交差する度、私の身体は狂ったように脈打つ。
「そんなお堅いから他の人に避けられんだよ」
「貴方には関係ありません。それに私は別にお堅いわけじゃありません。ただ、早く勉強を再開したいだけです」
「この氷川め」
「最大の侮辱表現と捉えました。謝罪を要求します」
「じゃあ屋台廻りで何か奢るから、それで謝罪ってのはどう?」
「貴方は今まで何を聞いていたんですか?」
つかみどころがない会話は、常に彼が先導している。
作戦なのか、それとも天然なのか。
学園に入学してから結構な時間を図らずも一緒に過ごした私からすれば、迷うことなく十中八九後者だろう。
この天然に私はいつも負けてしまう。
「なあ、頼むよ。俺はこんな味気無い仕事で七夕を過ごしたくないんだよ。女の子と一緒に遊びたいの」
「今私と一緒にお話ししてるじゃないですか」
「いや、うーん。こんな感じじゃないんだよ。なんかこう、若者らしい事というか」
「別に若者らしいことなんて何時だって出来ますよ。それに七夕は、1年間の内のたった1日に過ぎないのですから」
「うーん、いや、でもなあ……」
……そろそろ流石に鬱陶しくなってきた。
「あの、ちょっといいですか」
「ん、なに?」
「どうして今日はいつにも増して私を誘おうとするのですか? 私も貴方もまだ卒業しないんですから、まだ来年も再来年もあるでしょう」
これで、私の納得できない回答が返ってきたら帰宅する。
そんな意思を込めて放った質問だが、どうやらうまく伝わったらしい。
彼はさっきまでの緩やかな態度を改めて、真剣な顔をして話し始めた。
「だって、もしかしたらこれが──最期になるかもしれないからな」
「──」
最期。
なんの感慨もなく発せられたその言葉。
それが耳に入ると、さっきまで周囲を満たしていた生徒達の喧騒と、鈴虫の細かい鈴音がふっと薄れて消えた。
音を聞く余裕など無かった。
頭の中ではもう勉強のことではなく、『最期』という二文字だけがいくつも蠢いている。
なぜならそれは、私を含めた学園生のほとんどが忘れているであろう言葉だったから。
「それにいつまでも今と同じメンバーで生活できる訳じゃないからな。
卒業する奴もいるし。もしかしたら戦死するやつもいるかもしれないし」
……そうだ、私達はただの子供ではない、魔法使いなんだ。
過去には魔物との交戦で何人もの魔法使いが亡くなったらしい。
今は通信システムの充実、クエスト管理や安全性の重視などがされてそんな事はめっきり無くなってしまったけれども、それでも大規模侵攻の時は多くの被害が出る。
そしてその被害が降りかかるのは、今度は学園生──いや、私かもしれない。
来年も再来年もあるなんて、一体誰が保証できる?
「……良いですよ。一緒に廻りましょうか」
「ん、じゃあ付いて来て。あ、あと──」
彼はくるっと私に背中を向けた。
「勉強も確かに大事だけど……無理すんなよ」
その時の彼の背中は、なんだかいつもより大きく見えたような気がした。
ーーー
真っ暗闇の中、俺はただ闇雲に刀を振り続けていた。
着用していたコートはもうボロボロになり、よく意識してみれば左腕はぶら下がっただけで既に機能していないのだと分かる。
しかし不思議と苦しさは無かった。
だが生きているのか、それとも死んでいるのかは分からなかった。
「遅い」
見えない敵を斬り刻み続けてどれだけの時間が経過したか。
この空間で無限にも思える時間をこの刀と過ごした今では、今までの自分がどれだけ無駄な動作をしていたかが分かる。
それだけではない。
無駄を極限まで切り詰めるだけでなく、俺は純粋に刀を振る速度を上げることに成功していた。
『……て……ぃ……』
恐らく、今の俺の刀捌きを常人が肉眼で捉えることは難しいだろう。
誰も到達していないだろう極限まで高めた技術──だからこそ、俺はもう普通の思考が出来なくなっていた。
──身体が邪魔だ。
『……きて……さい……!』
俺の技術に極限を設けてしまっているのはこの軟弱な身体だ。
これが融通が利かなすぎるせいで、これ以上技術を損なうことなく速度を上げる事が不可能になっている。
どうにか出来ないものだろうか。
『きてく……さい……いきて……!』
そうだ、あの魔法を使えば良いじゃないか。
アイラから教えて貰った、非常事態の時以外使うなと言われてたアレ。
強力な魔法だから肉体への損傷が激しいと聞いたけど、そんなのはもうどうだっていい。
『いそい……はやく…てあてを…!』
まだ戦いたい。
人類を救いたい。
霧の魔物を一匹残らず殲滅してやりたい。
それに魔法使いってのは、色んな人達の希望を背負って生きてんだ。
だから。
『生存者がいます! 左腕の傷が酷い…救護班は早く彼を救護テントに!!』
──死ぬ訳にはいかねえんだよ。なあ、冬樹。
急に投稿したので誤字とか多いかもしれないです。