不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
ガイエスブルク要塞の撃退に成功し、暫しの休息を得たイゼルローン要塞。
風邪を引き込み寝込んだヤンは正式に軍人に成りたいとユリアンより告げられたのだ。
「正直、遂にこの時が来たかと思ったよ。」
雪ノ下が淹れた3杯目の紅茶の香りと湯気を愉しみながらヤンはしみじみと言った。
「で、結局は認めたんだろ。」
八幡は一言確認をした、ヤンとの付き合いはまだ短い八幡だが、ヤン・ウェンリーと云う男はそう云う人物なのだろうと思っていた。
「あぁ、少しばかり軍隊に対する私の考えと願いを付け加えてね。」
あの日ユリアンに伝えた言葉をヤンは皆へ伝え聞かせた。
「…軍隊なんて物は道具に過ぎないんだ無ければ無いに越した事はないね、だからそれを踏まえて、なるべく無害な道具に成れると良いね…とね。」
「しかしユリアンにそう言いながら、私自身は無害で居れたかと言うと決してそうでは無かったんだよね。」
ほんの少し自虐的な微苦笑を浮べた表情と口調でそう付け加えた。
宇宙暦798年8月、全宇宙を揺るがす事実が同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトより告げられた。
「銀河帝国皇帝『エルウィン・ヨーゼフ二世』の帝国よりの脱出と同盟への亡命が発表されたんだ。」
「…ヤン君、エルウィン・ヨーゼフ二世は、わずか5歳で帝位に就いたのだったわよね、そんな小さな子供が自分の意思で亡命などするのかしら。」
雪ノ下の疑問は八幡と材木座も感じた物だった、皆が注目する中ヤンは頷き彼の見解を述べる。
「尤もな疑問だね、これは複数の陣営の思惑が絡んだ誘拐事件さ、当時わずか7歳の少年に自分で亡命など選択する意思は無い筈だろうからね。
幼帝が誘拐されて一番得をするのは誰か、それが解れば真の犯人が誰か自ずと見えて来るだろう。」
帝国の内乱終結後フェザーンに逃亡していた、門閥貴族の残党とフェザーン駐在弁務官。
同盟の国力低下によりその存在に見切りをつけたフェザーン自治領。
「恐らくはローエングラム公は幼帝を扱い倦ねて居ただろうからね、その幼い年齢故、仮にその命が尽きたとしてローエングラム公自身が弑していないとしても、幼児に対する虐待を疑われるだろうし、弑してしまえば幼児を害した残虐な人物として、その求心力を失うだろうからね。」
「ふぇ〜、凄いねヤン君、なんか探偵みたいだし。」
緊迫していた雰囲気が、由比ヶ浜のその一言で弛緩した。
クスリと皆の口元が微かに緩んだ、その笑みを抑えながら雪ノ下は導き出した答えを口にしてみる。
「もしかするとフェザーンが誘拐犯をそそのかして実行させ、その事実をローエングラム公にリークさえしていたのではないかしら。
つまりローエングラム公はそれと知りながら、幼帝誘拐を黙認した。
そして同盟政府はその策略にまんまと乗り、幼帝の亡命を受け入れてしまったのではないかしら。」
「ああおそらくは雪ノ下さんの考察通りだと私も思うね、政府の連中はそれによってどんな事態が起こるか、誰も想像出来なかった様だね。」
「要するに自分の手で、ラインハルトに同盟討伐の為の、錦の御旗を与える事になっちまったって事かよ。」
どうしようもねぇ、八幡は忌々しげにそう締めくくった。
「全くね、同盟政府はあの時エルウィン・ヨーゼフ帝をローエングラム公につき返すべきだったんだ、そうすればローエングラム公は同盟領侵攻の為の大義名分を得る事も出来ないし、同盟はそれを元に帝国との和解の為の切っ掛けに出来たかも知れなかったんだ、ローエングラム体制は独裁政権ではありながらも極めて民主的な公平な施策を行っている、ならば民主主義国家たる自由惑星同盟はローエングラム体制と共存して行く事が出来る筈なんだ。
国民の為、より良い政治を行うので有れば何も全宇宙を一つの政治政体でまとめ上げる必要は無いからね。」
そしてヤンの元に届いた一つの辞令。
「…ユリアンが少尉へ昇進の上、イゼルローンを離れフェザーン駐在武官とし
て赴任せよとの辞令が降りたんだ、そしてメルカッツ提督の銀河帝国正当政府の軍事顧問就任要請が同時にね。」
それはトリューニヒト派による、ヤンの勢力の弱体化を目的とした人事であった、彼等は時勢が許せばキャぜルヌやシェーンコップといったヤンの幕僚達をヤンから引き離す腹積もりだっのだ。
後にユリアンがフェザーン赴任の折、ハイネセンにてビュコック長官と面談の際にその旨を伝えられたのであった。
「ホントに馬鹿だよな、ヤンがイゼルローンって事実上の国境を守備出来ているから、自分達は安穏と権力ごっこ遊びしてられんのにその守備力を削ごうってんだからな、けどその気持ちは解らなくも無いな。」
「ふえ?ヒッキーどう言う事!?」
八幡の言の葉に上った感想と見出しただろう考察。
若干ながらうざそうな表情を見せた八幡だが、元から説明をする気で居たので素直に口を開き語り出した。
「…要はビビってんだろう同盟政府はよ、査問会にしてもそうだろう。
同盟には帝国って敵が存在し、その帝国との国境を護れる提督がヤンの他に存在しないから、大っぴらにヤンを排除出来無い。
けどヤンが武勲を重ねれば重ねる程、国内の民衆のヤンに対する支持、称賛の声は高まるだろう、そうなればなる程政府の高官は恐れるだろうよヤンに自分達の立場が取って代わられるんじゃ無いかとか。
査問会なんかで散々にヤンの足を引っ張る様な真似ばっかりやってる政府に対してヤンがいつかブチ切れて自分達に矛先を向けて来るんじゃ無いかとか思ったんじゃねぇの。」
「ああ概ね八幡の考察通りだと私も思うね、それに同盟政府に限らず同じ様な事は歴史上幾度も有った事だしね、中央政府から遠く離れた辺境の軍が自分達に達にその牙を剥くのでは無いかと、為政者達はそれを怖れ疑心暗鬼に駆られるのさ、私自身は権力を握るなんて面倒な事はするつもりも無かったんだけどね。」
そしてヤンは見送る、イゼルローンを離れるユリアンとメルカッツ提督の行く末が実り多き物で在るようにと。
「でもさ、ヤン君の予想じゃ帝国軍はフェザーンを通って同盟に来るかも知れないって思ってたんだよね、そんな所に行かせちゃって良かったのかな?」
由比ヶ浜はまるで実在する者の身を案じているかの様にヤンへ尋ねる。
影響を受けやすい彼女は、ヤンの語る世界とその登場する人物達にかなり感情移入している様だ。
「…私は軍人で、ユリアンも正式に軍人になったのだしね、私的感情としては勿論行かせたくは無かったんだが。
軍から給料を貰っている訳だし、勤め人としては給料に対してはそれなりに忠誠心を示さなければならないんだ、知っているかい紙幣と云うのは本当は紙ではなく鎖で出来ていて、人生を縛っているんだよ。」
「「「………。」」」
ヤンのその発言に女子二人と材木座は何とも微妙な、呆れたかの様な表情をその顔に浮べた。
「…やっぱり働いたら負けなだな。」
そして八幡はいつもの持論をしみじみと呟いた。
11月に入り遂にイゼルローン回廊に帝国軍が侵攻を開始した、『ロイエンタール』上級大将を主将とし、『ルッツ』『レンネンカンプ』両提督指揮下の計3個艦隊3万6千隻の兵力を以って。
しかしそれは、帝国の真の狙いから目を逸らさせる為の陽動作戦であった。
「流石に、帝国の双璧と呼ばれるだけ有ってロイエンタールの手腕は見事なものさ、間違いなく彼は一流の将帥だ、だから私は彼を嵌める為に三流の詐術を使ったのさ。」
ヤン自身が座乗しない旗艦『ヒューベリオン』を出撃させロイエンタールの撃ち気を誘い、突出させその隙きを突き彼の乗艦『トリスタン』へ強襲揚陸艦を突入させる事に成功。
「私と違い、彼は白兵戦技もこなせるんだよ、シェーンコップがサシでやり合って仕留め切れなかったんだからね。」
「ぐぬぬぅ、文武両道を地で行く上にレディにモテモテとは、どうやら我等にとって不倶戴天の敵である様だなロイエンタール提督と云う男は、なぁ八幡よそう思わぬか!」
材木座はモテない男の嫉妬心を顕にし八幡に同意を求めるが、八幡の方はそれに同意する気は更々無いようで、まるで犬猫でも追い払う様に右手をヒラヒラとさせているだけであった。
ロイエンタール提督よりローエングラム元帥に対し援軍の要請がなされ、遂にローエングラム公の本隊が出陣する。
「表向きはあくまでも、イゼルローン方面への援軍としての出撃さ。」
「ぬう、遂に自由惑星同盟の終の始まりの時が訪れたのであるな…。」
材木座の大仰な物言いに、ヤンも静かに頷き肯定する。
宇宙暦798年12月末、固有の武力を持たないフェザーンは帝国軍により無血占領された。
しかし自治領主『アドリアン・ルビンスキー』は帝国軍の捜索網を逃れ、その行方はようとして知れなかった。
「ねぇヤン君、ユリアン君は大丈夫なの?帝国軍の人達に見つかっちゃったら大変な事になるんじゃないの!?」
「あぁ、大丈夫だよ由比ヶ浜さん、ユリアンとは後に無事ハイネセンで再会出来たよ。
この時ユリアンは帝国軍の警戒網を上手く逃れて、ちょっとした協力者を得る事が出来ていたんだ。」
それはかつて少年時代のヤンの友人、フェザーンの商人『ボリス・コーネフ』の所有する星間貿易船『べリョースカ』号の事務長『マリネスク』であった。
「尤も当のその本人ボリスは、時当弁務官としてハイネセンに駐在していたんだがね。」
「しかし広大な宇宙の彼方でその様な偶然の出会いがあるとは、ユリアン殿も中々の強運の持ち主であるな。」
そうかもしれないね、材木座の言にヤンは一言そう答え、話を続ける。
ビュコック長官よりの訓令文を受けヤンはイゼルローン要塞の放棄を告げ、実行に移す。
「…ヤン君、折角手に入れた物を簡単に手放すなんて、本当にそれで良かったのかしら。」
雪ノ下の問い掛けは、当時のイゼルローンに於けるヤンの幕僚達の思いと、変わらぬ物だった。
これ迄の様にイゼルローン回廊を唯一の侵攻ルートとした場合に於いてはイゼルローン要塞の戦略戦術的価値は多大な物であるが、帝国軍がフェザーン回廊を通過し同盟領へ侵攻を果たした時点で、イゼルローン要塞の戦略的価値は失われた。
「どのみち我々がイゼルローン要塞に籠もって居ても、ハイネセンが陥落すれば帝国軍はイゼルローン要塞の返還を要求して来るだろうしね。
それなら動けない要塞は帝国軍に返してしまって、艦隊だけでも自由に動かして帝国軍に相対した方がまだマシな結果に成るだろうからさ。
それにそうしなければ逆転のトライを決めるチャンスが失われてしまっただろうからね。」
艦隊の総数だけでも圧倒的な差があるうえに、フェザーン回廊を通過された同盟に逆転の路が有るのか?
皆の頭の中にはクエスチョンマークが浮かんでいる事だろう。
「この時ローエングラム公は独身だった、それこそが逆転の機会さ。」
「…どう言うこと?」
由比ヶ浜の疑問の声は皆を代表しての物だろう。
ヤンはかつて彼の幕僚達と、そして当時国防委員長だった『ウォルター・アイランズ』に語った構想を皆へ説明した。
「けれど、圧倒的な戦力差で貴方の言う通り事が運ぶのかしら。」
「言うは易し行うは難し、だな。」
雪ノ下と八幡の発言に皆は同意し頷くとヤンへ注視する。
この数時間で語られたヤンの戦略戦術構想と物語に、好奇心を刺激された四人は、この後のヤンと同盟の行く末に更なる刺激を求める様に話の展開を聞き入ろうとしている。
イゼルローン要塞を放棄したヤンは途中民間人を安全な中域で降ろし、帝国軍と戦闘状態にあるビュコック元帥率いる艦隊の救援に向かうべくランテマリオ星域へ急行。
崩壊寸前にあった同盟艦隊と何とか合流を果たしハイネセンへと帰還する。
「ビュコック長官とも無事に合流も出来て一安心と言った所なんだが、もう一つ朗報がもたらされたんだ……フェザーンからユリアンが無事に脱出して、私達と合流出来たんだ。」
ハイネセンへ帰還後、元帥昇進の辞令を受け、アイランズ国防委員長と今後の方針を決定。
会談を終え一息つき質素な昼食を食して居た時に、ヤンはユリアンとの再会を果たした。
「ぬうっ!敵の駆逐艦を奪い脱出するとは、やるではないかユリアン殿は!
流石はヤン殿の弟子であるな、そして遂にヤン殿が元帥とは、三十代の元帥とは此れ又とんでもない快挙であるなヤン殿!」
「私の元帥昇進はビュコック長官のお裾分けかおこぼれを頂いた様な物さ、私は兎も角ユリアンの才能は私よりもずっと上だよ、ユリアンが将来どれ程の人物になるのか、それを見る事が出来なかったのが心残りではあるがね。」
材木座のヤンとユリアンに対する称賛に若干の照れくささを感じつつも、宇宙暦の時代に遺して来た己の未練を自覚したヤンだった。
それを振り払う様に、左右に首を振り気持ちを切り替え、紙コップの紅茶を啜り話の続きを語る。
ハイネセンを出立し、ヤン艦隊はラインハルトを己との直接対決の場に引きずり出すべく蠢動を始める。
根拠地を定めず、同盟領各地に点在する補給基地を都度利用しながらの転戦。
「まぁ、コソコソと逃げ隠れしながら帝国軍にチョッカイをかけつつ、ローエングラム公を煽っていた訳さ、1万7千弱の艦隊で10万を超える帝国軍の艦隊と、まともにやり合って勝てる訳がないからね。」
ヤン艦隊討伐の為に出撃して来た『シュタインメッツ』提督の艦隊を撃破、その援軍として派遣された『レンネンカンプ』提督の艦隊を翻弄。
『ゾンバルト』少将が護衛を務める補給部隊を殲滅、補給に不安を既たした帝国軍の状況を読み、補給物資に偽装した罠で『ワーレン』提督の艦隊に打撃を与える事に成功。
「ミスターレンネン、そしてワーレン提督に対して取った策は心理学的な要素が強くてね、要は相手にこうだろう、そうに違い無いと思考誘導する訳さ。」
「…つくづくヤン殿だけは敵に回したく無いと思わずにはおれんな…。」
僅かに怖れの色を滲ませた材木座の呟きは、その場に居る皆の思いを代表しての物か。
「…そして私の思惑を知りながらローエングラム公は挑発に乗ってくれた訳なんだが、流石はローエングラム公だ一筋縄では行かなかったよ…。」
配下の諸将の艦隊を同盟領各地に分散し、のみならず自身も艦隊を率いて出撃したのだった。
「諸将がローエングラム公の本隊から最も遠く離れた時点で仕掛けるつもりだったんだが、その時はローエングラム公の本隊がバーラト星系へ到着してしまう事になってしまうから、その前に仕掛けなければならなくなった訳さ。」
「…ヤン君の艦隊は諸将が引き返して来る前にローエングラム公を打倒しなければならないけれど、ローエングラム公は諸将が引き返して来るまで耐えれば良い訳ね。」
「しかも当初の目論みより時間的な余裕も短くなったってかよ、ジリ貧もいいとこだな…。」
その結果ヤン艦隊とラインハルトの艦隊の決戦の場となったのは『バーミリオン』星系であった。
決戦を前にヤン艦隊は僅かな休息の時間を過ごすのだが、その決戦を目前にヤンは一世一代の大勝負に出た。
キャぜルヌ曰くなけなしの勇気を総動員したそれは、見事に受け入れられた。
「うわぁ〜!ヤン君すごぉい、良かったね、おめでとう!」
両の掌を合わせ満面の笑みで由比ヶ浜はヤンへ祝福の言葉を述べる。
良かったねフレデリカさん、笑顔の中の、瞳の縁にひと雫の涙を浮かべ由比ヶ浜はそう言った。
雪ノ下と材木座も心なし優しい表情をしている、ただ一人八幡だけが何故か複雑そうな表情で。
「…この話の中のヤンは暗殺されちまうんだろ、残された奥さんの事とか考えたらおめでとうって、何か言えねえんだよな…。」
そうつぶやくと言うには少しだけ大きな音量でボソリと言った。
その八幡の呟きに女子二人は、その事に思い至りバツの悪そうな表情を浮べたのだった。
宇宙暦799年4月24日、バーミリオン星域に於いてヤン艦隊とラインハルト・フォンローエングラム元帥の艦隊による艦隊戦の火蓋は切って落とされた。
「当初私は、帝国軍ローエングラム公こそが先に奇策に打って出てくるだろうと予測して、それに対処して動こうと考えていたんだが、どうやら彼の方も同じ様に考えていた様でね、バーミリオン星域会戦は単純な艦砲による打撃戦から幕を開けたんだ。」
しかし両将の思惑とは裏腹にやがてそれは無秩序な乱戦へともつれ込む。
ヤン、ラインハルト共に望まぬ形の乱戦にある事態の収拾を図るべく、普請する事となった。
「連携の取れていない敵第一陣とニ陣にそれなりのダメージを与える事が出来はしたんだけど、此方もそれなりの損害は被ってしまってね、一旦引いて戦力の再編を図らなければならなくなってしまったんだ。」
戦力の再編を果たした帝国軍は、かねてよりの計画に乗っ取りヤン艦隊に対し多重的縦深防御陣を以って対応した。
「一つの防御陣を突破しても、空かさず直ぐに次の防御陣が現れて我が艦隊の前に立ちはだかるんだ、マリノ准将などはその状況を大昔のペチコートの様だとボヤいていたそうだよ。」
「そのローエングラム公の策を見抜いたのはユリアンだったんだ…全く大したものだよ、それを考案し実行したローエングラム公も、それを見抜いたユリアンもね。」
ユリアンの言を受けヤン艦隊は前進を止め艦隊を小惑星帯へと後退、2千隻余の別働隊に小惑星を牽引させる。
「これを帝国軍は1万隻程の艦隊と誤認し、それが本隊なのか囮なのか判断しあぐねたのだろうね。」
結果帝国軍はこれを囮に見せかけた主力と判断、自軍を再編成し進軍を開始。
一方ヤンの本隊はこれを見て小惑星帯より帝国軍主力後方、敵本営へと進軍する。
「別働隊が囮と気が付いた帝国軍の艦隊は本営を護るべく別働隊の攻撃を無視して反転し私の艦隊の右側面に迫って来たんだが、これは予め読めていたから
帝国軍の攻撃に合わせて艦隊中央部を湾曲させて艦隊の崩壊を偽装し、それによって帝国軍に我が艦隊を突き崩したと錯覚させ変形凸型陣を形成してその内側へ帝国軍艦隊を追い込めたんだが。」
これにより帝国軍主力艦隊は囮部隊と合流した同盟軍により完全包囲されることとなった。
「…そこ迄やれたんだから、勝ちは確定した様に思えるんだが、もしかしてそうはならなかったのかヤン?」
八幡からの問にヤンは答える、それは『ナイトハルト・ミュラー』提督率いる艦隊の戦場への到着、同盟軍はその横面に砲撃を受ける事となったのだった。
「全く我ながら、とんだ権威主義に陥っていたものさ、てっきり最初に駆けつけるのは疾風のミッターマイヤーか金銀妖瞳のロイエンタールだと思っていたんだからね。」
「あのさ、ヤン君…えっと、ヘテロクロ、何とかって何?」
「うむ、ヤン殿それは我も知りたく思っていた所、是非教えて頂きたい。」
疑問を呈する二人にヤンは軽い調子で質問に答える。
「ははっ、ヘテロクロミアと言うのはだね左右で瞳の色が違う、所謂オッドアイの事だよ。」
「へぇ〜そうなんだ!でもそんな人居るんだね、凄いねゆきのん、ヒッキー、ねっ!」
ヤンの答えに感心仕切りの由比ヶ浜は二人に同意を求めるも、読書家の二人は答えを知っていた様で特に関心した様子も無く、それに反応したのは材木座であった。
「何と、オッドアイにそのようなカッコいい言い方が有ったのか、うむぅ…我の自宅の近所に飼い猫なのか野良かは解らぬが、やたら人懐っこい白猫が居るのだが、その猫がオッドアイなのだ、我はコレからその猫をヘテロクロミアキャットと呼称する事としよう!」
胸元に両手を組み鼻息を吐き出しながら材木座は得意げに宣言する、そしてその材木座の発言に食い付いた人物は言わずもがなであろう。
「木材屋君、その情報後できっちりと私に報告なさい、良いわね!」
雪ノ下雪乃は好奇に満ちた眼差しと、とても良い笑顔で材木座に対してそう宣うのであった。
ミュラー艦隊の来援によりヤン艦隊は再編を余儀なくされる、又長期に渡る戦闘により武器弾薬に限界が見え始めた。
「幸いとは言えないが、余程の強行軍だったのだろう、戦場へ到着したミュラー提督の艦隊は一個艦隊に満たない兵力だったんだ。」
だがミュラー艦隊の猛攻に『ライオネル・モートン』中将の艦隊は僅かな時間で甚大な損害を被り、モートン中将は戦死。
しかしミュラー艦隊の獅子奮迅の戦いぶりに、帝国軍主力艦隊は呼応出来ずヤン艦隊の猛攻に戦力は削られてゆく。
「そんな中で、帝国軍主力艦隊の一軍が起死回生の包囲網突破を試みようとしていた様だったので、私は故意に艦列に穴を開けてそこに包囲を脱しようとする敵主力部隊と包囲下にある味方を救援すべく進軍するミュラー艦隊を殺到させ、そこに一点集中砲撃を加えたんだ。」
同盟軍の苛烈な砲火の前に帝国軍艦隊は甚大なる損害を出し瓦解。
もはや帝国に同盟軍の攻勢を止める手立ては無い様に思われた、その状況下に於いて…。
「ミュラー提督の奮戦は見事な物だったよ、彼は我々の攻撃により乗艦を四度も換える事になりながらも、最後まで諦めず帝国軍の艦隊を支えローエングラム公を護り続けたんだ。
そしてその後彼は鉄壁ミュラーの異名を賜る事になったんだ。」
しかしそのミュラー提督の奮戦を以てしてもヤン艦隊の攻勢を止める事は敵わず帝国軍総旗艦ブリュンヒルトが遂に同盟軍の射程内に捉えられ、ヤンは艦隊に対し砲撃の指示を出そうとした。
……その時。
「ハイネセンからの通信文が届いたんだ…。
それは、戦闘行為の即時停止命令だった、同盟政府は帝国に対して全面降伏したんだ……。我々は負けたのさ。」
ごく自然にまるで何でも無いかの様な口調で、ヤンは自軍の敗北の事実を語り紅茶を一口含んだ後軽く息を吐いた。
「………。」
暫しの時、まるで部室内のヤン以外の四人は動きを封じられたかの如く、無言不動であった。
それが解かれ最初に発言したのは材木座で、彼は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり右手をテーブルに叩きつけてヤンへ問うた。
「解せぬ、ヤン殿は勝っていたのだろう、政府の停戦命令なぞ無視してラインハルトを撃とうとは思わなかったのか!そうすればヤン殿の当初の目論見通りに成ったやもしれぬのに」
「文民統制こそが民主主義国家の軍隊の在るべき姿、原理原則さ…だから私は政府が極めて非人道的な命令をして来ないない限りは、軍人として政府の命令には従わなければならないと思っているんだ、実はシェーンコップが私に、今材木座君が言った事と同じ様な事を言ったんだよローエングラム公を撃てとね。」
あの時シェーンコップは言った、ラインハルトを撃てと、政府の停戦命令なんぞ無視しろと、そしてそれによってヤンが何を手に入れる事が出来るかを力説し促した。
八幡も材木座、男子二人特に材木座は「我もシェーンコップ殿と同意見だヤン殿」と首を大きく縦に振りそう述べた。
「…そうかな、でもどう考えても私に独裁者の服は大き過ぎて似合わないだろうと思うよ、それに第一面倒くさい。
そしてもし、停戦命令を無視してローエングラム公を撃ち斃したとしたら…復讐心に駆られた帝国軍に同盟領は蹂躙されたかも知れない、ローエングラム公の配下の諸将の全員が全員高潔な為人の人物だとは限らないからね。」
「…その可能性は確かに、かなり高いな…同盟軍はヤンの艦隊以外ほぼまとまった戦力は無いに等しいんだよな、しかもその戦力もバーミリオンで大半が失われたんだよな、だったら防衛も反撃もままならないか…。」
八幡のその言葉にヤンは紙コップに眼を向けながら頷く、ヤンの語る同盟の終焉に四人はやるせなさを感じ複雑な表情を浮かべるのであった。
紙コップに眼をやりゆらゆらとその紙コップを揺らしながらヤンは何かを思案しているかの様な表情をしている。
「…どうしたんだヤン何か迷ってる様な顔して、言い辛い事でも有るのか。」
ヤンの表情の変化に八幡は彼の中の逡巡を見て取ったのであろう、それは八幡が言う所のボッチ故の観察眼の賜物であろうか。
八幡のその言葉に紙コップを揺らす事を止め、自分の隣に座る八幡の顔に視線移し、続いて正面の材木座をそして左手側方の由比ヶ浜と雪ノ下を見て静かにヤンは口を開き、その心の内を吐露する。
「…正直に言うとね、私は政府の停戦命令にホッとしたんだ…」
「……何と、ヤン殿何故に…」
「怖かったんだよ私は、自分のこの手でラインハルト・フォン・ローエングラムの命を断つ事がね。」
そこでヤンは一旦言葉を区切り再び皆に眼を向ける、そして「……軽蔑するかい…」と語りかけた。
「理由を話してもらえるかしら、でなければ軽蔑も何も無いでしょう。」
皆を代表する形で雪ノ下はヤンに、その理由を語る事を促す、由比ヶ浜はその雪ノ下の言葉に追従する様にヤンへ眼を向けコクリと頷き、八幡は無言でヤンを見つめ材木座は椅子へと座り直しヤンが口を開くのを待っている。
その現況に思わずヤンは苦笑しそうになるが、その思いを押し止め軽く頭を掻くだけに止め、意を決し語り始める。
それはかつて、ユリアン・ミンツに彼が語った己の心情。
「……と言う訳さ、それは私自身の心情に対しては誠実では有ったのだろうけど、共に戦い死んでいった将兵達からすると許されざる裏切り行為であるのかも知れないね…」
ヤンはそのように言葉を結ぶ。
「…あたしはヤン君の事軽蔑なんて出来ないかな、逆にさヤン君凄いなって思ったよ、だって自分の国の人だけじゃ無くて敵の国の人の事まで考えるなんてあたしには出来ないよ…」
「……確かに軽蔑する様な事では無いと私も思うわ、争いに勝敗は付き物なのだからその結果同盟は敗れた、ヤン君は実戦部隊の指揮官として戦場に於ける責任は果たした、それで充分なのでは無いかしら。」
「…そうであるな、ヤン殿は自身の責務を十分に全うした、残念であると我は思うがな。」
「あれだな、10日以上も不休で戦い続けた結果だろそんなブラックな状況で戦ったんだ、俺なら放り投げてるな、寧ろ始めからやらないと自信を持ってそう言えるまである。」
四人の言葉にヤンは己の思いが杞憂に終わった事に内心ホッとした、そして心の中で四人に『…ありがとう…』と礼を言う。
ポリポリと頭を掻きながら…。
「…で、メルカッツ提督に戦力の一部を預かってもらい艦隊から離脱してもらったんだよ、後の再起の為にね、要するにロビン・フッドの伝説で言う所の、動くシャーウッドの森を率いてもらった訳さ…。」
足掛け12日間に及んだバーミリオン会戦、長き戦いにより損耗した心身の回復を図る為の休息の時間を終え、遂にヤン・ウェンリーはラインハルト・フォン・ローエングラムと初対面をすることとなり、ラインハルトの乗艦であり帝国軍総旗艦である戦艦ブリュンヒルトへと赴く。
「…そこで私を出迎えてくれたのはミュラー提督だったんだ、挨拶を交わし私は彼もまたキルヒアイス提督同様信頼するに足る人物だと確信できたよ。」
その場で交わされたミュラーとの会話の内容をヤンは、覚えている限り正確に四人に伝え聞かせた。
「…なんだか苦笑と言うか困惑した表情を浮べるミュラー提督の様子が伺える気がするわね、命を懸けて戦った相手の口から出たセリフが昼寝だなんて、さぞかし面食らった事でしょうね…」
額に手を当てやれやれと首を左右に振りながら述べられた雪ノ下の感想は、的確に的を射て居たと言えよう。
実際ミュラー提督は苦笑しながら「うまく行かないものですね」とヤン返したのだったから…。
ミュラーの案内により、遂にヤンは、ラインハルト・フォン・ローエングラムと直接の対面を果たした。
帝国軍総旗艦ブリュンヒルト、その艦内のラインハルトの執務室に於いて。
「…開口一番、アスターテ会戦で彼から送られた通信分を覚えているかと尋ねられてね、そしてそれに私が返信を返さなかった事を揶揄しながら彼は、ローエングラム公は私に自分の幕下に加わらないかとスカウトしてくれたんだ。」
「…ほう、流石にラインハルトは人を見る目がある様だな、我がラインハルトだったとしても当然ヤン殿をスカウトするであろうな!」
ふんぞり返るかの様に椅子に腰掛けている材木座は、さもありなんとばかりに鼻の穴を膨らませながら、無意味に偉そうに宣う。
その様子をヤンは苦笑しながら、他の三人はもうコイツの相手はしていられないと思っているのか、聞き流している。
そしてヤンはラインハルトとの会談の内容を語る、互いの思いを、より正確に自らの思いを伝えるべく言の葉に乗せ。
「…私には私の、ローエングラム公にはローエングラム公の性と言う物が有るからねだから私はローエングラム公の、いやぶっちゃけるとこの後すぐ皇帝となりローエングラム王朝初代皇帝、カイザーラインハルトの臣下になる事が出来ない訳さ…。」
「欠点だらけでひ弱で容易く腐敗し衆愚政治と堕してしまう事のなんと多いことか、それでも私は民主主義と言う制度が貴重な物だと思うんだ。」
ラインハルトとの会談の様子をヤンはそう締め括った。
その内容を聞いた四人はどの様な、想いを抱いたで有ろうか、例えば雪ノ下雪乃は比企谷八幡とこの奉仕部の部室で初めて出会い、言葉を交わした日こう言った。
人ごとこの世界を変えると…
「私はローエングラム公の意見にも賛同出来るわ、劇的に改革を進めようと思うのならば独裁政治は実に効率よく実行に移すことが出来るもの、これまでヤン君が語ったローエングラム公の様な能力と人格を有する独裁者であればだけれども、けれどヤン君の懸念も又最もな事だとも同時に思えるわ、権力者が時間を経てその思想が変異してしまう可能性も大いに有りうるでしょう、権力の使い方を誤りその権力の牙を民衆へと向け弾圧を始める。
そしてその事実さえも権力者の都合の良い様に捻じ曲げられ書き換えられる。
私達のこの世界でも宇宙暦の世界でも歴史上にいくつもの事例が存在するのだから……」
雪ノ下の独白にヤンは静かに頷く、正に改革をドラスティックに推し進めるには民主政治よりも独裁専制政治の方が効率的だ、ヤンもその様な一面が有るとは理解しているのだ。
「…敢えて何処とは言わねえけど、現在進行形でそれをやってる国もあるしな、あぁやだやだ。」
両手を制服のポケットに突っ込み深々と椅子に腰を降ろし、背中をだらしなく曲げた姿勢で、左右に顔を振りながら呟くと言うには若干高い声音でそう口にしたのは八幡である。
その八幡のボヤく様な一言に由比ヶ浜は頭の中にクエスチョンマークでも浮かべているかの様な表情をしている、彼女はやはり社会情勢などに興味が無いのであろう。
同盟領は帝国の統治下に置かれ、同盟軍を退役したヤンは、晴れて念願の年金生活と美しき新妻を手に入れたのであったが…。
メルカッツ率いる動くシャーウッドの森による同盟軍艦艇奪取作戦が、その望みたる暮しに一つの影を落とす。
「実際私は、メルカッツ提督に内密に戦力を率いて頂いていた訳だし、この手が真っ白だとは言わないけどねぇ、意に沿わぬ仕事を十年以上も続けて得た待望の暮らしを……2ヶ月、たった2ヶ月だよ、私の予定では5年は何もせずに楽に暮らせた筈なのにさ。」
帝国高等弁務官レンネンカンプ、帝国に同盟を売り渡したヨブ・トリューニヒトの代わり自由惑星同盟政府最高評議会議長に就任した『ジョアン・レベロ』両氏のヤンに対する猜疑と思惑によりヤンは僅か2ヶ月でその理想の生活を放棄せねばならなく為ったのだった。
死せるレンネンカンプ高等弁務官を生きている様に誤魔化し、それを人質としてハイネセンを退去せざるを得なくなったのであった。
結果ヤンはメルカッツ提督の艦隊と合流し同盟軍ダヤン・ハーン補機基地に身を隠し時を待った。
「…私はもしかしたら議長が、私に対し帰順を呼び掛けてくれるのでは無いかと淡い期待を抱いていたんだけど、結局そうはならなかった。
皇帝ラインハルトは事の顛末を包み隠すことなく全宇宙に公表し、己の非を認めた上で同盟を誅伐すべく出陣を宣言したんだ。」
帝国による皇帝親征が発表された後、程なくしてヤンにも縁のある、一つの星系が自由惑星同盟からの脱退と独立を宣言する。
「シェーンコップやアッテンボローは直ぐにでもエル・ファシルへ行けと言うんだけど、私としてはその意見に簡単に乗る訳にいかないと考えていたんだ、アッテンボローなんかはエル・ファシルを拠点にイゼルローン要塞を攻略しそこを民主政治の解放区にしようなんて気楽に言うし、シェーンコップはシェーンコップでエル・ファシルに乗り込んで私にその実権を握る様に提案してくる始末さ、ほんと気楽で良いよ…」
しかし結局はヤンはエル・ファシルへと向かう事となった。
「…最終的にはね、キャゼルヌ先輩に言われた一言で私はエル・ファシルへと向う決断をし、アッテンボローの案に乗る事にしたんだ。」
「…キャゼルヌ中将は何と行ったのかしらヤン君。」
雪ノ下は純粋に一つの決断に答えを出した一言がどんな含蓄を含んだ至言、或いは名言だったのかを知りたいと思い質問した。
「ああ、それはね…金が無いからどうするか決めてくれ、だったよ。」
しかし、その一言は彼女の知的好奇心を満たす物では無かったようだ。
「…確かにな、補給基地っても何れはそこに有る物資だって食い尽くしちまうだろうしな、金が無いと飯だって食ってけねぇ訳だし、ましてや組織の運用となるとな。」
「うむ、キャゼルヌ殿は其の事を誰よりも深く理解して居られたのであるな、流石はイゼルローン要塞事務総監、ヤン殿にとっては大切な金庫番よな。」
八幡と材木座は逆にキャゼルヌの言に対して深く肯定するのだった。
二人はおそらくは小説アニメ、漫画やゲーム等からその辺りの知識を蓄えていたのであろう。
「それにね地球へ行ったユリアン達とも合流しなければならないからね。」
招聘に応じエル・ファシルへと身を寄せたヤン一党であったが…。
「首班の『ロムスキー』医師は情熱の人では有るんだが、政治や軍事については素人同然で他の閣僚達も似たりよったりさ、でもまぁ、取り敢えずの根拠地は得た訳さ。」
そして、ユリアン達が地球から、フィッシャー、ムライ、パトリチェフといった元ヤン艦隊首脳陣がビュコック長官及び『チュン・ウー・チェン』総参謀長より戦力を託され、同盟各地の様々な少数部隊がヤンの指揮下で働かんとエル・ファシルへと集結。
イゼルローン要塞を再び奪取すべく計画は進行する。
「ユリアン達が地球で得た情報をこの時私は目を通さなかったんだ、イゼルローン要塞の再奪取計画に注力せんが為にね、後にその資料に目を通した結果、私の一つの目算を見直す羽目になってしまったんだ。」
「ヤン殿、その目算とは?」
「フェザーンの商人達にエル・ファシルのスポンサーに付いてもらうという計画をね…幸いにも私にはボリスと言うフェザーン商人の知己がいる、イゼルローン要塞を落としそれを財貨とし彼等に我が方へ付いて貰える様にボリスへ働き掛けて貰おうと考えていたんだが、富の独占を嫌う皇帝ラインハルトの元ではフェザーン商人達はその財力を接収されてしまうかも知れないと危機感を抱かせたうえで、フェザーンとは逆のイゼルローンにその皇帝ラインハルトに対抗しうる勢力と独裁政治では無い政治体制が未だ健在で有ると知れば乗ってくれるのではないかと思ってね。」
ヤンは材木座の問にそう答え更に続ける。
「フェザーン自治領の創設には地球教が関わっていた、いや地球教が裏側から主体となってフェザーン自治領を創設させたんだよ、地球の過去の繁栄の時代を再び自分達の手に取戻すべく暗躍していた訳さ、どんなに抗った所で時計の針を元に戻す事は出来ないのにね、彼等は千年もの時を仄暗い欲望と共に暗躍していたんだ…だがまぁその地球教の本拠地も帝国が討伐してくれたんだけど、それでもその残党は居ただろうしね、何せ帝国同盟問わずその勢力は深く蔓延っている訳だし、サイオキシン麻薬の密造密輸まで手掛けている程の組織力迄有していたんだからね。」
宇宙暦800年1月、ヤン一頭によるイゼルローン要塞再奪取作戦が開始される。
「この作戦に於いて当然私は、之までの様に直接陣頭指揮するつもりでいたんだけど、エル・ファシル革命政権のお偉方に前線に出る事なく後方…エル・ファシル星から督戦する様にと命じられたんだ、アッテンボローと共にね。」
「…まぁ、やはり革命政権の首脳部も私に対する拭い難い猜疑心が有ったのだろうね。」
メルカッツ提督に艦隊の指揮権を委ね革命政権予備軍はイゼルローン回廊へ向け進発する。
「イゼルローン要塞のルッツ提督に対して始めにイゼルローンを出撃する命令を、次にその逆の出撃を禁じる命令に要塞内に内通者が居るから捕えるようにとの通信を送ったんだよ。」
偽の指令を出す事でルッツ提督を翻弄し、彼はラインハルトからの真の命令であるイゼルローンからの出撃命令をも偽物と思い込んだ。
その後再び革命政権予備軍はイゼルローン要塞に偽の出撃命令を伝える、それは脅迫に近い文章で。
「そこで、ルッツ提督は結論を出しただろう、之まで送られた命令は私が仕掛けた罠だろうとね。」
「そう結論付けた帝国はイゼルローンから出撃したのか、ヤンの艦隊を撃つ為に…」
「うん」八幡の確認の言葉にヤンは頷き話を続ける。
ルッツ艦隊の出撃を確認したメルカッツ提督率いる艦隊はイゼルローン要塞へと進軍。
イゼルローン要塞を放棄した時に仕掛けた罠を発動させる。
「美容と健康の為に食後に一杯の紅茶を、それがイゼルローン要塞のシステムを停止させる為のプログラムのパスワードさ。」
右手人差し指を上へ向けながらヤンはほんの少しだけ、所謂ドヤ顔の様な表情でそう語った。
知的でユーモアにとんだセンスあるワードだとヤン自身はそう思っているからだ。
但しそれが、宇宙暦の世界の彼の部下達及び奉仕部の部室に居る四人が、ヤンと同じ様に認識しているかは敢えて語るまい。
イゼルローン要塞の機能停止を確認したユリアン始め突入部隊が要塞内部へ突入。
予備制御室より要塞の機能回復の為のパスワードを入力。
「ロシアン・ティーを一杯。ジャムでは無くママレードでも無く蜂蜜で、それがイゼルローン要塞の機能回復の為のパスワードだよ。」
「……………。」
それを知った四人がどの様な表情をしていたかそれも又語るまい、但しヤンが思っている様な表情では無いとだけ記して置こう。
機能を回復させたユリアン達突入部隊は、イゼルローン要塞へと迫りくるルッツ艦隊に対し要塞主砲トールハンマーを発射、それによりルッツ艦隊は戦力の1割を失いイゼルローン回廊より撤退。
残っていた守備隊も潰走、降伏。
イゼルローン要塞は再びヤン一党の手に戻ったのだった。
「おおっ!何と言う駆け引き、何と言う策謀よ、ヤン殿見事であるな!」
材木座は感嘆の思いを込めヤンを讃える、材木座の様に声に出さずとも他の三人もまた、イゼルローン要塞再奪取作戦の一連の展開に感嘆の思いを抱いている様だ。
「ありがとう材木座君、だけどこの結果皇帝ラインハルトは私を討伐する為にイゼルローンへ進軍するだろうと予測出来ていたし、実際そうなったんだ。」
イゼルローン要塞の再奪取が為りヤンは、やがて迫りくるであろう帝国軍を迎え撃つべくイゼルローン要塞へ帰着。
そこでヤンは一つの訃報がもたらされる、それはヤンが敬愛するビュコック元帥の戦死の報であった。
「…後悔したよ、長官のお人柄を考えればこうなる事は予想出来た筈だったんだ、私はハイネセン脱出に際し無理にでも長官をお連れするべきではなかったのかとね……」
「「「「………………」」」」
「だけど同時にビュコック長官は、そうなった時に私の申し出に応じる様な方では無いと言う事もね、長官は命を賭して戦う事で残される者達に見せようとしたのだと思うんだ、人の命の有り様をねその意志を…私は運命だの宿命だのと言う言葉は好きでは無いし使おうとも思わない。
だから私は長官は御自身の意志の従いその道を選びその責務を全うたされたのだとそう思っているんだ。」
「……本当に惜しい方を亡くされたのね、叶う事なら是非直接お会いして御指導をお受けしたいと、そう思える方の様ねビュコック元帥と言う人は…」
雪ノ下の言う指導を受けると言う言葉は何を指しての事なのか、この場で彼女は語らなかった、しかし彼女がビュコック元帥の生き方に感銘を受けたのは確かの様であった。
「そだね、本当に素敵なお爺さんなんだね…」
そう述べる由比ヶ浜な目元には、微かに雫が浮かんでいた。
「…………」
八幡は無言であったが、その表情は見る人が見れば、まるで何かに耐えているかのような顔に見えた事だろう。
…そして材木座は、彼らしく大袈裟に嘆いて見せている。
その姿は平常運転と言うべきか……。
ビュコック元帥戦死の報を受け72時間の喪に服した後、イゼルローン要塞に於いてヤン率いる革命政権予備軍、通称不正規軍(ヤン・イレギュラーズ)は皇帝ラインハルト率いる帝国軍を迎え撃つべく行動を開始する。
と同時に自由惑星同盟と言う国家は完全に滅んだ、皮肉にも滅んだ後初めて自由惑星同盟は帝国によって国家として認められたのであった。
それまでは辺境の反乱軍と呼称されていたのであったから。
「このイゼルローン回廊における一連の帝国軍との戦いが私にとって人生最後の戦いになるんだ。」
「おおっ、いよいよで有るか…所で話は変わるが、ヤン殿はラインハルトを即位した後カイザーと呼んで居られるが、エンペラーとは呼ばないのであるな、ああいやな、我個人としても英語のエンペラーよりもドイツ語のカイザーの方が、言葉の響きがそのカッコイイとは思うのであるがな、うむ!」
今更ながらの材木座の独白であった、ヤンはその発言に思わず吹き出しそうになったのだが、八幡と雪ノ下は材木座に対し冷たい眼差しを送るのであった。
「へ〜っカイザーってドイツ語なんだあたし知らなかったよ…ってか中2そんなん今はどうでもイイじゃん、話の腰折るなし!」
少し感心して見せた由比ヶ浜であったが、やはり彼女も結局は材木座の発言に多少はイラッとしては居る様だった。
宇宙暦800年4月下旬、後に回廊の戦いと呼ばれる一連の戦いの前哨戦が始まる。
あらかじめエル・ファシルには無防備都市宣言を出してもらい、戦力をイゼルローン要塞一箇所に集中し不正規軍は帝国軍に相対した。
「旧同盟領方面からはビッテンフェルト、ファーレンハイト両提督の2艦隊が帝国領方面からは芸術家提督の異名を持つ『メックリンガー』提督の艦隊がイゼルローンへ進軍して来ていたんだ。」
先行して旧同盟領方面よりイゼルローン回廊に到着したビッテンフェルト、ファーレンハイト両艦隊。
ビッテンフェルトとアッテンボローによる喧嘩上等の通信合戦を経て、ラインハルトの本体が到着するまでに、少しでも帝国軍の戦力を減らしたいヤンはそれを持って戦端を開く。
一戦交えた後、帝国領方面より進軍して来るメックリンガー艦隊に対処すべくヤンは交戦中の2艦隊に対し偽の通信文を送る、それはメルカッツ提督の名を借りた、裏切りを示唆する内容のものであった。
「真偽の程は兎も角帝国軍はこれを検討する為に時間を掛けることだろう、そのスキに私は帝国領方面のメックリンガー艦隊に対し、我が方の艦隊ほぼ全てを投入して出撃、これで上手く行けばメックリンガー提督は勘違いをしてくれるだろうと考えたからさ。」
それは功を奏し、メックリンガーはヤンの元に集結した戦力の数を見誤り、イゼルローン回廊より撤退する。
これにより帝国領方面からの進軍は封じる事が叶い、ヤンは旧同盟領方面にだけに戦力を振り向ける事が出来る様になったのである。
ビッテンフェルト、ファーレンハイト両艦隊を戦闘へと引きずり込み、両者共攻勢を得意とする故か、上手く連携を取れない両艦隊を撃ち減らして行く不正規軍。
両艦隊を半数にまで撃ち減らし、そして。
「メルカッツ提督手によってファーレンハイト提督は討死、ビッテンフェルト提督は残存兵力を率いて撤退し、取り敢えず第一段階は終了ってところだね、だけどこの戦闘でうちの艦隊もそれなりに損害を被ってね艦艇は凡そ2万隻といった所かな対する帝国軍は14〜15万隻位かな、普通に考えて勝てる訳がないよね…」
それはローエングラム朝銀河帝国軍における初の上級将の戦死者であった、しかしヤン不正規軍も当然ながら戦力を損耗していたのだった。
ヤン不正規軍は回廊入り口を機雷により封鎖し帝国軍の足止めを図る、しかし帝国軍は指向性ゼッフル粒子を用いて機雷原を爆破し、通路を作り出し回廊へ突入。
「突入して来た帝国軍に砲撃を加えそれなりに損害を与える事は出来たんだけど、数的な劣勢は覆し様も無く損害を出しながらも帝国軍は回廊への侵入に成功してね、いよいよ本格的に戦いが始まったんだ。」
「…14万対2万、絶望的であるなヤン殿、この状況覆す事など出来るのであろうか…」
「ああ、全くその通りだけどそいつは今更さ、取り敢えずは回廊の狭さを利用して守備を固める事にしたんだ。」
しかしメルカッツ提督の提案により帝国軍左翼に攻撃を集中、その隙にマリノ分艦隊により敵本体を攻撃する策に出るが、シュタインメッツ艦隊が盾となりマリノ分艦隊は壊滅の危機に瀕する。
が、ヤン本体が密集隊形にて突入しシュタインメッツ艦隊は側面を突かれ、打撃を被りシュタインメッツ提督は戦死。
混乱する帝国軍を立て直す為にロイエンタール元帥は本体を後退させヤン艦隊を引き込み包囲しようとするも、指揮系統の乱れにより艦隊の連動は上手く行かず。
「その隙きを付いて一点突破戦法を試み総旗艦ブリュンヒルトに迫ったんだけど…流石は皇帝ラインハルトだ…絶妙なタイミングで我が方のウィークポイントに攻撃を加えて来てね、かなりの損害を出した我々は一時後退を余儀なくされてしまったんだ。」
イゼルローン要塞への後退により一時的な休息を取り、その後帝国軍からの波状攻撃によりヤン不正規軍はその戦力を損耗して行く。
ヤン不正規軍はそれでも善戦を続け、戦況は膠着状態となっていた、だが。
「そして遂に皇帝ラインハルトは、私が最も恐れていた戦法に撃って出て来たんだ。」
「どの様な戦法なのかしらヤン君。」
話の先を促す雪ノ下の質問に、ヤンは答える様に続ける。
それは帝国軍の圧倒的な戦力を最大限に利用した縦列陣を以て、ヤン艦隊に対し休む間も無く攻めつづけると云う、単純な戦法である。
「1陣がこちらに対し攻撃し、武器弾薬を使い果たしたら、次の陣と交代し撤退、それをひたすら繰り返したこちらの損耗を促すと言うことさ、至極単純な戦法だね、だからこそ恐ろしいんだ戦力差が圧倒的だからね。しかも最初の1陣目からして鉄壁ミュラーの艦隊だ、それ以外にも帝国の双璧に猪武者だと揶揄されてはいるが、攻勢に於いて無類の力を発揮する黒色槍騎兵団艦隊、それ以外も皇帝ラインハルトの配下の諸将は一流揃いだ、それらの相手をしなければいけないなんて、ほんと誰か代わってくれないかと心底思うよ。」
誰か代わってくれないかと言うヤンの本音、これ迄に語られた宇宙暦の物語に於いて、ヤン以外の者にそれを指揮出来うる者が存在しないであろう事が、話を聞く四人にも十分に理解が出来ていた、若干1名理解力に不安を抱える人物は居るが、理解していると、此処は好意的に考えよう。
「…そして第4陣と相対した時、私はかけがえの無い損失を被ってしまったんだ……フィッシャー提督が戦死してしまったんだ…」
長年ヤンの麾下に於いて艦隊運用に手腕を発揮した、ヤン艦隊のいぶし銀的存在、ヤンをして名人芸とまで評された手腕はヤンの立案する作戦に必要不可欠な物であった。
「…これで私は翼をもがれた鳥も同然になったと言っても過言では無い、そう言う状況に追い込まれた訳さ…」
「しかし帝国軍はそこで一旦兵を引いてくれて、まぁ戦術的には帝国軍に多大な損害を与える事が出来た訳で、あちらも戦力の再編を計ろうとしたんだろうと思うんだが、我々もそれに合わせ再び機雷を設置してイゼルローン要塞へ帰投ししていた所に、帝国軍からの通信が届いたんだ。」
それは皇帝ラインハルトからの停戦と交渉を呼び掛ける通信文であった。
帝国に対し純軍事的に勝ち目の無いエル・ファシル革命政権と革命政権予備軍のこの戦いにおける最大の目的であった帝国との皇帝ラインハルトとの会談のテーブルに就くこと、それが成った瞬間であった。
「…なんだけどね、いや長い期間戦闘が続いて禄な睡眠も休養も取れてなかったものだから、頭がまるで働かなくて、それに付いて直ぐには吟味出来無い状況でね、兎に角睡眠が欲しかった、その時の私のいや私達の偽らざる本音がそれだったね。」
「だよな〜ぁ、俺だって自分の部屋のベッドの上が一番好きだからな、ヤンじゃねぇけど俺も睡眠大好きだからな、まぁ何だ、ベッドこそは聖域サンクチュアリと言っても過言じゃ無い迄あるな。」
しみじみと首を縦に振りながら、呟くヤンの姿に八幡が共感の言葉を述べたのだった。
「…貴方の場合はそこ以外に居場所が無いだけではないかしら、居場所無し谷君。」
「お前何気に失礼な奴だよな、俺にだって居場所位有るからね、家のリビングとか風呂とかトイレとか、そして何よりも小町のそばとか。」
「て、それほぼ全部自分の家の中じゃん、しかも小町ちゃんのそばって、ヒッキーてばシスコンすぎっ!キモいから、あんまそういう事言うなし!!」
雪ノ下の毒舌から始まり八幡の返しと由比ヶ浜の突っ込み、これも一種の奉仕部の様式美と言うべきか。
その様子をヤンは暖かな眼差しで見つめている。
そして材木座は自分も混ざりたそうな表情で見ている。
しっかりと休養を取った後、改めて皇帝ラインハルトとの会談に付いての打ち合わせを済ませ、ヤンはエル・ファシル革命政権の首脳陣と、護衛を伴いイゼルローン要塞を出立する。
出立に際し選ばれた艦艇は嘗てヤンが査問会に出頭した際に乗艦した、巡航艦レダⅡ。
あの時は無事に帰ってくる事が出来たから、ゲンを担いでと言う心情と大型の戦艦等で乗り付けて帝国軍に対し要らぬ警戒心を抱かせない為との配慮故の措置である。
「この時副官であるフレデリカは体調を崩し寝込んでいたから、連れて行く訳には行かずイゼルローンに残って貰い、ユリアンにも残ってもらったんだ。」
「ユリアン殿としては無念だったのではあるまいかなヤン殿、その様な一大イベントに己が参加出来ぬことが。」
「…かも知れない、でも仮にもし私が行けなかったとしたら、その時は私はユリアンに代わりに行ってもらっただろうね、あの時は、私が行けたから私が行った。」
それだけの事さ、ヤンはそう述べてから、付け加えた先のヤンの言葉をユリアンに語ったのだと。
「そして私達はイゼルローンを出発した訳何だか、それは宇宙暦800年5月31日が終わり6月1日未明だった、この頃私は妙に寝付きが悪くてね、就寝するにあたり、睡眠導入剤を服用していたんだ、そんな状況の時にブリッジから通信が有ったんだ。」
それは嘗て自由惑星同盟軍の実質的な崩壊の原因となった無謀なる帝国領遠征計画を立案した、アンドリュー・フォーク准将がヤンの暗殺を企て武装商船を奪い、その実行の為レダⅡへと向かっているとの情報だった。
「いやはや、此れは又妙な名前が登場するものであるな、その男は確か暗殺未遂で服役中ではなかったか、ヤン殿。」
「その筈だね、だがおそらくは何物かが彼を唆し計画の実行に手を貸したか、或いはそれを利用し私を殺害しようと企てたのかも知れないね、まぁ死んでしまった私がそれを知る方法は無いがね。」
「………………」
自身の生き死ににまつわる事象を軽い口調で語るヤンに四人は思わず言葉に詰まってしまった。
幾らか大人びて見える雪ノ下(実際は年相応な少女であるのだが)、捻くれた思考をする八幡もその達観した様なヤンの死生観に戸惑う物を感じた様だ。
「時にヤン殿、人は己の死に際して予感を感じると聞くが真であろうか?」
「…ユリアンにも同じ様な事を聞かれた事があるが…材木座君、君は一度も死んだことの無い奴がそれについて偉そうな事を言っているのを信じるのかい?私は信じないけどね。」
実際に宇宙暦の時代に死した経験のあるヤンではあったが、彼はその死に際して予感など感じてはいなかった。
寧ろその身の危機が迫っている状況でフレデリカとユリアンを連れて来なくて良かったと、胸を撫でおろしている様な有様であったのだから。
「そして帝国軍の駆逐艦がそのフォーク准将の乗る武装商船を撃墜し、我々とのコンタクトを求めて来てね、ロムスキー医師を始め革命政権の首脳陣は、紳士的対応としてそれを受け入れたんだ。」
ガンルームのモニターで、その様子を見ていたヤン、ブルームハルト、パトリチェフ、スール、そのモニター越しに見えた光景は。
「…帝国軍兵士によるロムスキー医師達、エル・ファシル政府の首脳陣が殺害される光景だった…。」
すぐさま異変を察知したヤンの部下達はこれに対処すべく行動を開始、防衛迎撃の為のバリケードを築き事に当たる。
「皆が必死に私を護ろうとしてくれていたんだが、如何せんテロリスト達の方が我々よりも人数が多くてね、隠れていて下さい提督から逃げて下さい提督に要請が変わるまでさしたる時間はかからなかったよ。」
その声に従いヤンはガンルームから撤退する、部下達をその場に残す事に忸怩たる思いを抱きながらも。
「とは言っても、艦の中だからね何処に逃げれば良いのやら、艦内通路を当てもなく歩いている時だった…帝国軍の軍服を着た兵士が私を呼び止めたのは。」
その声を発した後、その男は直ぐ様己が手にしたブラスターを発した。
その熱線はヤンの左脚大腿部を貫通した。
「ブラスターと言う武器は、中々に嫌らしい武器でね、人の肉体を貫通させる程の高熱を発しながらも、同時にその傷口を炭化させない温度に調整出来るんだからね、その熱線は動脈層を撃ち抜いていて、包帯代わりに巻いていたスカーフを血の色に染めあげてしまっても出血は止まることが無かったんだ。」
「…ヤン君……。」
悲しげに小さな声を発する由比ヶ浜、一人の男の人生の終着点を知った彼女はそれ以外に言葉を口にする事が出来無いでいた。
他の者たちも、それは同様か。
「不思議なものでね、それだけ血が出れば身体は軽くなっている筈なのに、妙に身体が重く感じるんだ、やがて歩く事も出来なくなって通路にしゃがみ込んでしまったんだ…全く私はフレデリカやユリアン、それにこんな私に付いてきてくれた皆を遺して、宇宙の片隅でくたばってしまったんだ、皆に詫びの言葉も残せずにね…。」
宇宙暦800年6月1日午前2時55分、ヤン・ウェンリーの人生の時間はそこで停止した。
彼自身が、己の人生の終わりを迎えた正確な時間を知ることは無いであろう。
それは今生に於いても…。
何とか、妥協出来る位に纏めました。