不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。   作:佐世保の中年ライダー

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魔術師は過去と現在に思いを馳せる。

 

 総武高校の正門前にて合流した奉仕部の四人と比企谷八幡の妹小町、そしてヤンの婚約者フレデリカ・グリーンヒルの六名は場所を変え学生達の懐に優しい憩いの場『イタリアンワイン&カフェレストラン』サイゼリヤへ。

 

「いやはや、このプロシュートは値段以上の価値があるね、出来ればワイン…とは言わないけどビールと共に頂きたいものだね、そしてこのミラノ風ドリアも又とても美味だね、この値段でこの味、此れは毎日でも通いたくなるね。」

 

 上記のセリフが誰の口から紡がれたのかは説明する必要もあるまい。

 

 「ウェンリーさん、そのような発言はこの様な公の場では控えた方が良いと思いますよ、ウェンリーさんはまだ一介の高校生なんですから。」

 

 高校の制服姿でワインだのビールだのと口に出す己の婚約者をフレデリカはやんわりと窘めるが、その態度にはこのやり取りがこの二人には茶飯事であるのだろうと言う事が奉仕部の三人には理解出来る様な気がした。

 出会って、部活動を共にする様になり数週間、酒好きを公言して憚らないこの男の為人を多少は知り得たと言っても構わないであろう。

 故に彼女がもしかすると、ヤンのこの他者から見るとやや奇行とも取れそうな原動に、苦労をしているのではないかと他人事ながら同情の念を禁じ得ないと感じていたし。

 

 「ああそうだった…すまないね皆、ここのメニューが思いの他美味かったのでつい欲望が口を着いてしまったよ、ははっ。」

 

 ほぼ癖になっていると言ってもよいであろう頭を掻きつつ、ヤンは騒がせてしまった事を今は謝罪してはいるが、熱りが冷めたらまた同じ事を繰り返すのだろうとなと、この場に居る皆が等しくそう思った、当のヤン本人を含めて。

 

 「はぁ…全くヤン君、貴方という人は本当に…現在の自身の置かれた立場という物をもう少し弁えるべきよ…。」

 

 と、ため息と共に額に手を当て、雪ノ下は反省の色のあまり見えないヤンに注意を促す、それが彼に対しては功を奏しないと解りながらも言わずにはいられないと云ったところか…。

 

 「ふふっ、もう…本当にしょうがない人ですね。」

 

 対して、ヤンを嗜めながらもフレデリカは彼の言い草に苦笑を禁じ得ないのである。

 彼女にとってはヤンのこういった欠点とも取れる様なところさえも好意を抱くポイントであるようだ、まさに『蓼食う虫も好き好き』とはこの事か。

 

 「あははは…なんかヤン君らしいね、ヒッキー。」

 

 「…おかしいな今日は俺、アイスコーヒーに入れるガムシロの分量控えたつもりだったんだけどな、マッカン並みに甘く感じるわ……。」

 

 

 

 

 

 「それでフレデリカ、君はこの千葉県へ移住して来るに当たり私と同じ事をやったと言ったけど、何を指してそう言ったんだい?」

 

 サイゼリヤへ集った皆がそれぞれに小腹を満たし、喉を潤わせ終えた事を確認しヤンは先程総武高校の正門前に於いてフレデリカが発言した、ヤンと同じ事をしたと云う言葉の意味を彼女に問うた。

 そのヤンの問に他の皆も興味を持っている様で、首を縦に振る者、フレデリカの顔に目を向け彼女を見つめる者とそれぞれ動きは違えど彼女がこれから話すであろう経緯に興味津々と云った様子だ。

 

 「……簡単なことですよ、ウェンリーさんが総武高校への転入を決めるにあたって行った事です。」

 

 ヤンは事も無げに言ってのけるフレデリカの言葉にはてと考え込む、彼としては普通に編入試験を経て己の実力で総武高校への入学を果たしているので、何か不正等を行った記憶なぞ皆無であり思い当たる節が浮かばない。

 『私が行った事、行った事…』とヤンが己の脳内の記憶を辿るささやかな旅路に付いている間に、その答えに行き着いた人物が一つの回答を導き出し、それをフレデリカへと確認した。

 

 「なぁ、それってもしかしてヤンが俺の所在を調べたって事と関係があるんじゃないのか、グリーンヒルもヤンと同じ様に俺の事を調べてその結果小町の存在を知り、小町と同じ中学に転入したって事だ……違うか?」

 

 それはかつてヤン・ウェンリーが友誼を結びたいと思った人物であり、いつか再び出会えたらその時は友となろうと約束した、この場に居るもう一人の男、比企谷八幡。

 

 「はい、正解です小町ちゃんのお兄さん……う〜ん、何だか呼び辛いので八幡さんと呼ばせてもらいますね。」

 

 数週間前、ヤンがこの千葉へ移住し総武高校にて八幡と再会を果たした時、ヤンは八幡へ語ったのだった。

 もう一度八幡と会う為にヤンは、興信所に依頼し比企谷八幡と云う人物の所在を探したと云う事を。

 

 「それで私も八幡さんと云う人はどんな人なのかを知りたいと思いまして…だってウェンリーさんったら私という婚約者がありながら、私の居る東京では無く八幡さんの居る千葉を選んだんですよ、いくら相手が殿方であっても多少の嫉妬心位湧きますわ、何せウェンリーさんったら会うたびに八幡さんの話ばかりするんですから、たったの二日私より八幡さんの方が早くウェンリーさんと出会ったからと言ってもです。」

 

 「お…おう、なんかすまん。」

 

 正解を言い当てた八幡に対しフレデリカは女性として、またヤンの婚約者として包み隠さず己の気持ちを正直に語り、その話を聞かされた八幡としては別段自身は何も彼女に対して悪い事をした訳でも無いのに、なんだか申し訳無い気持ちを抱き自然と謝罪の言葉が漏れ出てしまった。

 

 「それで私は八幡さんに私と同い年の妹さん、小町ちゃんが居ると言う事を知りまして、それで「それで小町君にコンタクトを取るべく同じ中学へ転入したと言う訳だね。」…はい。」

 

 更にその経緯を語るフレデリカのそれを遮るように、ヤンが言葉を重ね質問しそれに彼女は素直に答えた。

 ハァ…とヤンはため息を一つ吐き、その無造作にあまりきちんと櫛も通してしないと思われる黒髪を掻きつつ『やれやれ』と呟き、そして…。

 

 「フレデリカ、フレデリカ…確かに私の選択によって結果私は君に対して不義理を働いた形となってしまった、それに付いてはすまないと思うし君が謝罪を要求すると言うのなら私はそれに従おう。

 しかしだね、もしも君が小町君に接触するに当たりそれが八幡や小町君に対して悪意を抱いていての事ならば、私は君とのお付き合いを考え直さなければならないだろうね。」

 

 ヤンの口調は静かではあるが、それはフレデリカからするとかなり厳しい物言いとなった。

 短い期間であるが彼と放課後部活動にて幾許かの時間を共に過ごした奉仕部の面々は、普段の彼の呑気な言動と今のフレデリカに対する厳しい物言いに戸惑いさえ感じてしまった。

 

 「おいヤン、それはちょっと言い過ぎじゃねえか、少なくとも俺にはグリーンヒルが小町に対して悪意を持ってるなんて感じなかったぞ、もしグリーンヒルが俺達に悪意を持ってんなら態々俺に対して嫉妬心を抱いたとか言う必要も無いだろうしな、まぁ俺からすると男の俺に対して嫉妬心を感じるとか、何処ぞの腐女子が悦びそうな発言は控えて欲しいと切に願わずにはいられないがな。」

 

 その中で逸早く我を取り戻した八幡がフレデリカを庇う、彼はこれ迄の経験から他者が己に対し悪意などと云った負の感情を抱いているか、そうで無いかをかなり正確にそして敏感に感じ取れる質なのであった。

 その彼をしてもフレデリカの発言にその様な色が見えないと言う事は、つまりはそう言う事なのだと判断して構わないだろう。

 

 「そうですよヤンさん、フレデリカちゃんは今日私にちゃんと話してくれましたよ自分の事もヤンさんの事も、後序に家の愚兄とヤンさんの関係についても、だから私はフレデリカちゃんと友達になったんですよ、あっこれって我ながらポイント高いよねっお兄ちゃん。」

 

 八幡の妹であり、本日この場を設ける為に奔走、もとい画策した小町も同様にフレデリカに悪意が無いと断言する、若干ながら余計な部分を加えて。

 

 「………さり気無く俺の事を愚兄とかディスって無けりゃ、俺も高ポイント進呈しても良かったんだけどな、ヨドバシカメラ位の。」

 

 実のところヤンもフレデリカが悪意を持って比企谷家を調査したとは思ってなどいないのである、何故ならヤンは総武高校への転入を前にしフレデリカに語っていたのだ。

 ヤンが八幡の居場所を探す為に民間の調査機関に依頼をしその所在地を突き止めた事、それにより総武高校への転入を決意し彼と接触を試みようと思った事、そしてヤンがその様な事を行った事を包み隠さず八幡へ語り、もし八幡がヤンを拒絶した場合は総武高校を去る気でいた事を。

 

 「…八幡さんありがとうございます、正直に言いまして私は八幡さんと小町ちゃんに嫌われる事も覚悟していました、自分が預かり知らないところで自分の事を調べられるなんて気持ちの良い事では無いですから、その覚悟を持って今日私は小町ちゃんへ接触し、その事を話しました。

 ですけど小町ちゃんは、それを知りながらそれでも私と友人になってくれると言ってくださいました、ですから私はここに誓います、私フレデリカ・グリーンヒルは小町ちゃんを裏切る様な真似はしません。」

 

 フレデリカは八幡と小町へ正式に謝罪し皆の前で誓いをたててみせた。

 それに対して、この場に集った者達は彼女の言葉に嘘偽りが無いとごく自然に受け入れる事が出来た。

 

 「凄いねフレデリカちゃん…あたし達より年下なのにこんなにしっかりと、ちゃんと謝れるなんてさ…なんかあたしフレデリカちゃんの事尊敬しちゃうよ。」

 

 殊に由比ヶ浜はつい数週間前、ヤンの材木座へのアドバイスの話を聞き、己の行いを顧みる事が出来るようになる迄、今日この日より一年以上前、入学式の日に自身の飼い犬サブレをその身を呈して救ってくれた八幡に感謝と謝罪の言葉を告げる事が出来ないでいたのだ。

 由比ヶ浜のそれとフレデリカの行いとでは何方がより罪が深いかは、それを受け取る人により印象も変わるであろうけれども。

 

 「…ありがとうございます由比ヶ浜さん、その様に言っていただけるなんて…えっと、結衣さんと呼ばせていただきますね。」

 

 とは言え先の由比ヶ浜の言によりフレデリカは彼女に対し好印象を抱いた事は確かの様だ。

 

 「うんよろしくねフレデリカちゃん…え〜っと、リカちゃんって呼んでも良いかな?」

 

 「………少し微妙な気がしますけど、それで構いませんわ……。」

 

 彼女を知る者からするとお馴染みであるのだが、相も変わらぬ由比ヶ浜の他者へのニックネームの命名センスの無さをこれでフレデリカも知った事であろう。

 

 「ふむ、どうやら女性陣の親交も深まった様だし、この件はこれで終わりとしようかな…その前に、私の発言でこの場の雰囲気を悪くしてしまった事を謝罪させてもらうよ、フレデリカにもすまなかったね……。」

 

 ヤンは頭を下げて心よりの謝罪をし、其れを皆も受け入れ、この話は此処までとする事となった。

 だがしかし、此処で余計な一言が当のヤン本人の口から発せられる。

 

 「しかしフレデリカが私と同じ事をしたとはね、しまったなこれは特許を取っておくべきだったかな、そうすれば今頃私の懐はかなり潤ってここの払いも私が持てたんだけどな。」

 

 と、何ともこの男らしい一言が。

 

 「ハァ…ヤン君、本当に貴方という人は。」

 

 「アハハ、フレデリカちゃんに聞いていたけどヤンさんってホント変わった人だねお兄ちゃん。」

 

 「良い感じに纏まるかと思ったんだろうけど、こう言う奴なんだよヤンは。」

 

 この締まらない感じ、これこそがヤンを加えて四人となった奉仕部の日常の風景であり、その四人が共に貴重だと感じている彼等の関係性であろう。

 

 

 

 

 

 サイゼリヤでの会合を終え、ヤンとフレデリカは彼女の新居へと向い歩を進めていた。

 フレデリカが小町と同じ中学へ編入した事からも解るであろうが、その新居は比企谷家と近い場所、同じ学区内であるのだが、帰宅の途を比企谷兄妹と共にせずヤンとフレデリカ二人だけで歩いていた。

 

 「ああ…あのだね、さっきはすまなかったねフレデリカ…君が八幡達に悪意を抱いていないなんて事は端から解っていたんだけど、その…。」

 

 「分かっていますよウェンリーさんはあの場で私の事を慮ってあの様に言って下さったのだって事くらい。」

 

 ヤンがフレデリカをあの場で窘めたのは彼女が比企谷兄妹について、ひいては比企谷家を調べた事により皆に彼女に対して不信感、警戒心を持たれてしまうのではないかと懸念した為でもあったからだ。

 先んじてヤンがフレデリカを譴責することによりその様なマイナスの感情を皆に抱かせない為に、勿論同じ行動を行った自身をも同時に譴責する意味合いもあったのだが。

 

 「そうかい、ありがとうフレデリカ、そう言ってもらえて何よりだよ。」

 

 「いえいえ、本当に気にしないで下さいウェンリーさん、其れよりも覚悟して下さいね、きっと父さんはウェンリーさんが来る事に喜んでハメを外すかもしれませんから。」

 

 「ははは…まぁ私もドワイトさんと会うのは楽しみでもあるしね、幸い明日は土曜日だし大丈夫じゃないかな。」

 

 二人は此処で和解し、もっとも初めから諍いがあった訳では無かったのだが、これにより今後この件で二人に蟠りが生じる事も無いだろう。

 

 『何よりもまた君と共に居られる事を嬉しく思うよ、例え君にあの世界の記憶が無かろうともね。』

 

 口に出さずヤンは心中でそう思う、この奇妙な二度目の人生に於いて、再び彼女と出会い共に歩める事、そして生涯の友として長く付き合いたいと思える人達と出会えた事に感謝の念を懐きながら。

 

 「あっ、ウェンリーさんあれ一番星ですよ!見てください。」

 

 フレデリカが朱色から藍色そして薄暗い黒へと変わりゆく空の一点へと手を伸ばし指差す方角には確かに、微かに小さな星の光が遠慮がちに輝いていた。

 

 『…そう言えばあの子と共にハイネセンの夜空を見上げたのは、あれはいつの頃だったかな…。』

 

 大都会東京のベッドタウンと呼んで差し支えないこの住宅街の一角、地方と違い夜でもあまり暗くない空に輝く星に、ヤンはかつての自分の被保護者だった少年の事を思い出し、自身が消えた世界で少年がそして残して来た仲間達に良き人生を歩んで欲しいと、切に願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 


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