【1月】
妹が風邪をひいた。
いくら言い聞かせても、何故かダウンジャケットはあるはずなのに薄手のコートしか着なかったのが原因。
だからベッドに寝かせて叱っていたらあの子は、「12月はわりと暖かかったから、ダウンはクローゼットの奥に入ったままだったから」と言い訳してたわ。
横着するなと更に叱ってから寝かせて、クローゼットにしまわず部屋の隅に積んであった服を片付けてから、飲み物を取りに台所に行って戻って来たら、私、うっかりクローゼットを開けっぱなしだったみたい。
クローゼットの中から妙に長い木乃伊みたいな老人が、妹のベッドにまで這い寄って来ていたから、慌ててその老人を畳んでクローゼットの中に叩き込んで、寝てる妹を起こしたわ。
最初に言いなさい、愚妹。
一か月くらい前から出てくるようになって、霊避けの宝石のストックがなくなったって父に言っても、嫌がらせか本気で忘れていたのか補充してくれなかったみたいだから、父にはルーンのアンザスを刻んだ宝石を投げつけておいた。
【2月】
妹が怪我して帰ってきたから、何事かと思って理由を聞いたら幼稚園のいじめっ子と喧嘩したらしい。
それはいつものことなんだけど、あの子がたかが一般人で同い年の男の子相手に怪我するのは珍しいから更に詳しく話を聞いてみたら、そのいじめっ子からチョコレートを奪うのを優先した所為でもらった怪我みたい。
本当に、魔術師の家に生まれたとは思えないくらいのお人よしね、この妹は。
幸いながらいじめっ子は普段の行いが行いだから、先生にチョコレートを奪われたって訴えても信用してもらえなかったし、親はモンスターペアレントらしいけど長いものに巻かれるタイプだから、うちに文句をつけはしないでしょう。
あげた側はもちろん、文句なんてつけられないしね。
妹が奪ったチョコレートは、私が処分するといって預かっておいた。
それにしても、たかだか今年で6歳程度の子供がこんなものをもらうなんて大したものね。それとも、親の因果が子に報いというやつなのかしら?
絶対に気づかないとはいえ、いじめっ子は妹に感謝すべきよね。中を見なくてもわかるわ。
こんなで出来損ないの蠱毒くらい。
【3月】
妹が折り紙で作った雛人形を見せてくれた。
あの子、自分の雛人形がないから部屋に飾るみたい。
自信作なのも気に入ってるのもいいけど、7段飾りの雛人形が全員、妹をすごい目で見てる。
あれ、一応は母から受け継いだ私のものはずなんだけど、何で浮気されたかのように「裏切者」とか言いたげな顔をしているのかしら? 前々から妹の方を気に入ってると思ったけど、ここまでとはさすがには思ってなかったわ。
とりあえず、今夜は絶対に何があっても部屋から出ない、部屋の鍵もしっかり掛けるように妹に言い聞かせておいた。
人形は叩き壊すと部品だけでも隙をついてあの子の元に行きそうだから、焼き払っておく。
明日、ひな人形を燃やしたことを叱られるから、言い訳を考えておかなくちゃ。
【4月】
妹は去年、私が言った「桜の木の下には死体が埋まってる。だから、花に見惚れて足元がお留守だと、死者に捕まって攫われるわよ」という話を未だに信じて、桜が咲いても全然上を見ない。
だからその隙に私は、桜の花に紛れて妹を攫おうと上から伸びてくる腕をへし折れるのだけど、いつまでこうやって可愛く私の言うことを信じ続けてくれるのかしら?
【5月】
茹で卵って、電子レンジで作れないのね。
卵をレンジに入れて温めたらそれでいいと思ってたわ。
妹が「爆発させる気?」と言ってくれて助かったわ。妹の言葉を聞いたうちの親は妹を小バカにした顔で「そんな訳ないでしょ」とか言って、爆発させたけど。
我が家で一番というか、まともに機械類が使えるのはあの子だけなのに、どうしてあの低能たちは科学もあの子もとことん下に見るのかしら。
逆ギレの八つ当たりで叱られた妹が可哀相。
何だか腹が立ってきた。うちの低能たちも許しがたいけど、警察の無能たち、本当に早く何とかしなさいよ。
何で事件現場を通りかかっただけで、妹に被害者が付きまとってるのよ。もう被害者と言いたくないわ。普通にストーカーの加害者になってるじゃない。
自分の頭を見つけて欲しいのはわかるけど、妹のお弁当のご飯やおかずの中に束で髪を入れるの本当にやめて。その所為であの子は最近、お昼ごはんがろくに食べれなくてお腹を空かせっぱなしなんだから。
【6月】
梅雨時なのに傘を持って行くのを今日は忘れてしまった。
けど、妹が持って迎えに来てくれたわ。
ありがたいけど妹は空色の傘をさしてフラフラ歩いて、車に轢かれかけたから心臓に悪いわ。
「傘が重い」って言ってたけど、そりゃ重いでしょう。下半身のない、あなたくらいの子供が傘にしがみついてるんだから。どこで拾って来たのよ。
子供はすぐに引きはがして捨てておいたけど、傘はどうしましょう? あの子、あの傘を気に入ってるから勝手に処分したら泣きそうなのよね。
【7月】
夏だというのに妹が長袖しか着ないから、1月の出来事を思い出して理由を訊いてみたらあの子はまたやらかしてたわ。
肩に近い二の腕あたりに、人の顔がべったり貼り付いて何かブツブツ言ってたけど、とりあえず宝石を一粒飲ませたら消えた。
幼稚園の友達に憑いてたから肩代わりしたって、本当にバカな子。
魔術は隠匿が基本なのだから、そういう真似はするなと言い聞かせたら、きょとんとした顔で斜め上なこと言い出すし。
あの子、「あの顔、友達のお父さんらしいの。『俺から離れるなんて許さない。幸せになんかさせない』って言ってた。家族の幸せを願わないで呪うなんて、普通じゃないから隠さなくていいと思った」なんて言い出して、答えに本当に困ったわ。
まぁ確かにそんな父親は普通ではなく私たち魔術師達と近い精神構造だけど、あなたの「普通」の基準は聖人すぎるのよ。
【8月】
最近、妹が図書館に通い詰めて何かを調べているのは夏休みの宿題や自由研究でもしているのだと思ってたけど、あの子はまだ幼稚園児だった。宿題や自由研究なんてなかったことに気付いて理由を訊けば、毎度のことだけどまた死者に同情してたみたい。
10年くらい前の殺人事件の被害者が犯人を未だ捜してたから、その事件を調べてたそう。
けど調べたら、お盆の時期だからかしら? たぶん同じ犯人の被害者らしき死者が次々に寄ってきたみたい。
あの手足を逆に付け替えられた奴とか、縦半分に真っ二つの奴とか、胴体がなくて頭に手足がくっついて車輪みたいに移動する妖怪みたいになってた奴がそうなのね。
とりあえずしても無駄だろうけど、死者を相手にするなと妹に言い聞かせておいた。死者は見つけるたびに始末してたから、これでもう出てこないといいけど。
【9月】
私の本棚の本を読むのは良いけど、あの子は本を抜いたら読み終わって本棚に仕舞うまで開けておくんじゃなくて絶対に別の本か何かでそのスペースを埋めるから、ちゃんと種別で並べているのだからやめてと注意した。
するとあの子は、「だって隙間から目が睨み付ける」と言い出した。だから最初に言いなさい、そういうことは。
あなたにとっては全部が全部、物心がついた頃からの日常茶飯事でわざわざ報告するようなことじゃないかもしれないけど、言いなさい。
本棚の隙間から目がのぞいて睨み付けるのも、水辺から「こっちにおいで」って声が聞こえるのも、踏切で無数の腕があなたを捕まえようとするのも、全部一般人はもちろん、魔術師視点でも普通じゃない事を自覚して。
【10月】
幼稚園のイベントでハロウィンをしたらしく、妹はティンカーベルの格好をしていた。妖精だけど、うちの妹が天使すぎる。可愛い。
だからさすがに使い捨てカメラくらいは使えるから写真を撮ったけれど、現像してみてがっかりしたわ。首のない女が邪魔すぎる。全部に写るな。頭がなくても我が子かそうじゃないかくらい、根性で見分けなさいよ。
そして首なしの女を「ハロウィンの仮装」で済ますな、愚妹。
【11月】
妹の部屋に見知らぬ人形があったから捨てようと思ったけど、妹に止められた。
まぁ確かに悪いものではない、自分が死んだことも理解できてない子供が憑いてるだけ、下手に祓うより少しだけ相手してやれば満足して消える程度でしょうから、今回は好きにさせておくことにしたわ。
それにしてもあの子にはあの人形、どう見えているのかしら?
可愛いから放っておけないとか言ってたけど、私にはどう見ても火事にでもあったのか、顔も体のほとんども半分以上が溶けているみたいに焼け爛れているんだけど。
人形も。それに憑いている子供も。
【12月】
やっぱり先月の人形はさっさと処分すべきだった。
いえ、あの人形に憑いてた子供は何も悪くないのだけど。想定どおり、2週間も一緒にいてやれば満足して消えたし。
想定外だったのは、あの子があの人形に憑いている子供に親身だったのを性質が悪いものが「自分も」とやってきたこと。
……本当にうかつだったわ。死霊は警戒してたけど、生霊がまさかあんなにたかって来るとは思わなかった。
クリスマスが近いからかしら。傍から見たらあの子はお金持ちの箱入りお嬢様で、絶世の美少女、天が二物も三物も与えた恵まれすぎた子だと思われてるんでしょうね。
仮にその認識が正しかったとしても、何で何の努力もしていない、特別ではない代わりにその特別ゆえに手に入らないものを持っている、普通だから傷つかないですむ輩になんで、あの子の全てを捥ぎ取られなくちゃいけないの?
ずるいずるいと喚くしか能が無い愚物どもが被害者面しないで。
生き返りたいから体を求める、自分たちの意思で、自分たちが何をしているかを自覚して行っている死者の方がいっそマシよ。
生霊どもは、あの子が子供の死者に親身だったことにすら当の本人は気づいていない。あの子が持っていた、あの焼け爛れた人形を不気味に思って、そんなものを大事そうに抱えていたあの子を見下し、軽蔑し、嘲笑っていただけ。
嘲笑いながらも、本能的な部分であの子が何をしていたのかをそのハイエナのような嗅覚がかぎ分けて、図々しく「そいつだけに分け与えるのはずるい。こっちにもよこせ」って思ったのでしょうね。
朝起きて、あの子の体を見て悲鳴を上げそうになったわよ。
あの子の全身についた手形。それを見たら、いったいあの子はどれほど身勝手で惨い夢を見たのかしたくないのに想像がつくわ。
見知らぬ身勝手で傲慢で浅ましい餓鬼どもに、生きながら全身の全てを捥がれて奪われたのでしょうね。
なのに……何であの子は泣きもせずに、ただ不思議そうな顔をして言うのかしら。
「死者と生者の違いって、何?」って。
これがもう何も無いからこそがむしゃらに体を、生き返るすべを求める死者と違って、生きているのだから奪う以外の手段があるはずなのにそれをせず、「ずるい」と喚いて奪おうとする生者に絶望した言葉ならマシだった。
あの子にとって生者と死者の違いは、体の有無だけ。けど、体が無くても動き回れる生霊を前にしたことでその定義が揺らいでしまったのでしょうね。
それほど、あの子にとって生と死は隔てれられていない。
それほど、あの子にとってこの世は生きている価値も、理由も、意味も見出せないものなんでしょうね。
今、生きているのは生きる理由はなくとも死ぬ理由もないから、さすがに痛い思いをしたい訳ではないから程度なのでしょう。
サンタクロースが本当にいるのなら、私の妹が、空が愚かなほど良い子なのは自明の理なんだから、どうかあの子に与えてください。
私が与えられない、教えてやることもできない、教えられていなくてもわかったような気でいられる、錯覚でも支えに出来る、あの子にとって生きる価値を、理由を、意味を。
お願いします。
例え錯覚でしかないとしても、あの子がいなくては私は生きてゆけないから。
誰か、あの子を生かして。
ソラは今でこそ「幽霊=蹴るもの」なホラークラッシャーですが、未那というか両義家の人たちと出会うまでは作中で海おねえちゃんが嘆いているように、生死の境界さえも曖昧な為、ふとした瞬間に死にそうな危なっかしい子でお姉ちゃんがめっちゃ頑張ってフォローしてました。
取り憑かれるほど意志薄弱ではないのですが、何が普通かをわかってないので明らかヤバい奴も放っておくし、2月や7月のように誰かの為に危ないものに首を突っ込むし、11月のように悪気がない者は拾ってきてたとえ死ぬほどの危険に晒されても手離さないので、マジで海おねえちゃんが大変だったでしょう。