ちょっと平和なFate/stay night   作:ライム酒

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ちょっと明かされる桜の黒さ

――『子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた』

 

 それは、4年前の冬が近づく秋のころ。

 爺さんの誕生日を過ぎ、弓のようにもしくは剣のように見える細の月の下で交わされた、寝るには遅い時刻の話。

 

 爺さんと二人、静かに虫のなく声が聞こえる縁側で、眩しく輝く月見をしていた時の話だった。

 

 この頃の爺さんは今までの外出率が嘘のように、家でのんびりと過ごすようになっていた。

 寝ている時間も長くなり、食べる量ももとからあまり多くなかったが、それよりも明らかに減っていた。

 

 それで俺は、……薄々ながら気がついていた。

 

――『なんだよそれ。憧れていたって、諦めたのかよ』

 

 自分にとって正義の味方そのものであった爺さんのあまりの言葉に、俺は少しムッとして言い返した。

 後になって思えば、そのこぼれるように落ちた弱い言葉といっこうに寝ようとしない爺さんの様子に、俺はこれが爺さんの……なのだと、子供ながらに反発したのかもしれない。

 

 しかし爺さんは俺の返しに小さく頷いてから、遠い雪のように白く輝く月空を仰いで寂しそうに、そしてどこか嬉しそうに答える。

 

――『うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気がつけば良かった』

 

 その言動に俺は、その表情と言葉の対比に困惑した。

 爺さんの呟かれた言葉には確かな後悔の情がのっていたはずなのに。

 それでもこのときの爺さんの顔はとても、なによりも満足していたのだから。

 

 わからない。

 正義を目指した男はいったい果てに何を見たのか。

 

 わからない。わからない。わからない。

 

 本当に?

 俺は本当にそれをわからないのか?

 

 いや違う。

 わからなくとも知っているはずだ。

 わからなくとも俺はなぜなら見ていたはずだ。

 

 正義を目指した男が、その果てに選んだモノを。

 

――『そっか。それじゃしょうがないな』

――『そうだね。本当にしょうがない』

 

 後悔はある。

 今まで辿ってきた信念の結果に。

 

 それでも爺さんが、この光景に満足していたのなら。

 それならばこの自分の信念(正義)を捨ててまでつかんだ男にする最期の俺の台詞(誓い)は――

 

 

 

 ジリリリと時計がなる。

 なんてことはない、朝の知らせだ。

 

 いったいなぜ。

 今さらになってあの日の夢を見たのだろうか。

 薄く残る夢の欠片を繋ぎ合わせながら、爺さんの最期の会話を思い出す。

 

 あの日、その朝を迎えれば爺さんは静かに幸せそうな顔をして、永い眠りについていた。

 故に俺は、あの日の誓いを胸に残して今を生きている。

 決して違えないと誓ったあの言葉を胸に――

 

 すると、ジリリリともう一度時計がなる。

 いい加減起きる時間だ。

 

 そうして俺はうるさい時計を止めてから、温かな布団をはいで朝の支度にでた。

 

 

 朝食を作っていると、玄関から「おじゃまします」と明るい声が聞こえてくる。

 

「おはようございます、先輩。もう起きていたんですね」

「ああ。今日は珍しく寝付きもよくって目覚めもバッチリだったよ。もうすぐできるから、イリヤを起こしてきてくれないか?」

「はい。じゃあかわいい寝姿を拝見してきますね」

 

 と居間に入ってきたばかりの桜に申し訳ないがイリヤの起こしを頼む。

 すると桜もふふっと笑ってからそのまま居間を後にした。

 

 

「シロウー、おはよー」

 

 そして少したってから、目を擦りながら戸を引いて入ってくるイリヤ。

 

「おはよう、イリヤ。ごはんできてるぞ」

「……はーい」

 

 と、朝の若干ハリのない声で返事が返ってくる。

 その後ろに桜もついており、イリヤの髪を整えていた。

 

 

「藤村先生は今日は来ないんですね」

 

 配膳を一緒にしていると桜が今だ来る気配のない藤ねえを心配して呟く。

 

「今日から冬休みまで藤ねえは来れないそうだぞ。まあ色々と大変な時期なんだろ」

「昨日ね、サクラが帰ったあとにそう言ってたわー」

 

 いまだ眠いのか、席に座ってるイリヤはふわーっとあくびをしながら俺の言葉に補足する。

 

「……そうですよね。私も高校受験が近づいているのでドキドキします」

「勉強は慎二が見てるんだろ?なら全然気にすることはないと思うけどな」

「はい。兄さんからも間桐家から受験に落ちるやつを出すなんて恥だーって見てもらってます」

「ふーん、そのシンジって人、かなりひねくれてるのね」

 

 あははは、まあそうだなと桜と二人笑いながらイリヤに答え、席につく。

 

「それじゃ、『いただきます』」

 

 三人手を合わせて朝食をいただいた。

 

 

 

 行ってきます、行ってらっしゃーいとイリヤと挨拶を済まし、その後桜とも中学との分かれ道で同様に済ました。

 

「おっ衛宮じゃん。よっ、おはよー」

「うん?なんだ美綴か、おはよう。今日は朝遅いんだな。朝練はどうしたんだ?」

 

 登校中に後ろから声がかけられる。

 肩も叩かれ、振り向くとそこには風の噂で弓道部の次期部長と目されている美綴綾子がいた。

 

「いやもうテスト前じゃん。部活動は全面禁止。はーあ、試合も近いのにさー」

「あぁ。そういえばそうだったな」

 

 ため息を吐く美綴。

 

 思えば来週は期末テストだ。

 大抵の学校でそうなように、この穂群原学園も例にもれずテスト前は部活動の活動が停止される。

 それはたとえ試合前だろうと関係なしだ。

 

「それより衛宮はさ。肩の怪我、もう治った?」

「あー、……。もとから痛くはなかったんだけどな、もう治ってるよ。でもたぶんこのまま傷は残ると思う」

「そっか。……まあいつでも戻ってきていいからね。気になるようだったら藤村先生と相談して、包帯でも巻いても良いってしてもらうしさ」

 

 ああ、とその場は曖昧に返事をして沈黙が流れる。

 

「……」

「……」

 

 同じ場所を目指しているので、お互いなにも話さないまま気まずい空気が続く。

 

「――おい衛宮」

 

 するとまたも後ろから声がかけられた。

 この空気を何とかしたかったので俺はすぐに振り向く。

 

「お、慎二か、おはよう。なにかようか?」

「いや、今はいい。今日の昼、少し付き合え」

 

 さして珍しくもないが、朝から少し不機嫌な様子の慎二はそのまま俺たちを通りすぎて学校へと向かって行った。

 その後ろ姿には今は何も話しかけるなと言っているような気がした。

 

「なに?衛宮また間桐と喧嘩したの?」

「特にそんなことはなかったと思うが。それより、俺と慎二は喧嘩をまたもなんてしょっちゅうみたいにしてないぞ」

「ふーん、あっそ。まあ間桐は先週から元気がなかったような、覇気がなかったような感じたったからね。いい加減動き出したってところかな」

 

 そうして慎二についての話題ができ、その後は学校がつくまでいったい何があったのかなどと話し合っていた。

 学校につくと下駄箱で別れ、そのまま一人で教室に向かって行った。

 

 

 そして昼。

 

「衛宮、今日は――」

「衛宮、屋上に来い」

 

「お、おう」としかその一瞬では答えることができず、そのまま慎二は教室を出る。

 先に話しかけてきた一成も俺もしばらく固まっていた。

 

「……なんだあの態度は。衛宮、気にすることはないぞ。それより早く昼にしないか」

「悪いな一成。今日は朝に慎二から誘われてたんだ」

「む、そうだったか。……それならば仕方ないか」

 

 では、失礼すると断って一成もそのまま教室を出ていった。

 

 さて、慎二のやつはいったい朝から何に不機嫌なのだろうか。

 

 

 階段を上り、屋上へつく。

 屋上の重いドアを開けると、そこには今日の曇った天気と自身の弁当を広げた慎二がいた。

 

「よう、今日は朝からどうしたんだ?」

 

 声をかけてとりあえず反応をうかがう。

 

「……衛宮。お前アイツに何をしたんだ」

「アイツ?えーと、もしかして桜か?」

「ああそうだよ。僕の今日の弁当、どう思うよ」

 

 先程からの慎二の要領の得ない会話に戸惑いながらも、俺は慎二の弁当を見る。

 

「どうって、ご飯にハンバーグに大学芋だな。それがどうかしたのか?」

「ああそうだな。今回はちゃんと他の具材も入ってたからまだ良かったよ」

 

 慎二の弁当は二段の一般的なやつにハンバーグを半分にして詰めたものと、おそらく俺が昨日桜に渡した大学芋が入っていた。

 一応他にもミニトマトやリンゴも入っているし、かなり豪勢な弁当だと思う。

 

「なあ衛宮。僕が今日の朝何を食べたか知ってるか?」

「いや、知らないけど」

「……ハンバーグだよ」

 

 その言葉は心底うんざりするようなトーンだった。

 

「朝からハンバーグか?結構食べるんだな」

「なあ、昨日の昼と夜は何を食べたと思う」

 

 いったいこれはなんの質問なのだろうか。

 俺の答えが聞きたいわけではないということだけは何となくわかってきた。

 

「えーと、もしかしてハンバーグか?」

「ああそうだよ。アイツ!お前のところから帰ってきてからハンバーグばっか作るんだ!」

「いやでも、他にもちゃんと入ってるじゃないか。それに桜が慎二のために作ってるんだろ?文句を言える立場じゃないだろ」

「はぁ?アイツが僕のためにだって?……まあいいさ。じゃあ衛宮、僕が先週一週間何を食べていたと思う?」

 

 そろそろ話をただ続けるのも疲れてきたので、俺も慎二の横に座って弁当を広げながら答える。

 

「いや、知らないけどさ」

「知ってるだろ!お好み焼きだよ!お好み焼き!ほんと一週間、毎食お好み焼きさっ!」

 

 くすぶり続けていた慎二はついに爆発し、どんどんと口から文句が出てくる。

 

「何を思い立ったか知らないけどさ、先週の日曜の夜にいきなりお好み焼きを出してきたんだ。それはもうひどくてさ。粉が固まってるような食感が残ってて、もう食えたものじゃなかったね。ほんとなんだこれはって文句を言ってやったよ。……まあ食ったけどさ。そしたら月曜の朝、起きたらお好み焼きさ。そして弁当も当然のようにお好み焼き。帰って夜もお好み焼き!あああ!お好み焼きお好み焼きお好み焼き。一週間、ずっとお好み焼きさ!」

 

 うわぁ……と若干引きながらも慎二の話を弁当を食べながら聞く。

 

「……毎回文句をさんざん言ってやったのに、桜は全くやめようとしなかった。木曜金曜はもう味なんてわからなかったよ……」

 

 それでも食べたんだな、と声には出さないが慎二の話を黙って聞いていた。

 

「それで、お前ん家に泊まって帰ってきたら、今度はハンバーグになってるんだぞ!これはもうお前のせいとしか考えられないだろ!」

 

 なるほど、ようやく慎二の言いたいことがわかった。

 

「慎二、ありがとう。お好み焼き、とてもうまかったぞ」

「お前ふざけんなよっ!」

 

 はっはっはっと笑って続ける。

 

「そうだな。でも桜だったらたぶん食べたいやつを頼めばそれを作ってくれると思うぞ」

「はっ!何で僕がそんなことをアイツにしなくちゃならないのさ。そもそも料理なんて使用人に任せるものだろう」

「あっそ。まあとりあえず弁当食べようぜ。昼も短いんだ」

 

 そう言うと慎二はふんっ、と鼻をならしてハンバーグを食べ始めた。

 

 

「……焼きすぎだろこれ、なんか固いし。……うむ。……はあ、この大学芋はちょっと甘過ぎるな。……リンゴが一番うまいよ……。……はぁ、これからハンバーグが続くのか……」

 

 ちょくちょく漏れる舌のこえた慎二の感想に心のなかで笑いながら、やっぱり甘かったかと反省した昼過ぎだった。

 

 

 

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