不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
比企谷八幡を含む総武高校奉仕部のメンバー四人が、その八幡の妹である比企谷小町からのメールによる呼び出しにより、ヤン・ウェンリーの婚約者フレデリカ・グリーンヒルと邂逅を果したあの日より三日が過ぎた。
この日は大抵の学生にとって、そして会社勤めの社会人にとっても憂鬱に感じられるであろう一週間の始まりの日である月曜日。
その放課後である、今現在比企谷八幡はクラスメイトで部活の仲間でもある由比ヶ浜結衣とヤン・ウェンリーの二人と共に校舎特別棟四階にある奉仕部部室へと向かい歩を進めているのだが……。
「……………。」
彼は訝しんでいた、今朝教室でヤンより朝の挨拶を受けた時から、そのヤンの表情が何だか妙ににこやかと云うか、彼の口の端が緩み切っている様に感じられたからである。
「…でね、あの後あたしゆきのん家に泊まったんだ、って聞いてるヒッキー、ヤン君!?」
当初八幡はヤンと二人で部室へと向かっていたのだったが、其処へ由比ヶ浜が二人を追い掛けて合流したのだが『もう二人共っ、あたしを置いて二人だけで行かなくても良いじゃん!?』との抗議にヤンは素直に頭を掻きながら謝罪したのだが、八幡はと言えば『最終的には部室で合流するんだから、別に良いだろ。』と答えたものだから、その言葉に由比ヶ浜がむくれて二人の言い合いが始まろうとした処を、ヤンが間に入り未然にそれを防がれたのだった。
由比ヶ浜からしてみると、教室では三浦を筆頭とするトップカーストグループに属する彼女は、そのグループとの付き合いもある為にそちらも大切にしなければならないとの思いから、積極的に八幡の元へ行くことを控えている。
彼女の本心としては自身が好意を寄せる八幡と教室でももっと時間を共有したいと思っているのだけれども。
なので彼女にとっては、部室へと向かうこの僅かな時間は彼と共にあれる貴重な時間なのだ。
「あ〜ハイハイ、聞いてる聞いて「もう!ヒッキーってばちゃんと聞いてないし!」……。」
であるにも拘らず、自分の事を適当にあしらっているかの様な態度で以て接する八幡に由比ヶ浜は不満なのだった。
「はははっ…まぁまぁ由比ヶ浜さん落ち着いて、何だかんだと言っても八幡だってちゃんと聞いているんだからね、君と雪ノ下さんとの仲の良さには私達も都度、ほっこりとさせてもらっているんだしね、君だってそうだろう八幡。」
そして再びヤンは二人の間を取り持つよう立ち回る羽目になるのだった。
「……っ、まぁ、そんな事が無きにしもあらずと言えない事も無いと言っておいても良い様な気がしないでも無い。」
しかし当の八幡が、捻た物言いで本心をぼかしてしまう為に由比ヶ浜は、彼の真意を押し測ろうとするも、その胸の内を理解するに至らず。
「もうヒッキーは!それって結局どうなのさ!?」
そう言いながら可愛くポカポカと八幡の腕を叩くのだった。
「痛っ、オイ止めろ由比ヶ浜、痛いからマジ止めろって(近い近いだろうがよ、ああもういい匂いいい匂い!)解ったから離れろっての…。」
「…うぅ…もうヒッキーは!」
『やれやれ、何だか私はお邪魔虫の様だな。』止めろと言いつつも案外悪く無いなと言っているかの様な表情の八幡、そんな彼に頬を染めながらジャレつく由比ヶ浜、二人を見守りながらヤンは心中そうぼやくのだった。
「やっはろー!ゆきのん昼休み振りだね!」
「やぁ、こんにちは雪ノ下さん。」
「うす…。」
先頭の由比ヶ浜が部室の扉を開き、既に部室内で読書に勤しんでいたらしき雪ノ下へ何時もの挨拶を、それに続きヤンと八幡も雪ノ下へ挨拶をするのたが。
「や…ん、んっ…こんにちは由比ヶ浜さん、ヤン君…そして貴方は餅つきでもしたいのかしら、杵つき餅谷君?」
「……そう来やがったか、つか杵つき餅谷って長くね、お前自分で言ってて言い難くいとか思わなかった?」
「あら、その程度の長さの言葉で私が噛んでしまうとでも貴方は思っているのかしら、だとすればその認識をその幻想事改める事ね。」
「あ〜はいはい解った解りました、つかお前遂にラノベに手を出したのな雪ノ下…読んだのは禁書かよ。」
元々が読書家であった雪ノ下、材木座からの依頼によりライトノベルと言うジャンルの事を多少なりとも知り、且つ同じ奉仕部の部員であり同じ読書家である八幡とヤンの存在。
八幡は元からジャンルを問わず活字を読む方で、無論ライトノベルも好んで居た。
そしてヤンは八幡との出会いによってライトノベルに触れ、以後も読む様になった、今生の彼のライフワークとなるであろう歴史研究や勉強の合間の時間に軽く気分転換に読むのにライトノベルは一冊あたりのページ数も少なく手頃であった事も理由であるのだが。
「なっ、貴方は一体何の事を言っているのかしら。」
その様な環境に居る故にか雪ノ下がライトノベルに興味を抱いたとしても、不思議は無いと思うのだが、雪ノ下はそれを誤魔化そうとしている。
しかしその薄っすらと赤味を帯びた頬と耳を見、そしてはじめに言いよどんだ所を見れば、事実は推して知るべしであろう。
奉仕部の部員四人がこの場に集った時こそ、ワイワイと騒がしかったが、今はそれも一段落。
椅子に腰をおろした四人は、雪ノ下が淹れた紅茶の香りに包まれた部屋の中で静かなひと時を満喫していた。
中でも特にヤンなどはその満喫感が最もその表情に現れている、それは多少意地の悪い言い方をするならば弛み切った顔と言って差し支えが無い程に。
「…なぁヤン、お前自分では気が付いていないだろうが、ハッキリ言って今のお前の顔、凄え緩み切ってて、由比ヶ浜流に言うと『キモい顔』してるぞ、マジで。」
この日一日八幡は、朝からヤンが何やら機嫌が良いと云うのか何かを思い出してはニヤニヤとしている様に思われてならなかった。
「へっ!?そうなのかい、いやはやこれはまた私とした事が、ハハハ……。」
紅茶の湯気と香りを楽しんでいたヤンは八幡の言葉で初めてその事に気が付いたようで、紙コップをテーブルへと置いて頭を掻きつつそう言った。
「もうヒッキーってば、またあたしの事を引き合いに出したし!けど確かにあたしもヤン君の事ヒッキーと同じ様に思ってたけどさ、あっでもキモいとかは思ってないからね。」
「イヤ実際お前って以前はしょっちゅう俺の事キモいって言ってたよな、まぁ最近は言わなくなったけど。」
八幡が言う様にかつての由比ヶ浜は、八幡に対する複雑な心境とその彼の態度に、よく彼に対してキモい等と罵倒していた物であったが今ではその様な事は無くなっていた。
「うぅぅ…それはそうかもだけどさ、今は言わない様に気を付けてるんだからね(う〜っ、だって、すっ、好きな人の事キモいとか思いたくないし、言いたく無いんだもん…)あたしだってさ!」
内心の声は未だ八幡には伝えきれずにいるのだが、由比ヶ浜は彼女なりに想い人に対する態度に付いて改めるべきは改めようと努力をしているのだった。
「おっ、おうそうか、まぁお前も自分を顧みて反省したって事なんだな、つか今はヤンの事を言ってたんだよ。」
そしてこの場に居る皆の目線がヤンへと向けられる、朝からでは無いが雪ノ下もまたこの部室内で見たヤンの表情を訝しく思ったからだ。
「ええ、確かに私も今のヤン君の表情は何だか何時も以上に緩んでいる様だと思っていたわ…。」
「えぇっ、雪ノ下さんにまでそう思われているのかい?そうか…そんなに緩んでいたのか、ははっ…。」
と言いながら、またしてもヤンの表情は崩れているのだが。
「あっ、そっかあ!ヤン君久し振りにリカちゃんと会ったから嬉しかったんだね!?」
ポン!と手を打ち由比ヶ浜はその様に推測した事を述べ、その意見に雪ノ下は同意したのか『なる程、そうなのかも知れないわね…。』と小さく呟くが、八幡はどうやらその意見には否定的な様で。
「果たしてそうかな、その気持ちが全く無いとは思わないけど、ヤンの場合はもっと別の理由がある様に思えんだけどな俺は…。」と私見を述べた。
「おっ、解るのかい八幡!?いや流石だね、確かにフレデリカに会えた事も嬉しかったけど、とは言っても彼女には来日してから二度程会っているからね、それ程久し振りと云う訳でも無いんだよねこれがさ。」
ならば何なのか、ここ迄来ると皆その理由を知りたいと思うのが人と言う物の心理であろうか。
なので三人は「実はだね…」とヤンの口からその言葉が出た時、早く理由を話してくれと、思わず期待してしまっていた。
「これはオフレコと言う事で、あの後フレデリカと共に彼女のお宅へお邪魔したんだけどね…」
別にヤンは勿体つけている訳では無いのだが、其処で一旦言葉を区切った。
しかし聞く方からすると何だか勿体をつけている様に思われるかも知れないのだが。
「フレデリカのご両親、まぁお父上のドワイトおじさんに久方ぶりに男同士で語り合おうなんて誘われたんだけど、その場で私は遂にだね、遂に念願の日本酒を口にする機会を得たんだよ、いやぁ、夢にまで見た日本酒の味はまさに甘露、まさに天にも昇る気持ちと言っても過言では無かったよ、うん。」
「…………。」
「…………。」
「……ハァ、貴方と来たら全く…。」
蓋を開けてみれば中身はこんな物でしたとでも言う様な、何ともヤンらしい内容だった、しかし一高校生の発言としては、本来許された物では無く。
「ヤン君、貴方は気が付いているのかしら…そんなに堂々と自らが法を犯した事を公言するなんて……ハァ…。」
雪ノ下はその細くしなやかな手を額に当てゆっくりとヤンへ問い掛けると溜息を吐いた、全くこの問題児は良くもまあこの様な事を平然と述べる物だと、呆れる他無かった。
「あははは、でもさ何だか聞いてみたらヤン君らしいなって思っちゃったよ、あたし…あはは…」
由比ヶ浜は彼らしいと言うが、そう発言するもやはりヤンに対して呆れてしまっている事には変わりなく、乾いた笑いが口を付いてしまうのは仕方の無い事だろう。
「てかヤン、婚約者の親父さんとは云え、お前よく指し向かいで話とか出来るよな…俺には無理だな、そんな状況耐えられないわ。」
「そうかい、まぁ何と言うか私がいくら気楽な次男坊とは言ってもね、それなりに社会的地位を持つ親の子供としてはそれなりに、社交性を持たなければならない場面と云う物に出くわす事もある訳でね、これが面倒臭くもあるんだけど。
まぁ親のスネを齧っている者としてはそれも給料分の内みたいな物じゃないかな、それにフレデリカのお父上は何と言うか話の分かる親父さんって感じの人でね、案外指し向かいでも気楽で居られるんだよね。」
「それに話はそこそこで切り上げて二人でチェスを指していたからね。」
『ほぉんそんなもんかね』ヤンの返答に八幡はあまり関心が無いかの様な、どうでも良さそうな感じでボソリと一言漏らした、案外八幡はヤンの飲酒発言を有耶無耶にする為だけに、にそちらに話を振り向けたのかも知れない。
「ほえ〜っ、チェスって確かキングとかクイーンとかなんか細長い駒で戦うんだよね!?」
そしてチェスと云う、中々普段の生活の中では使われないワードに由比ヶ浜が反応し、自身が知るごく僅かなチェスの知識を披露する。
「……うん、まぁ厳密に言えば解説が長くなりそうだから止めておくけど、詳しく知りたければ調べてみると良いんじゃないかな。」
と、この様な感じでどうやらヤンの飲酒問題は有耶無耶となりそうで、話をそちらへ振り向けた八幡も面倒事に巻き込まれずに済みそうだと内心ホッとしていた。
「あっ、そうだゆきのん、あたしとヒッキーに何か話さなきゃいけない事あるって言ってたよね。」
由比ヶ浜の一言により皆の目が雪ノ下へと向かう、それは先日の帰り道にて雪ノ下が由比ヶ浜へ告げた事だった。
「…ええ、そうね…。」
そう一言呟いた雪ノ下の顔色は、何やら愁いの色が見られる。
それはおそらく彼女が何らかの決意のもとに事にあたらなければならないのかも知れない。
それを雪ノ下は八幡と由比ヶ浜に話さなければならないと言うのならば、ならば自分は。
「ああ、では私は一旦席を外した方が良いのかな。」
ヤンは三人に気を遣いその様に提案するのだが「いいえそれは無用よヤン君、出来れば貴方にも聞いて欲しいのだけれど。」と雪ノ下からの要請もあり『第三者の立場として』ヤンもこの場で雪ノ下の話を聞く事となった。
雪ノ下は八幡と由比ヶ浜へ言わなければならないと、決断をした筈であったのだが、それでもやはり躊躇いがあるのだろう。
「………。」
何度か顔を上げたかと思えばまた下げてと、中々最初の一言を言い出せずにいる様だ。
「あっ、あのねゆきのん、なんかさ言い難い事ならさ無理して話さなくても良いんだよ。」
それを見かねた由比ヶ浜は労る様に雪ノ下の肩にその手を添えて、優しく話し掛ける。
顔を上げて雪ノ下は由比ヶ浜を見る、その由比ヶ浜の優しい眼差しと暖かな心遣いに、自分の心が軽く暖かく満たされてゆく様に感じられた。
「ありがとう由比ヶ浜さん、大丈夫だから心配しないで。」
「……そう、うん分かった。」
二人の少女は互いに見つめ合う、その意思を確かめる様に、真剣に。
「由比ヶ浜さん、比企谷君、私は貴方達に……。」
雪ノ下は語り始めた、決意のもと、入学式の日の事を………。
「…と言う訳なの、二人共ごめんなさい、今迄言い出せずにいて。」
語り終えた雪ノ下は席を立ち二人に対して頭を下げた、深く心からの謝罪の気持ちを込めて。
「ゆきのん、頭を上げてよ…ゆきのんはただ車に乗ってただけなんだよね、だったら何にも悪く無いじゃん!」
由比ヶ浜はその雪ノ下を慌てて止めさせようとする、それは彼女がそんな雪ノ下の事が見ていられないと感じた事も理由の一つだろう、しかしそれ以上に由比ヶ浜は。
「それにさ、悪いのはあたしだよ、あたしがあの時サブレの首輪をちゃんと確認して買い換えておけば、あの事故は起きなかったんだもん…そうすればヒッキーは怪我なんかしなくて済んだんだし…何よりさ、あたしあの時怖くなって何も出来なくて、だから…だから…一番悪いのはあたし…ごめんねゆきのん…。」
由比ヶ浜は雪ノ下を真っ直ぐに立たせてから、その雪ノ下の胸元へ縋り付き涙を流して彼女へ詫びる、あの事件での一番の加害者は自分だと由比ヶ浜は自覚する様になっていた。
その事で親友が辛い思いをしていたと言う事を思い知らさら、彼女はただ泣きながら謝罪するより他に何も出来なかった。
「…あのだね雪ノ下さん私も由比ヶ浜さんと同意見だね…その確かに君達が関わった事故のその大元の原因は首輪の管理を怠った由比ヶ浜さんにあると言っていいだろうね。」
そして第三者として、彼らの入学式の日から始まった奇縁とでも云うべき、出会いのエピソードを聞き終えたヤンは雪ノ下に対しそう私見を述べた。
「おいヤン!あの事はもう俺に取っちゃ終わった事なんだ、それを俺は今更引っ張り出す気なんぞ無いからな…だから雪ノ下、お前は由比ヶ浜が言う様にただそのクルマに乗り合わせていただけなんだからな。」
そのヤンの私見を八幡は少しだけ咎める様に否定する。
「だから雪ノ下はその事に対して何も負い目なんか感じる事は無いんだよ、それと由比ヶ浜…お前はあの日俺に謝罪もしてくれたし礼も言ってくれたんだ、だからもう、その事でお前がってかお前も気に病む必要は無いんだぞ…。」
そして雪ノ下と由比ヶ浜に改めて己の思いを伝える、其処に普段の彼が見せる捻た言動は無い、それは彼の本心からの言葉。
「…比企谷君……。」
「ヒッキー……。」
八幡が伝えた本心、それに対して二人の少女はただ、彼の名を静かに呟く。
「…だけどね、八幡…私はその事件君にも責任があると思うよ。」