どうもお久しぶりです、雪宮春夏です。
近頃忙しいことが多く、あまり執筆活動まで手が回りませんが、負けずに頑張っていこうと思います。
それではどうぞご覧下さい。
黒尾鉄朗本人が気づいていないだろう部分は、指摘してみれば結構多い。
少なくとも幼なじみである研磨からすれば本人が隠せているだろうと思っている部分ほどダダ漏れ状態であるのは昔から変わらなかった。
それを敢えて指摘せずに放置するのは、指摘すればそれを完璧に隠してしまえる力量を彼が有しているからだ。
(……でもそれは、あくまで隠せるだけで……内側では何も変わらない)
あくまで一定の距離を保っているだけの他人相手ならばそれでも良いだろうが、狐爪にとって彼は幼少期から何変わりなく接している幼なじみであり、一番の友でもある。……本人には面と向かって言うつもりは露ほども無いが。
研磨が黒尾を初めて出会ったのは、研磨が七歳。黒尾が八歳の時だった。あの当時はどちらかと言えば黒尾の方が研磨よりも内気で、二人揃ってとにかく口数が少なかった。
そんな二人が急激に互いの距離を縮めだした切欠は、黒尾がこちらへ越してくる前からやっていたバレーボールの練習相手に研磨を選んだ事だっただろう。
十一歳までの黒尾との縁はこうして紡がれていった。
(だけどその関係は……クロが十二歳になる前の日の夜……突然
その翌日、なかなか外に出ない黒尾を心配した母親が連絡をしたことで、誕生日を迎えた黒尾が高熱を出したことを知った。
その時の双方の親は、その原因を楽しみにしすぎたせいだと言っていたが、それが正しかったのかどうかは、研磨には知る術はなかった。
それは黒尾の方とて同じだっただろう。
そして熱が下がったその日、その時には既に黒尾は「歪んで」いた。
研磨のことを忘れたわけではない。
両親や友達、今まで自分が築き上げてきた関係性をなくした訳では無い。
ただ、その関係性を自分のものとして、昇華することが出来ないのだ。
大学病院の先生にでも連れて行けば、立派な精神病の一種として、太鼓判を押されるだろう症状で、しかし、黒尾はそれ以上に異彩を放ってしまった。
そのため、これ以降の彼の学校生活は、音駒高校に行くまでは本当に大変な物であった。
黒尾の人格基盤の大元になってしまった「レイ」の暮らしていた場所は、現代日本の常識とは大きく異なり、結果、その人格を持つ黒尾自身も、浮きに浮いた。
小学校では完全に孤立した。イジメとならなかったのは、子どもながらに、いや、子どもだからこそ、その異様さに逆に生まれ持った生存本能がいち早く拒絶を示したのだろう。
誰も近寄らず、人が遠ざかる。
逆に、黒尾もまた、己の異端さに思い悩んだのだろう。
近寄らせずに、人と距離を取ろうとする。
この時は研磨さえ避けようとした所があったし、こう言ってはなんだが、三回か四回近く、家出未遂に走りかけた。
現在も、黒尾の家に住んでいる時点で、あくまでそれは未遂でしかなく、失敗しているのだが。
はっきりと言えば、この当時の黒尾は面倒くさく、研磨自身も、何度離れてしまおうかと思ったか分からない。
……と言うか、今もできる限り離れていたいと思うときはあるのだ。
彼が、昔を思い出すように目線を遠くに飛ばす時。それは、「今」を拒絶することに他ならないのだから。
(そんなクロが……バレーボールだけは止めずに、進学先に音駒を選んだ一番の理由は、きっとそれしか残っていなかったから)
記憶を記録として理解しても、感情の移入が出来ない。
それは「歪んでしまった」当人にとっても、酷くショックな出来事だったのだろう。
その反動のように、黒尾が縋ったのは彼が研磨と出会う以前から熱中していたバレーボールで。
数ある東京の強豪校の中で一度衰えたといわれてもいる音駒に入ったのは、その高校の指導者だった猫又監督と、昔の黒尾が面識があったからだった。
今の黒尾からしてみれば、他人事のように感じる記憶。それでも、まるで嘗ての記憶の中の感情を思い出せない事への懺悔のように、彼はその約束に拘っている。
ゴミ捨て場の決戦。
二、三年が薄々感づきつつある彼の歪みが、あのような形を招くなど、今はまだ誰も予想できないでいた。