不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
メール件案はこれにて終幕です。
八幡からの己に対する提案に、それを聞かされた葉山は呆気に取られ思わず彼らしくも無い、間の抜けた表情を奉仕部の面々に対して披露する事となってしまった。
校内に於いて最も高い女子人気を誇る葉山のそんな表情を見ると言う事は非常にレアなケースなのだろうが、雪ノ下と由比ヶ浜にとっては別段葉山に対し特別な感情を抱いている訳でも無く、彼のその表情に何らの価値も見出さなかったのだが。
「要するにだ葉山君、今度の職場見学会とやらの班分けなんだけど、君は彼ら三人の誰とも組まず別のチームに加入するんだ。
そしてその旨を予め三人に宣言するって訳さ、件の犯人の犯行動機、と言う言い方も何だけどそれは葉山君を隊長とした三人一個小隊が結成されるだろうと考え、その小隊からあぶれたく無いものだからこそ今回の行動に及んだのだろう。
だったら端っからその君が彼等の隊長としての地位に就く事と共に行動する事を放棄してしまえば、このメールを発信する事は無意味な物となってしまうからね。」
八幡の言を継いでヤンは理解り易く葉山に説明を始める、此度のチェーンメール騒動の発端が職場見学会のグループ分けに於いてあぶれ者となりたく無い犯人が他者を貶める為に及んだ犯行であるの事が休み時間のカマかけによってはっきりと確認出来たと。
ヤンや戸塚の発言を耳にし明らかに挙動を変じさせた者が居た事を八幡が目視で確認した事を葉山に告げた。
「まさか本当にそんな事の為に。」
その事を聞かされた葉山はただ一言を漏らし呆然とする、彼としては事前にその可能性を八幡達に伝えられては居てもやはり信じられない否、信じたく無いと思って居るのだろう。
「人の心の箍なんてものは、どんな事が切っ掛けで外れてしまうかなんて他者には解り様が無いからね、それは第三者から見ればほんの些細な出来事としか思えない様な出来事が起因していたりする物さ、しかしその当人にとっては何事にも代えられない重要な事の様に思えるのかも知れないんだよね、例えば戦争なんかもそうかもね。
知ってるかい、戦争の発端はその九割までは後世の人々があきれるような愚かな理由で起こってるし、更に残る一割は当時の人々でさえ呆れるような依り愚かな理由で起こっているんだよ、全く持って度し難いものさ、おっと此れは我ながら話が脱線してしまったかな、失礼したね。」
ヤンは四人に対して頭を掻きながら詫びを入れ、其処で一旦口を閉じる。
実際後半の脱線部分はさて置くとしてヤンが言った事はヤンや八幡、或いは雪ノ下の様に何処か泰然と又は諦念を持っている者にとっては何程の物でも無いのだろうが、しかしごく普通の一般的なティーン・エイジャーならば。
学年を超え学校内において最も高い人気を誇る男子生徒である葉山隼人、その葉山と友人関係にあり且つ校内でのイベント等を共に行動する事は、その極一般的な生徒にとってはある種のステータスか、もしくは勲章を授与される様なものではなかろうか。
尤もヤンは前世に於いて戦勝を重ね幾つもの勲章を授与されておきながら、それらに何らの価値も見出さず部屋の棚に適当にしまい込み見向きもせず、しかしその箱だけはバスルームの石鹸箱に丁度良い等と考える様な、変人であったのだがこれは人として稀有な例と言わざるを得ないだろう。
「だな、俺もヤンの言ってる事は尤もな事だと思うわ、だからこそお前は今回のメールの件が職場見学会の班分けが根本原因だと思っているって事と、そしてこんな騒動が今後起こらない様に自分が身を引くからお前達三人でグループを組んで交流を深めてくれとでも言って聞かせりゃあ大体解決すると思うぞ。
別に犯人を名指ししろとは言わんけどな、三人と話すに当たってメールの事も引き合いに出して、今後こんな事態にならない様に釘を刺すってのはお前には辛いかもだが、言わなきゃならない事ってのも多分あるんじゃねえのか。」
脱線した部分に付いては敢えてスルーを決め八幡は葉山の目を見ながらヤンの言を肯定し更に追加補足を加える、その八幡の目に見える葉山の表情は未だ決め倦ねている様に思える。
「うん、葉山君、君は事を穏便に済ませたいと望んでいるのだろうけどそれだけではいけないと私達は考えるね。
一度腹を割って話す事は今後も君達の関係を続けていくつもりならば必要な事だと思うよ、皆でビールでも飲みながらっと、いかんなまた余計な事を言ってしまったか、んっ、んんっまぁそれによって彼等が自省や自制する様に促し、彼等がそれを是とすれば君達の絆はより強固な物になるかも知れないしそうなれば君達にとっては儲け物だろう。
まあそれも君達次第なんだけどね、それとちょっと辛口な事を言わせてもらうとだね、もしそれが上手く行かず君達の関係が崩れ去ったとしたら、その程度で壊れてしまう様ならばだ、君達の関係は所詮その程度の物でしか無いって事なのかも知れないね。」
そう言い終えたヤンは紙コップの紅茶を口に含み喉の奥へと流し込む、葉山はそんなヤンとそしてに紅茶を啜る八幡とを交互に見やりる。
葉山は二人の提案を聞き自身がどう行動すべきか逡巡しているのだろう、ヤンと八幡の提案は確かに現状考え得る限りかなりベストに近いベターな答えだと彼も頭では理解しているのだろう、しかし理解しているからこそ。
「……その程度の物か、随分と手厳しい言い分だねヤン君、俺は彼奴等とならいい関係が築けると信じているよ。」
彼の心に二人に対してほんの少しの反発心が生まれるのは仕方が無いだろう。
「そうかい、だけど間違った事は言っちゃいないだろう葉山君。
君が言う良い関係を築けるか、それとも私が言う様に脆く崩れ去ってしまうのかそれは君のいや君達のか、君達次第だよ。」
紙コップの中身の紅茶を意味無く撹拌する様にヤンはゆらゆらと紙コップを揺らし、中の琥珀色の液体表面が波打つ様を見ながらヤンは葉山の言葉にに返答をする。
葉山の顔も見ずにヤンはそう言った、それはもう言うべき事と伝えるべき事は伝えたから後は自分でどうにかしろと、すげなく突き放された様に葉山には感じた事だろう。
「まぁこれまで仲間とか居た経験が無いから俺はヤンみたいに断定は出来ないが、それでもヤンの言った事は間違いじゃないって、こっから先はお前達次第だって俺もそう思うぞ葉山。」
フーフーと紙コップの紅茶を冷ましながら八幡がヤンに同意する旨を伝えた、葉山は次に八幡へと目を向けるが直ぐにその視線を反らした、彼は吟味しているのだろう八幡とヤンが提案した事を。
その様に葉山がこの場で逡巡を見せているのを他所に奉仕部女子二人が声を上げた。
「ヤン君、比企谷君、葉山君は貴方達の提案を実行に移すかどうか決め倦ねている様だけれど、私にも貴方達の提案こそが現状最も適していると認めざるを得ないわ、私も貴方達の調査結果を踏まえて考えてみたのだけどやはり私も貴方達と同様の結果に行き着いてしまうわ。」
「うん、あたしもそう思うな、何てかさメールの事を完全スルーとかしてただ有耶無耶にしちゃうよりか隼人君がちょっとでも注意をした方が良いと思う、そうじゃないとさあたしとか姫菜はさ男子に対して“さいぎしん”を持ったままになっちゃうと思うんだ。」
雪ノ下のその発言は、別に葉山に早急に又強制的に決断を促す様な口調では無く二人の出した結論を高く評価しての発言だったが、由比ヶ浜のそれは葉山と同じグループに属するだけに雪ノ下よりも切実にこの懸案の解決を願っているだけに、葉山に対し事態の収束を請願する発言となった事は当然な流れであろう。
「……………。」
二人の女子の発言に葉山は何も言えなかった、無言で下を向いたまま答えを出せないでいるのだろうか。
「お前今の猜疑心ってめっちゃ平仮名発音だったよな由比ヶ浜、雪ノ下から勉強教えてもらってる効果はまだ表れてないんだな。」
「うっ、もうヒッキーはそんなの蒸し返さなくたっていいじゃん、そっその内ちゃんと解る様になるんだからね!」
場の雰囲気に気不味さ、居心地の悪さでも感じたのか八幡が由比ヶ浜の発言に突っ込みを入れ、由比ヶ浜もそれを感じ取ってか多少オーバーアクション気味にそれを返す。
それが功を奏したのかは定かでは無いが、口を噤み静かに己が此れからどうするべきかを思案していた葉山が顔を上げ奉仕部の面々に向き直り
「分ったよ、君達の提案通りにやってみるよヤン君、ヒキタニ君。」
どうやら葉山は意を決した様で八幡とヤンの提案を受け入れ実行する事を二人に伝える。
八幡とヤンはその葉山と改めて目を合わせる、だが決意をしたとは言えどもその葉山の表情には未だ迷いの色が見て取れる、だがそれも仕方の無い事だろう。
いくらヤンと八幡が思案した上に提案した方法とは言え先にヤンが言った様に二人の提案はベストでは無くあくまでもベターであり百パーセントの成功率を保証している物ではない。
身長も高く学業成績も良くその容姿も整っており大人びて見えるとは言えど、葉山は高々高校二年生の子供に過ぎないのだ、今回の問題を奉仕部に持ち込んだと言う事からしても彼の能力が年齢相応の物でしか無い事実を如実に現していると言えるだろう。
だからこそ二人に完全なる成功を保証して欲しいと願ったとしても何らおかしくは無いのだろうが、ソレは他力本願もよい処でその葉山の内心の思いをヤンが知れば『其処まで面倒は見きれないし知ったこっちゃ無い』とあっさり突き放していただろうか。
「不安かい葉山君、私達の案を実行したとして果たして上手く行くだろうかとそう考えているんだろう。
けれどもどんなに完璧を期して練った策だとても何かしらの不確定要素は付き物でね、其処から全てが崩れ去る事だって稀にあるものさ。
まあだけど動かなければ動かなかったで事態は悪くなって行くばかりなんだしね、何方にしても一緒さ。」
だが葉山は彼等に百パーセントの保証をして欲しいとは口にする事も無かった為、ヤンは葉山の表情から不安感を抱いている事だけは推し量る事が出来たが故に慰めとも付かない助言をするだけに留まった。
「ああ、そうだね……ありがとう、明日にでも皆と話してみるよ。」
葉山はヤンの助言に静かに頷きながら返事と礼を述べ、部室を後にすべく座っていた椅子から立ち上がり奉仕部の面々に頭を下げた。
「…あの隼人君、がんばって。」
顔を上げた葉山に由比ヶ浜が激励の言葉を贈る、その声は幾分躊躇いが含まれてはいたがそれがグループの仲間として事に当たる葉山に今の由比ヶ浜が出来る僅かばかりの事で。
「うん、ありがとう結衣……やってみるよ。」
それを葉山も十分に承知してか、由比ヶ浜へ向け決意を口にする。
「それじゃあ、皆もありがとう。」
改めて葉山は奉仕部の面々に礼を述べ部室から退出すべく歩き出す、その表情は未だ覚悟は定まらずと言ったところだろうか。
しかし皆に背を向け歩く葉山に紅茶を飲みつつ、その背を見ながらヤンはその葉山を呼び止めた。
「すまないね葉山君、一つ言い忘れていた事があってね。」
ヤンは紙コップをテーブルに置き手を離す、空になったコップの中に僅かな時間目を向けるが、直ぐにその目を葉山へと向け直すとその言い忘れていた事を話し始める。
「職場見学会に付いてなんだけどね、知っての通り我々生徒は三人一組の一個小隊を編成する様に指示を受けている訳でけど、その我々を受け入れる企業の総数がその三人一組の小隊の数と同数な訳は無いよね。」
常と変わらぬ柔らかな表情と口調でヤンは葉山に語り掛け、それを受け取った葉山はそれが一体何事かと訝しみ思考を巡らせてみる。
総武高校のクラスは一学年に就き十クラスを数え其の総数は数百人規模に登る訳だが、今回の職場見学会に当たり各クラス三人一組の編成を組んだとしてもそのグループは十組以上となり学年単位ではそれが百以上となるし、当然ながら訪問先企業には引率の教師が就く訳でその教員の人員もその百を超えるグループ全てをバラバラにして賄える人数である訳も無く。
やがて葉山は一つの答えに行き着いたのか合点がいったとばかりに目を見開いて頷くと、ヤンに対して返答を返す。
「つまりグループは違えど、職場見学の訪問先は複数の班で赴く事が出来ると言う事だねヤン君、だとすればそれをみんなに伝えれば万事解決するんじゃないのかい!?」
葉山は其処に一条の光を見出したかの様に表情をガラリと変え喜びを露わにそれを問うのだった。
「うん、まあそう言う事なんだけどね。」
葉山の問い掛けにヤンは気も無さげに答える、まるでその解答は不適であると言わんばかりに素っ気無く。
そして続く言葉でそれがヤンの本心で有る事がこの場に居る葉山を含む皆に告げられた。
「それはしかし私としてはお勧め出来無いね、なぜかと言えばだねそれをしてしまうって事は結局の処今回の騒動の顛末が、有耶無耶に終わってしまうって事だよね。
だとすればどうなるかな、もし次に今回と近い状況となった場合今回の犯人か或いは別の誰かがこの事に味を占め同じ様な行動に至る可能性だってある。
だから私としてはそうならない為にも君はグループの首魁として最低限の責任を果たす義務があると思うんだがね。」
じっと静かに淡々とヤンは葉山の目を見つめながら、だが確りとその事実と可能性と責任とを葉山に突き付ける。
葉山はその言葉を聞き愕然とし言葉を失う、それはまるで折角見つけた一縷の望みたる天より降ろされた細い一本の糸をあっさりと無惨にも断ち切られたかの様に感じた事であろう。
「なる程な、ヤンお前は葉山にグループだけじゃ無く訪問先の企業までも別の所へ行けって言ってる訳なんだよな。」
ヤンの発言の真意を八幡は紙コップの紅茶をちびちびと飲みながら、声に出し葉山に対しての説明も兼ね継ぐように問い掛ける。
「ああその通りだよ八幡、私達の提案としては葉山君が三人と離れる事によりその件の三人に友誼を結んでもらおうとこの案を考案した訳だけど、結局班は違えども皆が一緒に行動してしまったならば、結局は我々の提案は無意味な物になってしまうし、彼等の関係性に何らの変化も訪れ無いじゃないかな。」
ヤンは八幡の問を受けると、そう答えて話を結んだ。
葉山の去った部室には四人の部員と僅かな静寂の時間が訪れた、八幡は紙コップに残っていた紅茶を飲み干してほっと溜息を吐き、ヤンはテーブルに置いていた小説の単行本を手に取りスクールバッグへとしまい込む。
時刻はもう間もなく完全下校時刻となる頃合いだった、今回の依頼の策をほぼ完全に八幡とヤンに任せた結果となってしまった事に忸怩たる思いに囚われてか雪ノ下と由比ヶ浜は何も言えず無言であったのだが。
「……隼人君達上手く行くかな…。」
ポツリと呟く様に溢したその言葉は由比ヶ浜の口から漏れた物だった、同じグループのメンバーであるが故に彼女はこの四人の中で最も切実にその成否が気にろのだろう。
「ふむ、果たしてどうだろうかね、いくら私達が何だかんだと言った所でそれは最終的には葉山君の行動とそれを受け取る側の気持ち次第だろうからね。」
ヤンは由比ヶ浜の問に素っ気無くそう答える、由比ヶ浜はおそらく葉山と同様に上手く行くとの確約の言葉が欲しいのだろうとヤンには理解出来ではいたがその慰めの言葉を安易に口にする事は出来なかった。
「あくまでも我々奉仕部の役割は依頼者の自立を促す事がその役割であって、最後の最後迄依頼者を手取り足取り導く事が活動の趣旨では無いだろう。」
今言った様にヤンはあくまで奉仕部の趣旨に則り葉山に対し提案をしただけであり、それ以上の事など当人達に任せるしかないし、当人達で対処すべきであるし何よりも他力本願となり他者に全ての解決を求めてなど欲しくもないとの気持ちもあるのだろうし、ヤンは自主自立の精神を今生に於いても貴重な物とし葉山達に対してもその精神を持って接していたのだから。
「ならば後は運を天に任せる、もしくは神のみぞ知ると言ったところかしらヤン君?」
ヤンの発見を聞き沈黙する由比ヶ浜に代わり今度は雪ノ下がヤンへと尋ねる、それに対してヤンは返答を熟考する事も無く軽い調子で答えるのだった。
「う〜ん、それもどうだろうね、何せ私は無神論者だからね、なのでそんな気紛れな神様なんぞと言う存在を信じた事など一度も無いんだよ、それに自分で出来る事、手の届く範囲内の事ははなるだけ自分でやった方が良いだろう。
だがもしも彼等が本当に出来ない手に負えないと言うのなら話はまた変わって来るんだろうけど、そうなるともう我々学生の手に負える領分では無くなってしまうんじゃないのかな。」
今回の件はまだ話し合いで解決出来る余地があるとヤンと八幡は判断し、奉仕部の理念の範囲内で出来得る助言を与えたのだ。
後日………。
ヤンと八幡は職場見学会のグループは戸塚を加えての三人で編成され、そのグループの赴いた企業には件の三人とは別のグループを組んだ葉山の姿は確認出来たが、其処に葉山グループの三人の男子の姿は無く、その葉山の表情には何か憑き物が落ちたとでも言い表わせばよいのか、八幡達のグループと目が合うと年相応の少年らしい笑顔を向けてくれたのだった。
追記。
葉山が奉仕部の部室に赴いた翌日、どうやら彼は八幡とヤンの提案を実行に移した様で、その日の昼休みが終わる頃には葉山グループの男子四人の表情からは屈託の影が消え失せていたのだとか。