不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。   作:佐世保の中年ライダー

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銀河の歴史を語り終えた魔術師は。

 

 「こうして宇宙暦の時代で私は一度命を失ってしまった訳さ…」

 

 前世での己の人生とその世界の歴史を語ったヤンはそう一区切りした。

 

 「…そして何時からだろうか、私は不思議な夢を見る様になったんだ、それは時に断続的に時にまるで物語、ドラマのストーリーの様にね、やがて12歳の頃だったかな。」

 

 「何だか不足していたパズルのピースがキッチリと噛み合ったかのような、そんな感覚を覚えてね…私は其れまで見続けていた夢が自分の前世の記憶だと認識出来たんだ。」

 

 今生、21世紀の地球上に於いて、ヤン・ウェンリー少年は、宇宙暦の時代を生きた男の人生をもう一つの己の人生だったのだと認め受け入れた。

 

 「だけどね、残念ながら転生にあたっての特典は何も貰えなかった様でね、異能の力を打ち消す右手も波紋の呼吸も黄金長方形の回転も、当然スタンド能力なんぞ持ち合わせては居ないんだ、材木座君にとってはラノベのネタに出来無いだろうからそこは申し訳無い。」

 

 「イヤイヤ何の、これ迄に語っていただいた、宇宙暦の話だけでも充分であるぞヤン殿!とても貴重な話が聞けたぞ、改めて礼を言おうヤン殿、ありがとう心より感謝する。」

 

 材木座はヤンに対し、本心からの礼の言葉と共にその頭を垂れた。

 「そこまで感謝される様な事はしていないさ、頭をあげてくれ」とヤンは材木座に促す、ヤンはまだ語っていないのである、この一連の話のオチを。

 

 「…でだね、12歳にして前世の記憶に目覚め…私は心底絶望したんだ。」

 

 クエスチョンマーク、この奉仕部の部室に集ったヤン以外の四人の頭には、疑問符が浮かんでいた。

 普通ならば一度死して、再び人生をやり直す事が出来るのである、其れを喜び

こそすれど(但し二度目の人生が不幸な境遇であると言うのならば別であるが)絶望する事が何処に有るのか、今生のヤンの実家は裕福であり世界的に商いの手を広げる商家、資産家である、なのに何故。

 その絶望する理由をこれからヤンは語る、それはとても彼らしい理由である。

 

 「…だってね、12歳だよ、そんな年齢じゃあ酒だって飲めやしないじゃないか、私の家の家族構成なんだが、両親と十歳年上の兄貴が居るんだけど、両親は勿論の事だが、その時既に兄貴も成人していてね、夜食の席には当然ながら3人にはアルコールが供されるのたが…はぁ私の席には子供向けのドリンクが供される訳さ、これを不幸と言わずして何を不幸と言おうか。」

 

 「何と言うか言うべきか、やはりヤン君はヤン君なのね…はぁ。」

 

 「あははははっ、何かヤン君らしいって感じかな。」

 

 「長々と語った話のオチがコレかよ、まぁソレでこそヤンって評価しか出来ないわな…。」

 

 奉仕部の三人はそれぞれにここ数日で知ったヤン・ウェンリーの為人と、この日語られた物語とそのオチに彼らしいとの感想を抱いたのだった。

 

 「…まぁこんな感じたね材木座君、此れは私がこれ迄に学んだ歴史戦史を元にSF、スペースオペラと言ったジャンルの小説や映画アニメ等の物語に落とし込み、最後に異世界転生物のライトノベルの要素を加えてみたんだが、どうだろうか我ながら中々に上手く纏められたと思うんだが…。」

 

 そう、この日ヤンが自分の過去前世から今生に至る迄の人生を語ったのは、材木座のラノベ作家になりたいと云う目標に対してのアドバイスの為であったのだから、ヤンは其れをフィクションであるのだと、あくまでも物語の創作における作法の一つだと認識させなければならないのだ。

 

 「…素晴らしい、素晴らしいぞヤン殿おおおっ!」

 

 材木座は再びオーバーリアクションで己の喜びとヤンに対する感銘を表したのだった。

 大きく身体と腕を振り回しながら、その様を他の者たちは毎度の如く、冷たい目で眺めて居るのだが。

 

 ひとしきり騒いだ後、唐突に材木座は床に正座をし、ヤンに対して手を付き頭を下げた。

 所謂土下座というやつだ。

 

 「ヤン殿、頼む我に…俺に書かせて貰えないだろうか、宇宙暦の物語を是非、お願いします。」

 

 真剣な口調で、普段の中2病的な口調を止め懇願する材木座の姿はこれ迄に、八幡でさえ見たことの無い姿だった。

 

 「おい、材木座お前はラノベ作家になりたいんじゃなかったのか、幾らヤンの話が良く出来ていたからって、今度はソレをパクるつもりかよ。」

 

 八幡はその淀んだ眼に、非難の色を浮かべ材木座へ問い掛ける。

 

 「無論その夢は諦めてはいないさ、これ迄に雪ノ下さんや八幡お前に貰ったアドバイス、それからヤン殿が今日語ってくれた話とアドバイス、其れを踏まえ俺は之から自分を磨く、そして第一の目標はラノベ作家となる事、そして更にその先に宇宙暦の時代の物語を書き綴る事が出来るだけの文章力を身に着ける事だ。 書きたいんだヤン殿やラインハルトや大勢の英雄達の物語を、今はまだ駄目だ俺には其れを書けるだけの実力は無い、だが十年、否それ以上掛かったとしても何時かは…書きたい。」

 

 八幡は驚いていた、これ迄材木座はラノベ作家になりたいと言いながらも、どこかその言動に中途半端さを感じていたからだ、実際材木座自身も己の夢にその様な面が有ると感じていたのかも知れない。

 だが、今はそれが無いその眼鏡の向こうの眼差しは決意した者のそれであったのだ、少なくとも八幡にはその様に見えた。

 八幡だけでは無い、雪ノ下と由比ヶ浜の二人も材木座の変わり様に驚いている様であった。

 二人の目には普段の材木座に対する軽蔑するかの様な眼差しは無い。

 

 「勿論ヤン殿の話をソックリそのまま書く事などしないさ、自分なりの解釈や他のキャラの視点も加える、そしてヤン殿の死後の物語も書こうと思う、その辺りは俺の独自の解釈で進めるがな。」

 

 ヤンは静か微笑んでいた、材木座の決意の言葉を嬉しく思って居るのだ。

 願わくば、材木座がその目標に手が届きます様にと願うヤンであった、尤もヤンは神の存在など信じては居ないので、願う先が何処かは定かではないのだが。

 

 

 

 

 材木座が部室から出て行き、部員の四人だけが残った室内。

 初夏の頃日も長くはなっているが流石に空の色は朱色と深い青がまじり始めていた。

 

 「今日は随分と口を開いて喉も渇いたけれど、雪ノ下さんの紅茶のおかげでそれも癒されたよ、ありがとう雪ノ下さん、だけど流石に少し飲みすぎたかな、ちょっと失礼するよ。」

 

 そいう言い残しヤンは席を立ち廊下へと出て行った、その行く先は……。

 

 

 

 3人になった部室内は暫しの沈黙に支配されて居たが、意を決したかの様に彼女は言葉を紡ぎ出した。

 

 「比企谷君、由比ヶ浜さん、どう思ったかしらヤン君の語った物語は?」

 

 雪ノ下の発したその言葉は疑問符付きであった。

 

 「どうってのは、この場合何を指しているんだ雪ノ下。」

 

 八幡は淀んだ眼に、猜疑的な色を現し雪ノ下の真意を聞くべく質問に質問を返した。

 質問に質問で返すんじゃあ無い、若干ながら雪ノ下がそう返して来るのでは無いかと期待していた八幡だったが、その辺りの知識に疎い雪ノ下は八幡の意に沿う返答はしなかった。

 

 『べっ、別に期待していた訳じゃ無いんだからね、本当だよ。』と脳内で八幡はセルフ突っ込みをしていた。

 

 「ヤン君は、普段の言動は問題が有るけれど…そうね私は思ったの今日彼から聞かせて貰った物語、そしてそれに付随する彼の考えやその見識が、とても私達と同じ高校2年生の物とは思えない、それを遥かに越えていると、そう私は思ってしまったのよ、そして……此れは貴方達二人に、もしかしたら笑われてしまうのでは無いかと思わなくも無いのだけれども、私にはヤン君の話がとてもフィクションだとは思えなかったのよ、嘘偽り無く彼は真実を語ったのだと。」

 

 自身の感じたヤンに対する印象、ともすればそれは他者から笑われてしまうのでは無いのかと雪ノ下はそう思った。

 そう思うのが普通では無いか、彼女は考える。

 

 「否笑わねえよ、俺も正直そう思ったんだ、何よりもあの話、あれだけのボリュームのある物語をたったの一晩で形にする何てのプロの作家でも無理だろうからな、ヤンが作家志望でこれ迄ずっとあの物語を考え続けて居たなら話は別にだけど、初めて会ったあの時…あいつは歴史研究家志望だって言ってたからな。」

 

 「けど、ソレでもそうだったとしてもあいつは…ヤンはヤンだ、俺はソレで構わない…それで良いんじゃね、深く考えても多分真相は解かんねえだろう、確認のしようも無いしな…まぁ、知らんけど。」

 

 雪ノ下の思いに対する八幡の返答は、彼女の考えを否定する物ではなかった。

 何故ならば、八幡も内心は雪ノ下と同様な思いを抱いていたからに他ならなかったから。

 

 「…………何かね、あたしは…ヤン君スゴイなぁって思ったんだ。」

 

 雪ノ下と八幡のヤンに対する思いを聞き、由比ヶ浜は自身の思いを口にする。

 

 「あのさ、あたしはゆきのんやヒッキーみたいに難しい事は良く解かんないとこ有るけどさ、前にゆきのんが中2に言ったこともスゴイなって思ったけど、ヤン君のはゆきのんが言った事よりも、もっと凄いって思ったんだ。」

 

 「……………。」

 

 由比ヶ浜は自身の考えを、彼女なりに考えながらもしっかりと伝えようとしている、雪ノ下はその姿を正面から真っ直ぐに見つめ、八幡も馬鹿にしたり皮肉を交えたりする事無く、頬杖を付きながらも見守る様に見つめている。

 

 「最初に中2が小説持ってきた時、あたしは印象だけで中2の事キモいって思ってさ、預かった原稿だって家で何行が読んで…何かつまんないって思って、途中で読むの止めちゃたしね…皆はちゃんと読んできてたのに、ゴメンナサイ。」

 

 「…結局さ、あたしだけ適当だったんだよね、ヤン君の話聞いてさ…ヤン君はすっごく真剣に中2事考えてあげてさ、あんなスゴイお話まで作って、それが現実かどうか何てあたしには解かんないけど、ヤン君もゆきのんとヒッキーみたいにちゃんと考えてたんだなぁって…だからねあたしも、やっぱちゃんとしなくちゃだよね…うん。」

 

 八幡と雪ノ下は驚いていた、ヤンの話を聞いた由比ヶ浜が二人から見て成長している様に思えたからだ、材木座もそうであったが、由比ヶ浜もどうやらその様であった。

 そして、その二人に成長を促したヤンの手腕に対して、今はまだ言いようの無い何かを感じ取ったのだ。

 

 由比ヶ浜の精神の成長を目の当たりにした二人は、何故そうなったのか其れを分析する様に思考し始めた、だから由比ヶ浜が椅子から立ち上がった事に気が付くのが、遅れてしまった。

 由比ヶ浜が自分の席を離れて、八幡の目の前に立っていることに、二人は気が付いていなかった、だから「ヒッキーごめんなさい」と頭を下げ詫びの言葉を口にする由比ヶ浜に気が付いた時、八幡はその淀んだ眼を大きく開き驚きの表情を浮かべていた。

 

 「ちょっ、ビックリした!何お前急に人の目の前に立っちゃってんの、しかも何をイキナリ頭なんか下げて、ちょっと止めてくんない、イキナリ出すのは熊本名物いきなり団子だけで十分だからな、イヤほんと止めて、それと雪ノ下その携帯はしまえ俺は何もやっちゃ居ない無実だ、冤罪だ!」

 

 「犯罪者は誰しもそう言うのよ、己の罪を認める事は最初はしないの、だからこそ警察は取り調べを行うのよ、解ったかしら犯罪者谷君。」

 

 

 

 「ゆきのん、あたしがヒッキーに謝ってるのはね、ケジメだからなんだ。

 あたしはヒッキーにちゃんと謝んなきゃいけないんだ。」

 

 「そう、私も聞かせて貰ったも良いのかしら由比ヶ浜さん。」

 

 「…うん、大丈夫だよゆきのん。」

 

 何時もの様なやり取りを終え、三人は気を改めて、由比ヶ浜の八幡に対する謝罪の言葉、その真意を聞く事とした。

 

「えっと、ヒッキーはさ去年の入学の日に事故に遭ったよね、道路に飛び出した犬を助ける為にさ。」

 

 「…ああ。」

 

 「……っ…」

 

 事実確認をする様に由比ヶ浜は八幡に問い、八幡は其れを事実と認め返事をした。

 向かい合って互いを見つめ合う二人には見えて居なかった、雪ノ下がその言葉にその表情を変えたことに。

 

 「ヒッキー、ありがとうサブレを助けてくれて…あたしなんだ…あの時ヒッキーが助けてくれた犬の飼い主は…後であたしヒッキーん家にお礼を言いに行ったんだけど、ヒッキー居なくてさ小町ちゃんが居てお菓子渡して、後で学校で直接お礼を言うって、小町ちゃんに言って帰ったんだ…それでしばらくあたし学校でヒッキーの事探して、でも中々見つかんなくて…でもやっと見つけて、お礼言わなきゃって思って…。」

 

 「…あれだよな、由比ヶ浜…学校での俺の態度とか見てお前、声掛けられなかったんだろう、ハッキリ言って俺は人との関わりを自分で拒否してたからな、だから由比ヶ浜お前みたいに周りの空気を読む奴は、俺みたいな奴にスクールカースト最底辺に居る奴に声掛け辛いよな、その結果お前は俺に話し掛けるタイミングを失って今に至ってしまったって訳なんだろ!?」

 

 「…うん。」

 

 由比ヶ浜の性格から導き出した、八幡なりの思考の結果を確認する様に八幡は由比ヶ浜へ問うてみた。

 その答えは、八幡の予想通りの彼女の返事と頷く仕草。

 

 「ホントはさ初めてここに来た時の、あのクッキーはね、ヒッキーに渡したかったんだ、ありがとうとゴメンナサイの気持ちを込めて…えっとねその、だからあたし今ちゃんと言わなきゃかなって、ヒッキーには今更だって思われるかもだけど…ケジメ着けなきゃ始めらんないかなって……ヒッキー遅くなってゴメンなさい。」

 

 由比ヶ浜の顔はほんのりと紅潮し、瞳には涙の雫が溢れ出していた、その表情から八幡は感じ取っていた、彼女の言葉に嘘偽りの色は感じられないと。

 

 「…由比ヶ浜、もう一年以上も前の事だ、俺は何も気にしちゃ居ない、だからお前も気にすんな。

 …けどお前がそれじゃ気が済まないってんなら、俺は…お前の礼と謝罪を受け入れる、それで良いか由比ヶ浜?」

 

 なので彼は、彼らしく捻た表現で由比ヶ浜の思いを受け入れた。

 

 「うん!ありがとねヒッキー、サブレを助けてくれて。」

 

 涙の雫を滴らせながらも、由比ヶ浜の表現は喜びの色が大きく浮かんでいる。

 その表情に八幡は眼を奪われていた、平塚教諭に初めてこの部室に連れて来られて、この場所に佇む雪ノ下に同じ様に八幡は眼を奪われた。

 その時と同等が、それ以上の思いを抱き八幡は由比ヶ浜の顔から視線を逸らすことが出来なかった、それ程に今の由比ヶ浜の表現は八幡にとって魅力的に映っていたのだった。

 

 「それでねヒッキー、あの…えっ〜とね、ヒッキーあっ、あたしと友達になって下さい!!」

 

 「…っつ、おっおう!?」

 

 勢いに押され思わず返事をしてしまった八幡だが、『いやいやいやいや、断われねぇってあんな顔で頼まれたら、何だよコイツ、ヤバいって由比ヶ浜のやつこんなに可愛かったのかよ、いや知ってたよこいつが可愛いって事は、でもあれは反則だってのヤバい勘違いするなよ、あくまでも由比ヶ浜は友達になろうと言ってんだ、付き合おうって言ってる訳じゃ無いんだからな、勘違いするなよ俺。』

 再び、黒歴史を繰り返してはなるまいと八幡は己の心に言い聞かせる。

 

 その時、所用で部室を空けたヤンが戻って来た。

 ヤンは部室内に居る三人の立ち位置とその表情から、はて自分が居ない間に彼等の間に何かひと悶着あったのかと思ったが、何ら確信を持っているでも無し何も言わず自分の席に着いた。

 やがて時刻は完全下校時間を目前としていた為彼等は部活を終え帰宅する事にした。

 

 この日一人の中二病ラノベ作家志望の少年は、己の目標を見定めてそれを目指し邁進する覚悟を決め、一人の少女は一年に渡り蟠りわ抱いていた心に一つの区切りをつけ、改めて己の恋心に向き合う事を決めた。

 

 しかし、一人の少女が未だ己の中の蟠りの心に向き合えずにいる事にヤン達は気が付か無かった。

 

 5月が終わり間もなく6月を迎えようとしている。月末の一日、ヤン・ウェンリーは奉仕部の部員として初めての依頼を遂行し、まずまずの結果を残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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