「それじゃあ桜ちゃん。私は帰るけどくれぐれも清く正しい朝を迎えるのよ」
虎は帰り際にとんでもない爆弾を置いていった。
「あなたはまだ14歳。責任をとれる年齢でもないの」
「えっ、その、……あの」
玄関で見送りをしている俺ら三人はなんとも言えない顔で呆然としていた。
それでも藤ねえのこの空気の凍るようなお節介は続き。
「士郎もダメなんだからね。そう言うことにはちゃんと順序って――」
「――もう帰ってくれ」
俺は無我夢中で藤ねえを押しきり、玄関を閉めた。
「……」
「……」
「……」
果たしてこの空気をどうしたらいいのか。
お節介な虎は「それじゃあ、また明日ー」とドア越しに言って帰っていった。
「どうする、お兄ちゃん?一緒に――」
「姉さんももうやめてくれ……」
イリヤが俺をお兄ちゃんと言ってくるときは、大抵めんどくさいことの前触れだと経験上わかっていた。
「――あっ、おい。さく、ら……」
すると桜はうつむいたまま顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
「ふふ、姉さんだって。悪くないわ」と笑っているイリヤを置いて、頭をかきながら桜をフォローしに後を追った。
桜を追って居間に戻ると、桜は手を膝に置いてきれいな正座姿で固まっていた。
「気分を悪くしてごめんな。藤ねえも――」
「あのっ!」
とりあえず当たり障りのないことでこの場を納めようと思ったが以外にも桜がさえぎる。
「……一緒に、寝ることは……いけませんか?」
「……はっ?」
「……イリヤさんと一緒に、……先輩も、ダメでしょうか……」
これはいったいどんな夢を見ているのだろうか。
思考が停止したように頭も体も一切動かない。
「桜。……そういうことは――」
「――いいじゃない、せっかくのお泊まりだもの。シロウも寝る前のおしゃべりを楽しみましょ」
俺のなんとか絞り出した発言はまたもや遮られる。
「イリヤ。あんまり冗談を言うんじゃない」
「別に冗談なんて言ってないわ。それともシロウはわたしたちと一緒に寝るのはいや?」
「そういう話じゃなくてだな――」
「――私はっ、……先輩を信用しています。それに……」
――この状況でいったい何が正解なんだよ……
「シロウ。わたしからもお願い、……今日だけでいいの。本当に今日だけだから……」
そのイリヤのしおらしい態度に俺は言葉を窮する。
「……わかった。今日だけだからな」
「やったー!やったわね、サクラ!」
「えっと、はい!よかったです!」
先程までのしおらしさは嘘のように、俺の諦めを聞いた瞬間とたんに喜ぶ二人。
俺はため息をついてから、いつもよりも少し早いが心頭滅却もかねて土蔵に向かっていった。
「シロー、お風呂空いたよ。サクラと一緒に入ったから安心してね」
いつもの鍛練をしているところにイリヤはノックもせずに入ってくる。
「うわっ、ビックリした。よくここがわかったな」
「シロウがいるところなんてわたしはすぐわかっちゃうんだから。あんまりなめないでよね!」
そう言ってない胸を張るかわいい姉の姿。
「いや別になめている訳じゃないんだけどさ」
「ふーん。それにしてもシロウの修行ってなんか地味よね。ずっと強化ばっかりで飽きないの?」
「まあ、俺はそれしかできないからな。それに何かと便利でもあるしやってて損はないからな」
俺の発言にイリヤは長く目をつむる。
「……そうね、便利だものね。便利だから身に付けてる。シロウはそれでいいんだと思う。……ううん、それがいいんだよね」
「どうしたんだ?今日はいつもよりわがままだし、何かあったのか?」
「むぅ、わがままって何よ!わたしはシロウに素直なだけなんだから!」
「あ、ああ。そうだな、今のは言い方が悪かった。すまん」
「わかればいいのよ。それじゃ、お風呂入ったら私の部屋に来てね。……待ってるから」
そう言って最後の言葉はこぼれたかのように小さく呟かれ、イリヤはこの場を去っていった。
「あーあ、腹をくくるか」
鍛練の最後はイリヤによって荒らされたが、それでも心を落ち着かせられたと思う。
何があっても平常心、何があっても平常心と心に決めて風呂に向かった。
はい、平常心は無理でした。
「さ、桜っ!?その格好は……」
「や、やっぱり、似合いません、か?……す、すみません」
「違うわ、サクラ。これはお兄ちゃんが焦っているときの顔よ」
イリヤの格好は先程の土蔵でも見ていたからわかっていた。
爺さんが買ってきた猫耳パーカーがついた子供用のパジャマであり、今日は三毛猫風だ。
しかしまさかサクラまで、そのシリーズのウサギ耳をつけたパジャマを来ているとは想像だにしていなかった。
イリヤのでは流石にサイズが合わないからいつの間にかに買ってきていたのだろう。
しかしその、桜の最近大きくなってきた胸元が、……緩めの柔らかいパジャマによって強調されている。
――あぁ爺さん、どうか俺を見守っていてくれ。
もうなんでもいいから天に願った。
――俺を犯罪者にしないように。
と。
「桜がそっちで、シロウがあっちね。わたしは真ん中でいいわ」
ああ、どうかそれで頼むと、決して声に出さないけれどその意見に賛同した。
「え、えっと。……ふつつかものですが、よろしくお願いします」
「ふふ、こちらこそよろしくね」
「……桜、それは絶対に違うからな。……もう、なんでさ」
その桜の発言には流石に呆れ、少し心も落ちつきてきたので改めて二人を見る。
イリヤはこの状況を本当に楽しんでいるようで、自身の布団をいそいそと小さい体でその布団に埋もれながら準備している。
桜はこの場に未だ緊張しているらしく、しきりに胸元に手を当てては、すーはーっと深呼吸をしながら視線を泳がしている。
――ああ、もう大丈夫だ。
そんな桜の様子を見て、少し可笑しくなって笑いをこぼしてから自分の布団を準備した。
俺の笑いを見て桜はまたビクッと反応していた。
3人ともそれぞれ自分の布団を敷き、その少し空いた隙間をイリヤは引っ張って埋めてきた。
それに文句をいれようとしても、やぶ蛇になりそうなのでもうなにも言わなかった。
そしてそれぞれ自分の布団に入り、俺は口を開く。
「なあ、もしかして焼き芋のときの桜のあの挙動不信感は、このイリヤの入れ知恵のせいなのか?」
「そっ、そんなに挙動不審でしたかっ?」
「ええそうよ。サクラが何故か拗ねてたんだもの。それなら楽しく寝れるようにしたいじゃない?」
――……この姉は。
しろいこあくまは今回も健在だとまざまざと見せつけられた。
「はぁ、そうかい。……まさかこの歳になってもイリヤと寝ることになるとはな。桜ともいっしょに寝ることになっちゃったし、明日は絶対に藤ねえが来るよりも早く起きるからな」
「……」
「えー、でももし見つかったら次はタイガとも一緒に寝られるかもしれないじゃない」
「あのなぁ、もう何歳になったと思ってるんだよ」
「何歳だろと関係ないわ。シロウはシロウ。わたしの弟でお兄ちゃんなんだから」
「……」
イリヤとその場しのぎの会話を続けていると、ふと桜がずっと黙っていることに気がつく。
「……桜?さっきからなにも話してないけど大丈夫か?」
「えっ?はいっ!わたしはいつでも大丈夫です!」
「もうサクラったら。いつまでそんな固くなってるのよ。せっかく来たんだから楽しまなくっちゃ損なんだからね」
「えっと、……はい。そうですよね、楽しまないともったいないですよね!」
イリヤも桜を心配してか、やさしく諭していく。
「なんだ、大丈夫なのか?」
「はい。もう本当に大丈夫です」
「そうか。それならいいんだけど、それで何を話すんだ?」
布団が暖まってきてちょっと気持ちよくなり、緊張した空気も会話を続けていくことで徐々にゆるまってくる。
「そうねえ。やっぱり話すことと言ったらシロウの昔話かな」
「おい」
「わー!とても聞きたいです!先輩の昔話ってことは小学生のときもあるんですか?」
「もちろんあるわよ。そうね、何から話しましょうか」
「……頼む姉さん、やめてくれ」
この空気に俺の発言なんてなんの意味がないことには俺が一番わかっていた。
「……あれはわたしがこっちに来て、初めてシロウに会ったことね――
そう言って、イリヤは俺と初めて会ったときのことを語り始めた。