ちょっと平和なFate/stay night   作:ライム酒

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6/18 ちょっとタイトル変更


そこそこ進んで去年の冬

 

「はじめまして、わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。シロウが世話になってるようね」

 

 

 

 その始まりは桜が家に来るようになってから半年ほどたった日のこと。

 日が短くなり冬が近づいていることにだんだんと身にしみてきた夕暮れの時だった。

 

 一本の電話がなり、もしもしと手にとって耳に近づけて俺はすぐに後悔した。

 

「お兄ちゃん!ひさしぶりー!来月遊びに行くねっ!!」

 

 おそらく向こうでは朝一番なのだろうに元気な声が耳にきんきんと響く。

 

「わかった。また近くなったら詳しい日取りを教えてくれ」

 

 それは毎年恒例のしろいこあくまの襲撃のお知らせだった。

 

 

 イリヤと交流が始まったのは俺が爺さんに拾われてから少したってのことだ。

 

 拾われた日、それは何もかもが燃えてすべてを失った日のことで、そして俺が衛宮士郎になった日だ。

 爺さんが死んでからはいろんな意味でその日のことに決別しているが、それでもその日を忘れたことはない。

 

 それから3年近く色んな所が封鎖されて、災害とは全く関係のなかった柳洞寺周辺の山も立ち入りを禁止されていた。

 

 うわさでは原因不明な災害であったので、海外からも研究機関が来て調査にあたっていたともっぱらされているが、実際のところなんの発表もなく封鎖は解かれたので真相は闇の中となっている。

 

 まあ真相が闇の中ってのは災害の影響なのか、その期間の記憶が結構曖昧であり、自分でも進んで調べようとは思ってなかったりするからなのだが。

 

 それでも今では爺さんと一緒に過ごせたし、冬だけ会えるかわいい姉もいることで前を向いていこうと思うようになれた。

 

 

 そんなことを思い起こしながら俺はいつもの土蔵へと向かって行った。

 

 

 

 

 それから数日がたってイリヤが訪れる日もいよいよ明日となり、お好み焼きが食べたいという注文も頂いたので桜と商店街に来ている。

 

 放課後でもあり、一度帰宅してからなので日は大分傾いてきていた。

 

「いよいよ明日なんですね」

 

 とりあえず必要なものを買い終わり、重くなった買い物袋を持って少し緊張した様子の桜がそう呟く。

 

「悪いなこんな時期に。受験もあるってのに大変だろう」

「いえ、お気遣いありがとうございます。でも受験勉強は結構順調なんですよ」

 

 桜は現在中学三年生であり、年が明けたら受験が間近に迫ってくる。

 本当は今日一人で準備する予定だったのだが、私も手伝わしてくださいと強く言われて俺は何度も説得したが桜は最後まで折れなかった。

 

 意外なところで頑固なのは昔から変わりないのだが、どうやら今回はかなりの本気らしく、家でもお好み焼きを練習しては慎二に食べさせていたらしい。

 

 桜が言うには最初が肝心なんですと両手を握り、強く力説されて俺が折れてしまったというわけだ。

 

 

「先輩のお姉さんはドイツ人の方なんですよね。それなのになんでお好み焼きを頼んだんでしょうか」

 

 今さらなんですけどと前置きされて質問をされる。

 

「うーん、イリヤにお好み焼きを何度か作ったことはあるけど特別お気に入りって訳でもなかったしな。たぶんそういう気分だったんだと思うぞ」

「そうなんですか……。それじゃあ何が一番好きなんですか?」

「一番好きなのって言われたら多分たい焼きになると思うけど、料理で一番好きなのはハンバーグだろうな」

 

 ハンバーグ……、ハンバーグかと桜は小さな声で繰り返し、どうも脳内でハンバーグの料理の練習をしているようだった。

 

 

――あれ?

 無意識に手を動かしている桜を見て、少しほほえましくなって笑っていた俺の視界の端に銀色の何かが映り混んだ。

 映った方を向き、目を凝らすとここから少し遠くにあるたい焼き屋の前で小さな銀色の少女が跳ねていた。

 

「なんでさ」

 

 思わず呟いてしまった言葉に反応した桜が俺の方を向き、そして俺が向いている方向に向き直してしばらくすると小さくアッと声をあげて、目を見開いてこちらを改めて見つめてきた。

 

「あの、先輩もしかして……。あの子……」

「そうだよ。あそこでぴょんぴょん跳ねてるのが俺の姉さんだ」

 

 そう言うと桜はまた顔の向きを変えてイリヤを観察する。

 周りの人はキョロキョロと顔の向きを変える桜を訝しんで少し注目が集まっていた。

 

「さ、桜。なんでもういるのかは知らないがとりあえず挨拶しにいくか」

「はっ、はい!そうですよね。がんばります!」

 

 果たして何を頑張るのかはこちらも知らないが、未だぴょんぴょんと跳ねているかわいい姉のもとへ俺たちは歩いて行った。

 

 

「あっ、お兄ちゃん!久しぶりー」

 

 ある程度近づくとイリヤはこちらに気がつき、満面の笑みをうかべて走ってくる。

 

「イリヤ。いきなり走り出したら危ないだろ」

 

 えっ、お兄ちゃんと少し面食らったように呟く桜を横に、俺はイリヤに苦言を呈する。

 そして走ってきたイリヤも俺のとなりに桜がいることに気がつくと一度立ち止まり、こほんと咳き込んでから一転して優雅にこちらに歩いてきた。

 

 

「はじめまして、わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。シロウが世話になってるようね」

 

 向かい合える距離までお互い近づくとイリヤはスカートの裾をつまみ、まるでお嬢様のように桜に挨拶した。

 

「い、いえこちらこそ先輩に色々教えてもらっています。間桐桜といいます」

 

 桜も桜で買い物袋を持ったまま両手を合わせて深々とお辞儀をして挨拶を返す。

 

 そして顔をあげた桜とイリヤが目線を合わした瞬間、何か時間が止まった気がした。

 

 

「えーと、イリヤ。もう電話でも言ったから紹介はいらないと思うけど改めて、こちら間桐桜。俺の友人の妹で、よく家に来て家事の手伝いをしてもらってる」

 

 俺がそう紹介すると改めてにっこりと両者が会釈する。

 

「そ、それで、桜。こちらがイリヤ。俺の義理の姉にあたって、8年ぐらい前から冬になるとこっちに遊びに来る子だ」

 

 俺がそう紹介すると改めてにっこりと両者が会釈する。

 

――……つらい。

 

「……もーシロウ。義理とか遊びに来る子だ、なんて他人行儀な説明しないでよね。シロウとわたしは本当の家族なんだから!」

 

 ぷくぅとほほを膨らませ文句を垂れるイリヤ。

 

「ええ、本当の兄妹みたいで羨ましいです」

 

 うふふと微笑みながらなぜか横にいる俺に一歩近づいて話す桜。

 

「……」

「……」

 

 両者がお互いをじっと見て、また空気が凍る感じがする。

 気がつくと回りの人もどこか俺たちを遠ざけて歩いている気がする。

 

「はぁ、あなたがマキリの子ね。その様子だとほとんど知らされていないみたいだけど、本当になくなってしまったのかしら」

 

 さすがに身長差からイリヤは桜を見るときには見上げないといけないからか、先に目を離してから遠くを見て小さな声で何かを呟いた。

 

「それよりどうしたんだ?来るのは明日だったんだろ?」

 

 ようやく空気が落ち着いたので、再びあの緊張した空間に戻らないようにかねてからの疑問をぶつける。

 

「ええ、シロウに会いに行くのは明日の予定だったの。今日は少し用事があって、さっき済ましてきたところよ」

 

 用事のことを話しているときにイリヤはまた違う方向を見上げる。

 

――あの方向には……柳洞寺か?爺さんの墓参りにでも先にいってきたのかな。

 

「そういえばイリヤスフィールさんはたい焼き屋の前でどうしてたんですか?」

「ああ、サクラもわたしをイリヤって呼んでいいわよ。それとあれ?あれはたい焼きをちょうだいって頼んだのに日本円じゃないとダメって言われたから怒ってたの」

 

 怒りがまた沸き上がってきたのかイリヤは腕を組んで眉をしかめ始める。

 

 はいわかりました、イリヤさんと桜は答えてから――

「じゃあ私が買ってきますね。先輩もいかがですか?」

「ああ、よろしく」

 

 すると自然に桜は提案してきて、流れで俺もそのまま答えてしまった。

 そしてそれを聞いて桜はたい焼き屋に小走りで向かっていく。

 

「いやまって。俺が払うよ」

 

 さすがに中学生の後輩にたかるのは高校生として沽券にか変わるため全力で阻止にかかった。

 

 その様子を眺めていたイリヤは少し目を見開いてから、楽しそうに俺たちの後をついてきているような気がした。


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