「あっ!10ポイントです」
その一言がこの郷愁のゲームの終わりを告げた。
勝ったのは桜、それも当然のことで俺とイリヤは負ける気こそなかったが積極的に勝つ気もなく、トレードしまくったり、カードを引きまくってたりしていた。
「久しぶりだったけど思いの外楽しめたな」
「そうね。次は負けないんだから」
もしかしたら負け惜しみに聞こえるかもしれない感想を言うと。
「まさか先輩の家にこんなおもしろいゲームが眠っていたなんて気がつきませんでした」
「他にもまだたくさんあるし、桜の受験が無事に終わったら遊び尽くしてみるか」
と桜も楽しんでくれたようだった。
後片付けをしながらゲームの感想を言い合い、「何であのときトレードしてくれなかったのよ」とか、「とっても長い街道を敷いたんですね」とか、いまだにゲームによる若干の興奮が収まらず会話が続く。
そこでちらりと見えた空の暗さに何か引っかかる。
――なにか忘れているような。このゲームを始める前に何を言っていたっけな。
と小さな疑問をもってふと時計を見上げる。
その針が指し示すのは六時近く、実に2時間半も遊んでいたことになる。
一回の試しとしてやったはずなのにどうやら熱中してしまったようだ。
――うん、あれ?
「――あっ、夕食」
「え、……あっ、そうでした!もう6時じゃないですか」
「そう言えばすっかり時間を忘れていたわ」
その事実に気がつくと緩慢としていた片付けが、きびきびとした素早いものへと変わっていった。
「それじゃあ私は芋をすりおろしてきます」
とタイルを箱にしまい終わると桜は小走りで台所に向かい手を洗い出す。
俺もイリヤと二人で三つのボードゲームを持ち、急いでもとの倉庫へと返しに行く。
日もすっかり落ちて、廊下のガラスは夜の冷たい風があたり冷え始めていた。
居間に戻ってきた俺とイリヤは桜のもとへ向かう。
「桜、何か手伝えることはあるか?」
「わたし、混ぜるのやりたい!」
「それじゃあ先輩はホットプレートの準備をお願いします。……えーと、じゃあイリヤさん任せて良いですか?」
今日の夕食はお好み焼きであり、イリヤたっての希望である。
まあどうせ気まぐれだろうけど桜が入念な下準備をしてきたおかげか、俺たちが片付けをしていたわずかな時間で手際よく、すでに長芋をすりおろし終えていた。
桜はイリヤの申し出を聞き、一旦キャベツを切るのをやめて、たねの準備にとりかかった。
その際俺とイリヤはよく手を洗っていた。
俺はホットプレートを取り出して温め始め、油とキレイに伸ばされた豚肉の入ったトレイを手元に置いた。
桜は小麦粉を丁寧にふるいにかけ、おろした芋と出汁と醤油でできたたねを手早く作ってイリヤにわたす。
受け取ったイリヤはごねごね、ぐにぐにと楽しそうに混ぜ合わせており、次に桜はみじん切りにしたキャベツなどをイリヤにタイミングを見計らってわたしていく。
「イリヤさん、もう少し全体が混ざるようにお願いします」
「はーい、こんな感じでいい?」
「はい。バッチリです」
等、きちんとアドバイスも欠かさない。
それだけ今回のお好み焼きには力を注いできたのがわかる。
「桜ー。もう肉を焼けるぐらいに暖まったぞ」
「こちらもあと少しです。イリヤさん、最後に少し貸してくださいませんか」
「えーもう終わり?……はい。お玉とってくる」
まだ混ぜたりないのかイリヤは少し不満げなようすで桜にボールをわたしてお玉を取りに走る。
最後に桜がお好み焼きのたねを入念なかき混ぜによって完成させた。
小さな手でお玉をぎゅっとにぎり、桜のとなりに座ってキラキラとした目で指示を待つかわいい姉。
「イリヤさん、もしかしてやりたいんですか?」
「うん!」
俺はそれを対面に見ながら油を薄くしいていく。
「ふん♪ふん♫ふふーん☆」
と、ご機嫌に鼻唄まで歌いながら熱したプレートにたねを流す。
少し大きめな気がするが、桜がとてもやる気に満ちた顔をしているのでうまく返す自信があるのだろう。
それを確認してから俺はその生地の上に豚肉を乗せる。
同じ要領でもうひとつ焼いているところに飢えた虎が帰って来た。
「つっかれたあー。……あら?いいにおい!」
ここまで聞こえる大きな声とドッドッドッという廊下をならす音でもはや誰であるかは会わずともわかった。
「たっだいまー!あら、イリヤちゃんも手伝ってるの?これは期待できそうねー」
「ふっふーん♪見てなさい、タイガ。わたしだってやればできるんだから!」
「藤ねえおかえり」
「おかえりなさい、藤村先生」
と挨拶をすます。
「――いっ、……よいしょ!」
と豪快にしかし精確に大きなお好み焼きをひっくり返し、少し得意気な顔で俺を見てくる。
「すごいな桜。いつの間にそんなうまくなったんだ?」
「サクラすごーい!」
「あ、……えへへ。その、イリヤさんにももちろんそうなんですけど、本当は先輩にも驚いてもらいたかったんです」
「あーん、もう!ほんと士郎にはもったいない健気さね」
「俺にはって……なんでさ」
「いえ、…あの、そんな……」
藤ねえの発言に俺は嘆息するしかなく、桜は顔を赤くしてうつむき、そして姉二人はまたもにやにやしながらお互い向き合って「ねー」なんて頷きあっている。
「……もうなんでさ」
裏もキレイに焼き上げて、お皿にのせた大きなお好み焼きが二つ出来上がる。
「先輩はもう少し待っていただけますか?」
「ああいいよ。今日はイリヤの歓迎会だし、藤ねえも仕事から帰ってきて疲れてるだろうしな」
「士郎気が利くじゃない。この時期はテストとか会議とか多いから大変なのよ」
「じゃあお兄ちゃん、イリヤって書いてー」
そう言ってイリヤはマヨネーズとソースを両手でもって俺につきだしてくる。
「いやそれはお好み焼きじゃないだろ」
「べつに一緒でしょ?何が違うの?」
「いやうーん、違うことはないけど」
ため息をつきながら俺はイリヤからマヨネーズとソースを受け取り、マヨネーズを適応にかけてからソースで大きくイリヤと書いてやる。
「これでいいか?」
「うん、ありがと!」
とイリヤは嬉しそうに受け取って青のりをかけた。
――何か視線が集まってるのを感じる。
「士郎は相変わらずイリヤちゃんに甘いのよねー」
「……せ、先輩、私にもやってくれますか?」
藤ねえはすでにマヨネーズとソースを交差にかけられ、青のりと鰹節をのせたのをいただきますと言ったあとに食べながらじっとこちらを見てくる。
桜も桜でホットプレートをじっと見つめて、生地をたらしながらこちらを決して見ずに頼んでくる。
「……いいけどさ」
「……ありがとうございます」
小さくうつむいてから、か細い声でお礼を言われる。
「お腹一杯になっちゃうね」
「ねー」
とほんとうに仲のいい姉二人だった。
ひらがなでさくらと大きく書いたお好み焼きを名残惜しそうに食べる後輩の横で、俺もカリカリでふわふわのお好み焼きをいただいた。
「いやー食ったーおいしかったー」
「もう動けないわ……」
「みんなで一緒に作ったからか、いつもよりもおいしかったです」
「……うっ、うぶ」
とても満足そうな女子3人。
イリヤは1枚半で藤ねえは2枚とイリヤのもう半分、そして桜は大きい3枚を余裕をもってたいらげた。
「士郎、そんな顔じゃ作ってくれた人に失礼でしょ」
「え、先輩。……もしかして口に会いませんでした、か?」
「いや、……そんなことは決してない。ただな……」
俺は大きなお好み焼き4枚と特大サイズのを1枚食べさせられた。
2枚目を突如イリヤにとられたと思ったら、大きくハートと内に『おにいちゃん』と書かれたものを返された。
それを見て黙り混んだ桜はすぐにもう一枚焼き上げて、何故かまだ食べている最中なのに大きく『先輩』とだけ書かれたものを渡された。
それをなんとか食べあげると今度は藤ねえが『dearSiro』と書かれたものを渡してきて、最期に桜が「残ったらもったいないので焼いちゃいますね!」と有無を言わさずに特大サイズを焼き上げた。
そして桜か『先輩』と大きく書いていると、調子に乗った姉二人がよく読めない英語とドイツ語で何かを書いて渡してきた。
それを必死に食べていたらなんか爺さんに会えた気がした。
――……もう、なんでさ……。