不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
少年比企谷八幡の案内の元入店してみた神保町の古書店『其処はヤンにとって正に夢にまで見た桃源郷にも等しい場所に思えたのだった』と言うのは些か大袈裟だろうが、古い紙とインクの匂いと山のように積まれた歴史を感じさせる店の佇まいなどがヤンの琴線に大いに触れる物である事は間違えが無い。
『否この店だけでは無い、この街全体が私の望む極楽浄土と言っても過言では無い!』と態度にこそ出さない物のこの時のヤンの精神状態は彼にしては大きな興奮状態にあった。
「いやあ、ありがとう比企谷君。」
此処ならお目当てのモノに出会えそうだよと、ヤンは相変わらずの優しげな微笑を湛えて言うと比企谷少年を促し共に店内へと入店した。
此処でのヤンのお目当てとする物は主に日本の歴史や文化に付いて書かれた古書を見つけ出し購入する事なのだが、それ以外にも何やら数多くのお宝が存在していて、驚いた事に中にはもう現地でもお目にかかれない様な海外の本までもが書棚に並んでいる。
成程この店をチョイスしヤンを案内してくれた比企谷少年は駅からの道中の会話の中からこの店がヤンの捜し物には最適であろうと判断して此処へと連れてきてくれたのだろう。
『成程ね、日本人は気配りやおもてなしの精神を持つ気高き人達の住まう國だと言うのは真実なのだろうけど、その中でも彼のそれは最良の部類なのかもな。
尤もその言動があまり素直では無いから人にはそれが分かり辛いのだろう。』
店内に所狭しと並べられた背の高い書棚の列を眺めながらヤンはその様に思うのだった。
因みに駅から書店までの道中、比企谷少年はあまり積極的に口を開きはしなかったのだがヤンが尋ねたところ答えてくれたのは、彼の出生地である千葉県の事や読書が趣味である事など。
またそれなりに好みのジャンルは有りはするものの、基本的に活字が好きなので小説を始めエッセイや漫画、ライトノベル等多方面の分野の本を読んでいるとの事だった。
この日千葉に住む比企谷少年がこの東京の地を訪れたのは、自宅にある父親のコレクションする時代小説を読んでいたのだがその中に幾つか抜けている巻数が在った為に先を読み進めなくなってしまい、その抜けている分を購入する為だったそうた。
『地元の本屋とかネット通販も調べたんだが見当たらなくてな、だから此方まで出てきてみたんだが……やっぱり人が多過ぎるのはどうにもやり難いし居心地が悪いんだよなぁ、しかも段々蒸し暑くなり始めてるしな。』
彼の発言から感じられる自身の郷土への愛着と大勢の人がごった返す都会が、どうやら苦手である等僅かに語られる彼の気持ちにはヤンにもそれなりに共感出来る部分もあり、また彼の為人をもう少し知りた思わせるには十分だったし。
『ああ、僕の故国の台湾にも梅雨はあるし今は時期的に梅雨真っ只中って所だし日本でも沖縄辺りはそうだよね。』
『……うへっ、なぁ今でさえ蒸し暑いのに梅雨の事とか考えさせないでくれるか、気分が滅入るから。』
『ははっ……すまない確かにコレは憂鬱になりそうな話題だったね。』
その様な取り留めのない話題も絡めつつ歩む道行きは中々に楽しい一時でもあった。
店内を入念に物色しヤンは大量のお宝を入手することが出来、その結果大いなる満足感に満たされたのだがその大量の買い込まれた本の小山を、同じ店内で見付けたであろう数冊の時代小説を手にしていた比企谷少年が若干引き気味の目で見ていた事をここに記そう。
「それじゃお互い目的は果たせたんだし此処らでお開きだな、ああそうだお前駅迄の道は解るよな。」
本を購入し終え店内から通りへと退店すると少年比企谷八幡はそう言って解散を促すのだが、しかしヤンとしてはこの僅かな時間を共にしたこの少年と此処で別れる事が妙に惜しく感じられていた。
「うん、君のおかげでそれは解るんだけどね、ところで君は此れから何か予定はあるのかな。」
出来るならば今少しこの少年とは行動を共にし言葉を交わしその為人を知りたいとそう感じていたヤンはこの不器用な優しさを持つ比企谷少年(此処からは八幡と呼称しよう)否、八幡にそう問わずにはいられなかったのだった。
「そうだな、俺も此処で目的は果たせたし後は帰るだけなんだが、もう少し足を伸ばしてラノベの新刊とか漫画でも探してみようかと思わんでも無い。」
それにもう直ぐ昼時だし小腹も空く頃だろうしな、とこの後の予定を話してくれた。
「だったら比企谷君、もし君が迷惑で無ければ僕もそれに付き合わせてはもらえないかな、日本のサブカルチャーにも興味があるし現地民の君のオススメを聞いてみたいし見てもみたいしね。」
比企谷八幡が御茶ノ水駅前で出会った自分と同世代の外国人の少年ヤン・ウェンリー、日本の歴史関連の書物を求めていた彼を古本屋へと案内した事で気紛れに彼な声を掛けた事による義理は果たし終えたと、八幡はそう思ったのだが。
ところがその外国人の少年は今少し自分と行動を共にしたいと言って来た、これまでの十数年間の人生経験に於いて家族以外の他者と学校及び学校行事以外に過ごした経験が無く、また誰かに好意的な態度で接してもらえた事も無い八幡はこの申し出に対してどう答えるか咄嗟に応答が出来なかった。
「マジかよ…………。」
ポツリとそう漏らし八幡は考える、これまで八幡に接触を試みて来た他者には大抵が悪意に依るものだった。
嘲笑や蔑みの対象として彼を見るか或いはその存在さえ認知していない者さえ居る程だった。
故にこの眼の前にいるほんの少し前に出逢ったばかりの外国人の少年の自身に対する、そう云った負の感情を感じさせない対応に何故か戸惑いさえ感じている自分の感情が何処から出て来るのか解らなかった。
まあ普通に考えればこれ迄の八幡の人生には関わりを持っていないヤンが、どの様にすれば彼に悪意を抱けのかと逆に問われるだろう。
彼の目つきの悪さを理由に第一印象が悪くなると云った事は有り得るかも知れないが、しかし少なくともヤンにはその程度の事で悪意を抱く理由など欠片ほども無いのだが。
結局八幡は僅かな時間だがヤンの申し出をどうするかと考えた末に彼が同行する事を受け入れ、彼と共に今暫く書店巡りを敢行する事とし今は二人神保町の書店内のライトノベルコーナーにて八幡が新刊の物色を行っているところにヤンも付き合っているのだが。
「あの比企谷君、すまないんだけどもし良ければ君のオススメの作品を幾つか見繕って貰えないだろうか、さっきも言ったけど僕はこの国のサブカルチャーにも触れてみたいと思っているのでね。」
ただそれに付き合うだけと言うのは些かばかりつまらない物であるが、生憎とヤンとしては興味を持ち始めたばかりの分野に対する知識の持ち合わせがあまり無い訳で、ならばその方面の知識を持つ人物に尋ねる事こそが取っ掛かりとしては最も手っ取り早いと云うものだろう。
「………まぁ、そりゃ構わないが、俺が勧めた物がお前の好みに合致するかどうかは解からんからな、保証は出来ないし後からの苦情も一切受付けていないからな、てかそうなっても知らんけど。」
そうしてヤンは八幡から勧められたタイトルのライトノベルと漫画を各数冊ずつ購入する事とした、この後ヤンは思いの外これらの物が気に入り日本の漫画やライトノベルの愛読者となってゆくのだがその事はまだこの時はそれを知る由もない無いのだが。
「いやあ今日は君のおかけでとても良い買い物が出来たよ、本当にありがとう比企谷君。
ところで流石にもう正午を回っているし小腹も空いた事だし何処か昼食を採れる所へ行かないかい、とは言え僕はこの辺りの事に詳しくないからまたしても君に甘える事になるんだけどね。」
「そうだなああ、俺も確かに腹は空いてるしな、まぁ軽くってんならバーガーショップとか牛丼屋とかだろうけど、お前何か苦手な食材とか宗教的理由で駄目なヤツとかあるの?」
ヤンの昼食の誘いに八幡はそう言って同意し更には彼の好みなどに対して気遣いの言葉を掛けてくれた。
「いや、特にコレと言って苦手なものは無いし僕個人としては無宗教だからソチラ方面で駄目って事は無いかな。」
「へえ、意外だな向こうの人って宗教に対しては厳格ってイメージがあったんだけどな。」
「ハハハっ、まあ宗教に対しては色々と思うところがあってね、それに会った事も無い神様とやらが決めた戒律なんてものを律儀に守るなんてね、欲深き罪人たる一般的な中学生には土台無理な話だと思わないかい。」
前世に於ける宇宙暦の時代に因縁があり、またその時代に暗躍していた地球教の事もあるし彼自身が学んで来た歴史的な事象を鑑みてもヤンは宗教については懐疑的にならざるを得ないのだった。
それにヤン自身は知らぬ事だが彼の暗殺に動いたのは地球教の思惑があったが故の暴挙だったのだ。
「……とまぁこんな感じでな千葉ってのは日本に冠たる偉大な街なんだが、ただ残念な事だがネズミの国もパンダの国も千葉に在りながら東京を冠しているんだよ。」
八幡に案内されて入ったハンバーガーショップにてヤンと八幡は向かい合って互いに注文した品物を口にしながら会話を楽しんでいた。
当初はあまり言葉が弾まなかった八幡だったが、ヤンが彼の地元である千葉についての話を聞きたいと話をふると八幡はまるで水を得た魚の様にとの形容がピッタリと当て嵌まるかの様に饒舌に語り始めたのだった。
「なるほど、それは何とも……だけど君がそれ程に愛着を持っている街なら一度僕も足を運んで見たいものだね。」
その様子が何か微笑ましくヤンはその話を割と真剣に聞き入り、そして今言った様に彼の地元へと赴いてみたいと心から思いそう口にしていた。
「おっ、そうかだったら俺……っ。」
そのヤンの言葉に八幡は少し分かり難いがその表情に嬉しさの成分を顕にし返答を、おそらくだが『自分が千葉の街を案内をしよう』とそう言おうとしたのだろうが、それを言い切る前にその口を噤んでしまった。
それはやはりヤンが知らぬ所で彼がこれまでに経験した他者との関わりの中で培われてしまった八幡の、どうにも拭いきる事が出来無い人に対する猜疑心故にであろうか。
そう思ってしまうとヤンは八幡にでは無く、八幡をその様な状況に追いやってしまった事情に遣る瀬無いものを感じずにはいられなかった。
『だからと言って私が彼に何かをしてあげられる訳でも無し、いやそもそもが誰かに何かをしてあげる何て云う考え自体が思い上がりも甚だしいって物だな。
まだついさっき出逢ったばかりの少年の、何も知らないに等しい他者に一体何が出来るって言うんだか、全く我ながら度し難い。』
その様にヤンは自の考えに自省を促し思いを改めるのだが、しかしそうは言っても先刻出逢ったばかりの眼の前の少年に行為を抱いているのは紛れもない事実である。
「そうだね、さっきの御茶ノ水駅での僕の為体を君も見ていたから解るだろうけど、どうにも僕は方向感覚があまり良く無いみたいでね。
まあだからもし僕がいつか千葉へ行く機会があったら比企谷君に案内をして貰いたいと思うんだけど、ああ勿論当然君の都合が良ければでだけどね。」
だから精々ヤンが言える事はこの程度の事でしかないのだが、そう言われた八幡の方は案外この一言が嬉しかったりするのだが、其処まで八幡の内心を理解出来るには逢ったばかりでもあり、流石にそれは出来無いだろう。
「………ハァ、お前って何かすっげぇ物好きだよな、まぁどうなるかは知らんけど一応考えておくわ。」
昼食を終え二人は午後からも二人で神保町〜水道橋近辺の店舗を巡りやがて二人は最初に出会った御茶ノ水駅前へ到着した、それは二人の別れの時が訪れた事を意味するもので。
「今日は君と出逢えたお陰でとても充実した時間を過ごせたよ、ありがとう比企谷君。」
ヤンは心からの感謝の念をその一言に込めて八幡に告げる、もしこの場で八幡がヤンに声を掛けずとも案外他の誰かがヤンに声を掛けていたかも知れないし、或いは道に迷う事を覚悟して適当にぶらついたとしても問題は無かったのかもしれないが、八幡と出会えた事でヤンはこの数時間の書店街散策がとても充実した物になったのだと、誰憚ることなく言えるだろう。
「ああ、まぁどういたしまして、ってかこの日本にはな家に帰るまでか遠足って格言があってな、だからヤン……お前も帰り着くまで気を抜くなよ。」
ヤンの感謝の言葉に当の八幡は日本の学生にとっては馴染み深い、遠足終わりの解散時の名台詞を引き合いに出し方向音痴の気がありそうなヤンに注意を促すが、その台詞には照れ隠しの意味合いもあったりする……。
「ハハっ、家に帰り着くまでが遠足かうんうん成程それは至言だね、了解まあ僕も精々気を付けることにするよ、だけどそれは君もだよ比企谷君。」
のだが、どうやらヤンはそれに気が付いていない様だったのたが、八幡が口にした『家に帰り着くまでが遠足』と言う発言を妙に気に入り関心する始末だ。
「お前は知らないだろうが俺は帰宅に関しては他に並びうる者が存在しない程の謂わばプロ中のプロだからな、例え其処が何処であろうとどんな状況に置かれていようとも常に最適なルートを選択して速やかに家へ帰る事が出来る、その俺の帰巣本能の前には例え犬や鳩の帰巣本能さえもが霞んでしまうだろう。
たからアレだ俺に関しては心配無用って事で無問題だ。」
「………へえそれは凄い、そうかなら心配は無用と云う訳だね。」
「ああ、そうだな。」
「………。」
「………。」
しかしその様な事は兎も角とし、今別れ際にヤンと八幡の二人はそれが妙に惜しくもあり別れ難いとも感じでいた。
ヤンはこの異国の地で出会った何とも捻れて入るが心根の優しく、また志向自分とも近しいと思われるこの少年がとても気に入っていたし、八幡もまた自分に対し偏見や蔑みの気持ちも無く普通に接してくれる、この異国からの来訪者と過ごした時間が本人には自覚が無いかも知れないが悪く無いと感じていた。
であるのでヤンはここで一つ八幡に対して自身の望みを告げる、それは。
「……比企谷君、最後に一つ頼みがあるんだが、その何と言うか…そのだね僕と友になってはくれないだろうか。」
「…………。」
友となってくれないか、ヤンのその自分への願いを聞いて八幡は何も言わずただ少しだけまるで痛みを感じたかの様な表情を見せている。
その表情を見留めたたヤンは推察するきっと今彼は心の中で葛藤しているのだろう何と答えるべきかと、僅かな逡巡からやがて八幡は答えを決めたのか口を開く。
「それは、意味が無いだろう。」
八幡はヤンに己の思いを告げる、俺達は今日偶々此処で出会い行動を共にしたいとだけの関係だと、道に迷っていただけの外国からの来訪者に道案内をしただけの人間とされただけの人間。
「だから此処で別れたらもう会うこともないだろう。
まぁ、今はたとえ直接には会えなくてもSNSなんかを使えば繋がれるだろうって、もしかしたらお前は言うかもしれないが……だけど俺は、そう言う希薄な関係を希んじゃいないんだよ。」
だから俺はそんなものは要らないと、八幡はまるで未練を断ち切るかの様に少しだけその声に力を込めて語る。
八幡の言う事をヤンは完全に理解出来たとは、彼のその思い全てに共感出来たとは言えないが、それでもその彼の胸の内に去来する物の幾許かは理解出来る。
おそらくだが彼は恐れているのかも知れない、遠く離れそうそうに会うことも叶わずにやがてその距離に比して関係も希薄になって行き、遂には……。
「そうか、ねえ比企谷君……近い将来僕はこの国の歴史を学び研究する為に留学して来るつもりでいるんだ、そして叶うならそのままこの国に骨を埋めるつもりだ。
現時点での君の意思を、確かにもう直ぐこの国を去る僕が覆す事は出来ないかも知れない、だからねもし僕が再びこの国を訪れた時は……その時僕はこの国に長く留まるつもりだから、その時僕はきっと君に会いに行くよ。」
『だからその時は、改めて友誼を結ぼう。』と八幡へ告げる右拳を差し出しながら、約束の証として。
「………まぁ確約は出来無いが、その時はな。」
僅かな迷いを見せながらも、その差し出されたヤンの右の拳に八幡も自らの拳を軽く触れさせる。
「……………うわっマジかよ、コレ案外恥ずかしいモンなんだな。」
「はははっ、僕も同感だよ。」
この約束が現実のものとなるのはそれから三年後の事である、無論この時の二人にそれを知る由はないのだが。
これが、その後終生の友となる二人の男の出会いの日の一幕である。