不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
梅雨、それは六月から七月にかけて中国の揚子江流域から日本の南部にかけて特に顕著に現れる季節的に雨が降る期間の事をさしてそう呼ぶのだが、六月も中旬のこの時期日本の関東地方も梅雨入りしており降り続く雨と共に暦の上では既に夏に突入しており、高くなり始めた気温によってジメジメとした湿気を伴い不快感をもたらしていた。
「唐突なのだけれど、六月十八日が何の日か分かるかしら。」
そんな慣れたくも無い環境に突入間もない六月も既に三分の一が経過した、ある日の放課後の総武高校特別棟四階に用意された奉仕部の部室にて本当に唐突にそのような質問をこの場に居る二人の男子部員に投げ掛けたのは、奉仕部の部長にして現在この空間に唯一人存在する女子生徒。
おそらくは街を歩けば十人中八〜九人は確実に彼女に注目の眼差しを向けるだろうと思われる程の美貌と知性を持つ少女、雪ノ下雪乃。
因みにこの日はもう一人の女子部員由比ヶ浜結衣が友人との約束がある為に部活を休んでいる為に現在この部室内には三人の部員しか居ないと言う訳である。
「ああすまないね雪ノ下さん、あいにくと私にはその日付に関して思い当たる節がまるで無い。」
その問いにまず先に答えたのは、黒い瞳と髪を持ってはいるが何処かしら日本人とは異なる顔付きの少年と呼ぶには些かながら達観した様な、或いは常に眠た気な雰囲気を醸し出している、異国からの転校生、ヤン・ウェンリー。
「…………はぁ」
そして雪ノ下の問いに対して何も答えず、只面倒臭げに頭を掻き知らん振りを決め込むのは淀んだ眼をし周囲の事象を正面からでなく俯瞰或いは斜め下から眺めている様な捻た印象を見る者に与える少年、比企谷八幡。
「あら、人の質問にも答えず面倒臭げに無視するなんてもしかして何か思い当たる事でもあるのかしら、無視谷君。」
そんな八幡の態度を目敏く捉えた雪ノ下は、常の如く皮肉を交えて彼に改めて問い掛けるのだが、問われた当の本人はと云うと。
「お前ねいい加減人の名前を勝手に改変して妙な言い掛かりを付けんの止めてくれる、何だよ無視谷って言われて一瞬ビーストの方の虫かと考えたじゃないかよ、けど言葉の流れからしてシカトの方の無視だって解ったけど、ってか俺は別に由比ヶは………。」
その様に反論をするのだが、その流れの中で彼はこの場合に於ける余計な一言を言いかけてしまった。
「語るに落ちとはこの事ね、比企谷貴方は今由比ヶ浜さんの名を口にしようとしていたわね、と言う事はつまり貴方は六月十八日が何の日か知っていると見なしても構わないわね。」
これにより八幡は雪ノ下にマウントを取られてしまう結果となり、己の口から吐いて出ようとした由比ヶ浜の事を誤魔化そうとするが敏腕検察官の如き雪ノ下の追求の前に敗北を喫してしまい自白を余儀なくされてしまった。
「一昨日だったかな、アイツからSNSで俺の誕生日を聞かれたから答えたんだが、その後の返信でアイツ十八日が自分の誕生日だって返ってきたんだよ、だから覚えていただけで別に他意は無いぞってかそう言う雪ノ下は何で知ってたんだよ。」
目線を彼方此方に彷徨わせつつ八幡は雪ノ下に答え、細やかな反撃とも呼べない程の小さな抵抗として問い返すがその答えは単に由比ヶ浜のメルアドレスに618の数字が存在していた事から、彼女の誕生日がこの日ではないかと推測したとの事であった。
そしてその推測は八幡が由比ヶ浜から受け取ったSNSのメッセージから正解であった事が証明された訳だ、更に雪ノ下は続けてこの話題を俎上に上げた理由を述べ始める。
「そこで貴方達に相談なのだけれど、あいにくと私にはこれまでプレゼントを贈る様な相手が居なかった事もあるのだけれど、その、私自身の感性もどうやら世間一般の十代の女子としては外れているみたいなのよね。」
八幡は内心雪ノ下のその自己分析には素直に頷けるものであるとしみじみと思ったのだが、そのような事を考えていると感の良い雪ノ下の事直ぐにそれを察し口撃を加えられては堪らないと、彼はそれに付いて考えるのを放棄した。
触らぬ神に祟り無し、八幡の脳裏にはその言葉が立体的な形をしたオノマトペの様に過ぎるのだった。
閑話休題、基本ヤンも八幡も二人共そう云った事には鈍い質なのだが、流石にこの件に対しては何となくだが察しが付いた。
「成程ねつまり雪ノ下さんは由比ヶ浜さんへの誕生日のプレゼントの買い出しを私達三人で行おうと、そう提案しているのだと解釈しても良いのかな?」
ポンと手を打った訳では無いがヤンはその答えに辿り着き、雪ノ下へ己の回答の答え合わせを求める。
そしてヤンの回答は正解にかなり近かった様で、雪ノ下はヤンへと向き直りコクリと首を縦に小さく振りヤンの答えに追加補足を加える。
「ヤン君に付いてはフレデリカさんと云うお付き合いをしている人が居るからそれ程心配は無いのだけれど、比企谷君はおそらく……いいえ確実に小町さん以外の人に誕生日のプレゼントなど贈った事は無いでしょうから、女性へのプレゼント選びなど無理だと言っても差し支えないでしょう。」
ヤンから八幡へと目線を移し、中々に辛辣な評価を彼へと降しつつ雪ノ下は澄まし顔でそう述べるのだが、其処で黙っておれずに反論してくるのが比企谷八幡と云う男だ。
「くっ、イラッと来る事言われているがほぼ正解を言い当てられてるから反論できねぇ〜っ、てかちょっと待てよ雪ノ下確かに俺はお前が言う様に小町にしかプレゼントなんて物贈った事は無いが、お前のその言い方だと小町は女子の範疇に入らないって言ってるのと変わんないんじゃね、そうだとするとお前ちょっと失礼だよな、まぁ小町も小町で俺の贈ったプレゼントをセンスが無いとか若干酷評してくれるんだけどね……あっ、何か言ってて涙が。」
だが、反論すれども最終的には雪ノ下の下した評価を肯定する結果となっている事に、思わずヤンは苦笑を漏らしそうになってしまった。
ヤンはだが、それを誤魔化すと云う訳では無いのだろうが『んっ、んんっ』と咳払いを二度ほど吐き、途中停止状態となっている雪ノ下の相談の続きを促す。
「ごめんなさい、私としたことがつい比企谷君をやり込める事に夢中になってしまったわ。
それで話の続きなのだけれど、明後日の土曜日かもしくはその翌日の日曜日に一緒にプレゼンの買い出しに付き合って欲しいのだけど、出来ればその時に小町さんとフレデリカさんにも同行を願えないかしら。」
その雪ノ下の要請にヤンはフレデリカのスケジュール次第だが同行しても構わないと即答するが、基本休日に外を出歩く事を嫌う八幡は理屈を付けてそれを断ろうとするも、ヤン〜フレデリカ経由で小町へと連絡が行き結果その小町の『はっ!どっちみちお兄ちゃんだって結衣さんにプレゼント買うつもりだったんでしょうが、だったらつべこべ言わずに皆で相談して選べば簡単に済むんだからそれで良いじゃん』との鶴の一声によって、渋々ながら参加する事となった。
「どもどーもぉやっはろーです雪乃さんヤンさんお久しぶりですね、今日は愚兄共々よろしくお願いしますね。」
二日後の土曜日、由比ヶ浜を除く奉仕部の三人、ヤン・ウェンリーと比企谷八幡と雪ノ下雪乃に加えヤンの婚約者フレデリカ・グリーンヒルに八幡の妹比企谷小町の計五人は先日の雪ノ下からの要請通りに由比ヶ浜へのプレゼントを購入すべく千葉県某市、某駅前から直ぐのベイエリアへと赴いて来たのであった。
「やっ……こっ、こんにちは小町さん今日はお休みなのに呼び立てしてごめんなさい。」
「やあ、こんにちは小町君今日はよろしく頼むよ。」
小町の元気な挨拶に雪ノ下とヤンは挨拶を以て返す、小町の由比ヶ浜に影響を受けた妙な挨拶に思わず釣られそうになる雪ノ下の姿は最早一種の様式美と言っても良いのかも知れない。
「こんにちは八幡さん、御迷惑で無ければ私もよろしくお願いします。」
続けて、フレデリカが八幡へと礼儀正しくお辞儀をして挨拶を、白を基調とした清楚さと涼やかさを兼ね揃えた装いの衣服を纏った、外国人美少女の日本人とは違う美しさに目を奪われそうになるも何とか理性を総動員し平静を装い八幡も挨拶を返すが。
「おっ、おう、まぁそのアレだよろしく頼むわ?」
彼の頬は微かに朱に染まっており、その挨拶の語尾もなんと無く疑問形になっている様に感じられ、フレデリカは何だかそれが面白く「はい」と返事をするものの、其処には隠しようの無い笑いの成分が含まれていた。
五人はモールへと入店すると案内板を元に店舗を巡る事にしたのだが、其処で八幡が各自分散し個人個人でのプレゼント購入を提案したのだが。
「は〜っ、これだからごみいちゃんなんだよ、だいたいそれだと今日小町とリカちゃんが此処に来た事の趣旨から外れちゃうでしょうが、良い先ずは目当てのブツがありそうなフロアを此処で厳選して全員で一通り見て廻るって話し合う。
その後で何を買うか、その段階で初めて散開して個人個人でプレゼントを選んで買うんだよ。」
妹、小町からの至極真っ当な正論による駄目だしにグウの音も出ない八幡は尚も何やら言い訳を述べるも、その尽くを論破されるのだが、それをみかねたねたヤンが此処八幡に対して助け舟を出す。
「八幡、此処は潔く小町君の言う事に従おう、第一其れこそが雪ノ下さんからの要請でもあった訳だしね。
それにどの様なプレゼントを選ぶかある程度それぞれの方向性を知っておいて品物がかぶらない様にする事も必要なんじゃないかな。」
ヤンからの提案に不承不承の体を取りながら八幡も了承、雪ノ下もそれが当然とばかりに頷くのだった。
「では。」と小町は店舗案内板に書けれた店名をじっくりと吟味し、最終的に二つのフロアを回って見る事に決定し、女子三人を先頭にヤンと八幡がその後におまけの様に若干の距離を置いて付き従う形で進み始める。
実際の話、雪ノ下とフレデリカは多くの人の目を引きつける程の美少女である事は間違い無く、小町も二人とはベクトルは異なるが溌剌としたマスコット的な愛らしさを感じさせる。
「何か思っていた通り人目がすっげぇ痛いんだがな、こうなる事は端っから分かってたんだよなぁ。」
そんな華のある女性陣の後ろを歩いているのだから、静かに生活を送りたいと志向する八幡にとしはてこの事態に愚痴の一つもこぼしたくなるものだろう。
「まあ気持ちは解るけどね、実際君と雪ノ下さんもそうだろうけど私も正直な処贈り物選びのセンスなんぞ持ち合わせが無くてね、なので彼女達の存在はこの場に於いて不可欠だろう。」
「……はぁ、花束なんか食えないだったか。」
ヤンの慰めに八幡は暫く前に彼が材木座を相手に語った宇宙暦の時代に彼が言ったという発言を以て、消極的にだが現況を諦め混じりに受け入れたのだった。
目的のフロアへと到着した一行は先ず最初にキッチン雑貨を取り扱う店舗へと入って行く、それは先だって由比ヶ浜が自宅で母親から料理を習っているとの話を、雪ノ下が聞いていた事が理由であるのだが。
入店し間もなく雪ノ下は一枚のエプロンを手に取りまじまじと見つめる、それは薄い青色の生地に可愛くデフォルメされた猫のプリントがなされた物で、その様子を見た八幡はこの様な品物にまで猫を選ぶ雪ノ下に、あくまでも彼女は猫派なのだなと妙な感心を抱いてしまうが。
「……生地は綿百パーセントに厚みも割とあるわね……。」
タグを確認し、生地の表裏を指で挟み込み厚みを確認する姿を見て八幡はつい雪ノ下へと突っ込みを入れてしまう。
「別に由比ヶ浜は身に付けるものに防御力は求めちゃいないんじゃねえのか、どっちかってとあいつはもっとピンクとかフリフリが付いた馬鹿っぽいのが好みだと思うんだがな。」
八幡のその突っ込みに雪ノ下は彼を一瞥するとその顎に繊細な細い指を当てて暫し考え込むと「その意見も否定は出来ないわね」と呟くが。
「けれど不安ではないかしら、由比ヶ浜さんは貴方も知っているでしょうけどかなりのドジよ、なので料理中に火の取り扱いを誤る事も考えられるわ。」
雪ノ下が言う由比ヶ浜に対する懸念には八幡にも大いに肯けるものだった、故に八幡は雪ノ下のそれに己の見解を付け加える。
「あ〜っ……だな、だとしたら耐火防炎機能のある物を買わなきゃいけなくなるし、だとすると此処じゃなく作業着屋とかでないと売ってないだろう、例えばアレだ溶接工が着用する何の飾り気も無い牛革製のマックス○イナ社のエプロンとかな。」
「まぁ、由比ヶ浜がそんな物もらっても喜びはしないだろうし、自宅ならあいつの母ちゃんも居るだろうからその辺は大丈夫だろう、って事でだ俺ならそっちの薄桃色の犬のプリントの方を選ぶのが無難だと思うけど、あいつ犬好きだからな。」
犬のプリントのエプロンとの八幡からの提案には雪ノ下も同意らしく、彼女は直ぐ様決断を下すと由比ヶ浜へのプレゼントとすべく薄桃色のエプロンを手に取りレジへと向かう。
「……ありがとう比企谷君、おかけで直ぐに決める事が出来たわ。」
何時に無く素直に八幡に対して謝意を述べる雪ノ下、その際に彼女の顔に浮かんだはにかんだ微笑がとても眩しく感じられ八幡はそれを直視出来ず視線を逸してしまっていた。
その後に訪れる数秒間の所在無い時間が過ぎ去りレジへと向かう彼女の後姿を見送り、そしてその場から消えていた薄青色の猫のエプロンが消え去ってしまっていた事に気が付き彼はポツリと呟く。
「結局自分の分も買うのかよ、どんだけ猫好き拗らせてんだあいつは……」
無造作に伸びた黒髪を掻きながら、と其処へタイミングを見計らった様に八幡の元に小町が近付き、ニヤニヤとした少し下世話な感じを演じつつ八幡へとこれまた下世話な話を振って来る。
「へっへっへぇ〜っ、何々お兄ちゃんったら今メッチャ雪乃さんに見惚れてたよねぇ、まぁ同性の小町から見ても雪乃さんって超可愛いしお兄ちゃんが見惚れるのも仕方無いっちゃ仕方ないんだけどさぁ……ニャっ、あ〜っでもさあ結衣さんだって雪乃さんに負けないくらい超可愛いしさぁ、それに結衣さんってお兄ちゃんの事特別に想ってるみ・た・い・だしねぇ、ふっへっへっへっ。」
そんな発言で一頻り兄をからかうと、反撃を食らう前に八幡から距離を取り両手を後頭部に回して『果たしてどっちが小町のお義姉ちゃんになるのかな〜』などと宣い、反撃の機会を逸した八幡はそこはかとなく感じる怒りと気恥ずかしさをどうした物かと一人悶々とその感情に抗うのだった。
ヤンとフレデリカの二人は八幡達と別行動を取り彼等の居る階より一つ上の階へと上がり、フレデリカが選んだファッション雑貨の店へと入店していた。
「どうもこう云う店は場違いな気がするんだが、女性に贈るものならこんな店が良いのかな。」
先程の八幡と同様にヤンもまた収まりの悪い黒髪を掻きつつ独りごちる、同じ店内に入店しながらヤンとフレデリカは互いに距離を置きそれぞれに店内を物色している最中だった。
それは数分前『後で私が採点しますから、ウェンリーさんもいくつか良さそうな物を見繕って見てください』とのフレデリカよりの御達しがあったが為であるのだがヤンはもう、この時点で何を選んだ物やらと諦め気分に精神を支配されていた。
僅か十分に満たない時間であったが、その店内でヤンが目星を付けた小物にフレデリカがらの合格点が与えられ、彼はその内の一つを購入し現在そのフロアにある休憩用のソファに二人隣り合って腰を掛けていた。
フレデリカもヤンと同様に由比ヶ浜へのプレゼントを購入していたがそれとは別にもう一つ購入した物がある様で、ヤンはそれを彼女自身が身に着ける物を購入していたのだとばかり思っていたが、その店のロゴが入った紙パッケージに包装されたそれをヤンへと渡してきた時には少し意外に感じてしまった。
何故ならヤンの誕生日は四月であり、その日は二ヶ月以上も前に過ぎ去っていた事もあるからだった。
「ふふふ、それは誕生日には関係無いですよ、ただお店で見かけてウェンリーさんに似合うかと思ったから買ったんです、だから開けてみてください。」
彼女の言葉に従い謝意を述べつつヤンは彼女から受け取った包を開き中に収まっていた品物を取り出しに掛かる。
包を開き先ず目に付いたのは黒い布地だった、その布地が何かは物事に頓着しないヤンには何かは解らないのだが、そして包の大きさ等から勘案してそれが何かしら身に着ける物だと推察出来た。
其処まで推察を進めたヤンはその包に手を入れ直に触ってみると、それがどのような物なのか高い確率で正解を断定出来た。
そのままそれを取り出して眺め見る、白く染め抜いた五稜星のマークこそ無い物のヤンにとってそれは(否前世に於けるヤンにとってはだが)馴染みのあるものだった。
「………ベレー帽か………」
何やら懐かしさと複雑さの二つを同時に感じさせる呟きをヤンの声音からフレデリカは感じ取った。