冬樹イヴへの遺言   作:屍野郎

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表舞台と舞台裏

 つい先日、洞窟内を捜索していた最中に通話で入った一つの報せ。

 

 まだ生死は分からないにも関わらず、執行部はあいつが戦死したとみて生徒会へ死亡判定を突き付けたらしい。

 それに怒る者はたくさんいたが、しかし抗議しようとした人は誰一人としていなかった。

 

 勝手に人の生き死にを決定する行為は許せなかった。

 だが、聞いた話ではタイコンデロガ級の魔物数十体を一人で相手取っていたらしいではないか。

 そんな状態で生きているだろうなんて、きっと誰も思わなかったに違いない。

 

 結局捜索は打ち切られ。

(絶望的な確率だが)生死は有耶無耶な状態で、この事件は数日後にあいつの葬式が行われることとなり終わったのだった。

 

 しかし……あの日は確か酷い雨だった。

 

「捜索隊1班から報告、彼は見つかりませんでした」

「りょーかいです。このエリアはなしですか」

 

 件の洞窟のすぐ外で構えられた緊急捜索本部。

 人気のない森の中に並んだテントの数々は、今回の事件の物々しさを自ずと物語っている。

 洞窟内を捜し回り、結局はなんの成果も得る事が出来ずに帰って来る彼女等の顔もどこか気鬱さが混じっていた。

 

 ──彼女達は、そんな逆境の中でも同志(あいつ)を思い、是が非でも捜索を続行したいと生徒会へ進言した人達の一部だ。

 来年卒業する様な年長者もいれば、最近入学してきた年少者もいる。中には転校生の姿も見た気がするが。

 

 生存は絶望的──それならせめて死体だけでも回収するべきだろうというのが、言い方は違えど彼等彼女等の確固たる総意である。

 

「んー、ここまで構造が複雑だと見つけるのは流石にむずかしーですね。あ、捜索どうもごくろーさんです。アンタさんらはもう休憩に入ってもいーですよ」

「了解しました」

 

 雨でずぶ濡れになった生徒達が本部テントを出ていく。

 今の時期、とても雨で身体を濡らして平気でいられるような気温ではない。

 事実さっきの生徒達の肌は見るからに血色が悪く、僅かに震えているのが分かった。

 みんな辛い思いをして行方知らずのあいつを必死に捜しているのだ。

 それなのに私は……。

 

「……別に気に病むことはねーですよ。アンタさんには記録を取るという大事な役割がありますから」

「……」

 

 どうやら水無月には私の考えている事はまるわかりらしい。

 まあ、子供の頃からよく感情が顔に出やすいと指摘されたことは何度もあったが。

 それに今回の様な酷いショックを受けたのは多分初めてだから、余計に分かり易かっただろう。

 

「……私があの時一人でもあいつの元へ戻って一緒に戦っていれば……」

「それはねーです。アンタさんの決断は正しかった。もしあの時戦い続けてたらまちげーなく全滅して、おーまかな捜索場所も特定できませんでした」

「でも」

「いーですか、アンタさんはあの時一人だけだとしても人の命を救ってるんです。確かにもう一人を見捨てましたが、そうするべきだった、いや、そうするしかなかったんです」

 

 そうするしかなかった──

 私があいつの言い分を呑み込んで山を下りている途中に、何度も自分を正当化しようと言い訳していた言葉だ。

 そうするしかなかったなら、私の力ではどうしようもない。

 だからあいつを見捨てて戦場を離れていく事は仕方のない事だ、と。

 でも、それって。

 

「そんな、あいつが絶対あの場で死ななきゃいけなかったみたいな……絶対におかしいよ」

「……」

 

 ギチギチ。耳をさらうような雨音を紛らわすために拳を強く握りしめる。

 

「……あいつは、私の知る中で一番みんなの為に頑張ってた。誰かが困ってたら自分の事を後回しにしてでも助け出して……でも誰にもそのやさしさが気付かれなくて」

「……」

「それでもあいつは黙って仕事するんだ。おかしいでしょ、良い事をすれば褒められるのが普通なのに。それなのに、こんな……こんな結末じゃあいつは──!」

「そこまでじゃ」

 

 込み上げてくる怒りが爆発しそうになった直前、それは鬱陶しい程雨音が渦巻くテント内に響いた幼気の残る声によって遮られた。

 声のした方向に視線を向けてみれば、そこには同じく雨で戦闘服を濡らした銀髪の少女、東雲アイラが一人で佇んでいた。

 

「おや、おかしーですね。東雲には今回のクエストに含まれてなかったみてーですが」

「確かに受けてはおらんよ。此処におるのは妾の完全な独断じゃ」

「なかなか思い切った事をしやがりますね……悪い事はいーません、帰ってくだせー」

「そういう訳にもいかんのじゃよ。ほら、妾ってばあやつの盟友じゃし?」

「それとこれとは全く関係ねーじゃねーですか……まったく」

 

 東雲アイラの言う盟友。

 話の流れからしてその盟友とは間違いなくあいつのことだろうが、正直言って驚いた。

 まさかあいつと東雲の間にそんな関係があったなんて。

 そもそも私は、彼女、東雲アイラの事を全く知らない。

 

「どうかされたんですか?

 今は任務中なので、出来ればあまり邪魔をしないで頂きたいのですが」

「テントの中からお前さんの怒る声が聞こえてきたんで、ちょいと気になってな。なに、ちょっとした好奇心とやらかの?」

「……」

「……お前さんの思いはしかと伝わったわい。その上で、どうか妾の話を聞いて欲しい」

 

 そう言って歩み寄って来る東雲に水無月は怪訝そうな表情をしていた。

 どうしてそんな顔をするのか私にはわからなかったが、多分東雲は普段はこういう事を言うような人ではないのかもしれない。

 だとすると、かなり重要な話をする可能性がある。

 私はデータを書き写す準備をした。

 

「風子よ、今回の捜索範囲を記した地図は何処にある」

「これですが……一体どーゆーつもりです?」

「どうも腑に落ちんでな。洞窟内を一通り歩いてみたんじゃが……なかなか痕跡が見つからないんじゃ」

「痕跡?」

 

 聞き慣れない単語を聞いて、私は思わず聞き返した。

 

「随分前に妾は特殊な魔法を施してな、あやつの魔力痕を妾だけが見れるようにしたんじゃ。それが、この洞窟内ではほとんど見つかっておらん」

「それはじゅーだいな校則違反の上にストーカー行為なんですが」

「黙って聞けい」

 

 痕跡が捜索範囲でほとんど見つからない?

 それってどういうことだろう。

 あいつは少しこの洞窟内に入って魔物を全匹誘き寄せた後は、すぐに外へ出て行ったって事?

 でもそれだと、どうして未だにあいつの行方が分かっていないのかということになる。

 全く分からない……この失踪の裏には何が潜んでいる?

 

「More@の位置情報の場所に魔力痕はあったんですか?」

「ちょっとだけな、デカい鍾乳石の近くで見つかったわい」

「ならどーしてそこに身体が──」

「……あの洞窟内には数えきれない程のタイコンデロガ級の魔物が次々と入って来おった。つまり霧の濃度もどんどん高くなっていたはずじゃなかろうか?」

「……あ」

「高濃度の霧は空間を歪めるほどの力を持つのじゃ。通信環境を狂わせたとしても何らおかしくはない」

「だったらどうしてあいつは冬樹と電話を──」

 

 衝動的に発現した疑問を言いかけて、頭がハッとした。

 これまでずっと気が付かなかったこと。

 この謎のキーとなるのは、最終位置情報をこっちが受け取った時間と、冬樹があいつと通話をした時間の違いだ。

 

「どうして霧により通信環境の制限されたこの洞窟内で、あやつは電話をすることが出来たのか。理由は簡単じゃ。通話をしている時はまだ、通信に影響を及ぼす程の霧はばら撒かれておらなんだのじゃ」

「……分かりました。そーゆーことですか」

 

 合点がいったように、水無月はゆっくりと頷いた。

 

「これは妾の優秀な眷属(・・・・・)による情報なのじゃが、最終位置情報を生徒会が回収したのはあやつが冬樹と通話をした約20分後らしい。つまり、通話をしている時点ではまだ大丈夫じゃったが、その20分後には霧が通信を遮断するほど濃度を増し、そこが最終位置情報として生徒会側とあやつの通信は途切れたのじゃ」

「なるほど。しかし、流血に関してはどう説明するんですか? 冬樹の話によると出血が酷かったようですが、血溜まりは一切見つかりませんでしたよ」

「それについては今から説明するわい。その前提としてまず話しておかなきゃいかん事がある」

「……話さなきゃいけないこと、ですか?」

 

 東雲の言葉の雰囲気からして、あまり良い話でないだろうことは大体想像がつく。

 あいつはもうこの世にはいないのか、それとももう身体を見つける事すら叶わないのか。

 最悪の場合は霧を大量に吸い込み魔物化してしまっていて──これ以上の事は考えたくはない。

 

「まずここまで穴が開くほど捜しまわっても見つからんのじゃ。ここは素直に別の可能性を考えるべきじゃろう」

「かのーせいですか」

「密閉された空間と高濃度の霧、そしてあやつの持つ特性(・・)。それらを鑑みるに──」

 

 それは、私が真っ先に思いついたが有り得ないだろうと思考の片隅に追いやっていた可能性だ。

 生きていようが死んでいようが、そんな事は全く関係なく。

 呑み込まれたモノは、次の瞬間にはさっきとは違う光景を見ている事だろう。

 

 それは、とても小さな、しかし確かな理論の上に成り立つ小さな希望──。

 

 

 

 

「恐らくあやつは今、裏世界におる」

 

 東雲の澄んだ声が私の心を優しく包み込んだ。

 彼は──生きているかもしれない。

 

ーーー

 

 

 

 響く轟音、淀んだ空気、灰色の空。

 灼けた硝煙の臭い、倒壊したビル群、闊歩する魔物達。

 そして──悲鳴。

 

 俺の視界には今、世界の全ての負が集まっている。

 魔物に敗北し後退を続け、あろうことか同じ人類にさえも裏切られた哀れな無辜の人々。

 かつて多くの人々の未来が詰まっていた街を魔物達が手当たり次第に破壊し続けているこの光景は、きっと共生派の馬鹿共が思い描いていた迎えるべき世界に違いない。

 

 こんなのは思想とは呼べないだろう。

 彼等はただの忌むべき破壊的カルト集団と何ら変わりはない。

 

 この世界の俺は、一体どこで道を踏み誤った?

 

「こんな所にいましたか。怪我人は大人しくベッドで横になっててくだせー」

「一人に対してそこまで手厚くする余裕はあるのか? ──水無月」

「こっちは心配してるのに生意気なやろーですね、その点ではこっちのアンタさんの方が素直でしたよ」

「いいや、心の底では俺みたいなこと考えてたに決まってる」

 

 背後から掛けられた聞き慣れている声に、俺は誰だか迷うことなく応えた。

 なんだか今は振り返る気分にはなれなかった。もう眼球がおかしくなって視界がぼやけているとしても、この光景から少しでも目を離す事は許されないと思ったからだ。

 罪悪感、なんだと思う。

 共生派の扱い方を間違えたこっちの俺を、きっと心の中では許せていないのだ。

 

「ったく、……情報を全部抜き取られた責任感から自殺とか、ほんとに……馬鹿だろ」

 

 吐き捨てるように呟いた言葉は、奴等の破壊音で全て打ち消される前に、俺の心の中へ染み込んでゆく。

 

 ──この俺とあの俺ははっきり別人だと言い切れる。

 だって俺はあいつではないから。外見こそ全く同じだが、それでも話に聞く限りあいつの性格は俺よりもずっと悲観的で小枝のように軟弱だ。

 

 しかし曲がりなりにもあいつは裏世界の俺であることに変わりはなく、自殺してしまったあいつの心境を少しでも察することが出来る自分がとても恨めしい。

  魔法使いでありながら、自らに課せられた世界平和の責任を投げ出すとは本当に愚かな事だというのに。

 

「……それはちげーます。情報管理を全部押し付けてたウチらこそ、馬鹿でした」

「それも違うな。少なくともこっちの俺はそんなミスを犯してはいない。つまり水無月らの協力があろうとなかろうと、いつかあいつは情報を取り返されてた」

「……そんな」

 

 未だに食い下がろうとするのか。

 しかし現生徒会長という立場上、そう言わざるを得ないのも仕方がない事か。

 ……いや、そもそも水無月は、裏でも表でも優しい人だから。

 自分の中にある責任を気にして止まないのだろう。

 

「いいか、それは水無月の責任じゃない。あいつ自身の責任だ」

「……」

「………急に黙ってどうし──……なんだその顔は」

 

 なにか無神経なことを言ってしまったのではないかと不安になり振り返ると、そこには、戦姫が如き純白の戦闘服で水無月が口元を緩めて立っていた。

 

「いえ……アンタさんはやっぱり、どの世界に居てもやさしーんだなと」

「どういうことだ」

「それを聞くのは、さすがに無神経なんじゃねーですか?」

 

 そう言って、水無月はふふっと儚げに微笑んでくるりと俺に背中を向ける。

 その背中は何だか酷く小さく感じられて、今にも潰れてしまいそうなほどに脆そうだった。

 

 

 ──生徒会長の優しい少女と、次々と作戦で命を落としていく学園生達。

 

 組織の長に就く者にはある程度の冷酷さが求められる。

 組織全体の利益のため、不要なものは早急に切り捨てて利用価値のあるものは最大限効率よく活用する能がいる。

 たとえそれらが人であったとしても、だ。

 しかし、水無月には致命的にその冷酷な能が無かった。

 

 表世界では死者こそ出なかったが、この世界では既に『グリモア壊滅』と言うに等しい程に屍の山で敗北を築き上げてしまった。

 指導者は全体を見通す必要があるため一人一人の死に向き合っている暇はない。

 しかし、水無月にはそれを無視することが出来なかった。

 

 死者の報告が入る度に絶望と罪意識は重さを増していく。

 この小さな背中はそんな、若くして散っていった同胞達への責任を一身に背負っているのだろう。

 

 ──水無月の荒れた髪の毛を後ろに流していた小風が、不自然に逆向きへ変わった。

 これは……。

 

「ここも直に魔物達がやってきます。だから……早くこの場を離れましょー」

「そうか。じゃあ、一緒に帰るぞ」

 

 水無月の言う通り若干数こっちに魔物が進んできているのを横目で確認すると、俺は彼女の手を掴んで基地のある方向へと歩き始める。

 あまり時間は無い。少し急がなければならない。

 

 早歩きで一緒に逃げる水無月の顔をちらと見ると、何とも言えない複雑な顔をしている。

 ここで迫り来る魔物を撃退するのが現状の最適解なのだろうが、それをもうどうすることも出来ずに犠牲を生み続けるしかないという絶望と、その気持ちを誰にも打ち明けることの出来ない嘆き。

 

 この生き地獄を味わうには、彼女、水無月風子はあまりにも若すぎたのだ。

 

「お前は」

「……なんです?」

「……いや、なんでもない」

 

 これから一体どうするつもりなんだ、と聞こうと思って。

 すんでのところで、それが水無月にとってどれほど酷な質問であるかを思い知り。

 

「途中でやめねーで、最後まで言い切ってくだせー」

「いや、でも」

「言ってくだせー」

「……」

「……ウチが良い事を教えてやります。……郷に入っては郷に従え、です。この世界ではもう、次なんて存在しねーんですよ。この場では言いにくいからまたの機会にしよう。

 ……でもその人は、またの機会の時にはすでに死んでるんです」

 

 その言葉に──。

 水無月の手を引きながら歩いていた俺は、ふと足を止めた。

 ここに立ち止まっている時間などない。

 しかし、水無月のその言葉が、今にも死にそうなか細い声が。俺の心をがっちり掴んで離さない。

 

「明日も明後日も、来週も再来週も。普段使ってた言葉は、もう無意味なんです。だってウチらはいつ死んだっておかしくないですから。……ウチらに残されたのは、生きている『今』と、待ち受ける『死』だけです」

 

 安息を享受することは出来ず、それを妨害する害悪に抵抗することもできない。

 この世界の住人が出来るのは、ただ魔物達が一方的無差別的に人類の抜け殻を破壊し、同胞を踏み躙り、生命の故郷(ふるさと)たる地球で蹂躙の限りを尽くしている光景を見ることだけだ。

 

「どうしても言いたくないことなら別にいーです。でも、これだけは覚えておいてくだせー。……選択を間違い続けば、アンタさんも必ず罰を受けることになります。

 あの時ちゃんと言っていれば……なんて後悔、しないように」

 

 そう言って水無月は不器用に笑って見せて、今度は彼女が俺の手を引いて先を歩き始めた。

 俺はその姿を見て──……ある考えが、心に浮かぶのを感じた。

 

 免れようの無い大勢の死と、避けることの出来ない人類の敗北と絶滅──裏世界の人達ではもうこの運命に逆らうことは出来ないだろう。

 

 しかし──俺は表世界の人間である。

 こっちよりも明らかに優れた技術をたくさん知っているし、なにより情報を持っている。

 

 ……本当に、もうこの世界を救うことは出来ないのだろうか?

 

 黙々と歩き続ける水無月の背中を見て、俺はふと空を見上げる。

 まるで人類に希望はもう残されていないことを暗示しているかのように、暗くて厚い雲が天空を覆い隠していた。




裏世界? なんだそれと思った方に解説。

裏世界とは主人公たちがもといた世界(表世界と言います)とは違う、またもう一つの世界です。
つまり簡単に言ってしまうとパラレルワールドです。
この2つの世界は地形こそ同じですが、それぞれで起こった出来事にはかなり違う点が多数存在しています。

例えば表世界では魔物の大規模な侵攻(第七次侵攻)を無事防ぐことが出来ましたが、裏世界では多くの犠牲を払ってしまいました。
もちろんその犠牲の中には学園生も含まれています。

また、裏世界に行くには2つの方法があります。

①世界にいくつかある『ゲート』と呼ばれるものを通る。

②『霧の嵐』と呼ばれる、偶発的に出現する局地的な空間の切れ目に入る。

なお、移動先の裏世界はゲートごとに時間が異なるので、過去や未来に飛ばされたりすることがあります。
(私もグリモアには長期間のブランクがあるため、多少間違った情報を載せている可能性があります……)

本小説では一定の量の霧が集まり濃度が高くなった時点で、一時的にゲートが出現するという解釈ですすめています。
こちらは恐らく原作にはない設定ですので、『そういうものなのか』という解釈で大丈夫です。
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