不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。   作:佐世保の中年ライダー

20 / 27
前話の釜玉うどん大盛りさんの感想にあった、葉山によるマッチポンプ説に付いての考察を入れてみました。


魔術師は彼女と斯く語りき。

 千葉市某所の閑静な住宅街に建つ八階建ての2LDKのマンション、其処は現在日本に於けるヤン・ウェンリーの住居となっているのだが。

 

 「ウェンリーさんどうぞ紅茶ですよ、熱いですから気を付けてくださいね。」

 

 カチャリと極小さな音をたててリビングの小さなテーブルの上に優しく飾り気の無い乳白色のソーサーと琥珀色の液体を注いだカップと銀色の小さなスプーンを置き、家主たるヤンに差し出したのは今生における彼の二歳年下の婚約者であるフレデリカ・グリーンヒルである。

 

 「ああ、ありがとうフレデリカ、ありがたくいただかせてもらうよ。」

 

 リビングのフローリングの床の上に比較的厚手の絨毯を敷き、絨毯の上には先程説明した小さなテーブルとそのテーブルに向かい合う形で置かれた二つの座椅子、その座椅子の上に胡座をかいて座り彼女が淹れてくれた紅茶を味わうべく早速と手を伸ばす。

 

 「はい、私もご一緒しますね。」

 

 ヤンが座る対面の座椅子に、彼からの御礼の言葉に返事を返し彼女もまた腰掛ける、そのスタイルは正座を崩した所謂女の子座りと言われる格好で。

 この年の五月の始めにこのマンションでのヤンの生活は始まったのだが、今生に於いても彼の性格及び習性は前世と何ら変わる所も無く、その生活無能力者振りを発揮し入居より十日も経たずしてこの部屋はゴミ屋敷としての片鱗を顕していたものだったのだが、今はその当時の汚れっぷりがまるで嘘で在ったかの様に整理整頓が行き届いた健康的で健全な住まいへと生まれ変わっていた。

 其れは偏にヤンの目の前にいる彼女、フレデリカ・グリーンヒルの功績であった、彼女は久し振りに逢った婚約者の棲家の惨状に齢十四才にして主婦魂的なモノに目覚めたのだろう、将来の夫となる男の生活面を護る者は自分しか居ないとの使命感に突き動かされ、その改善に取り掛かり僅か数日の内に彼の住環境を美しく整えてみせた。

 

 「うん、此れを飲み終えたら君の家まで送って行くよ。」

 

 テーブルから持ち上げたティーカップを自らの顔に近づけ揺蕩う琥珀色の液体から漂う湯気と香りを暫し堪能し、ヤンは静かにそのカップに口を着け口内に流し込む。

 口腔から胸部へと染み入る紅茶の味わいに軽く酔いしれる、その味は今生に於ける同級生の部活仲間『雪ノ下雪乃』や前世に於ける被保護者であった少年『ユリアン・ミンツ』が淹れる物と比較すると若干劣るものであるが、それでも充分に美味であった。

 

 『ははっ、これだけの物をご馳走になっていて他者と比較するなんて、私とした事が何と傲慢な。』

 

 反省反省と自らを戒め再度心中で彼女に謝し残りの紅茶ををゆったりと味わった、内心それにブランデーを垂らしたいと思っている事は口に出さずに。

 前世に於ける彼の副官であり妻でもあったフレデリカ・グリーンヒル・ヤンと今生に於ける彼の婚約者であるフレデリカ・グリーンヒルとはヤンが推察するに次元を異にする同一存在と言えるのではないかと思っている。

 とは言え今ヤンの目の前に居る彼女はヤンと違い宇宙暦の時代の記憶を有しては居らず、また年齢も宇宙暦のフレデリカとヤンとでは七歳の差があったのだが今生では二歳の差しかなく、何故その様な差違があるのかヤンには見当が付かなかった。

 尤も、それを言うと前世では一人っ子であったヤンが今生では十歳上の兄が存在しているし、また幼い頃に亡くなった母親も健在であり、それに宇宙暦のヤンが十六の時に宇宙船の事故で帰らぬ人となった父親もまた然り。

 

 「はい、ありがとうございます、お願いしますねウェンリーさん。」

 

 ヤンの言葉に年相応の少女らしい笑顔で答えフレデリカも彼と共に紅茶を味わう、蓼食う虫も好き好きとは言うが彼女は今日もヤンと共にあれる時間がもう少し続く事が嬉しかった。

 

 「ははは、了解ミスグリーンヒル、しかし礼を言わなきゃいけないのは私の方なんだけどね、この紅茶も然り夕飯もとても美味かったよ。」

 

 ここでもう一つ宇宙暦のフレデリカとこの世界のフレデリカとの相違点を挙げるならば料理の腕前もあるだろう、宇宙暦の世界の彼女は、早くに母親を亡くしてしまったこともあるがヤンとエル・ファシルの脱出時に出会いに依って彼女はヤンを慕い、その後を追う様に軍人を志し士官学校へと進み卒業後はそのまま軍務に就いた為に料理等の所謂世間一般が云うところの家庭的な女性の嗜みなどを学ぶ事がほぼ無かった故に、料理の腕前はからっきしであった。

 しかし此処に居る彼女は宇宙暦の彼女とは違い母親の健康状態も良好であり尚且つ、家庭的な女性で家事の達人と呼んでも過言では無い。

 その腕前は宇宙暦の世界のヤンの先輩にあたるアレックス・キャゼルヌ中将の奥方たるオルタンス婦人にも引けを取らない程であるので、その薫陶を受けて育った此方の世界のフレデリカの家事の腕前の程は十四歳の少女としてはかなりのレベルに達していると見て良いだろう。

 

 「フフフ、そう言って頂けて私も作った甲斐があったと言う物ですよウェンリーさん。

 ところで話は変わりますけど、ウェンリーさん今日何か良い事でもあったんですか、何だかウェンリーさんの表情が何時もよりも柔らかいと言うか何だか緩んでいる様に感じられるんですけど。」

 

 ヤンと共に紅茶を嗜んでいたフレデリカがその様に尋ねて来たのだが彼からしてみると、他者から観て自身が意識せずにその様な表情を浮かべていた事に意外さを感じてしまった。

 確かにこの日ヤンは八幡はじめ奉仕部の仲間達の絆が深まった事を慶んでいたし、その後に同じクラスの葉山が持ち込んだ奉仕部への依頼に関して示して見せた八幡の見解に感心していたので、その出来事の残滓が未だに残っていたのだろうかと己の思いを顧みてそう結論付けてみた。

 

 「ほう、君から見て今の私はそんなふうに見えるのかい、まぁ確かに良い事もあったけどね。」

 

 フレデリカの問い掛けに一言答え終えティーカップに口を着けようとしていたヤンであったが、ふと目の前にいる彼女の表情が何事があったのか知りたいと語っている様に思えたヤンは暫し黙考、プライバシーの侵害にならない程度に留めて彼女に今日の出来事を語って聞かせる事にした。

 

 

 

 奉仕部の三人の関係を掻い摘んでだが聴き終えたフレデリカは、彼らの奇妙な縁により始まった関係について感想を口にする。

 

 「八幡さんと雪乃さんと結衣さんにその様な経緯があったなんて、それで結衣さんは八幡さんに惹かれていったんでしょうね、自分の身を賭して小さな家族の命を救うだなんて、きっと結衣さんにはその時の八幡さんの行動がヒーローの様に見えたのかも知れませんね、或は白馬に乗った王子様でしょうか。」

 

 『ふむ、白馬に乗った王子様か』なる程其れは女性ならでわの感想なのかも知れないな、ヒーロー英雄視されると言うならばヤンにも心当たりはある。

 何せ前世に於いては心ならずも当の本人たるヤンが英雄だなどと呼ばれていたのだから。

 本人としては甚だ不本意極まりない事ではあったし、代わりの者が現れたならは何時でも譲るつもりでいたのだが。

 

 「まぁ、八幡自身は勝手に身体が動いだけだなんて言っているんだけどね、だけど普通の人ならばそんな時は案外身体が硬直したりして動け無い人の方が多いと思うんだがね。

 普段から訓練をしている人なら別だろうけど、ハハッ全く普段は捻ねた言動をしているし本人は気が付いてはいないんだろうけど、彼のその本質は優しい人だと私は思うね。」

 

 友人の評価を語るヤンの様子をフレデリカはほっこりとした眼差しで見つめている、自身の婚約者が友人を高く評価している事がその言葉から伝わって来る。

 そして友人の為人をその様に受け止める事が出来るヤンもまた八幡にも劣らぬ位に優しい人なのだと思うとフレデリカは内心、自分の男性を見る目は確かだったのだと喜びと共に感じられた。

 

 「それに雪乃さんもちゃんとお二人に話す事が出来て、きっと蟠りの様な物も取れたでしょうしね。」

 

 「うん同感同感。」

 

 彼ら三人の思いがけぬ事故により始まった関係、世間一般から見て当たり前のことが出来ていなかったが為に其れは何処か歪な物だったのだろう、言うべき事を言えず燻っていた少女達の思い。

 其れはもしかすると一年以上に渡って彼女達の心の枷となっていたのかも知れない、しかし彼女達は決意しやらねばならない事を自らの意思でやり遂げたと言っても良いだろう。

 ヤンは思う、関係を正した彼等のこれからがより実り多きものであれは幸いだろうと。

 

 

 ティーカップの中の紅茶も飲み尽くしてしまったが、フレデリカは今少しヤンにこの日起こったもう一つの出来事の事も聞かせて欲しいと懇願する、しかしもう夜の帳も降り時間も時間だし続きは歩きながらにしようという事になった。

 

 玄関のドアに鍵を掛けフレデリカと共にマンションの廊下からエントランスと歩みながら語るのは葉山が持って来た依頼の事を、尤もプライバシー保護の観点からヤンは依頼人等固有名詞は伏せて語るのだが。

 

 「他者を貶める内容のチェーンメールですか、雪乃さんの言ではありませんけど私もそのような物は元から断たなければと思いますね、穏便に済ますなんて言っても、その場を取り繕う事が出来たとしてもその火種は燻り続けるんじゃないですかね。」

 

 それが依頼として持ち込まれたチェーンメールの件をヤンから聞かされたフレデリカの感想である、その意見にはヤンも概ね同意ではあるのだがしかし、流石に雪ノ下の発言は過激に過ぎるとも同時に思いもする。

 

 「まぁ確かにね、しかし犯人を晒し者にすると言うのは些かやり過ぎだろうからね、そうだなせめて、例えばだけど依頼人君が他者を介さない場所でその犯人にやんわりでは無く確りとその行為は良く無い事だからと注意した上で『二度目は無いぞ』と釘を刺す位はやらなければいけないと私は思うけどね。」

 

 ヤンから説明を受けたフレデリカはそう己の意見を述べる、彼女のそれはヤンの思いとほぼ同意見でありヤンはフレデリカの言葉の跡にゆっくりと頷き、同意である事を示した。

 そして更に話を続ける、明日八幡と由比ヶ浜と共に葉山グループの状況及び各人の様子を確認し犯人に当たりを付けその対応策を練る事。

 それから帰りの道中で語った八幡の推察の事とその推察の的確さに感銘を受けた事等を。

 

 「そうですね、確かに八幡さんの推理した通りである可能性は高いんじゃないかと私も思いますけど。

 ただ、こう言う可能性もあるんじゃないでしょうか。」

 

 ヤンから聞かされた八幡の推察にフレデリカはもう一つ独自の推察をヤンに語ろうとし、一度言葉を止めて彼の表情を見る。  

 それにヤンは無言で頷く、フレデリカに彼女が導き出した推察を聞かせてもらうべく。

 

 「それはですねつまり、そのメール自体が依頼者の方の自作自演である可能性です、尤も私はクラスが違うどころか総武高校の生徒でさえもありませんから部外者もいいところですし、その依頼者の方が自作自演するに至ったのか、その理由は解りかねますけど例えばその方が皆さんが指摘した様に職場見学のグループ分けの話題が出た途端に仲間内の雰囲気が変わった事を敏感に察知して、已む無く一人を排除する為にその様な行為に及んだとかでしょうかね。」

 

 フレデリカが語る最中、ヤンは彼女の導き出した推察を聞き軽く驚きその目を数瞬の間ではあったが見開いた、それは彼女が導いた依頼人による自作自演ではないのかと云うその可能性を、実はヤンも可能性の一つとしてそれに思い至っていたからであった。

 

 「それを実行してみたは良いけど自身で収集が付けられなくなって私達に依頼をして来て何か良い方策を提示してもらおうと思ったとかかな。

 ハハハッ、いや実はねフレデリカ、私も君と同じくその可能性もあるのではないかと思って八幡にも話してみたんだけどね、それは彼によって否定されたんだよ。」

 

 フレデリカが語った依頼人犯人説にヤンも思い至っていたと云う事実、その事を聞かされたフレデリカはしかし然程驚きはしなかった。

 何故ならば自分が思い付く位の事にヤンの思考が向かない筈は無いだろうと考えていたからなのだが、それを八幡が否定したという事に付いては些かながら興味を抱き、何故八幡がその様に結論付けたのかフレデリカは知りたいと願ったのだが。

 

 「すまないねフレデリカ、此れは複数の人のプライバシーに関わる問題だからあまり話せる様な事ではないんだ。」

 

 ヤンの返答に多少残念だとは思ったフレデリカであったが、ヤンがそう言うのであればそれは本当の事なのだと彼女は納得してみせ、その件に関して彼に問う事は控えるのだった。 

 

 

 

 

 

 話は数時間程遡る。

 

 雪ノ下と別れてからヤンと八幡は本屋へ向かうべくは連れ立って歩く、そこでヤンは何気無くと云う体を装って自転車を押しながら歩く友人に話を振ってみる事にした。

 それは先に持ち込まれた葉山にからの依頼について、ヤンはもしかすると件のチェーンメールの送り主が依頼人たる葉山による自作自演の可能性は考えられないだろうかとも考えていた。

 

 「ああ、それな俺もそれを考えないでは無かったんだが、ちょっとした理由から却下したんだよ。」

 

 ヤンの問いに八幡は否定の言葉を口に出す、彼の言うちょつとした理由と言う物に付いて当然ながら興味を抱いたヤンは差し支えが無ければ聞かせてもらえないかと請う。 

 

 「ああ別にそれは構わんけど、ヤンお前に一つ尋ねるがお前今日部室に葉山が来た時の雪ノ下の態度、どう感じた?」

 

 八幡はヤンの質問に対し答える事を了承しながらもその前に逆に問い掛ける、そんな事をこのタイミングで問うて来たと云う事はそれが八幡の答えに繋がって居るのだろう。

 そう推察出来たヤンは自身が感じた事を包み隠さず話したとしても、何ら問題は無いだろうと判断し素直な感想を述べる事にした。

 

 「そうだね、先ず葉山君が入室して来た際に雪ノ下さんは何と言うかあまり彼を歓迎していない様に感じたね、そして彼が話を始めた途端に冷たくあしらっている様な印象を抱いたかな。」

 

 『ああやっぱそう思うよなぁ』とヤンの答えを聞いた八幡はボソリと呟き、そして続けて語る。

 

 「実はなヤン、お前が総武に転校して来る前にちょつとした依頼があったんだけどな、まぁそれ自体は今回の件にさして関係無いから割愛するけど、その時に葉山達が絡んで来て一悶着あってな、あの時皆は多分気が付かなかったと思うけど、その時の雪ノ下も今日みたいに葉山に対してあまり良い印象を持って無いって感じの視線を向けてたんだよ、まぁてか雪ノ下は葉山だけじゃ無くて俺にも冷たい視線を向けて来るけど、って何か自分で言ってて少し凹みそうだわ、何なんだろうな彼奴の視線って何だかすっげぇ冷気の様な物を感じるんだけど、そんでめっちゃ背筋が凍りつきそうな感覚に襲われるだよなぁ………ってスマン話が脱線してしまったな。

 まぁ、今俺が言ったのはちょつとした前提って奴な。」

 

 葉山と雪ノ下の事を話していた八幡だったがその流れからの脱線しかけたのを軌道修正を兼ねて、一旦言葉を止めてヤンへそれが前提だと説明と確認を取る八幡にヤンは頷いて了承の意を示す。

 

 「そんじゃあ続けるな、ヤンも知っての通り俺と雪ノ下と由比ヶ浜の入学式の日の事故が此処で関係してくるんだが、その事故で俺は三週間の入院生活をする羽目になった訳だが、その入院中に俺の病室に弁護士が訪ねてきてだな、まぁお約束的なモノだろうが弁護士ってのは雇い人の代理として俺への詫びとかそういった事を話に来たんだろな、その人に病室で色々と詫びられたし補償とかの話もしてくれた、つかその人が持って来てくれた菓子折りとか殆ど小町に食われて俺の胃袋には入らなかったんだけどな、ってどうでも良いよな。

 此れが前提その2って処だ、そして今日俺はその事故の相手が雪ノ下ん家の車だったと知って、漸く繋がったってか思い出した事があるんだが、入院中に俺のとこに来た弁護士の名前が『葉山』って人で俺に名刺をくれながらそう名乗ったんだよ。」

 

 此処まで言やお前なら答えに行き着くだろうとの八幡の言葉に、ヤンはまたも頷き肯定する。

 

 「つまりは、葉山君のお父上は雪ノ下さんの実家と繋がりがある訳だ、おそらくはその葉山氏は雪ノ下家の顧問弁護士ってところだろうね、だとすると雪ノ下さんと葉山君は幼い頃からもしかしたら面識があったって事かな。

 そしてその葉山君に対して雪ノ下さんがあまり良い顔をしないって事は過去に何某かの因縁が二人にはあると、けれどまぁそれは依頼内容には関係無いだろうね。

 関係があるとすればその葉山君のお父上の職業かな、弁護士と云う商売は、事企業等の顧問を務めるとなると能力ばかりではなく信用と実績こそが物を言うって事だろう。」

 

 ヤンは八幡に己の見解を語り、それに正解とばかりに八幡は頷きヤンの答えに補足する様に口にする。

 

 「まぁそういう事だろうな、もし葉山がそんなチェーンメールとか人を貶めるような事に加担ってよりかはそうなると主犯か、そんな真似をして事が公になりゃあ葉山の親父さんの信用にも影響があるかもだろうし、下手打ちゃ商売上がったりだろ。

 だから葉山がそんなリスクの高い真似なんかしないんじゃないかってな、まぁ何つうかそう思ったんだよ、実際はどうなのかは知らんけどな。」

 

 八幡が導き出した雪ノ下と葉山の関係を加味した解答、それはヤンにも心底から納得の行くモノだった。

 そして僅か十六歳の少年がその様な解を導き出した事に驚きを禁じ得ない、この少年の可能性をヤンはこの時ひしひしと感じていた。

 

 

 

 

 「送ってくれてありがとうございますウェンリーさん、ではまた明日。」

 

 グリーンヒル家の玄関の前、フレデリカを送り届けたヤンは彼女と別れの言葉を交わす。

 

 「いやお礼を言うのは私の方だよフレデリカ、何時もありがとう。

 しかし君も来年は受験なんだから、あまり無理をしなくても良いんだよ、まぁ私が生活人として欠陥を抱えている事は自覚しているんだが、その……。」

 

 礼の言葉を述べつつ彼女を気遣うが、その彼女に負担を敷いているのは偏に自身の生活能力無能力者たる故である事に思い至るにヤンは言葉に詰まってしまうのだった。

 

 「ふふふ、気にしないで下さいウェンリーさん私が好きでやっている事なんですから、それに私学業成績には自信がありますし勿論受験に備えてもいますから其処は安心して下さい。」

 

 そんなヤンを安心させるべく述べられるフレデリカの言葉だが、実際彼女の成績は宇宙暦のフレデリカ・グリーンヒル同様に優秀なので、余程の事が無ければ彼女が受験に失敗する事は無いだろう。

 

 「……ああそうだね、解ったよ君の言う通り安心する事にしよう。

 では私はこれで、ご両親によろしくよければ週末辺にまたチェスのお相手を努めますとお父上に伝え貰えるかな。」

 

 あまりきちんと整えられず納まりの悪い黒髪を搔きつつ別れの言葉を告げてヤンは帰路へと就く。

 小さく手を振り二人は別れフレデリカは自宅内へヤンは星空を見上げつつマンションへ向かい歩いて行く、関東地方も間もなく梅雨入りが近付いているそんな季節の湿っぽい夜道を。

 『さて明日は一体どうなる事やら』と心中の呟きを聴くものは誰もいないのだけれど。

  

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。