不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
開けて翌朝、ヤン・ウェンリーは総武高校2年F組教室の己の席でハァハァと息を切らせていた。
「ふぅ、ふぃ〜っ、はーっ、やれやれ漸く落ち着いてきたよ。」
この男、前世から変わらず今生に於いても朝に弱く自分一人ではなかなか起きれなず、普段はフレデリカからのスマートフォンによるモーニングコールで起こしてもらっている始末であった。
この日も御多分に漏れずフレデリカから一度は起こしてもらったものの、朝食を食べ終わり一息ついたところでうたた寝をしてしまい、そのまま三十分程眠ってしまったのだった。
「と言う訳でね、朝からやりたくも無い運動をしてしまう羽目になってしまったんだ。」
その為彼は学校の始業時間に間に合う様にと自宅からバス停、そして学校前のバス停から教室まで走らなければならなかった、だがそれは自業自得もいいところであり誰かを責められよう事も無く早朝から苦行を自ら強いられた訳だ。
「………はぁ、そりゃあご苦労さん、俺だったらその段階で諦めて開き直ってるわ。」
「ああ、うんヒッキーってばしょっちゅう遅刻して平塚先生にすっごい怒られてるもんね。」
遅刻を回避する為に走って来たと言うヤンの今朝の労力に対し八幡はその様に言う、嘗て遅刻した時苦し紛れの言い訳をし平塚教諭に鉄拳を食らってしまった事を失念してしているのか、或いはその程度の事など何ほどの物でもないとでも思っているのか。
そしていつの間にか由比ヶ浜がヤンと八幡の元へ来ていたようで八幡の遅刻常習者ぶりをバラすのだったが、忌々しげに軽く由比ヶ浜を一瞥した後八幡は机に肘を付き頬杖を付いて不貞腐れた素振りをする。
「ああ、まぁ確かに何事も無ければ私もそうしたかも知れないがね、例の件君と由比ヶ浜さんだけに任せるって訳にはいかないかと思ってね、それでどんな様子かな彼らは。」
例の件、それは昨日奉仕部に持ち込まれた葉山隼人からの依頼となる懸案、ヤンとしては何とも馬鹿馬鹿しいと言いたくなるし実にくだらない物だとヤンは思うのだが、それによって不当に傷付く者が居るのかもしれないと思えばこそ、それを放って置く事も出来無いなと不本意ではあれど何とかしなければと思い早朝ランニングをやらかしたのだった。
「……はぁ、いやな連中もまだ全員は揃ってないからな今ん所これって言う動きは無いな、まあコレばっかりはしょうがないんじゃねぇの。」
八幡の言葉を聞きヤンは葉山グループの方へと視線を向ける、彼らに怪しまれない様に何気ない風を装って。
とは言っても八幡が言う様にグループメンバーは確かにまだ揃っていない様だった。
『えーっと確か葉山グループは男子が四人と女子が由比ヶ浜さんを含めて三人だったな。』
葉山グループに属するクラスメートの顔をまるで覚えていないヤンだが、昨日聞いた話によりグループの人数だけは覚えていた。
現在教室内に固まって居るのはグループ首魁の葉山と、ヤンはよく知らないが葉山と同じサッカー部に所属する戸部という男子生徒、そして由比ヶ浜以外の二人の女子生徒の計四名だけだった。
「なんだ、だったら私も別に急がずに遅刻をして来ても構わなかったのかも知れないな、やれやれ何だか朝から損をした気分だよはははっ。」
後頭部をポリポリと掻きながらヤンは真面目な高校生としてはあるまじき、しかし何とも彼らしい問題発言砲がしれっと炸裂し。
「いや、それ普通に駄目だからねヤン君、ヒッキーの悪い所真似ちゃ平塚先生に怒られるんだからねっ!」
慌てた調子でワタワタと由比ヶ浜が突っ込みを入れる、そんな騒がしい一時がチャイムが鳴り担任教師が教室へと入室するまで続いた。
その様な訳で、依頼解決の為の調査は次の休み時間以降に取り掛かる事となったのである。
一時間目終了後の最初の休み時間、先ずは由比ヶ浜がグループの二人の女子に話題を振ろうと試みるが結果は芳しく無く、逆に二人に訝しがられる事となりそそくさと退散。
「えへへっ、ゴメンなんか上手く出来なかったよ。」
歩きつつ両手を併せて謝しつつ八幡とヤンの元へと近づく由比ヶ浜に八幡はジト目でヤンは微苦笑しながら彼女を迎える。
「ははっ、まあ由比ヶ浜さんは根が正直なんだろうね、だからこう言った腹芸が必要になる事や誘導尋問的な事は向かないのかな。」
「はぁ…しかししょうが無いとは言っても由比ヶ浜と違って俺とヤンは連中と何の接点も無いし、直に話し掛けるなんて芸当はボッチの俺にはハードルが高過ぎんだよな、ここはやっぱり俺は遠間から連中の挙動を観察する事にするわ。」
その由比ヶ浜のアタックの失敗を鑑みヤンと、八幡はその様に評し今後の対応策を述べるのだが確かに八幡の為人からすると方法はそれしか無いのだろう。
なのでヤンも苦笑しつつ八幡の言に賛成の意を示し、二人はほぼ同時に葉山グループ男子四人の様子をそれとなく観察するのだったが、その二人に話し掛けて来る者が居た。
「あれっ八幡、ヤン君どうかしたの葉山君達の方を見てさ?」
それは一見すると少女と見間違える程の愛らしい容姿をしているが、れっきとしたヤンや八幡と同性で同年齢の少年であるクラスメート、戸塚彩加であった。
「おっ、おう戸塚おはよう、別に何でもなぞ戸塚が心配する様な事はなってか寧ろお前に何かあるのなら俺がそれを片付けるまである、だから戸塚俺と添い遂げよう!」
その戸塚に声をかけられた途端、八幡は普段の淀んだ眼からその淀みが幾分弱まり更には覇気の感じられない言動にもその覇気が顕れたかの如く高揚感いっぱいに捲し立てる。
そんな八幡の言動にヤンは若干呆れつつも微笑ましさ故に思わず苦笑し、その八幡に想いを寄せる由比ヶ浜にはその彼の言動が面白く無いのだろう、その頬をむっと膨らませて。
「もう、ヒッキーはまたそんな事言って彩ちゃん困ってんじゃん、それにそんな事はあた………わぁ何でも無い何でも無いっ!」
苦言と自身の思いと彼に対する想いが口を衝こうとするが、寸での処でそれを思い止め慌てて誤魔化すが。
何となくだが由比ヶ浜の想いを知っているヤンは優しい眼差しと笑みをもって少女を見つめるが、当の想い人である八幡はそれを知ってか知らずか面倒臭いと言わんばかりな表情でそれを適当にスルーする。
そんな一幕の中でヤンはふと思い付いた、この状況を利用して少し様子を見る事が出来ないかと。
「ああそれが実はだね戸塚君、最近由比ヶ浜さんのスマートフォンに不愉快なメールが届く様になったそうで、嫌な思いをしているそうなんだけど生憎と私や八幡にはその様な物は届いていなくてね。
まあこれは私や八幡がクラスの皆のメールアドレスを知らないし、また教えていないからなのだろうけど、戸塚君にはその様なメールが届いたりなどしていないかい?」
ヤンは彼としては比較的大きな声で敢えて周囲に聞こえる程の音声で戸塚へとそれを問うてみる、そして八幡はヤンがその事をいきなり無関係の戸塚に聞く事を咎めようと思ったのだが、やがてヤンの狙いに気が付きその視線を葉山グループへと向け、その様子を覗う。
「ああ、アレかぁ!うんそう言えば僕のにも届いてたよ、嫌だよねああ言うのってさ、何か勝手な憶測とかで人の事を悪く言うなんて、僕そう言うの許せないよ。」
どうやら戸塚にも件のメールは届いていた様で、彼はそのメールの内容に義憤に駆られたかその少女と見紛う容姿に憤慨、由比ヶ浜がそんな戸塚に同感の意を示し二人もその行為を糾弾する。
「うん、同感だね。」
ヤンもまた二人に対しそう述べると、更に続けて自身の私見を述べる。
「姿形の見えないネットワークを利用し己自身はその身を潜め他者を不当に貶める、全くもってこれは人として軽蔑に値するしまた唾棄すべき愚行と言う他に無いね、第一そのメールに書かれている事が真実だったならこの三人には何らかの処罰が下っている筈だ、それが無いと言う事はこれはそれが根も葉もないデマゴーグだと言う事を如実に物語っているね。」
この位言っておけば良いだろう、ヤンはそう判断し其処で口を噤み八幡の様子を確認する、ヤンが見留めた彼の表情には何かを見つけた、或いは確認が取れたと言う様な顔をしているとヤンには見えた。
「おっ、おう……そうだな俺もヤンに賛成だ。」
あまり葉山達の方を見ている訳にもいかないと八幡は途中からヤン達の会話を聞いてはいなかったが、聞いていた振りをしてそれを誤魔化すべく会話に加わった。
「戸部、大和、大岡、誰がやったか知んないけどあーしはあんた達がそんな奴じゃ無いって知ってっからね、だからアンタ達もそんなの気にすんなし!」
葉山グループの八幡が言うところの女帝、金髪の派手目な女子生徒が大きな声で男子三人に呼び掛ける、その行為の目的とする処はその女子生徒三浦由美子はその外見的にも存在感が強くクラス内に強い影響力がある事を自分でよく理解している故に、その彼女が声を大にする事により三人の男子に何らの罪は無いと印象付ける行為であるのだろう。
「おっ、おうありがとうだべ優美子、そう言ってもらえてマジ嬉しいっしょ、マジリスペクトするわぁ。」
「「おう、それな!」」
三人の男子はその言葉におちゃらけながらも謝意を示す、それにより三人の男子の立場はクラス内に於いて救われたと言っても過言ではなかろう。
「ほう、彼女はどうやら中々の傑物なのかも知れないな。」
その結果を導いたその三浦の行動にヤンは思わず感嘆を禁じ得ないと率直に思えた。
「ああ、まぁ前に雪ノ下に言い負かされて涙目になってたけどな。」
由比ヶ浜と戸塚が二人の元から離れ自席へと戻って行くと八幡はヤンに向けて頷きボソリと呟く、どうやら犯人は特定出来たなと。
「お前が話してる時結構キョドってたからな、見る者が見りゃ判るだろう。」
「ああ、だけどそれ自体は最終的な目的では無いのだししもう暫く様子見をしてみた方が良いだろうね。」
ヤンが述べるとそれに八幡も同意し二人は次の休み時間も葉山グループを観察する事とし、頷き合うと次の授業を受けるべく準備を始める。
次の時間は数学であり、理系を捨てている八幡は授業開始早々に起きている事を放棄し一人眠りの園へと赴いてしまったのか小刻みにその身を揺らし始め、それをヤンは苦笑しながらも少しばかり羨ましそうに見るのだった。
数学の授業も終わりヤンは眠りの園に自ら囚われに行った八幡を起こし、二人で再度葉山グループの休み時間の様子を覗う。
今現在葉山を含む四人の男子が、その葉山の席の近くに集い楽しげに会話を繰り広げている、葉山が話を振り戸部が突っ込みつつ合いの手を入れ、残りの二人が追従する。
それが彼らの会話の一つのパターンとなっている様で、傍目には内容を変えつつそれを繰り返している。
「大将が話題を振って、太鼓持ちが持ち上げて取り巻き連中が笑いの声を入れて盛り上がりを装って存在感を示すってのか、はっ、関係無い俺が傍目からみてると奴らのアレは何とも歪な物に見えて仕方が無いんだが、その内側に居る奴らはアレを心の底から楽しいって思ってんのかね、だとすりゃ俺は存在感なんぞ誇示せずボッチで居た方がよっぽど良いって思えんだけど。」
その一連の流れを演じる彼等に対して八幡は頬杖着きつつ自身の思いを口にしヤンも頷きそれに同意するが、少しだけ彼らの弁護を試みる。
「まぁ、だけどね彼等には彼等の思う処と己の立ち位置の確認とそれをキープする為の努力を行っているのかも知れないよ、まあこの例えが合っているとは言えないけど、水面を優雅に泳ぐ白鳥もその水面下では必死に水を掻いている様と同じくね、だからと言ってそれに高評価ボタンを押すかと問われれば押しはしないけどね。」
だが、結局はヤンの思いも八幡のそれと何ら変わり無く結局は彼等の様にはなれないとの結論を述べる。
「……高評価ボタンってお前は何処ぞのチューバーかよ。」
そんな会話をしつつも八幡とヤンはその視線を葉山グループ男子四人を捉え、その一挙手一投足を観察する。
そんな時間が五〜六分も続いていただろうか、やがてその場に変化が訪れる。
「悪い、俺ちょっと。」
おそらくはトイレにでも行くのだろうが、その彼等の首魁葉山がその場を後に教室を出て行く、それがその変化の訪れを八幡とヤンとに知らしめる事となったのだった。
「やれやれ、どうやらそう言う事の様だね。」
「ああ、そうみたいだな、つう事でもう後は連中の様子見をする必要は無いだろうしな、結果は放課後に伝えりゃ良いだろう。」
そう結論づけヤンと八幡による葉山グループ監視業務は此処に一旦の終了となった、この後余程のどんでん返しでもなければ二人が付けた結論が覆りはしないであろう。
そして迎えた放課後、昨日と同じ頃合いの時間に葉山隼人は奉仕部の部室を訪れた、一応は昼休みにそれとなくヤンが葉山に接触し放課後に奉仕部部室を訪れる様にと要請をしていたのだが。
そしてヤンと八幡から葉山に対して、その日二人が一時間目と二時間目の休み時間に目視確認し導き出した結論を突き付ける。
「なっ、そんな………。」
それを聞いた葉山は信じられないとばかりに絶句し、両の拳を強く握り締め小さく震える。
二人から聞かされた結果を葉山は否定したいのだろうが、否定し得ないだけの状況的な証拠を突き付けられたからだろう。
「まぁアレだ昔やってたタモさんの番組の友達の友達は皆友達だってアレ、お前のグループの男子チームはそう成りきれていないって事だ。
結局の所お前のグループ男子ABCの三人はそれぞれがお前の友達ではあるんだろうがそのABC君達自体はそれぞれを葉山お前の、要は友達の友達に過ぎないって認識でしか無いって訳だ。」
俯く葉山に駄目を押す様に八幡は更に付け加える、それはまるでその事によって葉山に確りと現実を認知させようとしているかの様であり、ヤンはそれが厳しいながらも八幡が持つ不器用な優しさの発露の様に思え嬉しく思うのだった。
「うんそうだね私も八幡と同意見だよ葉山君、だからこそ私は……いやこれは君自身にその気があればの話なんだが、君達は真の意味での友人にならなければならないんじゃないかな、あくまでも君がそれを望むのならばだけど一つ私達に君に対して提案を出来るんだが。」
だがそれは非常に解り辛く、一つ間違うとそれが八幡に対する反感となるかも知れず、ヤンとしてはお節介かも知れないと思えども援護射撃をせずには居れなかった。
「ヤン君、比企谷君、葉山君がその案を実行するか聞くかどうかは置いておくとして貴方達が出した結論を聞かせてもらえないかしら、貴方達が導いた答えに少しだけ興味が出てきたわ。」
雪ノ下は葉山がどうするのかを答える前に二人にそれを尋ねる、純粋に彼女自身がそれを知りたいと思ったのも事実であろうが、葉山自身に結論を促す為の誘導を企図しての行動でもあったのかも知れないが、しかし雪ノ下がそれを公言する事は無いだろう、八幡に負けず劣らず彼女も素直な性格では無いのだから。
「………分かったよ、教えてくれないか君達の考えを。」
葉山はどうやらそれにより覚悟を決め二人の提案を聞く事を決断した様だ、その目には先程よりも力強さが宿っている様に見える。
葉山の決意を見て取ったヤンと八幡はその案を伝える、先ずは八幡がバッサリと結論から告げる。
「葉山、お前今回の職場見学、自分から進んでボッチになってみろ。」
八幡のその言葉にヤンを除く三人は訳が解らないと、その顔にクエスチョンマークを浮かべている事がありありと伝わる様な何とも言い難い表情を現すのだった。