ほかほかのたい焼きを買い食いしながら俺とイリヤと桜の三人で帰路についた。
桜は俺たちを少し気遣ってか二歩ほど後ろを歩き、イリヤは俺に桜とはいつ、どこで、どのように出会って過ごしてきたのだと話しかけてくる。
俺はそれについていろいろと思い出話を語っては後ろにいる桜が笑ったり、顔を赤くしたり、拗ねたりして話しに加わっていた。
そしてたい焼きも桜が食べ終わり、俺が食べ終わって最後にイリヤが食べ終わる頃には、ようやく一人で暮らすにはあまりにも大きな武家屋敷の門扉まで来た。
俺はドアの鍵を開けて一足先に玄関を通ってから。
「じゃあ改めて。おかえり、イリヤ」
毎冬恒例の挨拶をイリヤにすると、イリヤは笑顔で。
「ただいま、シロウ」
と返してくれる。
すると目の前の光景に少し萎縮したのか桜は玄関の前に立ち止まってしまう。
その様子にいち早く気づいたイリヤは桜に声をかける。
「ふふ、サクラもいらっしゃい。シロウと一緒にわたしを歓迎してくれるんでしょ?」
「は、はいっ!おじゃまします」
そんないつもと少し違う帰宅の賑やかさだった。
リビングというより居間と呼んだ方が正しい部屋に向かい、イリヤはいつも俺が座っている隣の席に座り、俺と桜はお茶の準備をする。
「今日はどうするんだ?」
「この後少し落ち着いてから帰ろうと思います。大分外も暗くなっていますし、兄さんも家で夕御飯を待っていると思うので」
予想外の出来事によって帰宅が遅れ、東の空はもう夜の色になっていたから桜に尋ねるとすぐに答えが返ってきた。
「そうか、送ってくよ」
「えっ、でも――」
一瞬、「なんでまだコタツがでてないのよ」と愚痴っていたイリヤを見て。
「――悪いですよ」
と桜は遠慮するが。
「こんな遅い時間まで付き合ってもらったんだ、送るぐらいしないと慎二に合わす顔がない」
それでもこちらも引くわけにはいかないので、悪いと思いながら慎二の名前を出す。
その言葉に諦めたのか桜もわかりましたとうなずいてくれた。
「悪いなイリヤ。コタツは冬休みに入ってから出そうと思っていたんだ」
お茶と茶請けとして用意した大福をテーブルに並べ、イリヤのとなりに座る。
「むぅ、あれを楽しみにしてたのにー。でもそうね、こっちはまだそれほど寒くはないし、もう少し冷え込んできたときに出した方が気持ちいいものね」
自分で納得したのかうんうんと頷き、それから手を伸ばして大福を食べ始める。
桜もそのようすを見てから俺の対面の席に着き、失礼しますと小さくことわりいれて大福を食べ始める。
俺も残りひとつになった大福をとって、一口口にする。
――お、うまい。
イリヤが来るということでいつもよりも少し高めの茶請けを用意したが、値段は裏切らないのか大福は食べたときに気持ちいいもっちり具合としつこさのないアンコの自然な甘さだった。
すると二人して俺を見て笑っていたので、どうやら先の感想は自然と口から漏れていたらしい。
少し顔が赤くなるの感じ、ごまかすように急いでお茶を飲む。
「あちっ!」
「せっ、先輩大丈夫ですか!?」
「もう、シロウ。お姉ちゃんが来たからって慌てすぎよ」
思いのほかお茶はまだ熱く、慌てて湯飲みをこぼさないようにテーブルにおいた。
桜が心配して席を立っていたが大丈夫だと手をかざして席に戻した。
イリヤも言葉とは裏腹に少し心配した目でこちらを見ていた。
「あ、ああ。すまんすまん」
と謝ってから改めてゆっくりお茶を飲んだ。
ゆったりとした緩和された空気が流れると。
「そういえばイリヤさんは今日ここに泊まられるんですか?」
桜がふとした疑問を口にすると。
「いつもそうしてるけど?」
それがどうしたのと言う顔でイリヤが答える。
「いえ、その服とかどうするのかなと思って」
「ああ。それなら切嗣が買ってくれた服がこっちに置いてあるわ」
「え?でもイリヤさんのお父様4年前に……」
「ええそうだけどね。あれから身長はそんなに伸びてないのよ」
「いや、イリヤは最初に会ったときから変わってないだろ」
「むぅ」
とそんなとりとめのない会話が続いた。
お茶ものみ終わり、一息ついたところで桜は立ち上がる。
「イリヤさん、それじゃあ今日は失礼しますね」
「あれ?サクラ、今日は泊まっていかないの?」
「ごめんなさい。家に兄さんが待っていると思うので」
「うーん、そうなんだ。それじゃあ仕方ないわ。夜は一緒に寝ようと思っていたのだけれど」
「えっ、そ、それなら、えーと、明日学校がお休みなので兄さんと相談してみますね!」
少し慌てていたがすぐにパーっと花が開いたかのように嬉しそうな表情で桜が答えた。
「せ、先輩も私がお邪魔してもいいでしょうか?」
「ああ、俺は構わないよ。それなら慎二も呼んでやった方がいいかな?」
俺がそう提案すると一転、桜は困った顔に変わる。
「もうシロウ!兄がいたらサクラが気をつかっていろいろ話せないかもしれないでしょ」
するとイリヤにたしなめられてしまった。
――なんでさ。
「そ、それじゃあ先輩。送りをお願いします」
「ああ、じゃあイリヤ。ちょっと桜を送ってくるよ。留守番よろしくな」
「いってらっしゃーい」
そうして手をふるイリヤを横に、俺もジャケットを着て桜を家に送っていった。
途中、桜からイリヤさんはどこで寝るんですかとか、何時に起床しますかとかをかなり真剣に聞かれた。
――話しは変わるが桜の家はここらで1,2を争う大豪邸なのだが、相変わらず明かりがほとんどついておらずどこか寂しかった。
すっかり暗くなったなかで家に戻り、ただいまーと玄関のドアを引いて入っていくが、なぜか返事はかえってこなかった。
「イリヤー、いるかー?」
と少し大きな声で廊下を歩きながら居間に戻るとイリヤは少し息苦しそうに眠っていた。
「おい、こんなところで寝たら風邪引くぞ……」
と起こさないように小さな声で愚痴りながらとりあえずタオルをかけて部屋を出る。
そうしていつもイリヤが使っている部屋に行き、布団を用意してからイリヤを抱えて布団まで運び寝かしつけた。
その抱き抱えてた最中に、寝付きが悪いのか吐息混じりに悶えていたのがかなり理性との葛藤のなかで気を揉んだ。
おそらく時差や環境の変化で疲れたんだろうと思考を飛ばして風呂を沸かしていた。
風呂が沸いてからしばらくたつとイリヤが起きて居間に戻ってくる。
「おはよう、シロウ。布団に運んでくれてありがとね」
目を擦りながら感謝の言葉を述べて、いつもの指定席に座りこむ。
「長旅で疲れたんだろ。今日はもう風呂に入ってゆっくり休め」
「うー……はーい、そうする。ディナーを作ってくれてるのにごめんね、シロウ」
少しごねりそうになったが、自分でも疲れがあることを理解しているのかそのまま俺の言葉にしたがった。
イリヤはちょっとだけ机にもたれ掛かってから、しばらくすると姿勢をただして立ち上がり、また部屋に戻っていった。
「これは風呂に入った後はそのまま寝るかな」
その様子を見守りながら俺は夕食の量を減らして料理を続けた。
その後イリヤは湯上がりの少し火照った赤みのある肌に猫耳パーカーのついたパジャマで居間に来て、もう寝るねと伝えてから寝室に向かって行った。
今日の夕食は藤ねえも来なかったからか、いつもより少し味気なかった気がした。
「――と――こにいた!お兄ちゃん!おはよー」
急な大声に俺は目を覚ます。
「先輩、おはようございます。またここで寝ていたんですか?いい加減風邪を引いちゃいますよ」
と昨晩が嘘のように元気一杯な姉と心配顔の後輩が俺を見ていた。
「あー、悪い。今何時だ?」
「もう10時半です。藤村先生も朝御飯を食べに来ていますよ」
「タイガはほんと相変わらずね。シロウはまだかーってリビングでじたばたしてた」
立ち上がり手を上に伸ばすと固い床で寝た影響で凝った体から悲鳴をあげながらも気持ちいい感覚がやってくる。
ぐぬっと息をつき、ようやく覚醒する。
「おはよう。イリヤ、桜」
シャワーを浴びるため一度二人と別れた。
しかし10時半とはかなり寝過ごしたことになる。
桜が来たときにはイリヤと藤ねえがもう居間におり、お腹すいたと談笑していたらしい。
そのため桜は俺がシャワーを浴びている間に朝食を作ることになった。
――イリヤも元気になってよかったな。
先の光景を思い出して、俺は気持ちのいい朝を迎えた。
「士郎寝坊だぞー」
「ああ、藤ねえおはよう」
料理のいい香りがしている居間では藤ねえとイリヤが隣り合って座っており、桜が台所で鮭を焼いていた。
「なにか手伝うことはあるか?」
「いえ、もうすぐ完成するので大丈夫ですよ」
「そうか。……じゃあ沢庵でも切ってるよ」
どうやら今日の朝食は味噌汁、焼き鮭、卵焼きという純和風になるらしい。
迷惑をかけたのでそのまま戻るのもしのびなく、冷蔵庫から沢庵を取り出して一口大に切ることにした。
沢庵を切った後はお茶を沸かして配膳をし、桜の邪魔にならないように席に着く。
「藤村先生、そろそろご飯を注いでいただいてもいいですか?」
「りょーかい!桜ちゃん」
その合図とともに鮭も焼き上がり、俺とイリヤが机の上に続々と配膳していく。
そしてそれぞれ席に着き、最後に桜が自分の焼き鮭を運んで来る。
しかしいつも桜が座っている俺の対面の席にはイリヤがいることに気がつくと小さくアッと声をあげ、空いている俺のとなりの席に視線が向く。
「し、失礼します」
と恐縮しながら桜が俺のとなりの席につき、その様子をイリヤと藤ねえがにやにやとしながら見つめていた。
――いったい何を企んでいるんだか……
そしてみんな席についたことで、毎食恒例の挨拶をする。
「それじゃあ、『いただきます』」
そんなやはりいつも通りの朝の光景だった。