6/18 タイトルをちょっと変更
「あの……先輩。先輩がその、このお父様の養子だったって話、本当なんですか?」
それは爺さんが死んでちょうど4年目のことで、今から1年ほど前にあたる日のことだ。
俺はバイト先でふと怪我をしてしまい、その怪我を部活中に友人から指摘されて、そのまま部活を辞めてしまった。
別に部活が嫌だったとかでもなく、怪我が理由だったわけでも本当はなかったのだが、辞める理由ができたから辞めたのだった。
しかしその後になぜか俺の家にその友人の妹がやって来て、その子がなし崩し的な形で俺の世話をすることになった。
それから幾月かたった日の、静かに亡くなった爺さんの数えで5回目の祥月命日の日だった。
「お父様って。まぁそうだな、俺は爺さんに拾われたんだ」
すっかり怪我も治ったというのにいまだこの家によく来て、俺の手伝いをしてくれる後輩の桜があんまりに上品に爺さんのことを呼ぶので少し笑ってそう答えた。
「その……先輩は養子だったことに、なにか思わなかったんですか?」
朝早くから訪ねてきて、一緒に墓参りも済んでから今は家にある仏壇の前で正座をして、そんなことを遠慮がちに聞いてきた。
――養子だったことに思うところはなかったか、か。
「特にはないかな」
「どっ、どうしてですかっ!?」
桜は俺の言葉にやたら動揺して聞き返してくる。
――どうしてかって言われてもなぁ。
思ってもみなかったことなので少し考えてから俺は答える。
「いろいろあるけど一番は、『姉さん』が俺のことを好きだって言ってくれたからかな」
「っ……!」
俺の答えに先ほどの動揺とは少し違うような様子を見せて桜は黙りこんでしまった。
「それで桜はどうしてそんなことを聞いてきたんだ?」
「あっ、いえその。私も養子だったんです。だからなのか家ではなんか……よそよそしいというか、少し煙たがられている気がするんですよね」
目線を変え、遠くを見ているかのようにおそらく桜の家の方向を見ているのだろうが、小さな声でそう呟いた。
「あっ、それよりも!先輩のお姉さんってどんな方なんですかっ!?」
正座を崩して俺の方に身を乗り出しながら、先の発言を思い出したかのように少し慌てて聞いてきた。
それを俺は身を引きながら、どこか恥ずかしいことのように目線を泳がして答える。
「いや、え〜と。小さくて可愛い子だよ。年齢的には姉なんだけど背も小さくて、言動とか雰囲気もその見た目通りな感じで妹みたいな子かな」
「それじゃあ、その『す…『好き』って、どういうことですかっ?」
「どういうって、そりゃあ家族としてじゃないか?姉弟なんだし」
「でも先輩より年上ってことはその方はもしかしたら18歳以上ってことで……それに養子ってことは義姉弟ってことで……ご両親とも亡くなられてるってことは未成年でも合意なしで……」
あわあわしながらどんどんと小さくなる声で何かをつぶやいて慌てている桜を見て、少し笑いながら俺はかわいい姉の説明をする。
「ほんと小さい子なんだって。見た目も10歳ぐらいだし、言動もわーって感じで幼い子のまんまなんだ」
「そ、そうですか。それでその方は今どちらにいるんですか?今日ってその方のお父様の命日何ですよね?」
ようやく落ち着いたのか、桜は姿勢を正座に戻してなおも聞いてくる。
あげた線香も半分の長さになってきて、流石に足もしびれてきたので俺は立ち上がって答える。
「姉さんの名前は『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』って言うんだ。長いから愛称としてイリヤって呼んでって言われてるけどな」
その名前を聞いて桜は少し目を見開いた。
「ああ。その子は日本人じゃなくてドイツ人なんだ。いや、詳しくは知らないけど確かドイツに住んでるらしいからそうなんだと思う。それでここから距離的に遠いってこともあるし、宗教的にも今日がむこうにとって特別な日ってわけじゃないからさ。一回忌の時はこっちに来たけどその後は冬に遊びに来る程度だよ」
「……。そうだったんですか。冬だけ……」
そう言って桜は下を向き、小さくてこちらに聞こえない声でぶつぶつと何かを言っていた。
それを後目に俺は台所でお茶を沸かす。
「それで桜が養子だってのはどうなんだ?煙たがられてるってまさか慎二にか?」
確か桜の家、もとい慎二の家には両親もおらず桜と慎二、それと使用人が数名で暮らしていたはずだ。
だから家で煙たがられているってことは慎二が桜をということになる。
「えーと。……はい、そうなんです。あと知っていると思うですけど、その家政婦さんからもどこかよそよそしいというか……」
顔を上げて俺がお茶を沸かしているのを確認したのか、桜は腰を上げて棚から湯のみを出しながらそう答えた。
「うーん、そうなのか。気にしすぎたと思うけどなぁ。何か昔にでもあったのか?」
俺のその質問を聞いた桜は体を一瞬ピシリと止め、そして体を強張らせながら湯呑みをお盆に乗せてこちらに歩いてきた。
「はい、何かあったと言ったらあったのですけど。それが関係しているのかは私にはわからないんです」
「どういうことだ?」
「兄さんも私と最初にあった時は優しかったんです。あくまで兄さん基準なんですけど」
そう少し微笑みながら俺の元まで来て、湯のみを渡してくる。
そして俺も沸いたお茶をそれに注ぎ、それぞれ手に持ってテーブルにつく。
桜はお茶に少し息を吹きかけ、少し冷ましてから一口のんでから言葉を続けた。
「それで態度が変わった気がしたのは、お爺様が亡くなった時からなんです」
お爺様。
それは初めて聞く慎二と桜の続柄だ。
とりあえずお茶を一口のみ、話を続ける。
「亡くなったのはどれくらい前の話なんだ?」
「8年ほど前の話です。ですが亡くなったというか、消息不明というか、不思議なんですけどある日ぱったりと消えてしまったんです」
桜は両手で湯のみを包み、手を温めながら答える。
「だんだんとは元気がなくなってるようなぁとは感じてたんですけど、次の日にはいなくなってしまったんです」
「いなくなったってのが気になるが、なにか病気だったのか?」
「いえ、特にそういう話は聞いてないんでけど、ある日から廊下で倒れていたり、でろぉって溶けてきたりで大丈夫かなぁと思っていたらって感じなんです。もしかしたら病気だったのかもしれませんね」
――……。廊下で倒れてるのは心配だけど、でろぉってなんだ、でろぉって。
「なにか変わったことでもあったのか?廊下で倒れてるなんて相当だろ」
「そうですね……。そういえば冬なのにやたら虫が多かったので家中に蚊取り線香をたいたり、庭の隅々まで殺虫剤をまいたりとか、最終的にはバルサン®を登校前に設置してました」
やたらと執拗的に虫を殺そうとしてるが嫌いなんだろうか。
まあ女の子で虫が好きな方が珍しいとは思うけど。
「うーん、もしかしたその殺虫剤の成分が年取った体に耐えられなかったのかもしれないな」
あまり深刻なようには言わないように気をつけながら頷く。
「……そうかもしれませんね。そういえば家の壁によく『蚊取り線香禁止!』って掲示がされてました。お爺様も私自身に殺虫スプレーを使ってからは近寄らなくなった気がします」
「そ、そうか。かなり本格的に虫駆除に乗り出してたんだな……」
「はいっ!それはもうすごかったんですからね!秋はリンリンって癒やされてましたけど、冬はジージーって夜も眠れないほどに喚いていたんです!」
少し興奮したのか桜はフーっと息を吐き、おそらくぬるくなった残り少ないお茶を一飲みした。
お茶をつごうか?と尋ねると自分でやりますと桜は答え、俺の空いたお茶も持って行き、台所へと向かっていった。
「――たっだいまー!!」
玄関のドアをバンッと開け、おそらく喪服から軽い服に着替えてきてから、いつものうるさい虎が帰ってきた。
そんなある日のいつものことだった。