ちょっと平和なFate/stay night   作:ライム酒

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ちょっと昔話をひとつ

――本当に俺なんかがその子に会っていいのかな。

 

 爺さんに拾われてから2年目のことだった。

 

 

 ボロボロの荒れ放題であったこの大きな家を一年がかりで修復し、たまに居なくなっては帰ってくる爺さんと二人で暮らし始めた。

 ピカピカにした道場では、色々と世話になった藤ねえによる稽古と称したしごきの日々を送ってきた。

 

 

――そんな忙しく傷の絶えない生活のなかでも、片時も忘れられないあの顔に、全てを失った俺は憧れていた。

 

 泥だらけになったボロボロの服に、折れた柱やガラスの破片などをどけてできたのであろう傷だらけの手で、意識が焼け落ちそうだった俺を見つけてくれた。

 

 その微かに残る意識のなかで見たあの顔は、いったい何に救われたのか。

 あの時に泣いて喜んでいたのは、爺さんに救われた俺ではなく、俺を救った爺さんの方だったのだから。

 

 はたして爺さんは、救われた俺からいったい何に救われたのだろうか。

 俺はその涙して喜ぶ顔を忘れることができない。

 

 だから俺はあの顔に。

 あの救われた顔に俺は。

 あの何かに満ち足りた顔に、全てを失い空っぽになった俺は故に憧れたのだ。

 

 今思えば、俺はその何かに満たされたかったのだろう。

 

 

 

 この家で過ごしてから二年がたって、今までになく長い期間家を空けた爺さんがようやく帰ってきた。

 長旅でかなりよれたコートを着ていた爺さんは、しかし開口一番で俺に嬉しそうに話しかけてきた。

 

「イリヤがこっちに来れるようになったんだ!……ああごめんね、そんなこと言ってもわからないか。今さら戸惑うかもしれないけど、僕の本当の娘がこっちに来るんだ」

 

 その言葉に俺は躊躇した。

 

「良かったじゃん」

 

 その場で曖昧に頷き、爺さんの喜びを妨げないようにしながらも俺は考えてしまった。

 

――果たして俺はその子に会っていいのだろうか。

 

 その子にとって俺はいったいどんな存在だろうか。

 俺は爺さんの過去をほとんど知らない。

 それを爺さんは話そうとしないし、俺は聞こうとしない。

 

 爺さんに娘がいただなんて初めて聞いた。

 それじゃあその子の母親はどこにいるのだろうか。

 その事も俺は聞かなかった。

 

 なんとなくその人が今どこに居るのか、今どこに逝ってしまったのかが、あの救われた顔からわかっていたから。

 

 

――俺はその子に会っていいのだろうか。

――俺はその子に爺さんを、この人を帰すべきではないのか。

――俺はやっぱり教会に――

 

 

 答えのない自問自答の日々だった。

 

 

 それでも時間は流れ、答えの出せないまま冬が来た。

 

 今日その子がやって来る。

 果たして俺はどこに立てばいいのか。

 爺さんのとなり?後ろ?それとも前か?

 

 どこにも立つことはできない。

 できれば隠れたかった。

 そのままその子と爺さんが一緒に帰ってくれてもと、その時は望んでいたかもしれない。

 

 そんな俺の不安をよそに、爺さんは俺をとなりに立たせる。

 

 

 すると一台の大きな黒塗りの車が目の前に止まった。

 運転する人は清楚な格好の女性で、こちらには目線を合わせようとしない。

 むしろ敵意すら感じる雰囲気で車から降り、後ろのドアを丁寧に開いた。

 

 そこには美しい銀色の髪の小さな女の子が目を輝かせて座っていた。

 俺はその子を見て思わず一歩下がる。

 

 そしてその子は。

 

「――きりつぐー!」

 

 と車からかけ降り、爺さんの名前を大きな声で呼びながら抱きついた。

 

 俺はさらに目を伏せてしまう。

 その光景があまりにも眩しくて、俺はここに居てはならない影のようだと錯覚してしまいそうだった。

 

 しかし爺さんの胸に顔を埋めるようにして抱きついていたその子は、ちらっとそんな俺を見てこう言った。

 

「あなたが切嗣が助けだした子ね。わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。あなたのお姉ちゃんなんだからね!よろしく、お兄ちゃん!」

 

 そんなめちゃくちゃな挨拶をしてきた。

 

「あ、ああよろしく。姉さん」

 

 混乱して反射的に俺はそう答えてしまい、後ろめたい気持ちが沸き上がるっていると。

 

「――んんっ!切嗣っ、私お姉ちゃんになったわ!」

「ああ、よかったね。お姉ちゃんになったイリヤが弟の士郎と仲良くしてくれると僕も嬉しいよ」

 

 いまだに爺さんに抱きついて、その子は爺さんの胸のなかで感慨の声をあげるとすぐに顔をあげて爺さんと会話をしていた。

 

 

「……うん、こほん。そういえばまだあなたの名前を聞いてないわ。レディが先に名乗ったのだからそれを返すのが礼儀でしょ?」

 

 そしてようやく抱きついていた腕を離し、小さく咳払いをしてから佇まいをただしてそうその子は問うてくる。

 

「俺はえ、……衛宮、士郎。士郎って呼んでくれ」

「エミヤ……シロウ。うん、シロウね。じゃあわたしもイリヤって呼んで。親しい人はみんなそう呼ぶの」

 

 名前を言うのに少し躊躇していたが、するとその子から思いもよらない提案がきた。

 

「わ、わかった。……イリ、ヤだな。うん」

「違うわ、イリヤよ。イ・リ・ヤ!もう一回!」

「何が違うんだよ。そう言ったじゃないか」

「ううん、言ってないわ。ほらもう一回!」

 

 何が不満なのか分からず、その子はそう急かしてくる。

 

「……イリヤ」

「もっと大きな声で!」

「ああもう、……イリヤっ!これでいいかっ?」

「うんっ!よろしくね、お兄ちゃん!」

 

 

 これがイリヤと初めて会ったときの出来事だった。

 そのときの爺さんの顔はあまり見ていなかったが、確かとても嬉しそうだったような気がした。

 

 

 

「シロウが料理するの?」

 

 運転をしていた女性はそのまま車を走らせてどっかへ行ってしまったので、イリヤだけを家に招き入れた。

 そして今は正午近くの、冬であるけれど少し暖かな日が当たる時間になってきたので昼食の準備を始める。

 

「まあそうだよ。爺さんは料理ができなかったからさ。俺がするようになったんだ」

「ふーん。……ねえねぇ、料理って楽しいの?」

「いや、どうだろ……」

 

 料理をすることに楽しいと感じたことはあまりない。

 ただ料理がしたいなと、それで俺は誰かの――

 

「楽しくないの?じゃあなんでやってるの?」

「……」

 

 イリヤのその言葉に俺は答えることができなかった。

 

「でもシロウ、料理してるとき楽しそうだったよ?」

「――えっ?」

「気づいてなかったの?今日は何々にしようって楽しそうに呟いてたんだから!」

 

――そうなのか。

 

 俺は料理を楽しんでいたのか。

 料理をすることに、それを食べてもらうことに、俺は楽しみを感じていた。

 

 俺はその事をイリヤに初めて教えられた。

 

 それが空っぽになった俺をちょっとだけ埋めてくれた出来事だった。

 

 

 

「今日はシロウと一緒に入るわ!」

 

 元気はつらつなイリヤは夜になっても衰えることを知らなかった。

 

 爺さんがイリヤと一緒に風呂に入ろうと誘うとイリヤがそれを断り、まさかの俺と一緒に入ると言ってきた。

 それを爺さんはじゃあ三人で入ろうと提案するとイリヤはまたも断り、俺と二人で入ると主張していた。

 それにとても悲しそうな顔をしている爺さんの横で。

 

「俺は一人で入れるよっ!」

 

 と大きな声で主張した。

 さすがに女の子と一緒にお風呂に入るのは恥ずかしいし、それも今日初めて会ったかわいい子だなんて。

 

 しかしこの場で俺の意見なんて今も昔も通るはずがなかった。

 それでも。

 

「シロウはわたしの弟なんだから、わたしが洗ってあげる!」

 

 その事だけは断固拒否したのだった。

 

 

 

 夜は三人で川の字になって布団を敷いて横になった。

 布団は2つ敷き、爺さんが1つを使って俺とイリヤはまだ小さかったから1つだけで十分だった。

 

 そこでも何故かイリヤが真ん中に寝て、爺さんと俺が挟むように寝るようになっていた。

 この場ではイリヤの主張は絶対であることは、もう抗えようのない事実であった。

 

 そして爺さんとイリヤが二人で楽しそうに何かをしゃべっていたので俺は眠くなり、目をつむると突然手を握られた。

 驚いて目を開けると。

 

「おやすみ、シロウ」

 

 とやさしく微笑まれて声をかけられた。

 

「お兄ちゃんが家族でよかったわ。これからよろしくね、大好きなシロウ」

 

 

 

 今日会って1日でその子の、――イリヤの性格がよくわかった。

 

 とても子供っぽくてわがままで、疑問に思ったらすぐに聞いてきて、何も知らないようで見透かされているような、とてもかわいくてやさしい姉さんだった。

 

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