不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
21世紀の地球上に転生し、日本は千葉県総武高校に於いて学生生活を送る、ヤン・ウェンリー。
かつて日本へ初来日を果たした時偶々出会った同い年の、淀んだ眼をして捻た物言いをしはするが、本質的には優しい気質を持つ少年、比企谷八幡。
ヤンは彼と友誼を結び、彼の所属する部活(一風変わった活動理念を掲げる)奉仕部へと入部し、ヤンにとっては初めてとなる依頼をこなしてから、間もなく一週間が過ぎようとしていた。
その間奉仕部には新たな依頼は舞い込まず、ヤンを含めた奉仕部の面々はのんびりとした時間を送っていた。
奉仕部には所属する部員のうち三人、部長の雪ノ下雪乃とヤンにとっては日本で得た初めての友人比企谷八幡そしてヤン、この三人は読書を趣味の一つとしており専ら部活中は読書に勤しんでいる為に、口数は少ないが互いに自身が読んだ本を勧め合ったり、感想や考察を述べ合うなど良好な関係を築いていた。
「う〜、あたしも本よもうかな…」
四人中唯一人、読書を趣味としない由比ヶ浜結衣はその日唐突にそう宣った。
「おい、さてはお前由比ヶ浜の偽物だな…お前が本物の由比ヶ浜なら口が裂けても本を読もうなんて言うはずが無いからな!」
由比ヶ浜の発言に対し、八幡は余りにも無体な反応を示した。
「ちょっ、酷いヒッキー!あたしだって本くらい読もうと思えば読めるんだかんね!!」
プンプンと軽く怒りを顕に八幡に対し反論をする由比ヶ浜であったが。
「大丈夫なの由比ヶ浜さん何か悪い物でも食べたの?具合が悪ければ無理をせずに療養をすべきよ。」
自身にとって親友だと思っている雪ノ下にまであまりな発言をされるに至り…
「わぁ〜ん!ゆきのんまでひどいよぉあたし偽物じゃ無いし悪い物なんかたべてないのにぃ〜!」と嘆いてみせた。
「まあまあ、二人共端から決め付けは良くないよ、まずは由比ヶ浜さんの話を聞いてみよう、疑うのはその後でもできるからね。」
とヤンは、一見八幡と雪ノ下を諌めるかの様に言うのだが…。
「わぁ〜ヤン君まで!それ疑って無い様で疑ってるみたいじゃん!みんながひどいよぉ!」と言う事であった。
由比ヶ浜が本を読もうかと言ったことには理由があった。
一つは自分以外の三人が読書家である為に若干の疎外感を抱いていた事、そしてもう一つはこの2日前に遡る。
『あのさヒッキー…ヒッキーは文系の大学行くんだよね!?』
『…あぁ、まぁ、そのつもりだな。』
由比ヶ浜の質問に訝しげな眼を向けながらも八幡は答えた。
『やっぱりさ文系行くなら、本とか読んだ方が良いのかな、ほらいわゆる名作とかさ。』
『まぁ、読んでて損は無いだろうな、文学や名作と評されている作品に触れる事で、感性をみがき心を豊かに出来るかもだな、まぁ読み手にもよるんだろうがな。』
『ふうん、そうなんだ。』
この様なやり取りがあったのだった。
材木座の依頼をヤンが捌いた後、これまで彼女が秘めていた蟠りを解く事が叶い、彼女はハッキリと自覚したのだった。
比企谷八幡に対して自身が抱いている恋心に。
故に彼女は決意したのだ、八幡と同じ大学へ行こうと、彼女の読書発言は、その一環であったのだ。
恋心を自覚したと言っても、まだ彼女は自身の思いを彼に告げる事は出来無いでいた。
それ故この場では言葉を濁し、ただ単に自分も文系の大学を目指そうと思い、読書をしようと思い至ったと述べた。
ヤン、八幡、雪ノ下の三人にお勧めの作品を教えて貰い、由比ヶ浜はそれを読んでみようと思ってはいる様だが、これ迄読書の習慣が無かった彼女が果たして読書家となり得るのかは、未知数であろう。
そして現在はその翌日、週末の金曜日の放課後。
既に部室の定位置に座る雪ノ下と由比ヶ浜にやや遅れて、ヤンと八幡が何時もの様に女性陣と挨拶を交わし入室し其々の定位置へと着席。
依頼者の有無を確認し、尤も入室した時点で部員である女子二人しか居なかったのだから現状依頼は舞込んでいない事は分かっていたのだが。
『ははっ、どうやら今日も静かな放課後のひと時を過ごせそうだな。』内心にそう呟きながらヤンは着席した。
定位置にて、他の部員達の様子を確認しヤンは普段と違う様子に気が付いた。
普段は暇な時間スマートフォンを弄っている由比ヶ浜が(原作では携帯電話)この日は教科書を開き勉強に取り組んでいたのだった。
『ほぉ、由比ヶ浜さんは彼女なりに真剣に進学に備えようとしている訳か。』
その様子に感心するヤンであったが、これ迄真剣に勉強をしていなかった故に由比ヶ浜のレベルは、現時点では志望校に合格出来るレベルに達しているとは、お世辞にも言えないだろう。
う〜っ、と唸りながらペンを片手に教科書を読んでは居るが、余り理解出来は居ないようで、頻繁に隣の雪ノ下へ質問をしていた。
雪ノ下はその都度、読者を中断する羽目になり、幾分か不満気な表情を見せるのだが、友人から頼られている事が満更では無い様で、丁寧に教えている。
「そっかぁ、ありがとうゆきのん!」
屈託の無い笑顔で雪ノ下へ礼の言葉を述べながら、同時に彼女へと抱きつく由比ヶ浜。
「由比ヶ浜さん、暑苦しいから離れてちょうだい。」
苦言を呈しながらも、雪ノ下の表情には微かな笑みが見て取れた。
『はいはい、本日一回目のゆるゆり頂きました、ごっそうさん!』
『うんうん、仲良き事は善きこと哉、実に平和な光景だね。』
その光景を男子二人は其々の感慨に耽りながら眺めやるのだった。
「その不快な眼をこちらに向けないでもらえないかしら、変質者谷君。」
携帯電話を片手に雪ノ下は何時もの如く、八幡を一見侮辱するかの様に揶揄する。
「ちょっと待て雪ノ下、電話のボタンを押すのを今すぐ止めろ冤罪だ、そっちがその気なら俺もお前を訴えるからな、誣告罪でな!」
「あら今の日本国憲法に誣告罪などと言う罪名は無い筈よ、それを言うなら虚偽告訴罪と言うべきでは無いかしら。」
「くっ!コンにゃろう…悔しいがこの手の知識じゃ勝ち目がねぇ〜。」
何時も通りの八幡と雪ノ下の言葉のドッチボール、この二週間弱の間にヤンはすっかりこの光景に馴染んでしまっていた。
ここはとばっちりが来ないうちに、可及的速やかに、スクールバッグより本を取り出して読書に勤しもう、そう思い行動に移すヤンであった。
八幡が白旗を揚げ降伏した事により、二人のドッチボールは終結した。
八幡は結果に不満がある様でブツブツと呟きながら、自らもスクールバッグより読み掛けの本を取り出す。
その際にテーブルに置かれたヤンが取り出した本の表紙を一瞥し、その顔にあきれの表情をうかべ、ヤンの顔へと眼を向けた。
「…お前、ブレねぇなぁ…」
しみじみと呆れ混じりの口調で八幡は
ヤンへ突っ込みを入れるのだ、その本のタイトルが如何にもヤンらしいと思ったのだ、それはここ最近知った彼の嗜好そのものであったからだ。
「ハハハッ、昨日寄った本屋で見つけてね、思わず買ってしまったんだよ。」
その本の表紙にはこう書かれていた。
『日本の銘酒百選』と。
男子二人の会話に興味を懷いた女子二人もヤンが持ち込んだ物が何かを確認すべく席を立ち、そのブツを確認した。
雪ノ下は額に手を宛て呆れの表情を浮かべ首を振り、由比ヶ浜は苦笑をした。
「生憎と私はまだ日本酒と云う物を口にした事が無くてね、これを読んでその味に想いを馳せようと思ったんだ…あぁ一体日本酒とはどれ程の甘露なのだろうか、この口と喉で味わえる日が来る事が今から待ち遠しくてたまらないよ。」
その、ヤンの口から発せられたセリフもまた、ヤンをヤン足らしめる物であった。
ゆったりと流れ行く穏やかなる時間、雪ノ下が淹れた紅茶に舌鼓をうち、本のページをめくり新たに仕入れた日本酒の知識、未だ味わえぬ其れにヤンの期待は否応なく盛り上がる(この作品に於いて宇宙暦の時代に日本酒の製法は伝わってはいない物とする)その甘露を味わう日を夢見て。
その静かな時間の流れが途切れたのはノックも無く無造作に、部室の扉が開かれたからであった。
「やあみんな、やっているかね失礼するぞ。」
開かれた扉から、そう告げる声と共に奉仕部の部室へと歩み居るは、この部の顧問である美貌の独身教師、平塚静教諭その人であった。
「先生、何時も言っていますけど、入る際はノックをお願いします。」
「ん?あぁすまんな雪ノ下、今は硬い話は抜きにしてくれ。ハッハハハッ。」
雪ノ下の苦言もどこ吹く風の平塚教諭の言動にヤンは苦笑を禁じ得なかった。
『そんなんだから結婚出来ないんだろうこの先生は、コレだけの美人なのに早く気が付いて改めれば、彼氏なんかすぐに出来んだろうに。』と八幡は思わずには居られなかった。
「ほう、比企谷何か言いたい事があるのかね、時間はたっぷりと有るジックリと聞いてやるぞ。」
不敵な笑みと共に指の骨を鳴らしながら、八幡に詰め寄るその姿はどう贔屓目に観ても恫喝に見える事だろう。
「…いえ、取り立てて何か考えていませんにょ…。」
美人教師のその言動は八幡の心胆を寒からしめるに十分であった。
「所でヤン、材木座が喜んで居たよ、君に道を示してもらえたとな、私も嬉しく思うよ一人の生徒の迷いが払拭された事がね。
これでこそ、君をここへ連れてきた甲斐が合ったと言うものだ。」
「そうですか、材木座君がね…そう思って頂けたのなら私も、悪くは無いと思えますね。」
「あ〜、うんアレはスゴかったもんねヤン君。
あたしは、小説家になろうって思わないけど、もし小説家になろうて思ってたらアレはすっごく参考になったと思うもん。」
「ほう、それ程の物だったのかね。」
平塚教諭が振った材木座の件に由比ヶ浜の高評価が加わり、それに平塚教諭は気を良くした様だ。
「そう評価して戴けるのは嬉しいのでずかね、元よりあれは材木座君の方に評価すべき点が多々あったからだと、私はそう思っているんですよ。」
功績を誇る様子も無く、淡々と事実を告げる様にヤンは口にする。
平塚教諭や由比ヶ浜は謙遜する事は無いであろうと思っている様子がその表情から伺える。
「私は、そうだな眩しく感じたんですよ材木座君の事がね、彼の原稿を読んでみて、確かに文法など破綻しているとは思いましたが、だけど私にはあの原稿から材木座君が作品を、本当に楽しみながらそして情熱を方向けて書いているのだと思えてならなかったんですよ。」
「ヤン君申し訳無いのだけれど私にはあの作品から貴方が言う様な物を感じ取る事が出来なかったわ、あれの何処に貴方はそれを感じたのかしら。」
ヤンの材木座評に納得が行かない雪ノ下はその発言の真意を知る為に、ヤンへ尋ねた、それは雪ノ下だけでは無く、八幡を除く女性陣が等しく感じた疑問の様で、平塚教諭と由比ヶ浜がその言葉にわ頷いていた。
「あの原稿を読んで気が付いたんだけど、例の技名や能力等に書かれていた読み仮名などのルビだけどね、あの部分に何度も消しゴムを掛けたあとがある事に気が付いてね、複数の筆跡が見て取れてね、それを見て私は思ったんですよ…材木座君は、彼は本当に心から楽しみながら技の名前一つとっても何度も考え直して書き上げたのだろうとね、技術的には問題点が多く見受けられはしたけど、その点が何とも微笑ましく、そして眩しくも感じた…そう言う事ですよ、だから私は私が出来る事をした、それだけなんですよ。」
そのヤンの発言に雪ノ下は、自身とヤンの違いを知った。
雪ノ下は結果だけを見て、材木座の小説を全てと判断した。
対してヤンは原稿から過程までもを見通して判断を下した。
その結果はその後の材木座の態度から知る事が出来る、その結果に雪ノ下の元来持つ負けず嫌いな性格が頭をもたげたが、同時にヤンを高く評価する気持ちも生まれていた。
それは或いは、雪ノ下雪乃と言う少女の成長の顕れなのかも知れない。
この奉仕部を設立した平塚教諭にとってそれは彼女が望んでいた結果への第一歩なのかも知れない。
子供達が未来へ向けて歩みを進めている、僅かながらもそう思えた平塚教諭は静かに微笑む。
さて、今日の要件は済んだ、平塚教諭は残りの仕事を片付けるべく、奉仕部を後にしようと踵を返そうとして、テーブルの上に置かれた、ヤンが持ち込んだ例のブツに目を留めた。
「…ときにヤン、君はその、行ける口なのかね?」
平塚教諭はヤンにそう質問せずには居られなかった。
「…残念ながら、今の私は未成年で有りますからね、そこはノーコメントと言う事で…しかし成人した暁には確実にそうなると確信しますね。」
少し惚けたフリをしてヤンは平塚教諭へと返答をした、その答えに平塚教諭は不敵な笑みを湛え、ヤンの眼をみて告げたのだった。
「そうか…今から楽しみだな、その時はヤン…君と共に酒を酌み交わしたい物だな。」
「…そう思って頂けたのなら光栄ですね、平塚先生。」
「ああ、全く楽しみだ…では私は職員室へ戻るとしよう、ではな。」
平塚教諭が戻り静けさを取り戻した部室内、そこでは再び平塚教諭が来訪する前の光景が繰り返されていた。
6月を迎えた関東地方、西日本よりは早く日没を迎えはするがそれでも日は長く、完全下校時刻を迎える時間でも空は青の領域の方が優勢を締めている。
そんな時間だった。
ヤンの懐の中のスマートフォンが振動したのは。
その振動に気が付いたヤンはそれを取出し、画面を確認する。
それはメールの着信を告げる物だったのだ、メールを確認したヤンは戸惑いの声を挙げてしまった。
「…ふう、いやはや何ともコレはどうした物か…」
「ヤン君、どうかしたの?」
それを皆訝しく思い、由比ヶ浜が代表する様にヤンへ尋ねるのだった。
戸惑い頭を掻きながら、どうするべきかと思案するヤンだが、別段誤魔化す様な事でも無いかと結論付け、話すことにした。
「実はだね…その皆の写真を撮らせて欲しいんだけど、了承して貰えないかと思ってね。」
「…その写真をどの様に使うのかしらヤン君、事によっては肖像権にも関わる問題よきちんとした返答を頂きたいものね。」
「まぁまぁ良いじゃんゆきのん、写真くらいさ、あたしは良いよヤン君。」
女子二人の真逆と言って差し支えない意見に、戸惑うヤンであるが別段悪事に利用する訳でも無く、素直に理由を説明する。
「私と部活を共にする人達がどう言う人か知りたいから、是非写真を送って欲しいとメールが来たんだ、それでなんだけど…駄目だろうか。」
そう端から説明はきちんとするつもりだったので、ヤンに疚しさは欠片ほどもないのだった。
「で、相手は誰で、お前とはどう言う関係なんだ、俺も写真位ならどうと言う事は無いが、その辺はハッキリさせとくべきだろう…女子もいるんだ。」
ヤンが若干言葉を濁している様に感じた八幡は、真実を問う。
それは不器用なりに、女性陣に気を使う八幡の優しさから出たものだ。
「…実は…その、何と云うか…相手はだね、その、私の婚約者なんだ。」
焦りの態度を現しながら、頭を掻きつつ語られたその事実にヤン以外の三人は驚きを禁じ得なかった。
「…お前…リア充だったのかよ…」
ボソリと溢れた八幡の言葉が、不思議と室内に大きく響いた様に皆感じた。
当初から考えていたルート
八幡=結衣&ヤン=雪乃にするか、八幡=三人娘のうちの誰か&ヤン=かの女性とするか…後者で行く事にしました。