その後コペンハーゲンに一度戻ってネコさんに代金を渡し、気分は優れないが予定より早くバイトが終わってしまったので商店街を通りながら帰路につく。
零観さんにはそれとなく山門周辺で最近何か異変はなかったかと聞いてみると、夜な夜な人影を見たり、呟くような声が聞こえたり、ヒュンヒュンと風切り音が響いたりと幽霊騒動がにわかにあるらしい。
もしかしたら霊的なモノでも憑いているのかも知れないので、帰ったらイリヤにでも相談しようかと帰り道にタンタンと考えていた。
家についてもまだ昼前で誰も帰ってきておらず、することもないので前々から考えていた余ったさつま芋で大学芋を作ることにした。
まず立派なさつま芋を3本取りだして軽く水洗いをし、一口大になるように適当な大きさで切ってからもう一度水にさらす。
汚れがとれたらラップにくるんでレンジで加熱し、実がきれいな黄色になり、芯がとれてホクホクとなったら水を拭き取って油でサッとあげる。
そのとき、レンジで空いていた時間で砂糖と醤油とみりんの合わせに、塩を入れて整えたものを鍋に入れて加熱しておく。
合わせたタレがブクブクと沸騰したら軽く揚げたさつま芋をトバッと放り込み、よくタレと絡めるように転がす。
甘い蒸気の香りとアメのような照かりが出だしたら火を止めて、これで大学芋の完成だ。
一口試しに食べてみるとかなり熱くてハフッハフッと苦戦しながらも噛みしめると、表面はカリッと歯応えがあり、中はホックホクのもふもふとした少し甘めの大学芋であった。
「うーん、これは砂糖を入れすぎたな」
と思わず漏れた感想に反省をしながらも使った鍋に水を入れ、鍋を加熱してアメ状になったタレを水に溶かす。
その間に使用した器具を洗剤で洗いながらついでに昼食は何にするかを考える。
先によった商店街の魚屋でよく脂ののった冬鯖が安く売られていたので思わず数匹買ってしまった。
それを昼に出すのも悪くはないがどうせなら煮付けて夜にだしたい。
他にないかと思案しながらタッパーに移して放冷していた大学芋を冷蔵庫にしまうと。
――メンか。
ふと目についた中華麺に気が引いて、野菜室のキャベツとニンジン、ネギに大根、冷凍庫の刻んだ玉ねぎと豚肉を確認する。
――これは焼きそばだな。
と合点したので豚肉を自然解凍するために外に出しておく。
さて、これで昼までやることがなくなってしまった。
……しょうがないから期末の勉強をすることにした。
「たっだいまー!……あれ?シロウの靴がある」
「おじゃまします。あ、ほんとですね」
「買った買ったー。しばらくは節約しなきゃね」
と、日本史の勉強をしていたところでまさしく姦しい声が響いてくる。
「おかえりー。予定よりバイトが早く終わったんだ」
教科書を片付けてからこちらも声をあげ、3人が向かった居間に俺も向かう。
「――お、」
そして居間に入り、目にしたのは。
「――とても似合ってるじゃないか。桜と藤ねえに感謝だな、イリヤ」
胸元に白い三日月のワンポイントがある赤いタートルネックに、薄ピンク色のふわりとしたスカートを纏ったイリヤがちょこんと座り、こちらを見つめながら手を広げて服を見せつけていた。
その様子を桜は両手を顔の近くで合わせてにこにこと見守っており、藤ねえも腰に手をあててフンスと頷いていた。
イリヤも俺の感想に満足したのかやったーっと飛び上がって抱きついてきた。
「イリヤさんの誕生日を聞いたんですけど、誕生日は11月の
「そうなのよねー。イリヤちゃんは毎年12月になって来るから誕生日をなかなか祝えないの。それにあのときは祝う時期でもなかったし」
抱きついてきたイリヤの頭を撫でながら、二人の話に加わる。
「そういえばそうだな。いつも冬しか会えないから誕生日を祝うなんて思いもつかなかったよ」
「別にプレゼントなんていつだって良いじゃない。わたしは今貰えて幸せよ?」
「うーん、そうなんだけど。……そうだイリヤ、来年はもう少し早くこれないか?どうせならみんなでイリヤのことを祝いたいんだ」
「へー。士郎にしては良いこと考えるじゃない」
「はい!それならぜひ参加させてください」
俺の提案に藤ねえと桜が嬉々としてのる。
「……そうね。来年ならこれまでより早く来れると思う」
するとイリヤは俺にしがみつき、胸に顔を埋めながら答える。
どうやら誕生日を祝われることが慣れていないために少し恥ずかしいのだろう。
俺はやさしくイリヤの柔らかな雪のように輝く銀色の髪をすく。
「じゃあ決まりだな」
「そうですね。私、大きなケーキを作っちゃいます」
「うーん、そういえば来年はイリヤちゃんの18歳の誕生日よね。たしかー、ドイツだと18で成人だからその日は赤飯を炊かないとね」
と決定すると二人はそれぞれ意気込んでいた。
――そうか、成人なのか。
藤ねえの意外な知識によって新たな事実も発覚し、なにしようこうしようと俺たち3人で盛り上がる。
その間、イリヤはずっと俺に抱きついたままだった。
イリヤの誕生日の話も終えて一度席につき、話はさっき行ってきた買い物に戻った。
「――それでワンピースかプリーツのどちらにするか悩んだんですけど、イリヤさんのふとした瞬間に見える上品な振るまいを思い出してこう、びびっと来たんです」
「あー、そうよね。イリヤちゃんって普段はきゃーって感じの明るくてかわいい見た目相応な感じなのに、たまーにしゃんとして大人っぽくなるのよね」
対面に座っている桜と藤ねえによるイリヤの印象が述べられる。
その感想にイリヤがどう思ってるのか少し気になりイリヤを伺ってみると。
「……お兄ちゃんはどっちのわたしが好き?」
とイリヤもこっちを向いて、まさかの問いを小さな声で投げかけてくる。
「どっちって……。どっちもイリヤだろ?両方好きだよ」
「ふーん、そっかそっかー。……わたしもそんなシロウが大好きよ」
その言葉に「ははは」と照れ臭くなって笑ってごまかし、視線をそらして時計を見る。
そのみじかな針はあと少しで11を指し示すところだった。
「……あっ、桜。時間は良いのか?たしか昼前までだっただろ?」
「えっ。……あ、もうこんな時間だったんですね。楽しくて時間が一瞬出すぎてしまった感じがします」
「うーん、サクラはもう帰るのね」
「えー、どうせなら昼までいれば良いのに!桜ちゃんの作るお昼ご飯食べたかったなー」
「藤ねえ……」
皆が桜の帰りを惜しんでいるがそれでも桜は「すいません、兄さんが待ってますので」とわざわざ謝って断る。
「そっか。ごめんね桜ちゃん、無理言っちゃて」
「いえ、こちらこそこんなに惜しんで貰えて嬉しいぐらいです。その、……また機会がありましたら先輩の家に泊まっても、いいですか……?」
「ああ、いつでも構わないよ。部屋はたくさんあるからな」
「サクラ、また一緒に寝ようね!」
と言って、桜は立ち上がり荷物をまとめに自身の部屋に向かっていった。
「それじゃあ俺もそろそろ桜には劣る昼食を作ろうかな」
サクラを一旦見送ってから、俺も昼食の準備にとりかかる。
「どうしたのよ、士郎。すねてるの?」
「まあ、あのお好み焼きを見せられたらな。もう教えられることがないんじゃないかと思えてくるよ」
「たしかにあのお好み焼きは今まで食べてきた中で一番美味しかったわ。でもわたしはシロウが楽しそうに作った料理が一番好きなんだから気にすることないわ」
「うんうん。それとね、士郎。弟子はいつか師匠を追い抜くもの。それを嬉しむことができずにいつまでもくよくよしていちゃ師匠失格よ」
イリヤと藤ねえのありがたいお言葉をはいはいと流して俺は解凍していた豚肉の様子を見に行く。
――それでもやっぱり悔しいんだよな。
と柄にもなく俺は感じて、そんな感情にも肩を落とした。
その後まだ日が上っていることもあり、玄関で見送りながら「お邪魔しました。お土産も貰えて、とても楽しかったです」と桜は一人で家に帰った。
こうして慌ただしくも結構楽しかった桜の初めてのお泊まりは終わりを迎えたのだった。
「そういや藤ねえはいつまでいるんだ?」
俺は刻んで冷凍した玉ねぎを外にだして、キャベツを一枚一枚洗いながら尋ねる。
「今日は夜までいるつもりー。来週から本格的に忙しくなるからしばらく来れそうにないのよ。たぶん次は冬休みに入って落ち着いてからねー」
テレビのリモコンを片手に、藤ねえは読みもしない新聞を手にしてテレビを見ながらぶっきらぼうに答える。
「ふーん、タイガも大変なのね」
とイリヤは大根を両手で持ち、足を伸ばして太ももでおろし器と皿を固定して、ギコギコとすりおろしながら藤ねえに適当な相づちを打つ。
なぜ大根を下ろしているかと言うと、イリヤが俺に手伝えることはないかと聞いてきたので、それじゃあ大根おろしをよろしくということになった。
そしてイリヤの今の格好は桜にプレゼントされた服が汚れるのを嫌ってか、聞いてからすぐにいつもの見慣れた洋服に着替えていた。
よほど大事に着るつもりなのがありありと伝わってきて、ほほえましい気持ちになる。
さてと、キャベツが洗い終わったので目線を手元に戻し、食べやすい大きさに切ってから適当なボールに移す。
次にニンジンを取りだして皮をピーラーで剥いてから、同様に食べやすい大きさに切ってボールに入れる。
青ネギは薬味として先の方を小さく切り出し、輪切りにしてから小皿に移しておき、最後に解凍したこま切れの豚肉を取る。
豚肉には塩コショウをふってなじませるように少しもみ、焼きやすいように一枚一枚伸ばしておく。
中華麺は少しもみほぐしてから袋ごと包丁で半分に切り、ザルに取り出して麺の表面に付いている油を水で軽く洗い流す。
その後ペーパータオルで水気を取って料理酒を少しかけてなじませた。
こうして料理の簡単な下ごしらえは終わった。
昨日お好み焼きで使ってから洗っておいたホットプレートを机の上に置き、温度を高めてから油をしいて豚肉を投下する。
「うーん、いいにおーい!お肉って焼いてるときが一番美味しそうなのよね」
と良い具合に焼けるとテレビを見ていた飢えた虎がこちらに食いつく。
「藤ねえもイリヤに見習って何かしたらどうだ?」
「だめよ。タイガが料理を手伝ったらそれこそ惨事の始まりなんだから。つまみ食いで後にはなにも残らないわ」
呆れて小言を漏らすと、だいぶ小さくなった大根に苦戦しているイリヤはしょりしょりとすりながら答える。
「そうよー、士郎。私は食べる人、士郎は作る人、ね」
――何が「ね」だ。
はぁ、と大きくため息をついてから。
「イリヤ、もうそれぐらいで大丈夫だぞ。あんまりやって手を怪我しても大変だからな。あとはそこにポン酢を入れて少し混ぜてくれ」
「そう?……はーい!」
するとイリヤは最後に残った大根をギュッと押し潰すようにしてすりおろし、立ち上がってテッテッテと台所へポン酢を取りに行った。
肉に色がついてきたので玉ねぎを入れ、そしてニンジンキャベツと加えて炒めていく。
最後に中華麺と少量の水を加え、炒めながら鶏ガラの素を少し入れて味を引き立たせる。
切られたニンジンを菜箸で取り、食べる。
「うん、完成だ」
文句なしの出来映えだった。
わーいと喜ぶ二人に皿をとってきてもらい、器に盛り付けた。
そしてイリヤにおろしてもらった大根をのせ、ネギをちらして配る。
「じゃ、いただきます」
3人のいただきまーすと元気に響いた昼過ぎだった。