不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。   作:佐世保の中年ライダー

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第一話を前後編に分けて書き直しました。


魔術師再び、そして二人は出逢う。 前編

 

 ひっそりと、小さな輝きを点在させる永遠の夜の中を行く金属の箱の中で今一つの命の灯火が消えようとしていた。

 アイボリーホワイトのスラックスの左太腿には熱線に撃たれた事により肉を穿たれ、其処から止めどなく溢れる赤い液体の流出を幾らかでも止めようと巻かれた同色のスカーフも効力は無く。

 だがそれはみるみるその色を血の赤に染められてしまう、力無くその金属の箱の中の一角の壁に凭れ腰を下ろし今にも消えそうな、誰にも届かない小さな声で最後の言葉を細々と呟く。

 

 『ごめんフレデリカ、ごめんユリアン、ごめんみんな……』

 

 宇宙暦八百年 六月一日 二時五十五分、それが一つの命がその世界から永久に喪われた時間だった。

 

 

 

 

 何時からだろうか少年が眠りの中で夢を見る様になったのは、その夢を見始めた頃は自分とは違う誰かの人生をまるで追体験しているかの様でワクワクしていた。

 何故ならその夢の中の人物の視点の中に視える世界が明らかにこの地球上とは違う夜の世界、未だ人類が到達出来ていない遠くの宇宙空間だろうと思われる場所が殆で、その中を行き交う大小無数の宇宙船の船影にまだ年端の行かない少年が夢中になり影響を受けるのも致し方無い事であろう。

 

 だがその夢が続くにつれ、その視点となっている人物の人生を追う毎にやがて彼はその夢がただの夢では無いのではと思う様になり、やがて。

 

 「……いやはやこりゃまいったな、一度死んだ位では私の罪は許される物では無いのと思ってはいたんどが、こりゃ一体どういう事なんだ。」

 

 時は二十一世紀の地球、宇宙暦の時代に産まれ望まぬ軍人としての人生を歩み死した筈の一人の男ヤン・ウェンリー。

 その男の記憶をまるで上書きでもされたかの様にそれまで地球という一惑星上で生れ育ってきた少年が引き継いでしまったのだった、いやこの場合は融合か覚醒と言うべきか。

 

 「名前も前と同じヤン・ウェンリーだし、それに見てくれも以前の十二歳当時の私とほとんど同じようだし。」

 

 自室に副え付けられた少し大きめの鏡に映る今の己の姿を、十二歳の少年の姿の彼は感慨深く眺めやり独りごちる。

 宇宙暦の時代のヤン・ウェンリーとの相違点を上げるならば今生の彼に前世に於いては早逝した母親がすこぶる元気で健在であり、尚且前世には存在しなかった十歳上の兄がいる事だろうか。

 

 「誰がなんの為にとか、これは夢なのかとか疑問は色々と尽きないし前世に於ける私の罪とかその他諸々あれども、今生のヤン・ウェンリーにその罪科を負わせる事も無いだろうしな。」

 

 『ならば今生は精々人様にあまり迷惑をかけず、何よりも人殺しに加担する様な人生を送らない様にしようか』右手を後頭部に当て軽く髪を掻きつつそうヤンは心に思うのだった。

 そして前世の宇宙暦の時代のヤン・ウェンリーの記憶に影響を受けてか、今生の少年ヤン・ウェンリーもまた歴史に興味を持ち始め、父親にせがみ多くの歴史に関連する書物を購入し独自に彼がそれを学び始めた事もあったおかげか、二人のヤン・ウェンリーの記憶が統合された今改めてこの世界がどうやら宇宙暦の時代に連なる過去の世界では無くそれとは別の歴史を辿っている別世界。

 所謂パラレルワールドの、それも人類が未だ宇宙へと進出を未だ果たせていない時代だとヤンは理解していた。

 

 「どうやらこの世界は太平洋戦争後辺りの時代から歴史の流れが変わっているみたいだな、だとするとその辺りが前の世界との分岐点だろうか。」

 

 この世界ではその後、米ソによる東西の対立からの東西冷戦構造や競う様に繰り広げられた軍拡競争。

 しかし経済破綻などに依るソビエト連邦の崩壊などを経てその構造も崩れ現在に至っているが、あちらの世界では二大国の対立からやがて二十一世紀中盤には全面核戦争へと突入し地球上の北半球等は壊滅状態と成り果ててしまったのだった。

 

 「だけど、この世界もあちらと形は違えど争いの火種は彼方此方に散らばっている様だな。 

 世界各地に核兵器を保有する国家も多いし決して多く楽観視は出来無いって事だろうな。」

 

 まあ出来るだけ大事にならない様に願っておくかな、と他人事の様にヤンは小綺麗に整えられた黒髪を無造作に掻きながらポツリと漏らすのだった。

 

 

 

 歴史研究家になりたい、その為に前世に於いて父ヤン・タイロンにハイネセン記念大学歴史学科への進学を許されながらも、その父の事故死によりその夢は叶わずに潰えたその夢をならば今生ではと望み。

 『お前は兄貴と違って我が家の男が持つ商才ってモノを受け継いではいない様だしな、まあそれなりの援助はしてやるからやりたい事をやるといいさ。

 それに歴史の分野で儲けたやつが一人も居ない訳でも無いしな。』と今生の父タイロン氏にその志望を話したところ、彼はそう言って息子の志望に理解を示してくれた。

 言い方は違えどもそれは前世の父タイロンと同様の言動であった事にヤンは僅かばかりの驚きと深い感謝の念を彼に抱きつつ、尚一層に世界各国の歴史書を読み漁る日々を送る事となるのだった。

 その中でも彼が最も興味を惹かれたのはアジアのとある島国である一国、現在はアメリカに居を構え海運業を中心に手広く世界を相手に商売を続けるヤン家だが、その祖先が中国本土より渡り住み現在も祖父母や親戚が居住する台湾、その近隣に位置する弓状列島日本。

 その日本の歴史と文化、またそこに住まう人々の精神性に殊に興味を抱いたヤンは本格的に日本の歴史と文化について学びたいと思う様になっていた。

 

 「そう言えばムライ中将のルーツは日本だったよな、日本かいつか実際に行って現地でその文化と歴史を学びたいものだな。」

 

 その様に前世に於いて縁のあった謹厳実直な彼の部下であり参謀であった一人の人物に思いを馳せながらも、自身の望みを口にするのだった。

 そしてその願が叶い彼が初めて日本へ訪れる事となったのは十四歳の初夏のことであった、そこで彼は一つの出会いをはたす事となる。

 

 

 

 

 彼がその少年に声を掛けたのはもしかしたらほんの些細な気紛れだったのかも知れない、それは春から夏へと季節が移り替わりもう間もなく吹風も爽やかさの成分の中に暑さと湿気を感じ始める頃合いになろうかとしている時期の事。

 左肩に黒いバッグを掛け無造作に伸ばされた黒髪にひょこひょこと風に揺れる俗に言うアホ毛と称される一房の癖毛を遊ばせ、正面に『I♡千葉』とデカデカとプリントされたTシャツを着用しブルージーンズに赤いスニーカーを履いた、年の頃は十三〜四歳程のスラッと痩せた体格の淀んだ瞳を持つその少年は、JR御茶ノ水駅で電車を降り改札を抜けたその先で御茶ノ水周辺の地図を眺めながら頻りに首をひねったり傾げたりしている黒髪に大きなリュックサックを背負い左肩には自分と同じ様にショルダーバッグを引っ掛けている自分と近い背丈の少年と思しき後ろ姿が何故だが気になってしまっていた。

 

 

 

 

 『はて参ったな、何の道(どのみち)をどう行けば良いのやら。』初めて訪れた日本の憧れの地、本好きの聖地御茶ノ水にやって来たは良い物の少しばかり方向音痴の気がある彼は駅前に設置されている案内板の前で途方に暮れていた。

 生憎と左手は肩に掛けたショルダーバッグを落とさない様に添えていて、右手にはスマートフォンを持ち地図アプリを開き案内板と交互に見やっている為に彼の癖である頭を掻く事も出来ずにいるのだった。

 

 『ふう……いや早どうにも相変わらず私は方向感覚も悪いしこういった物の扱いが苦手なのは如何なものだろうかと我ながら呆れてしまうよ。』

 

 もう一月もすると梅雨に入ろうかと云う湿り気のある空気に些か辟易としながらも、憧れの聖地でお目当ての古書との出会いの時を前にして彼ヤン・ウェンリーは己の不甲斐なさからその出鼻を挫かれた事に思わず溜め息を吐いてしまう。

 

 『戦略戦術を錬る時等に星図を読むのは割と得意だったし、この星の戦史を学ぶ上で地図や海図を読むのも苦にならないんだけどなあ。』

 

 その様にぼやくヤンだが、確かに戦術策を錬る事に関しては前世の宇宙暦の時代に於いて彼に匹敵する者はただの一人しか居なかったし、また戦場においても刻一刻と移り変わる戦況を的確に読みその状況に応じた判断力も指揮能力も的確で、幾多の戦場で生き残る事が出来たのだった。

 しかし彼のその策を実行するには艦隊運用の名人として彼が最も信頼を置いていたエドウィン・フィッシャー提督が居てこそだったのだが。

 

 その艦隊運用の名人が彼の傍らに居ないからと言う訳ではないのだろうが、この地球と云う一惑星上の日本と言う国の一隅でヤン・ウェンリーは今現在ある意味迷子になっていると云う、そんな状況に置かれているのだった。

 

 どうするか、迷う事を覚悟にこの辺の道を適当に動いてみようかと彼が方針を決めあぐねていたその時、少し躊躇いを含んだ少年の物と思われる声が背後から聞こえてきた。

 

 「なぁ、少し前から見ていたんだけどもしかしてお前って道に迷っていたりするのか?」

 

 

 

 

 

 案内板を前に途方に暮れている様に見える同年代だと思われる少年に、躊躇いがちに声を掛けてみた淀んだ眼の少年は己の声を聞き彼の方へと振り向いたその少年の顔を見て驚いてしまった。

 その振り向いた少年は自分と同じ黒髪のアジア人の特徴がありはする物の、よく見れば若干肌の色がアジア方面の人のそれとは違う上に顔付きにも僅かばかりだが欧州方面のであろう特徴が感じられるのだ、それは件の少年にそちらの血が流れているという証左であろう。

 それはこの国に生まれ育った淀んだ眼の少年から見ても明らかに自分とは違う国の人間、つまりは彼が外国人であると言う事がはっきりと理解出来た。

 

 『やっべえな思わず声掛けたけど外人だったのかよ、うわぉどうするかなぁこのままソーリー人違いデースとか言って誤魔化してエスケっちゃうか。』

 

 あまりの予想外の出来事に淀んだ眼をした少年は内心にそんな事を思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その声が己に掛けられた物だと判断したヤンは声のする自分の背後へと向き直り、その声の主の顔を確りと見留め、自分の顔を見て驚きの表情を浮かべ戸惑うその少年の、暗く淀んだ特徴的な眼にヤンは思ってしまった。

 

 『何をどうすればこんなにも淀んだ目になってしまうのだろう。』

 

 何も知らぬヤンが彼の眼がその様になってしまった経緯を知りはしないが、だが彼はその眼でこれ迄あまり良く無い人の負の部分に多く触れてきたのではないのかと、それが正しい答えであるのかは別としてその様に推察する事は出来た。

 

 「あーっ、いや参ったな。えっと、りぅゆー……Doyou understad Japanese?、で良いのか。」

 

 少したどたどしい英語を使い不器用にコミュニケーションを図ろうとするその淀んだ眼の少年に姿にヤンは思わず心の中で気持がほころぶ思いだった。

 ヤンの想像でしか無いが、きっと辛い体験をして来たのだと思われる少年が不格好にだが他者を気使う姿に、目付きは兎も角としてその少年はきっと心根の優しい人物なのだろうと思い、ヤンはその少年に好意を抱くのだった。

 

 「ありがとう、来日するに当たり日本語を勉強して来たからね言葉の方はある程度大丈夫だよ。

 実はね初来日して憧れの本の聖地に赴こうとしたのは良いものの、何処に行けば良いのかサッパリで途方に暮れかけていたんだよ。」

 

 日本という国に興味を持ち、何時の日かその国へと赴き日本史を研究する為に学び始めた日本語だが、元来の地頭の良さからヤンは直ぐにその言語をマスターし話せる迄に至っているのだった。

 

 「おっ、おうそうなのか見た所俺とそう変わらない歳なのに大したもんだな、いやマジ凄えな。」

 

 少年はしどろもどろに受け答えをするがヤンがスラスラと操る日本語とその語彙に素直に称賛を贈り更に続けてヤンへと語り掛けるのだった。

 ただし今度はあまり大きな声ではないがはっきりと聞き取れる程には確りとした声音で。

 

 「まぁ、通りは多けど本屋なら殆どの通りにあるし、大抵の道は何処かで繋がってるから何処に行っても大丈夫なんだけどな。」

 

 「そうなのかい、出来れば古書と歴史書の充実した店に行きたいんだけど、申し訳無いけど心当たりがあるなら道順を教えてもらえないかな。」

 

 その少年の言葉にヤンはこれ幸いと目的地への道順を尋ねるのだが、件の少年はヤンの請願に僅かに面倒くさ気な表情を作ると右手で頭を掻きながら、これまた面倒臭そうな声音で答える。

 

 「ハァ、面倒なんだよなぁ道順の説明とか……けどまぁアレだ、俺の今日の目的はお前と同じで古本屋を巡って目当ての本を探す事がメインだし、俺としては其処に行くまでに誰が着いてきたって一向に構わない訳なんだが、まぁお前にもお前の都合が有るだろうから別に俺の方から無理強いは出来ないし、嫌なら他を当たってくれても構わないぞ。」

 

 少年のそれは一見面倒だと断っているかの様に思える物言いだが、その発言は自分が道案内をするから一緒に行こうと遠回しに言っているのであり、この発言からもこの少年が基本的に他者に対して不器用ながらも優しい心遣いが出来る人物であると言う事が伺い知れるというものだ。

 なのでヤンは、此処はこの少年の心遣いに有り難く甘えさせてもらおうと決め少年の意思を尊重する事にした。

 

 「ありがとう、その申し出はとても有難いよではそう言う事でよろしくお願いしたいんだけど良いかな。」

 

 ヤンは穏やかな微笑をたたえた表情でもって少年の心遣いに礼の言葉と案内を願う旨を要請すると、それを受けた少年は「……おう、そっ、そうかそれじゃあ行くか。」と言葉に詰まりながらも返事をし、案内の為にヤンを先導し二人は書店を巡る事となったのたが、その返答から感じられた事として少年はもしかするとヤンがそんな要請をしてくると思っていなかったのではないだろうか、最初の言葉のつまり具合に少年がまるで意外な返答を受けたかの様な素振りに感じられたからだ。

 であるからヤンはその戸惑いから少年はこれまで余り他者とこの様に共に連れ立って行動をした経験が無いのかではと推測する。

 

 何故そうなのか彼の人生を見てきた訳でも無いから断定は出来ないが、彼はあまりその他者との関わり方が良く無い物だったのかも知れない、その様な経験を経て彼の目付きはあの様な物になったのではないのだろうかと。

 『まあ、其処がどの様な場所で在ろうとも負の部分や汚い部分が全く存在しない訳が無いしね、きっとこれ迄彼の周りの他者は外見や挙動だけを見て彼の本質的な心根の優しい部分に気がつく者が存在しなかったんだろうな。』と、その少年の不器用な優しさに触れたヤンはそう思うのだった。

 しかしこの様に少年に付いてアレコレと推察をしていたのは良い物の、この道中彼に肝心な事を聞き忘れていた事に気が付いたヤンは自らの迂闊さに内心苦笑しながら少年に問うのだった。

 

 「ああどうもコレは肝心な事を忘れていたよ、そう言えば僕ら二人共お互い名を名乗っていなかったね。

 僕はヤン・ウェンリーと言うんだ、因みにだけど東洋式にヤンが姓でウェンリーが名だよ、もしよければ君の名を教えてもらえないだろうか。」

 

 ヤンのその問いに少年は何とも、今更かよとでも言いたげな怪訝な顔でヤンを見やって来る、そして暫しの間何かを思案したかと思うとその特徴的な髪型の頭部を掻きながら面倒臭げに。

 

 「あーとだな、俺は別にそんなの名乗ろうが名乗るまいがどうでも良いと思うんだが、まぁお前が名乗ったんだしそうなると此方が名乗らないのもアレだな。

 俺は比企谷八幡って者だ、別に覚えてもらう必要は無いからさっさと忘れてくれて構わないぞ。」捻た物言いでヤンへと己の名を名乗るのだった。

 

 比企谷八幡、その名を持つ少年は覚えてもらう必要は無いと言うが、ヤンはきっと彼の名を忘れたしないだろうとこの時感じていた。

 前世に於いては共に悪事を働いた幼馴染みの名を忘れていたり、後に彼の妻となる女性との出会いはおろかその名さえも覚えていない位頼り無い記憶力だが。

 


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