憂う大空は世界を変える   作:アリアリサン

1 / 2
憂う大空は世界を変える

「――――哀れなり、禽獣よ」

 

 月光が差し込む森の中。一人の男が地に立ち――――泣いていた。

 大柄な男だ。それは、縦にも横にも大きい。

 深緑のローブに袖を通し、首からは幾何学的な文様をあしらわれた二メートルほどもある巨体の足元にも届くストールを下げており、足には簡素な黒い靴。

 頭にはローブと同じく深緑のシルクハットを被っており、何より目を引くのはその目元。白の包帯によってきつく縛られており、その下にあるであろう両目は一筋たりとも月光を受け入れてはいなかった。

 男の光を閉ざした視線の先。そこは、森の中でもギャップと呼ばれる木々の空白地帯であり、生い茂った梢に邪魔されないため月光のみならず日光などもダイレクトに差し込み、草花が群生する地帯だった。

 

「お前も、人里へと降りて食らわねばこうして私に出会わずに済んだというのに」

「グルルルル…………」

「だが、こうして私とお前は出会った。出会ってしまった。私は狩るもの、お前は狩られる者としてこの場に相対してしまった」

「ガァアアアアアア!!!!」

「…………ああ、分かるとも。お前が私を打倒し、その血肉を食らって自らの糧として還元する可能性も十二分として存在することなど、な。だが――――」

 

 吠えたててくる獣に、男は悲しげに口元を歪める。

 

「――――すまない、禽獣よ。私と相対した時点で、お前の運命(さだめ)は決まっていたのだよ」

 

 言いつつ、彼は大きな両手を打ち合わせた。

 パンッ、と気持ちのいい音が月光降り注ぐ静かな森へと響き渡る。

 

「空域“(ゲキ)”」

 

 呟かれ、同時に打ち合わせられた両掌が、右を上左を下にそれぞれの指が天と地をそれぞれ向くように前へと突き出された。

 獣は何が起きるのかは理解できない。しかし、何か良くない事が起きる事はその鋭敏な本能が感じ取ったらしい。

 四足歩行である獣は、後ろ足に力を込めて数メートルはくだらない巨体をバネの様に縮こまらせて力を溜めて狙いを定める。

 時間にして、一秒かからない。獣は、弾かれる様にして前へと飛び出し、

 

「グギュ!?」

 

 飛び出した勢いのまま、何かにぶつかったように潰れてしまった。

 溜めた力を開放して、全身が伸び切って前足と後ろ足地面を離れて空中を飛ぶような姿勢となった矢先での出来事だ。

 獣の上半身は、下半身に押し込まれる様にして潰れており、辺りには臓物や血液、脳梁や眼球などが飛び散っている。

 

「私を、恨んでくれ禽獣よ。そして出来るならば、次の世では私と敵対しない事を祈る」

 

 安らかに、と男は首から下げた十字架を手に持ち額に掲げて黙祷を捧げる。

 凡そ一分の黙祷を終え、彼はローブの裾を翻して踵を返した。

 

 男の名は、アリア。ギルド幽鬼の支配者(ファントムロード)における最大戦力の一角エレメント4の筆頭を務める魔導士だ。

 

 

    *

 

 

 幽鬼の支配者。フィオーレ王国でもかなりの規模を誇る魔導士ギルドであり、国の各地に支部を有している。

 ただ、その評判は良いとはお世辞にも言えない。

 というのも、規模が大きい故にか隅々にまで監督の目が行き届かず、依頼人に対して脅しなどを行って報酬を吊り上げるなどの不貞を行う輩が多数いるのだ。

 しかもそれは、ギルドマスターであり聖十大魔導の一人であるマスター・ジョゼが黙認している事でもある。

 自己顕示欲の塊のような男であり、性格は狡猾で傲慢。己の栄光を汚す輩には一切の躊躇も何もなく叩き潰して唾を吐きかけ散々な罵詈雑言を浴びせかけるという屑っぷり。

 そんな彼だが、今現在進行形で苛立ちの極致にあった。

 

「…………チッ」

 

 幽鬼の支配者本部にある最上階の幹部会室。ギルドのメンバーも不用意な入室は許されておらず、入れば最後、下手すれば命を取られかねない目に遭う。

 薄暗い部屋だ。そこには円卓が設置されており、6つの席が設けられている。

 

「忌々しい妖精(ハエ)共め」

 

 上座に座る先端の長い尖がり帽子をかぶった貴族の悪魔の様な衣装に身を包んだ男、ジョゼは苛立たし気に何度も何度も左手の人差し指で円卓の天板を叩き続ける。

 現在、円卓の席は5つがすでに埋まっていた。

 

「アリア様が手間取るとは、これは何とも珍しい(レアケース)でしょうな」

 

 緑の髪を逆立て、左目にモノクルを付けた男、ムッシュ・ソルは芝居がかったような大げさな物言いで人体の可動域限界超えた動きを見せて首をかしげる。いや、最早首が横に折れていると言っても過言ではない。

 

「しんしんと………ジュビアの心は雨模様。アリアが負けるとは、思えないけど」

 

 青い衣装に身を包んだ青髪の、首元にテルテル坊主を付けた女性、ジュビアは室内でありながらピンクの傘をさしていた。しんしん、しんしん、煩い。

 

「それほどの魔獣が現れたとしたら、私たちでも対処できないのでは?」

 

 和装に白黒に左右分かれた髪を高い位置で纏めた刀を差した男、兎兎丸は若干の冷や汗をその頬に走らせる。見た目ほどインパクトのあるキャラをしていない。

 

「…………チッ、アリアの野郎なんざほっとけばいいだろうが」

 

 長くボリューミーな黒髪を後ろへと流して、鋲の目立つ黒い服を着た男、ガジルは頬杖をついて眉間に皺を寄せる。見た目からして会議などには出席しなさそうな男だが、ある出来事からこうして顔を出すようになったエピソードが有ったりする。

 以上5名。幽鬼の支配者において特記戦力と数えられる者たちだ。因みに、ソル、ジュビア、兎兎丸がエレメント4に数えられ、それぞれ水、地、炎を司っている。

 実力は折り紙付き。ただ、その中でもアリアは抜きんでており筆頭に数えられていた。

 

「――――戻りましたか」

 

 好き好きに会話らしい会話も行われず適当に一同が過ごす、会議室。

 帽子を目深に被り、俯いていたジョゼは顔を上げた。

 彼が見るのは会議室入り口。ユラリと陽炎の様に空間が歪む。

 

「遅かったですねぇ、アリアさん。何をしていたのか、私に教えていただけますかな?」

「申し訳ありません、マスタージョゼ。貧しい村がありまして、そちらへ施しを行っておりました」

「…………また、偽善事業ですか?報酬を丸々渡すのは、止めろ、と私は言ったはずですが?」

「持つ者は、持たざる者に施す。これは当然の事ではありませんか。ギルドには仲介料などを天引きしているのです、私に支払われる報酬をどう使おうとも私の勝手ではありませんか?」

 

 空間に滲み出すように現れた、深緑の巨漢アリアは苦言を呈してくるジョゼを見据え(目隠し越しにだが)毅然とした態度を崩さない。

 この二人、付き合いは長いのだが顔を合わせるたびにこうして平行線の応酬を行っていた。

 原因は、アリアの性格、もといジョゼに言わせれば悪癖にある。

 幽鬼の支配者はガラの悪い者が多く籍を置いている。素行も悪く、粗野で粗暴、乱暴者など履いて捨てるほどに居るのだ。

 この部屋で言えばガジルを筆頭に、ソルや兎兎丸も素行が良いとは言えない。ジョゼも悪辣だ。

 そんなギルドで、アリアの善性は浮いている。

 S級クエストと呼ばれる高難易度なクエストや10年間、100年間クリアされていない所謂10年クエストや100年クエスト等を遂行するだけの実力を持ちながら、彼は決して誇らない。

 草花を愛で、子供や老人に優しく、ボランティアとして本来ならばS級クエストに該当するような頼みを笑顔で受ける。

 決して、評判が良いとは言えない幽鬼の支配者において『大空のアリア』と呼ばれる彼は悪い噂を一つも流されない潔白な存在であった。

 だからこそ、ジョゼとは折り合いが悪い。

 

「――――良いでしょう。アリアさんも来た事ですし、会議を始めましょうか」

 

 不毛な睨み合いは、ジョゼが視線を外したことで終わった。

 因みに席順は、上座にジョゼ。時計回りで、ソル、ジュビア、アリア、兎兎丸、ガジル、となっている。

 

「今回、エレメント4ならびにガジルさんに集まってもらったのはあるお仕事をお受けしたからですよ」

「仕事だ?んなもん、オレ一人で十分だろうが」

「ええ、ガジルさんの力は知っていますとも。ですが、今回は少し特殊なのですよ」

「特殊?それは私たちの力を持ってしても攻略できない、という事ですか?」

「いえいえ、違いますとも兎兎丸さん。仕事に直接関係はしません。まあ、これを見てくださいな」

 

 ジョゼが指のスナップを鳴らす。すると、円卓の中央に一枚の紙が現れる。円卓を囲む者たちの視線が集中する。

 

「ハートフィリア財閥(コンツェルン)。皆さんも名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう?」

「ふむ…………この国を代表する資産家の家ですな。特に鉄道関連に力を入れており、国有数の資産家(VIP)だったかと」

「ソルさんの言う通りですよ。そして、この依頼はこのハートフィリア家の現当主。まあ、財閥の社長ですねぇ…………依頼内容は、家出娘を連れ戻してほしい、というものですよ」

「家出?つまり、ハートフィリア家のご令嬢が供もつけずに出歩いていると?」

 

 まさかの依頼内容に、兎兎丸は声を上げた。

 彼の言葉も無理はない。仮に身分を隠していても、何かの拍子に身バレしてしまった場合取り返しのつかない事態に陥る可能性もあるからだ。

 とはいえ。この会議室ではざわめき等起きようはずもない。

 興味のなさそうなジュビアやガジル、目元を隠して何を考えているか分からないアリアなど、特別騒ぐようなメンツではないからだ。ぶっちゃけ、気分が乗らない。

 その事には、ジョゼも気づいていた。だからこそ、本題(・・)を切り出す。

 

「この依頼を下さったご党首様はいたくお気になされていた。何より――――」

 

 ジョゼがそこで言葉を切る。同時にピリピリとした魔力が会議室内を駆け巡る。

 

「そのお嬢様が籍を置くのが――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)なのだ!!!!奴ら妖精(ハエ)共がハートフィリアの財産が使えたならば!それは、私たち幽鬼(ファントム)の障害になりえるという事だ!ただでさえ最近の奴らは目に余る。その上で財力を得るだと?許せるものか!!!!」

「――――ギヒッ、つまり“戦争”って事かよ、マスター」

「いいえ、殲滅です。これを契機に目障りな妖精(ハエ)を一掃します」

 

 妖精の尻尾。幽鬼の支配者と伍すると言われる魔導士ギルドであり、多数の問題児を抱えているがその実力は看板に偽りなしの凄まじいもの。

 特に火竜(サラマンダー)妖精女王(ティターニア)などは国中に知られる二つ名とされている。

 ジョゼは、それが気に入らない。ここ数年で成り上がってきた妖精の尻尾が目障りで仕方がなかった。

 

「――――何か言いたげですね、アリアさん」

「…………」

 

 ジョゼに水を向けられ、円卓の目が沈黙を守っていたアリアへと向けられた。

 彼は、両手を組んで天板の上に置きムッツリと黙り顔を伏せていた。

 

「ええ、分かりますよ。あなたはこの一件に、乗り気ではないのでしょう?」

「分かっておられるのならば、聞かなくても良いではありませんか」

「そうも言っていられないのですよ。貴方は、幽鬼(ファントム)の中でも一番の手練れ。奴らを、マカロフを絶望に叩き込むには、貴方の魔法()はうってつけなのですからねぇ」

「…………依頼を熟すだけならば、私が直接出向きましょう」

「そして、妖精(ハエ)共の肩を持つつもりですか?…………やはり、温い(ぬるい)。温すぎるのですよ、アリアさん。もう少し最強のギルド、幽鬼の支配者の筆頭である自覚を持っていただきたいものですねぇ」

「…………」

 

 厭味ったらしいジョゼの物言いだが、アリアは乗ってこない。

 マスターの方針は、そのままギルドの方針だ。如何にアリアが力を持って、エレメント4筆頭の肩書を与えられていようともギルドの1メンバーには変わりがない。

 アリアが沈黙したのを見届け、ジョゼは円卓を見回す。

 

「では、妖精潰し(ハエたたき)を始めましょうか。手始めは、ガジルさん。貴方にお任せします」

「ギヒッ、了解。妖精の尻尾(ようせいのけつ)を叩いてきてやるよ」

「頼みましたよ。ああ、それと。彼女だけは、なるべく(・・・・)傷をつけない様に」

「分かってるさ、マスター」

「他の方々にも、随時指示を飛ばします。私を失望させることの無い様、くれぐれも頼みましたよ?」

 

 

    *

 

 

 妖精の尻尾襲撃。それは、ガジルの手によって滞りなく行われた。

 手始めに、酒場を兼ねているギルドを彼の魔法である鉄の滅竜魔法で潰した。更に、彼はギルドのメンバー三人を殺さない程度に痛めつけて見せしめにするという蛮行も行っていた。

 

「…………」

 

 元より荒くれ者の多いギルドメンバーだ。この襲撃に彼らは沸いていた。

 そんな彼らを、アリアは太い梁の上に立って静かに見下ろしている。

 キツく閉められた一文字の口と、目元を覆う包帯によって彼の表情から内心を読み取ることなど不可能だ。ただ、纏う空気は沈んでいた。

 昔は、それこそ彼が加入した頃は、ここまで腐ってはいなかった。マスターであるジョゼも向上心に溢れているがそれだけ。他者と比べて足を引っ張ってまで引きずり落そうとするほどではなかった。

 だが、今はどうだろうか。依頼人にまで手を上げるギルドメンバー。ギルドの名を笠に横行する悪行の数々。評議員に訴えられていない事が奇跡であった。

 

「――――来ましたか」

 

 アリアが小さく呟く、と同時にギルドの扉が吹き飛んだ。

 桜色の髪をした炎を纏った拳を振るう少年を筆頭に、続々となだれ込んでくる妖精の尻尾の魔導士たち。

 実力にバラつきがあるが、中々に粒揃い。兵隊同士の戦いは五分だと言えた。

 

「…………はぁ、気は進まないのですがね」

 

 ユラリとアリアの体が空間に溶けるようにして消える。

 彼の仕事は、ここにはない。そもそも、今回の一件のみでジョゼは済ませるつもりが無いのだ。

 何の為に煽ったのか。何の為にここまで誘い込んだのか。その全て、それこそ妖精の尻尾マスターであるマカロフが乗り込んで来る事まで想定内だ。

 彼もまた聖十大魔導の一人。即ち、ジョゼと同格だ。正面戦闘をしてしまえば、たちまちここら辺一帯が焦土と化してしまう。

 何より、ジョゼがそんな面倒を買い込む筈もない。

 

「――――隙ありです、マスターマカロフ」

(こやつ…………気配が無い!?)

 

 ジョゼはここにはいない(・・・・・・・)。いるのは思念体であり、実体などない立体映像でしかない。

 それに気づいた時にはもう遅い。ジョゼが作ったマカロフの隙を衝いて、先程空間に消えていたアリアが背後へと現れる。

 

「空域“滅”…………申し訳ありません」

「ぐぅあああああああああ!?」

 

 半透明の空間に飲み込まれ、マカロフは壁を突き破って飛ばされる。

 これはアリアの魔法だ。だが、ただ飛ばすだけの生易しい代物ではない。

 小柄なマカロフの体は、壁を突き破って勢いを失い一階へ。つまり、現在進行形で兵隊同士の衝突が起きている場所。

 その中央に彼は落ちた。

 

「う………ああ……………ワ、ワシの魔力が…………!」

 

 俯せに這いつくばる彼の体には、幽鬼の支配者突入時にあった魔力によるすごみが欠片もなくなってしまっていた。

 予想外、元より妖精の尻尾陣営は思ってもみない事態に完全に止まってしまった。

 戦力は半減、何より士気がガタ落ちする。

 

「撤退だ…………!」

 

 決断を下したのは、緋色の髪を持つ妖精女王(ティターニア)のエルザ・スカーレット。

 血気盛んな一部ギルドメンバーからは、不満の声が上がったがこのまま突撃すれば神風になることは目に見えている。

 引いていく敵に、猛ったのは幽鬼の支配者のメンバーだ。

 

「逃がすかァ!!妖精の尻尾!!」

 

 追撃に駆け出す面々。これに対して、妖精の尻尾達は何とか応戦しようとするが、けが人が多い事には変わりがなく、更に魔力を失い只の老人となったマカロフを守らねばならない。つまり、絶体絶命のピンチだ。

 追撃の最初の一人が到達し、

 

「空域“(ヘキジ)”」

 

 見えない壁に阻まれて、その追撃は不発に終わった。

 

「「「「…………は?」」」」

 

 これまた予想外の事態に、両陣営から気の抜けた声が出る。

 妖精の尻尾の面々は何が起きたのか分からない。しかし、幽鬼の支配者の面々からすれば見覚えのある魔法であり、同時に馴染み深い魔法でもあった。

 

「アリア、テメェ何のつもりだ?」

「…………」

 

 太い梁の上に現れていたアリアに、ガジルが詰め寄る。

 

「何で妖精(ハエ)共を助ける様な真似をしやがる」

「…………勝負は決しました。マスターマカロフを不意打ちとはいえ、戦闘不能にしたのです。死体蹴りをする必要など皆無ではありませんか?」

「温い事言ってんじゃねぇぞテメェ!!こいつは戦争だ!どっちかが潰れるまで続けんだよ!!!」

彼ら(妖精の尻尾)を殲滅することにどれほどの意義があるというのです。不必要な犠牲は、双方求める事ではないでしょう?」

 

 アリアはそこで一呼吸置く。

 

「聞いていたでしょう、妖精の尻尾。この場よりの離脱は、私の名を持って保障致します。お行きなさい」

 

 それは敗者にとっては、苦い言葉。だが、アリアは態とこの言い方にした。

 この先、この抗争は更なる激化の一途を辿ることは誰の目にも明らかだ。故に、彼はこの場から妖精の尻尾を逃がす事を選択した。戦うことになれば、彼らにも準備が要るだろうと考えて。

 甘い。余りにも甘すぎるアリアだが、これが彼だ。何より最初から、彼はこの戦いには乗り気ではない。しかし、ギルドメンバーとして最低限の仕事、即ちマカロフの無力化のみを行うことを条件に彼はジョゼに自由にする許可をもらっていた。仮に責められても、ギルドマスターのお墨付きが有れば不満もおさまるだろう。

 そうして、第一次抗争は終結した。だが、第二ラウンドは間近に迫ってた。

 

 

   *

 

 

 六足歩行型ギルド、幽鬼の支配者。それは、名前の通り彼らの本部が六足の足を持って大地を行く決戦兵器だ。

 搭載された魔導集束砲ジュピターは、名前の通り最強クラスの破壊力を誇っておりその破壊力は伊達ではない。

 

「流石は、妖精女王。ジュピターをたった一人で受け止めるとは、見事」

 

 自室で今まさに、ジュピターによる砲撃を受け止めたエルザの雄姿を確認した(目隠しのまま)アリアは読んでいた聖書を閉じる。

 戦争の引き金を引いたのは、幽鬼の支配者(こちら)だ。ならば、相応の働きをせねばならない。

 相手の動きは、予想しやすい。エルザが倒れた今、二発目のジュピターを止められるほどの魔導士は妖精の尻尾にはいない。

 故に彼らは、発射前に潰そうとするはずだ。

 アリアの予想は、当たっている。当たっているが、彼は動かない。

 申しつけられた仕事ではない事も影響しているが、何よりジュピター守護は兎兎丸の担当だ。彼は敵を侮る悪癖があるが、実力は確か。相手によっては完封できる。

 無論同僚の勝利を望んではいる。しかしアリアは同時に、妖精の尻尾の誰かが勝つことも望んでいた。

 矛盾しているが、彼は自分でその気持ちを肯定する。実に人間らしくて良いじゃないかと。

 彼の出番は、もう間もなくだ。

 

 

   *

 

 

 ジュピターが、破壊された。それはイコールとして兎兎丸が負けたことに他ならない。

 

「…………むっ、まさかアレをするつもりですか。マスタージョゼは、本気で妖精の尻尾を――――なに?」

 

 幽鬼の支配者のギルドは、移動するだけではない。可変式だ。

 その為に各部屋には、水平維持機能が施されており少なくともアリアの居る部屋は傾くことはない。強いて挙げるならば可変の衝撃で、飲んでいた紅茶が波打って少しこぼれた位。

 だが、彼の関心はそこにはない。

 

煉獄砕破(アビスブレイク)?この規模では、マグノリアの街も只では…………!」

 

 座っていた椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がったアリアは、空間に溶けて消える。

 彼が向かった先は、ギルドマスターであるジョゼが居る司令室。

 

「マスタージョゼ!!」

「おや、アリアさん。血相変えてどうしました?」

 

 果たして、ジョゼはそこに居た。

 

「どういうおつもりですか。この規模の煉獄砕破など使ってしまえば、マグノリアの街はその半分が軽く消し飛ぶのですよ!?」

「…………それが?」

「は?」

「アリアさん、貴方は何か勘違いしているのでは?」

「勘違い?」

「私はね、マグノリアの街がどうなろうが――――どうでもいいのですよ」

「っ!」

「ただ、目障りな妖精(ハエ)を叩き潰せればそれでいい。巣を潰すのは、害虫駆除の基本でしょう?」

 

 ジョゼは肩を竦めながら事も無げに語る。その何でもないかのような態度が言葉の重みを裏付ける。

 

「……………………人々の営みを、壊してもいい、と?」

「必要な犠牲という奴ですよ。ま、甘い貴方には理解できない世界かもしれませんがね。これは、戦争なのですよ。いや、マカロフの倒れた今、殲滅戦の間違いでしたね」

 

 これは失敬、とジョゼは冷たく嗤う。

 司令室で動向を見守っていた、他のギルドメンバーもニヤニヤと笑みを浮かべている。

 だが、それは――――アリアには受け入れられる事ではなかった。

 

「ふざけないでいただきたい!!!!」

 

 ゴウッ、と部屋を揺らす魔力の風がアリアを中心に吹き荒れる。同時に、彼の体がほんの一瞬だけ薄く輝くとガラスの砕ける音と供に光が霧散した。

 これに目を見開いたのは、ジョゼだ。

 

「…………何のつもりですか、アリアさん」

「…………」

「何のつもりか聞いているのですよ、アリアさん!なぜ、魔力リンクを切ったのですか!!」

 

 ジョゼの全身から悍ましい魔力が室内に溢れかえる。直視してしまえば、それだけで吐き気を覚える様な膨大で邪悪な魔力だ。

 

「――――これ以上」

 

 しかし、相対したアリアに怖気づくような様子は見られない。

 左足を後ろに引いて半身となり、左掌を上へと向けて腰だめに、右手を手刀にして前に構える。

 

「貴方の横行は見過ごせない。ギルド同士の抗争に、市井を巻き込むなど言語道断です」

「で、どうする、アリア。オレと戦うつもりか?」

「それもまた、下の者の務めなれば」

 

 ギルド最高戦力の離反。もとい、反旗。ジョゼの丁寧な口調が崩れた。

 

「なら、増長する下の人間を教育しなおすのは上の務めだよなぁ?」

 

 持ち上げられた彼右手に、数多の怨霊の様な魔力が絡みつく。

 

「徹底的に叩き潰してやる。そして、芯にまでオレの恐怖を刷り込み、奴隷にしてやるよ、アリアァアアアアアアアアアア!!!!」

「空域――――」

 

 幽鬼の支配者の頂上決戦は、こうして始まった。

 

 

   *

 

 

 聖十大魔導の戦いは、天変地異を巻き起こすと言われている。

 

「デッドウェイブ!!!!」

「空域“閉”」

 

 迫りくる怨霊の突撃行進を透明な壁が阻む。

 

「空域“発”」

 

 アリアの手が突き出され、見えない攻撃がジョゼへと襲い掛かる。

 この魔法は、四方八方から衝撃が射出されて対象を滅多打ちにする魔法だ。破壊力は、ギルドを構成する石壁や鉄板の壁を砕く程度。

 

「お遊びならば、付き合うつもりはないぞ、アリア」

 

 が、ジョゼは聖十大魔導に選ばれた男。左腕を一振りすれば、衝撃は全て迎撃されてしまっていた。

 

「デッドフレア!!!!」

 

 紫色の地獄の業火がアリアの眼前を染め上げる。このままでは、骨の髄まで焼き尽くされて無様な敗北を喫することになるだろう。

 

「空域――――」

 

 左足を引いた半身の姿勢、アリアは強く右足を踏み込んだ。

 前に出していた右肩を引き込み、その反動で上半身を回転、左の掌底を眼前の炎へと突き出す。

 

「――――“衝”!」

 

 捻りながら突き出された掌底は、周囲の風を巻き込み力強く空間を打つ。

 そこから放たれたのは、透明の螺旋砲弾。周囲の空間を抉り抜きながら放たれたソレは、真っ直ぐに地獄の業火との衝突を果たす。

 衝撃、そして爆発。

 

「ぐっ…………!」

 

 巻き起こった粉塵を突き破って吹き飛ぶアリアの巨体。両手を眼前で交差させて耐えようとしたようだが、予想外の破壊力に彼は背中から壁に激突、粉砕してその向こう側へと消えた。

 

「チッ、面倒な。さっさと諦めれば良いものを」

 

 服についた砂埃などを手で払い、ジョゼはアリアの消えた穴を睨み、そちらへと徒歩で向かう。

 

「――――はぁ、やはり…………お強い」

 

 壁の向こう側。広い空間に大の字で倒れていたアリアは、立ち上がると被っていたシルクハットをとって帽子で全身の汚れを叩き落としていく。因みに、彼の頭はツルツルだ。帽子を愛用するために蒸れるのを嫌い、彼自身で剃ってしまった故の事。

 今一度、帽子をかぶり直し前を見たところで、ジョゼも穴より顔を出す。

 

「なぜ、目を開けないのですか?まさか、自分の力をセーブしたまま私に勝てるとでも?」

「…………」

「黙して語らず――――――――あまり調子に乗るなよ?」

 

 ジョゼの両腕に、怨霊が絡みつく。

 

「アリアァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 突き出される両腕により、放たれる怨霊の奔流。ガリガリと鉄板仕込みの床を砕き割り、アリアへと迫る。

 

「空域“閉”!」

 

 アリアの選択は、正面からの防御。両手を前へと突き出し、壁を支えるように左足を引いて全身で前に押す。

 彼の眼前の数メートル。そこで、怨霊の奔流は先程の様に見えない壁にぶつかったように押し止められ、流れを止められた川の様に渦を巻いた。

 壁の大きさは、五メートル四方の正方形。アリアの側から見れば、大迫力の水槽を見ているような気分になることだろう。

 押し止められた魔力は淀み、やがて臨界を迎えて爆発する。

 

「ふぅ……………………!?」

「遅い!デッドスパイク!!!!」

 

 一つ息をついた一瞬の隙、アリアの脇腹にジョゼの蹴りがめり込んだ。同時に、怨霊が出現し魔力による爆発を巻き起こす。

 

「カッ……ハァ……………………!」

 

 胃液を吐き、アリアの巨体が横にくの字で折れ曲がり、そして吹き飛ぶ。

 ジョゼは本来ならば、肉弾戦よりも膨大な魔力による圧倒的な戦闘を好む。だが、近接が出来ないというわけではない。

 弾丸のように飛んだアリアは、再び壁を突き破ってその向こう側へと消える。

 更なる追撃を与えるために、ジョゼは左手をアリアを吹き飛ばした方向へと手を向け、

 

「何だと!?」

 

 突如襲った振動によりそれは中断される。

 

「まさか、エレメント4が全滅したというのか!?」

 

 魔導巨人ファントムMkⅡは魔導式の絡繰り巨人だ。その動力並びに維持には、エレメント4との魔力リンクによって維持されており、煉獄砕破も彼らとリンクすることで発動される。

 だが、今。巨人は崩れ落ちていく。

 自主的にリンクを絶ったアリアは、論外として残りの三人も敗北したという事だ。ジョゼの顔に幾筋もの青筋が浮かび上がる。

 

「おのれ…………妖精(ハエ)共が…………!」

 

 瞳の色が反転し、ジョゼはこの部屋の入口へと目を向ける。

 そこに居たのは、侵入者である妖精の尻尾の魔導士たち。

 グレイ、エルフマン、ミラジェーン、エルザの四人だ。

 

「マスター・ジョゼ!」

「こいつが、幽鬼(ファントム)のマスター?」

「なんて、邪悪な魔力なの…………」

「ぬぅうう…………漢にあるまじき寒気が…………!」

 

 四人は、それぞれが少なくないダメージを負っている。とてもではないが、ギルドマスタークラスの敵を相手できるだけの余裕などある筈もなかった。

 

「今はこちらも立て込んでおりましてね、せっかくのご足労でしたが一瞬で終わらせていただきましょう」

 

 ジョゼは気圧される彼らの事など知らんと言わんばかりに、左手を掲げた。

 

「デッドライトニング」

 

 文字通り紫電が迸る。四筋の雷撃は、真っ直ぐにそれぞれの獲物へと向かい、

 

「空域“閉”!」

 

 透明な壁に阻まれた。

 

「貴方の相手は、私でしょう?」

「~~~~っ!どこまでオレの邪魔をするつもりだ、アリア!!!!」

「無論、貴方の性根をへし折るまで」

 

 四人を守るように、緑の巨漢は大地に立つ。

 シルクハットをかぶり直して、構え直すアリア。

 

「妖精の尻尾の魔導士よ。ここは引いていただきたい」

 

 顔を向けずに、アリアはそう切り出した。

 

「…………何故だ、大空のアリア。なぜお前がマスター・ジョゼと敵対している?」

 

 エルザが問うたのは、他三人も疑問に思っていた事だ。

 彼の背中からは、大魔導士としての凄みを感じられる。それこそ、ジョゼと並んで向かってこられたならば間違いなく全滅していたと理解できる背中だ。

 でありながら、彼は自分たちを守るようにしてジョゼと、己のギルドマスターと相対している。

 

「愚問を、妖精女王。上の者の蛮行を諫めるのも、下の者の務めであるというだけの事。貴殿らとの友好的な関係を結ぶ気はない」

 

 それだけ言うと、アリアは前へと飛び出した。

 彼は、近接戦が出来ないわけではない。その巨体に鈍重そうにも見えるが、その実力士と同じ原理であり、巨体の大半は脂肪ではなく強靭な筋肉に包まれている。

 その拳は巨岩を砕き、手刀は鉄板を歪ませる。

 

「空域“発”」

 

 ジョゼを中心として不可視の乱打が襲い掛かる。

 更にその最中にアリア本人の追撃だ。

 

「ほぉ、重い」

 

 乱打を打ち払い、ジョゼは正面からアリアの拳を受け止める。体格差はあるのだが、その分を消してしまうのが魔力によるバフだ。

 未だに目を開けずに己の魔力をセーブしたままのアリアでは、逆立ちしたってジョゼの全開に打ち勝てる道理はない。

 徐々に徐々に、拮抗は崩れてアリアが押されていく。

 

「アイスメイク“槍騎兵(ランス)!」

「ビーストアーム“黒牛”!ぬぅううううん!!!!」

 

 五本の鋭い氷の槍と、投擲される瓦礫。

 どちらも真っ直ぐにジョゼへと襲い掛かり、炸裂した。

 

「小癪な――――」

黒羽(くれは)の鎧、換装!」

 

 アリアを弾き飛ばし、真上に逃れたジョゼ。そこに、黒く羽を背負った鎧へと姿を変えたエルザが斬りかかる。

 

「調子に乗るなよ、ガキ共がァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 だが、斬撃は高密度の魔力の壁によって阻まれて通らない。それどころか、身をそらしたジョゼは、空中でエルザの足を掴んで壁へと投げつけた。

 彼女の体は、ジュピターを止めたことでボロボロだ。その状態で弾丸のように鉄の壁に叩きつけられればどうなるか。

 グレイや、エルフマンが走るも間に合わない。

 

「「エルザーーーー!!!」」

 

 手が伸ばされるが届かない。今まさに、妖精の女王は壁に――――

 

「空域“転”」

 

 壁とエルザの背、その隙間に深緑が割り込む。

 次の瞬間には、巻き起こった粉塵にその姿は消えてしまう。

 

「――――礼を言う、アリア」

「いえ、お気になさらず。それよりも、気を抜かぬように妖精女王。マスター・ジョゼはまだまだ余力を残していますので」

「それは、お前もじゃないのか?」

「…………訳あって、使うわけにはいかないのです」

 

 粉塵が晴れて現れる二人(・・)

 全身がボロボロ。首から下げたストールも、裾が解れてボロボロになっており衣服も同じくなアリア。そして、鎧のいたるところに亀裂が走り、片翼をもがれたエルザ。

 敵対しているギルドのトップクラスの使い手が並び立つという異常事態。

 

「強敵を相手に、余裕だな」

「…………さあ、どうでしょうね」

 

 それだけ交わして二人は同時に前へと飛び出す。

 大口を開ける巨悪の中へと飛び込む覚悟を決めながら。

 

 

   *

 

 

「――――――――勝てると、本当に思っていたのですか?ねぇ、アリアさん」

「…………」

 

 胸ぐらを掴まれ吊り上げられるアリア。彼の目は未だに閉じられたままだ

 

「ぐっ…………」

 

 その近くでは、魔力によって構成された巨大な腕に掴まれたエルザ。グレイやエルフマン、ミラは壁際で気絶していた。

 激闘に次ぐ、激闘。一時は、二人が押しているようにも見えた。しかし、聖十大魔導は甘くはない。僅かな勝機も彼にとってみれば、サービスの様なモノ。容易く終わらせられる。

 

「終わりです、アリアさん。そして、妖精(ハエ)共」

「――――やらせんよ、馬鹿垂れが」

 

 地鳴りを起こすほどの魔力。今まさにアリアの首から上が消し飛びそうであった状況から一転、ジョゼの体が大きく吹き飛ばされ、同時に二人の体が解放される。

 

「おやおや、これはどういう事でしょうかね」

 

 弾かれて後ろに下がったジョゼは、芝居がかった口調で首をかしげる。その額には青筋が幾重にも浮かんでおり、鋭い目が仰向けに倒れたアリアへと向けられていた。

 

「貴方の魔力、そこのアリアさんがゼロにしたはずでは?」

「ああ。確かに、そうじゃった」

「なぜ、生きているのです?」

「こやつのお陰じゃよ。ワシの魔力を空にして殺すことも出来たであろうに、手心を加えて尚且つワシの周りに魔力が留まるように細工しておったわ」

「そう、ですか…………」

 

 現れたマカロフの回答に、ジョゼは顔を伏せ――――次の瞬間膨大な魔力の奔流を発揮した。

 

「あれほど、目を掛けていたというのに恩を仇で返しやがって…………!この、裏切りもんがぁ!!!」

 

 ジョゼの右手がアリアへと向けられる。

 

「デッドウェイブ!!!」

 

 走る怨霊。一秒もかからずぶつかる、というところで間にマカロフが割り込んだ。

 

「はぁああああ!!!」

 

 守護の結界。これにより、デッドウェイブは止められ、聖属性の魔力によって怨霊は浄化されていく。

 

自分(テメー)のガキを自分の手で殺すつもりか?ええ、ジョゼよ」

「ガキ?ハッ!ならば、ここまで親の手に噛みついてくるガキなど野犬も同然、必要ない!!!オレがどう処理しようが、オレの勝手だろうが!!!」

「…………哀れじゃのう、ジョゼ」

「なに…………?」

「お前のところのガキは、お前を止めたかっただけの様じゃぞ?出来るだけ傷つけず、出来る事ならば言葉で止めたいと望んでおったんじゃないのか?」

「そこの、ゴミ(アリア)の事か?フンッ、虫唾の走る甘さだ。そんな弱者は、オレの手駒には要らねぇんだよ!」

「そうか…………」

 

 魔力を立ち上らせるジョゼに対して、マカロフの心は凪いでいた。

 彼が見つめる先に居るのは、倒れたアリア。

 

(子は親を選べねぇ。それでも、お主は止めようとしていたんじゃな)

 

 マカロフは見ていた。彼が不意打ちを掛けた際に謝罪の言葉をこぼし、下唇を噛んで悔やむ表情であったところを。

 マスターであるジョゼの命令を無視できなかったことを。

 そして、朦朧とする意識の中で自分の大切な家族(ギルド)を守ってくれたことを。

 余りにも、甘いことだ。敵に情けをかける、甘い男だ。

 だが、その在り方を彼は称賛する。

 

「妖精の尻尾における、古よりのしきたりにより貴様にこれより三つ数える間猶予を与える」

「はぁ?」

「ひざまづけ」

 

 巨人の魔法により巨大化したマカロフ。彼の両手の間に膨大な光が集まり塊となる。

 

「一つ」

「何を言い出すかと思えば――――舐めるのも大概にしてもらえるか!?」

「二つ」

「私たち幽鬼の支配者は、国一番のギルドだ。そのトップである私にひざまずけだと?ふざけるな!」

「三つ」

「ひざまずくのは貴様たちの方だ、妖精の尻尾!」

「そこまで」

 

 パンッ、と両手が打ち合わせられ光が押しつぶされた。

 

妖精の法律(フェアリーロウ)発動」

 

 鐘の音が鳴り響く。

 

 

   *

 

 

「…………光?」

「目が覚めたか、アリア」

「妖精女王?」

「戦争は終わりじゃ、お主はどうする」

「マスター・マカロフ…………」

 

 身を起こしたアリア。彼は、閉じた目のまま周囲を見回して、ある一点でその視線を止めた。

 

「マスター・ジョゼ…………敗れたのですね」

「エレメント4もお前を除いて全滅。鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるガジルも倒れた。アリア、お前はどうするんだ?」

「…………」

 

 エルザの問い。アリアは、彼女から視線を外して五人から距離をとった。

 

「空域“(ユル)”」

 

 両手を打ち合わせれば、五人が半透明の空間に包まれた。

 薄い翡翠色に染まったその空間。その中に入れられた彼らの傷は、みるみる治っていくではないか。

 時間にして、数秒。小さな擦り傷などは除いて、重症な部分は大体治ってしまっていた。

 どういう意図があっての事かは、分からない。だが、エルザたちはアリアの雰囲気が若干ながら変わっていることに気が付いた。

 

「我が名は、アリア。エレメント4筆頭『大空のアリア』」

 

 名乗りながら、彼は目元の包帯を外す。

 開かれた黒い瞳には、膨大な魔力が炎のように揺らめいている。

 

「さあ、どなたからでも何人でも、掛かって来ていただいて結構」

「…………どういうつもりだ、アリア。もう戦いは――――」

「終わっては、いません。言ったでしょう、妖精女王。私はあなた方との友好的な関係は結ばない、と。敵対したマスター・ジョゼが倒された今、共通の敵は居ません。そして、私は幽鬼の支配者幹部。戦わない理由はないのでは?」

「…………っ!」

「戦えないというならば、戦う理由を与えましょう」

 

 纏う空気の変わったアリアの周囲を、大気が渦巻く。

 

「死の空域“零”発動。この空域は、命を食らう。止めるには、私を打倒するほかありませんよ」

 

 帽子を目深に被った上に、若干俯いた彼の表情は伺えない。

 ただ、魔法は本当らしく若干のだるさを彼らに与え始めていた。

 

「エルザ」

「!マスター!とにかく退避を――――」

「奴の相手をしてやれ」

「え?」

 

 マカロフの指示に、エルザが固まる。それは他の三人も同様だ。

 

「大空のアリア。あやつの覚悟を汲んでやってくれんか」

 

 前を向いたまま、マカロフは言葉を紡ぐ。

 エルザならば勝てる、という根拠が彼にはあった。同時に、この戦いで自分が叩き伏せるのは無粋である、という事も理解していた。

 しっかりと自分を見ているマカロフに、アリアはほんの少しだけ笑みを作る。

 そう、これは茶番だ。自己満足でしかなく、最後に得られるものも何もない。そんな茶番劇。だが、これが無ければ終わらない事も、また事実。

 

「…………分かりました」

 

 エルザが一歩前に出る。その手に現れるのは、二振りの魔剣。

 

「行きますよ、妖精女王」

「ああ、行くぞ。アリア!!!」

 

 緋色と深緑がぶつかる。

 

 

   *

 

 

 勝負は、一瞬の間に決した。

 

「天輪・繚乱の剣(ブルーメンブラット)!!!」

「ぐっ…………!見事…………」

 

 空域を切り裂き進んだエルザが天輪(てんりん)の鎧による複数の剣の連続攻撃にあっさりとアリアは散ったからだ。

 しかし、エルザは見ていた。接敵のその瞬間、アリアは目を閉じていた。そして満足そうな笑みを浮かべていたのだ。

 そう、これは茶番劇。アリアという男が落とし前をつける為だけの一戦だった。

 

「気は済んだかの、アリアよ」

「……………………ええ、感謝しますマスター・マカロフ」

「お主はこれからどうするつもりじゃ?」

 

 他の者たちを先に送り、マカロフはアリアに問う。

 

「さて、どうしたモノでしょうか………………少なくともA級戦犯として評議員に捕まることにはなるでしょうね」

 

 今回の一件は、幽鬼の支配者に圧倒的なまでに非があることは明白だ。そして負けたとなれば、解散は免れない。

 

「のう、アリアよ。お主が良ければ、妖精の尻尾に来る気はないかの?」

「………………敵対ギルドの人間を勧誘ですか。剛毅ですね、マスター・マカロフ」

「ワシは本気じゃぞ?未来ある若者に道を示すのも、老人の仕事じゃ」

「そう、ですか……………………でしたら――――――――」

 

 風が吹き抜け、二人の会話を聞いたのはこの場にいる二人のみ。他には誰も、知る由もない。

 

 

  *

 

 

 緑深い森の中、一匹の腹をすかせた獣は今まさに目の前に獲物を見定めて、姿勢を低くしていた。

 狙うは群青色をした(・・・・・・)髪を持つ少女と、白い二足歩行の猫。

 二人?はどうやらこの森に生える薬草の採取に来たらしい。そして未だに狙われている事には気づいていなかった。

 狂獣は解き放たれ、今まさに鮮血を、

 

「――――ふんっ」

 

 まき散らすことなく、地面に沈んだ。

 突然の事態に腰を抜かす少女。彼女の前、つまり獣の前に立つのは深緑の巨漢。

 

「大丈夫ですか、お嬢さん」

「あ、え、は、はい!」

「それは良かった」

 

 少女を助け起こし、巨漢は背負った背嚢をもう一度背負い直す。

 

「私は、アリアと申します。今は旅をしているのですか、この近くに村などはありますか?」

 

 男の名は、アリア。大空のアリアと呼ばれていた、甘い甘い男であった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。