不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。   作:佐世保の中年ライダー

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四人の絆は深まり…そして。

 

 ヤン・ウェンリーは言った、八幡達三人の出会いの発端となった入学式の日の事故の責任の一旦が八幡にもあると。

 

 「…正直驚いたよ、まさか君がそんな無鉄砲な男だとは思わなかった。

 けれど八幡確かに君が由比ヶ浜さんの犬を助けたと言う、その無私の行動は立派だと思う…だけどね、その結果君は骨折による入院等という事態になってしまった訳だよね、それにより一体どれ程の人達が影響を受けただろう…。」

 

 ヤンは八幡を見据えて静かに語りかける。

 

 「第一に君のご両親や小町君だって、突然君がそんな事故に遭っただなんて知らせを受けたら、どう思うだろうか、一般的な家族であればそりゃあ平静ではいられなかったんじゃないかな。」

 

 右手の人差し指を立てヤンはそう切り出す、以前ちょっとした会話から比企谷家の両親は共働きである事も影響している為か、基本放任主義であり親子の会話も少ないと八幡から聞いた事があるのだが。

 

 「イヤ、俺ん家の場合は…」

 

 「うん、君のご家庭の事情は以前少しだけ話を聞いたけど、幾ら君のご両親が普段忙しい身で君達を放任しているとは言ってもだよ、だからと言って家庭環境が完全に破綻しているって訳じゃ無いだろう、だったら君の事を一切心配していないなんて事は無いんじゃないかな。」

 

 ヤンの極一般的な意見に反論を試みようと思っていた八幡であったが、確かに事故により自分が入院した際は妹の小町程では無かったが、両親も度々見舞いに来てくれていた事を八幡は思い出した。

 

 「っ!…」

 

 その事に思い至っては、ヤンの意見に反論は出来そうに無い、なので八幡もヤンの言を渋々ながらも受け入れるしか無かった。

 

 「それから第二に、君が道路へ飛び出してしまったが為に雪ノ下さんを乗せていた車の運転者の方も事故の責任を問われたであろうし、同乗してた雪ノ下さん共々その方も人が車に撥ねられる場面なんて物を否応無しに見せ付けられる事となった訳だよね。」

 

 「…っ、それは、そう…だな…。」

 

 「その時の二人の心境は如何なものだっただろうか、もしその結果最悪君が命を失ってしまったとしたら、ここに居る雪ノ下さんと由比ヶ浜さんはもしかしたらその心に大きなトラウマを植え付けられる事となったかも知れないし、運転者の方は重い刑事罰を科せられる事になっただろう、それにより雪ノ下さんのご実家の家業にも計り知れない影響、或いは被害と言ってもいいかな。

 それを被る事になったかも知れない、それに何よりね八幡、家族を失う事になる残されたご家族の思いはどうだろう、先日私は初めて君の妹、小町君の事を見知った訳なんだが、その初見の私にでさえも君達兄妹の仲の良さを互いを想いあっている事を伺い知る事が出来たよ。」

 

 幼い頃から共に過ごす時間が長かった八幡と小町の二人兄妹、最近でこそ生意気な言動を取る妹に対し多少苛つかせられる事はあれども、それでも八幡は妹の事が可愛くて仕方が無いのだ。

 

 「八幡…私は君のその優しさはとても貴重なものだと思うよ、そして雪ノ下さんと由比ヶ浜さんも、もしかするとそう思っているんじゃないかな。」

 

 ヤンのその言葉を受け八幡は雪ノ下へと目を向け、真剣な面持ちで彼女達の顔を見つめる。

 

 「………。」

 

 由比ヶ浜は無言でコクリと首を縦に振り頷き、雪ノ下は痛ましそうにその顔を八幡から反らし俯く。

 由比ヶ浜は勿論の事として、雪ノ下もまた普段は彼に対して毒舌を吐きはしているけれども、内心は八幡を憎からず思ってはいる、本人は未だその事に気が付いていないのだろうけれど。

 

 「そのだね、もしそうなってしまったら私も君との再会叶わず、落胆する事となっただろうし君を悼む事となるのは当然の事、こうして此処で君を含む奉仕部の面々との出会いも無かっただろう……だからね八幡私が結局何を言いたいかと言うとだね…。」

 

 「頼むから君にはもっと自身の事を顧みて欲しいんだ、その…私と出会う以前の君に何が遭ったかは知らないがあの当時、私にはなんだが君は人との関わりを極力持たない様にしてるのではないかと感じられたんだが、にも関わらず君はあの時私に手を差し伸べてくれたよね、あの時の君との出会いに私は感謝しているんだ。」

 

 「そんな君だからこそ私は君と友誼を結びたいと思ったし、だからこそこの総武高校へ来たんだ。  

 そしてそう思ったのは私だけでは無いだろう…戸塚君だって材木座君だってそうだろう、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんだって…だから八幡、なるべく覚えておいて欲しいんだ、君は決して独りでは無いんだってね。

 だからどうかその事をふまえて、そうだねまずはひと呼吸置いてから事ある時は行動を起こしてみてはどうだろうか八幡、もしくは私達に相談でもしてくれればね…。」

 

 ヤンは真摯にその自分のその思いを八幡へ伝えた、この日本という国で新たに得た友人達との時間を失いたくは無い、その想い故に。

 

 「ああ、すまない八幡…なんだか説教臭い事を言ってしまったね、だけどまぁやはり君は良いやつだね、君が身体を張ったからこそ由比ヶ浜さんの家の犬は無事だったんだし本当に良くやったね、ただまぁ…もうそう言う心臓に悪い事は止めてくれると私としても助かる。」

 

 『説教臭い事を言ってしまったな』思わずヤンは想像してしまった、もしこれを宇宙暦の時代の彼の部下達が聞いたらきっと揶揄される事だろうと『お前さん自身は人に説教をする程に、常識と言う物を弁えているのかね。』などと、六つ歳上の士官学校時代からの先輩辺りは確実に言うだろうな、と。

 

 しかし、八幡に対して語った心配の言葉は紛れも無いヤンの本心だ、この地で出会った少し、いやかなり捻くれているが優しい心根を持つ友を思う故に口を衝いて出た言葉だったのだ。

 

 「…ヤン、俺は…お前たちが思っている様な人間じゃ無い、ハッキリ言って俺は打算計算で生きている人間だ、ただあの時は考えるよりも前に身体が動いたたけだ、まぁたまにはそんな事もあるかもだけどな、だから正直に言って何でお前がそれ程俺の事をそんなに高く評価してくれているのか、理解出来ないでいるんだ。」

 

 それに答える様に八幡もまた口を開き静かに言葉を紡ぐ。

 

 「けど、お前とつるむのは悪く無いって思ってるし、この部室で過ごす時間も今は悪く無いって思う…俺は何てか、まぁその昔色々あって人の事を心から信じられないで居るんだ、俺なんかに近付いてくる奴なんて何かしら裏があるんじゃないかと、常に警戒心を持っている。」

 

 「あの時お前に声を掛けたのもほんの気まぐれだったし、所詮は地元の人間でも無い一期一会ってのはちょっと大袈裟の様な気もするが、まぁそんな出会いと別れで二度と会うことも無いだろうから後腐れも無くて済むだろうってな、だけどお前はそんな俺にあんな事を言ってくるし、しかも俺が言った事を真に受けて本当にここ迄来るとか、マジで解んねえよ。」

 

 ヤン同様に八幡もまた懸命に自身の胸の内にある思いを言葉に纏め紡ごうとしている。

 ガリガリと右手で少し乱暴に頭を掻きながら、一言一言。

 

 「でも、正直柄にも無くお前とまた会えて、嬉しいって思えたし、由比ヶ浜があの事を正直に告白してくれた事も、同じく嬉しく思った。

 そして雪ノ下、すまん…俺の考え無しな行動でお前にまで、俺は辛い思いをさせていたんだな、だからな…そんな俺がお前達と此処に居て良いのかって、此処で本を読みながらお前ととりとめの無い会話をしたり、由比ヶ浜と雪ノ下のゆるゆりをほっこり気分で眺めたり、雪ノ下と舌戦を繰り広げたり、由比ヶ浜をからかったり、皆で雪ノ下が淹れた紅茶を飲んで、またに依頼が来たらそれをこなして…これからも俺はそんな時間を此処で過ごしても良いのか?」

 

 そして…語り終えた八幡はその顔を上げ、皆の顔を見つめる。

 微かにその手を震わせながら、それはおそらく彼が皆の答えを聞くことを恐れているのかも知れないし、或いはこんなにも自身の胸の内を吐露してしまった事に羞恥心を抱いているからなのかも知れない。

 

 「良いよ…良いに決まってるよヒッキー!あたしはこれからもヒッキーとゆきのんとヤン君と此処で一緒に部活続けたい。」

 

 八幡の問に真っ先に応えたのは由比ヶ浜だった、それは彼女の彼へ対する秘めた想いとあの事故の原因を生み出した、自身の責任を感じたからだろうか。

 

 「…私は比企谷君、貴方の更生を平塚先生から依頼されているのよ、貴方は此処へ入部した当時よりも今は本の少しだけ良い方向へ向かっている様に思えるけれど、けれどまだ更生しきっているとは言えないレベルよ、だから貴方はまだ此処に居るべきなのよ。」

 

 雪ノ下もまた普段の八幡の言動と近しい、少し捻た物言いで以て彼に対する自身の思いを少し暈しながらも、彼を肯定してみせた、基本的に八幡と雪ノ下は何処か似たところがあるのだろう。

 

 「…由比ヶ浜…雪ノ下…。」

 

 「八幡、此処に君の存在を否定しようとする様な者はどうやら存在しないようだね、私の気持ちは先程伝えた通りだよ八幡。」

 

 ヤンはそっと八幡の肩に手を置きながら、優しい笑みを彼へと向け、言った。

 

 「…ヤン…。」

 

 仲間の名を呼び掛け八幡は何かを言おうと躊躇う、言うべき事、言わなければならない事をどの様に伝えようかと思案しているのだろう。

 

 

 「俺はまだ何てか……いや、そうだ、な…お前達がそう言ってくれるなら、俺は此処に居ても良いのかもな?」

 

 八幡はもしかするとまた何か何時もの如く、捻くれた言い回しで他者を、この奉仕部の面々との関係を否定しようとしたのかも知れない、けれど彼はそれを押し止めた。

 彼は思った、自分を受入れてくれると言う皆の気持ちそれはただ単に自分の事を全肯定するのでは無く、もし彼が間違えた時にはそれを正そうとしてくれるだろう(もしかすると時にはその事が煩わしく感じる事もあるかも知れないが)、この仲間たちとなら或いはそんな関係が築けるかも知れないと。

 

 「酒と言う物はね、一人で静かに悠久の時の流れと人類の歴史とに思いを馳せながら飲むのも良い物だけれど、気心の知れた友と指し向かいで盃を酌み交わしながらいただくのもまた素晴らしいものでね、私は将来君とそんな関係になりたいと思っているよ、八幡。」

 

 「それから由比ヶ浜さんと雪ノ下さんともまた、そう云った関係になれれば良いね。」

 

 そしてヤンは如何にも彼らしい言い回しで以て、八幡の事を肯定してみせるのだった、その問題発言とも取れるヤンの言葉に先程は額を抑えていた雪ノ下さえもが今は微かな笑みを見せていた。

 

 雪ノ下の告白により始まったと言える今回の奉仕部内の騒動、それは彼ら一人一人の気持ちを確認し合う事で一応の終息を、燻っていた蟠りと共に解けたと言っても良いではないだろうか。

 彼等はまだ若く、これからも意見、志向の相違によりぶつかり合う事もあるだろう。

 しかしヤンは彼、彼女らとならばそれを乗り越えられるだろうと信じる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 騒動は終わり奉仕部の部室内には普段の静かで穏やかな時間が戻って来た。

 由比ヶ浜は教科書とノートを開き勉強を、たまにスマートフォンを取り出しては何やら(おそらくはSNSか)やっているようだ。

 そして本の虫たる残りの三人は、やはり読者に勤しむ様であった、ただし雪ノ下は由比ヶ浜から何時もの様に質問攻めに遭っているのだが。

 

 

 

 

 「………………はぁ…っ。」

 

 

 勉強も一段落つきスマートフォンを見ていた由比ヶ浜がふとため息を漏らした、それは常の彼女らしからぬ、まるで何かを愁いている様で更には不快な気持ちを顕にしたため息の様に思われた、なので他の三人はそれを訝しく思いため息を吐いた由比ヶ浜を注視する。

 

 「由比ヶ浜さん、どうかしたの?」

 

 そして三人を代表する様に雪ノ下が由比ヶ浜へと問う、何時も明るく振る舞う雪ノ下には彼女が意味も無くその様な表情をするとは思えず、またそんな彼女の様子を見ていられないと思ったからだろう。

 

 「へっ?あぁっ、うん、ちょっとね、少し前からさ、やな内容のメールが届く様になっちゃって…それがまた届いたんだ…。」

 

 由比ヶ浜は雪ノ下の質問に躊躇いがちに答え、その答えを聞き終えた雪ノ下の表情は何とも静かな怒りを湛えたかの様な冷え切った物だった。

 その表情をみた八幡などは、思わず背筋に強い寒気を感じた程で『うわっ、何なのこいつ、まるで雪女か氷の国の女王みたいなんだけど、怖っ!』と内心一人ごちている。

 

 「ああ、由比ヶ浜さんもし差し支えが無ければ私達も聞かせてもらって構わないかな?」

 

 ヤンもまたそのメールとやらが気になった様で由比ヶ浜にその内容を尋ねた、

とは言えヤンはその内容が怪文書的な物であろうと予想は出来ているのだが。

 

 「えっ…あ、うん良いよ…実はねメールの内容がさ…」

 

 由比ヶ浜がヤンに促され、そのメールの内容を伝えようとしたその時、この奉仕部部室の扉を外側からノックする音が室内に響いた。

 もう間もなく完全下校時刻が差し迫っている、かなり遅い時間であるにも拘らず、その様な時間に一体誰が?

 四人は内心訝しく、ヤンと八幡などは面倒臭い等と思いながらも、無視をする訳にもいかぬと雪ノ下を見やる。

 

 「はい、どうぞ。」

 

 雪ノ下は依頼人であろうと思われる、扉の前に居る人物に入室を促した。

 その応答を以て、扉は開かれ件の人物は扉を開き『失礼するよ。』と一言挨拶をして部室へと入室して来た、それはヤンと八幡、そして由比ヶ浜と同じ二年F組の生徒。でありクラスのトップカーストグループの首魁にしてサッカー部に所属する生徒。

 

 「こんな時間にすまないね、部活が終わってから来たものだから…。」

 

 でありクラスのトップカーストグループの首魁にしてサッカー部に所属する生徒、葉山隼人であった。

 

 

 

 

 

 

 


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