百合なら許すと彼女は言いました 作:日記の栞
1度投稿しましたが、若干の変更点があったため、投稿し直します。
ビルドやクオリディア・コード、白龍皇諸々を書きながら更新します。
自室で一人寝転がる少女は、ひとつの悩みを抱えていた。
(世界というのは理不尽だ。どうして私にこんな呪いめいた力を授けたのか。私でなくてはいけない必要はなかったはずだ。けれど、他の誰かが背負うよりは、私が背負う方がいいはず。まあ、その結果がこのざまか……)
彼の両親はとっくの昔に他界している。
死因ははっきりとわからなかったらしい。ただ、発見者の証言では、この少女を抱いたまま死んでいたという話だ。
この少女には、いくつも奇妙な話がある。遊びに来た友人が帰ってこないだの、一緒に暮らしていた親戚の人が失踪しただの。思い出してみれば、他にも数多くの話が出てくることだろう。
つまるところ、少女と一緒に居ると、不幸な目に遭うということだ。
本当に起きたことかどうかは、本人に聞いて確かめる他あるまい。
ひとつ言えることがあるとすれば、この少女——真里奈もまた、世界に嫌われた者の一人だということだ。
真里奈にたったひとつ救いがあったとすれば、幼くして親族を失った彼女を引き取ってくれた家があったということだろうか。
人といると、無意識に傷つけてしまうと畏れている少女にとって、家族は例外中の例外であり、特に、妹は自分と一緒に居てもなんの影響も受けない。
もう何年も前のことになるが、そうして自分を迎えてくれる家庭があったことに、当時は感謝してもしきれないほどだった。引き取られ、迎えられたその瞬間、涙を流したのを覚えている。
いまにして思えば、泣いたことはあれ以来一度もない。思い出すとなんて恥ずかしいことだろうか。
そのようにしか感じられないほどには、真里奈もまた、こどもである。
けれど、彼女の中には、いまでもこどもには背負いきれないほどの力と思いが吹き荒れているのであった。
(眠い……まだ寝ていたい……)
昨日は遅くまで考え事をしていたせいか、簡単に起きれる気配はない。
だが、もうじきこの安眠は妨げられてしまうだろう。なぜなら、彼女の部屋の外から、軽やかに足音が響いてくるのだから。ついでに、鼻歌まで聞こえて来る。
「おはようございますぅ、起きてますか? 起きてませんよねぇ、真里奈さ〜ん」
部屋に入ってきた声の主を確かめることもなく、真里奈は眠ろうと足掻く。
だが、結果的に、それは悪手だったのだろう。
「うふふー、寝ちゃってますねぇ。寝顔もかわいいですよ、真里奈さん。こんな愛らしい寝顔なら毎朝見てられますぅ」
真里奈の部屋にうきうき気分でやってきた少女――誘宵美九は、ベッドの上で眠る真里奈を眺めながら、荒い息を吐く。
これで普通の少女であったなら、紺色のセーラー服に身を包んだ、淑やかそうな女の子に映っただろう。シュシュで一つにまとめられた長い髪に、朗らかな表情に飾られた美しい貌――いまは若干朗らかではないのだが。抜群のプロポーションを持ちながら、それを誇示することなく、膝下スカートの制服をきっちりと着込んでいる。
「ですけど、あまり待たせると琴里さんに怒られちゃいますし起こしましょうかぁ」
名残惜しそうな美九は、しかし真里奈を起こそうとするも、なぜか真里奈の頬をつついたり、肌に触れてはキャーキャーと騒ぐ。
が、平和(と思われる)光景はここまでだった。
「よいしょっと」
なぜか彼女に馬乗りになった途端、一度真里奈から降りると、そっと布団をめくる。
「あらぁ?」
布団の中を目にした瞬間、彼女の目が輝いたように見えた。
それもそのはず。
真里奈の懐には、小さな体を埋めるようにして丸まった、金色の少女が寝息を立てていたのだから。
「なんですか〜? この神々しい光景は! おっほっほっほっほっほっほっほっほ〜! もう変な声しか出ませんよぉ……」
口元を押さえ、真里奈の上で腰をくねらせる美九。
金色の少女は上にかけられていた布団がなくなったせいか身をひとつ震わせると、小柄な体躯に似合わぬ豊満な胸が主張する。
だが、彼女を構成する要素で最も目がいくのはそこではなく、カーテンの隙間から漏れる日の光に照らされて光、長く、長く伸びた金色の髪なのだ。
その幻想的な色味に、ついと手が伸びる美九だが、すんでのところで手を引き戻す。
「危ないところでした〜。さすがに、女の子が本当に望まないことをするのは、私の主義に反するんですよねぇ」
布団に大きく広がる金色の糸は、いまも眠ろうと足掻く真里奈以外に触らせることを良しとしないことを知っているので、苦渋の選択をするように迷う顔を見せながらも、彼女の手は真里奈へと伸びていく。
「まい りとる さんくちゅありですねぇ」
だいぶとろけた声を上げながら、スッっと美九の手が真里奈の脇に触れ、わさわさと動き出す。
「ああん、やっぱり真里奈さんってそそりますよねぇ」
これには耐えかねたのか、起きる気のなかった真里奈も反応を示す。
「ひゃっ! ま、やめて美九! やめ、てぇぇぇぇぇぇぇ!」
力が抜け布団が剥がれると同時に、なにかとてもかわいい声が聞こえた。
「あらー、ここですかぁ? それともこっちの方が気持ち良いですかねぇ?」
身体の至るところを撫でようとする美九に、抵抗しようとする真里奈。寝起きとは思えない光景である。
「こら美九、さりげなく胸まで揉まないの!」
「えぇーいいじゃないですかぁ。私と真里奈さんの仲なんですから、これくらい普通ですよぉ」
「嬉しそうに言ってもダメなものはダメに決まってるでしょバカァァァァッッ!」
今朝も五河家に真里奈の叫び声が響く。
「…………ふむん? なんじゃ主様。もう起きるのか?」
この騒動で目を覚まさないはずもなく。
金色の少女――星宮六喰は目を擦りながら起き出す。
まだ眠いのか、それとも主様と呼び慕っている真里奈を見て微笑んでいるのか判断のつかない目を向けながら、事の成り行きを見守っている。
「いやいやいや! 冷静に見てないで美九を止めてくれるかな!?」
「むん」
言われるや否や、暴走する美九を引き剥がすと、今度は六喰へと手が伸び、それを避けると真里奈へと向かう百合の暴走列車。
「ああ、もう! 朝くらい静かに寝させてってばぁぁぁぁぁぁっ!!」
この光景も、いまとなっては恒例のものであり、止められる者は誰一人としていなかった。
一通り美九の気が済み、解放された真里奈はリビングへと来ていた。
「おはよう、お姉ちゃん」
「ん、おはよう、琴里」
早々に顔を覗かせたのは、義妹である琴里だ。
真里奈へ振り返った拍子に、二つに括られた長い髪が揺れ、どんぐりみたいな丸っこい双眸が彼女を捉える。
「寝起きから疲れ切ってるね、お姉ちゃん。シャワーでも浴びてきたら?」
あいさつの次にこれである。
(いまの自分はそこまでひどい顔をしているのか?)
疑問に思ってしまう真里奈だが、確かに美九にいろいろされた後なので、シャワーは浴びておきたい。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
「主様。むくも一緒に入らせてもらうでの。髪を洗ってほしいのじゃ」
「はいはーい。じゃあ一緒に入ろうね」
「むん」
嬉しそうにトコトコと先に風呂場の方へと歩いていく六喰。
琴里はその可愛らしい動作に笑みを漏らしながら、真里奈に声をかける。
「うん、いってらっしゃい! ところで、美九は?」
「ああ、私の残り香が〜とかいって、人のベッドで横になってるよ。襲われるのも嫌だから放置しておいた」
「ならいいわ」
そのまま会話を終え、脱衣所に向かう。
が、その途中で事件は起きた。
「真里奈さん、お風呂に入るなら私と洗いっこしましょう! もしくは私スポンジでくまなく綺麗にしちゃいますよ〜」
「布団に包まっててよ美九は!」
「これ美九。主様とむくの時間の邪魔をするでない!」
「ええ〜、私も仲間に入れてくださいよぉ。いまなら『私とキスできる券』とか、『私に膝枕してもらえる券』とかとか、『私と一緒にお風呂タイム券』とか好きなだけあげますからぁ」
「いらない!」
「いらぬ!」
「ひ、ひどいですぅ!!」
悲鳴じみた声をあげる真里奈。
怒る六喰。
泣き叫ぶ美九。
この後、妹の琴里が止めにくるまでに、泣きわめく美九に服を剥ぎ取られかけたのはまた別の話だ。
「あら〜、そろそろ向かわないと危ないですねぇ。真里奈さん、琴里さん、六喰さん。名残惜しいですけど、時間なので先に行きます。また夜に会いましょうねぇ」
好き放題していった美九が学校に遅刻すると言って、家を出て行った。
ちなみに、いってきますの抱擁を! とか言い出すので仕方なく応じたら、そのまま5分間は匂いを嗅がれた。恐ろしい女の子である。
「やっと行ったわね。真里奈、平気?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あれでもいい子だよ、美九は。ちょっと変なだけで、根は優しい子だから」
もちろんウソは言っていない。初めて出会ったときは、それはそれは優しかった。
ただ、親密になるうちに、ある思いを知ってから、もしくはある都合から彼女を救ってからというもの、真里奈に対する彼女の行動は振り切っていた。
主に、理性が。
ある意味正常なのだが、それを受け止めていいものか……。
「いくらこっちで暮らしていくためとはいえ、もつかしらね」
「さあ? でも、頑張れるから平気」
美九は出てしまったが、真里奈たちはまだ朝食を済ませていない。
真里奈が調理を開始したころ、琴里がニュース番組を眺め始めた。六喰は真里奈に結ってもらった髪を眺めながら、時折真里奈に声をかけ、あるいは食器を運んでいた。
それから会話を交え、空間震。空間の地震と称される広域震動現象の話をし、ある事態についての行動を再確認しあった。最悪の場合は、美九と六喰にも手伝いを要請しなければ。
無論、関わってほしいわけではないのだが、それでも、手を借りなければならない事態は起こり得るものであり。
「そういえば、今日は中学校も始業式だよね?」
「そうだよー」
いつの間にかリボンを変えたのか、純真な笑顔を浮かべる琴里。
「高校も始業式だけだから、昼時には帰ってくるよ。琴里、六喰、お昼のリクエストある?」
「デラックスキッズプレート!」
琴里が即座に手を挙げながら答える。
内容は、近所のファミレスで出しているお子様ランチだった。
リクエストを聞いた真里奈は、その年でお子様ランチ? と曖昧な表情をしていたが、うちの妹じゃ仕方ないか。とすぐに納得していた。
「じゃあ昼は外食かな。六喰もそれでいい?」
「むん、了承したのじゃ」
「おー! 本当かー!」
「うん。学校終わったらファミレス集合で」
「絶対だぞ! 絶対約束だぞ! 地震が起きても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに占拠せれても絶対だぞ!」
「はいはい。絶対だね」
妹が絶対というのなら、それは真里奈にとっても絶対だ。裏切ることは決してない。仮にテロリストが占拠していても、そいつらを倒して妹と食事にするだろう。
それだけの力と、家族への愛は持ち合わせている。
「主様、むくが学校に通うのは来月からゆえ、一度迎えにきて欲しいのじゃが」
「うん、了解だよ。ごめんね、来月まではお留守番お願いね?」
「むん、任せておくとよい」
あと少し。
まだ学校に連れていくには早いと判断されていた六喰が学校に通えるようになるまでの辛抱だと思いつつ、家に一人にさせることをよしと思わない真里奈は、ことあるごとに六喰に構うようにしていた。
「ありがとね」
「むん!」
彼女が浮かべる笑みに救われながらも、帰ってきたらまた、たくさん話そうと決め、登校の準備を進める。
「……せっかくだし、なにも起こらないといいな」
真里奈は一人呟く。
だが、知る由もないだろう。どれだけ願おうと、叶わないものがあることを。
そして——。
彼女はいまも、世界に嫌われていることを。