朝食を食べた藤ねえは「ごちそうさまでした!桜ちゃんとっっても美味しかったよ!!お好み焼も楽しみにしてるねーー」と言って急いで学校に向かっていった。
どうやら師走の時期は本当に師を走らせるらしい。
昼食も若干かねていたものなので量もそれなりだったからか、かなりの満腹感で俺と他二人はその場からあまり動こうとしない。
「そういえば、イリヤ。今回はどれくらい泊まる予定なんだ?」
対面にいるイリヤに今後の予定を組み立てるため、宿泊期間を尋ねる。
「いつも通りの予定だよ。3月ぐらいに帰るつもり」
その言葉に疑問をもったのか、サクラは不思議そうに尋ねる。
「3月まで泊まって大丈夫なんですか?イリヤさんって向こうで何をしているんですか?」
「うーん、……ひみつー。どうしても知りたいならこっちまで遊びに来るといいわ。アインツベルンとして歓迎してあげる」
たははと俺は乾いた笑いで視線をずらし、その場をやり過ごす。
そうか3月までか。
そうなると少なくとも後二ヶ月はこっちにいることになる。
後二週間そこらで年が明けるから今年も初詣に行くとして、その後は……あっ。
「そういえば泊まる許可は取れたのか?」
すっかり忘れていたが今日は桜が家に泊まる予定だったな。
「はい、兄さんからは勝手にすればって言われちゃいました」
「やったー!じゃあ今日はサクラと寝れるのね!」
「ええ、たくさんお話し聞かせてくださいね」
さっき桜を軽くあしらっていたイリヤが今度は見た目相応の反応を返してくる。
桜も何を話すつもりなのかイリヤと寝るのが楽しみなようだ。
――わからなくもないがもう少し言い方があっただろうに。
そんなことを思いながら二人を見ていると、それを目敏くイリヤが見つめてきて。
「お兄ちゃんも昔みたいに一緒に寝る?」
「え……えっ!?」
とからかわれ、となりに座っている桜は驚きの声をあげて固まってしまった。
「なんでさ……じゃなくて。桜は生活用品をもう運んだのか?」
「昔……いっ……あ、まだです。玄関においたままでした」
「じゃあそれをイリヤのとなりの部屋にでも運ぶか」
立ち上がり玄関に向かうと、わたしもいきますと桜も答えて着いてきた。
後ろで「シロウも一緒に寝ればいいのに」とすねていた姉は聞かなかったことにした。
おかしい、居間から玄関はこんなにも遠かっただろうか。
後ろからくる強いプレッシャーのような視線が体を重くしている気がした。
「せ、先輩。その、昔みたいにって……」
「あー、それはだな。……俺がまだ小学生の頃の話であってだな、中学に上がってからはそんなこと一切なかったからな」
「……そうですか。もしかしてお風呂も」
「……」
「……そうですか」
「……」
――玄関が遠いっ!!
桜の日用品は薄いピンク色の小さめのキャリーバックにまとめて入っているらしく、それなりの重さであったがそれよりも空気がとんでもなく重かった。
「ねえシロウ、サクラはどうしたの?なんか不機嫌じゃない?」
襖をはさんだとなりの部屋で桜はキャリーバックから中身を仕分けしており、俺たちはイリヤの部屋で二人イリヤが小さな声で尋ねてくる。
「さ、さあな」
「ふーん。……サクラもシロウと一緒に寝たいならそう言えばいいのにね」
「もう、なんでさ……」
なにか精神的に疲れた昼過ぎだった。
3時になったのでおやつと言うわけでもないがさつま芋をアルミホイルで包んでグリルで数十分加熱し、焼き色をつけるためひっくり返してもう十分ほど加熱する。
先ほどから桜はイリヤに何を吹き込まれたか知らないが、昼頃までのラスボス感はなりをひそめてどこかそわそわしているようだった。
俺の方をチラッと見ては何かを言いかけ、俺が桜を見ると桜はすぐに視線をそらす。
そのようすを朝食と同様のニマニマとした顔で見てくるイリヤ。
こんな光景が焼き芋が出来上がるまで数十分続いた。
チンッと高い音でタイマーの終わりが告げられ、竹串でアルミホイルを刺す。
するとぷすっと柔らかく深くまで刺さったので、タオルに巻きながら取り出して後ろで興味深く様子をうかがっていたイリヤに渡す。
「あち、ち。これも一年ぶりになるのね」
嬉しそうな顔でボイル包みの焼き芋を受け取り、テーブルへと戻っていく。
もう一本も取り出してイリヤを目でおっていた桜に声かけて手渡す。
「ありがとうございます」
「やけどに気を付けてな」
最後の一本も取り出してグリルを閉め、桜と一緒にテーブルへと向かう。
テーブルにはホイルを真ん中で上手に割ったイリヤが焼き芋の断面をキラキラと眺めていた。
「焼き芋ってほんとキレイよね。それに良い香りでおいしいし」
「イリヤさんは焼き芋も好きなんですね。……んしょ。あっほんとだ。蜜も出てますね」
「今回は良いやつが店頭に並んでたからな。まだ少し残ってるから残りは大学芋にでもしとくか」
はっふはっふと小さな口で四苦八苦しながら食べているイリヤを見て少しほほが緩む。
桜もそんなイリヤを見ながら幸せそうに食べている。
「あー、ほんとうまいな」
アルミを割ると湯気の中から少し黒く変色した紫色の皮におおわれている蜜のつまった黄金色の生地が見えてくる。
それに息を吹き掛けながら一口食べて、自然に漏れた感想だった。
なんだかとても疲れた今日にようやく人心地つけれた気がした。
焼き芋を一人丸々一本たいらげて、かなりの幸福感のなかお茶を注ぐ。
「お好み焼きを作り始めるのは5時頃からでいいとして、あと2時間ほど何かしたいものでもあるか?」
「そうですね。もう洗濯物も畳んでありますし、掃除もやったばかりだから――」
「いやそういんじゃなくてさ。俺が言いたいのはなにか三人でできる遊びとかかな」
「じゃあ、じゃあ!ボートゲームなんてどう?シロウの家にいろいろあったよね」
「あー、ボードゲームか、久しぶりだな。どこにあるかちょっと探してくる」
そうして俺は一度席を立ち、居間を後にする。
「とりあえずカタンと人生ゲームとモノポリーがあったかな」
見つけてきた三つのボードゲームをテーブルの上に置く。
「えーと、モノポリーは一応知っていますけど、カタンって一体どんなゲームなんですか?」
「サクラってカタンを知らないの?結構有名なボードゲームよ」
「イリヤも最初は知らなかったじゃないか。俺と爺さんと3人で始めてやっただろ」
「いいじゃない、もう知ってるもの!ドイツの有名なボードゲームなんだから!」
はいはいと俺は流して桜にカタンについて簡単に説明する。
「カタンってのはだな、資源を集めて誰よりも先に10ポイント集めたら勝ちなゲームだ。ポイントは開拓地や――」
数分かかる説明をしながらマップタイルを準備していく。
正直聞くより慣れよのゲームなので一回桜に教えながらすることにした。
「じゃあ桜も初めてだし、俺らも久しぶりだから初心者ルールで始めるか」
「そうね。順番はサクラ、わたし、シロウね」
「はい、よろしくお願いします」
こうしてとりあえず桜にこのゲームの楽しさを教えるために、俺はいつもよりもトレードを多目に使って街道を広げ道王となり、イリヤは相変わらず発展カードを引きまくって騎士王となっていた。
桜もあたふたしながら俺からカードを交換しては街道を敷いたり都市を建てたりと楽しんでくれた。
「おいイリヤ!盗賊をそこに置くなよ」
「そこのじゃまな開拓地のお返しよ。存分に奪ってやりなさい!」
「あの先輩、麦で羊を交換してくれませんか?」
「そうだな、レンガなら一枚で交換しても良いよ」
「サクラ、シロウよりわたしとトレードしよ!」
こんな久しぶりの賑やかなボードゲームは爺さんとやっていたのを思い出す。
この家にあるボードゲームは大抵が3,4人用で2人用のゲームはオセロとチェスぐらいしかない。
それは爺さんがあんまりにも大人げなく勝つので、イリヤと俺が爺さんとはやらず、2人だけでやり始めたからでもある。
そしてその対策として最初に買ってきたのがこのカタンであった。
しかしこのゲームでも爺さんは相変わらず強く、建設の妨害や有利な交渉がそれはもう大人げなく発揮された。
そんな爺さんに反発して俺らも。
「イリヤ。僕の石2つと――」
「嫌よ!切嗣とはトレードしないわ!」
「じゃ、じゃあ士――」
「俺もパスだよ。爺さんとはしばらく交渉なんてするもんか」
なんて子供まんまなプレイをしていた気がする。
そんな賑やかで懐かしいゲームを俺たちは日が暮れるまでしていた。