不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
一時間目の授業終わりの休み時間、2年F組のヤン・ウェンリーの席の周りにはクラスメイト達が彼に詰め寄っていた。
転入生を迎え入れた学校のクラスでは良く有る光景であろうが、クラスメイト達の挨拶や質問に若干の疲労感も感じていた。
その光景を比企谷八幡は彼の隣の、己の席でその特徴的な淀んだ眼で肩肘を付いて観ている。
入れ代わり立ち代わりヤンにアピールをする同級生達に他人事ながらもウンザリしている様だ。
『…全くリア充って連中はどんなイベントにも直に食い付いて来やがって、何なの君達川を泳いでる鯉なの何でも食べる悪食なの?
少しは静かに転校生を迎えるって事を知らないの?弁えようよパーソナルスペースをさ、あとヤンの表情観てる君達メッチャ戸惑った顔してるよ!ちゃんと観てあげて人の事、君達には優しさと云う物が無いの?俺は超優しいよ、だから人前では話し掛けないし、何ならずっと話し掛けないまであるからね。』
声に出さず独りごちるそんな八幡の元に小柄な身体でてくてくと歩み寄り由比ヶ浜が「ヒッキー大変そうだねヤン君皆にかこまれてさ。」と彼を思い遣る。
「まぁ転校生てのは、大概どこの学校でもそんな扱い受けるもんじゃね?転校した経験無いから知らんけど。」
由比ヶ浜の言葉に面倒臭さの成分百パーセントで出来ていますとでも云う態度がアリアリと伺える声音で八幡がそう答えると、彼女はちょっとだけしょうが無いなと言いたげな表情で八幡を見やると直ぐにヤンの方を同情と苦笑の混じった顔を向けつつも。
「うんそだね、やあでもさぁヒッキーがヤン君と知り合いだっからてびっくりしちゃったよ、いつ知り合ったの?」
未だ己の心にハッキリとした答えは出てはいないが、八幡の事が他の誰よりも気になる由比ヶ浜は好奇心に駆られそう問うのだが。
「それは俺も知りたいかな、ヒキタニくん。」
「うん、僕も知りたいな八幡」
由比ヶ浜の質問に便乗する様に八幡にヤンとの関係に付いて聞いてきたのは葉山隼人と戸塚彩加だった。
葉山隼人、このニ年F組に於いて最も毅い影響力をもつ一団の、クラスのトップカーストグループのリーダー的存在であり、サッカー部に所属し学年問わず女子生徒から高い人気を誇る彼が八幡へ質問する。
「はぁ、そんなに知りたいかねぇ…別に大した事じゃない何年か前道に迷っていたアイツを道案内しただけだ。」とヤンの方を親指で指差して素っ気無く答える。
「そんな事無いよヒッキー!だってさヤン君外国人だよ!普通外国の人に簡単に声掛けられないよ、言葉解かんないしさぁ!」
「僕もそう思うよ八幡!」
「うっ……っ。」
由比ヶ浜が感激と賞賛を全面に押し出し八幡を称えると、戸塚もそれに追従し彼を称える。
二人にその様に称賛され八幡も悪い気はしていないのだろうが其処は捻た性格の八幡、その称賛も素直に受け取れず頬杖を付き表面上は憮然とした態度を表すのだった。
「まさか君にそんな一面が有るとはね正直驚いたよ。」
「最初見た時は後ろ姿だったし、声掛けたのも後からだったし、普通に日本人だと思ったんだよ。
後からだと顔とか解んねだろ、アイツ髪も黒いしな。」
爽やかな微笑を浮かべて話しかけて来る葉山に由比ヶ浜と戸塚に対する態度とはどことなく違いはあるがやはり憮然とした態度で返事をするが、ヤンと云う転校生が隣にいる為に物珍しさから人が集まるのは百歩譲って仕方無いと思う八幡だが、人気者の葉山迄もが此処に来られてはヤンとは別の意味で人の注目がこの場に集中するであろう。
なのであまり騒がしい状況や己に注目が集まるのを好まない八幡からするとこの事態はいささか以上に居心地が悪いのだった。
クラスのトップカーストに君臨する葉山がクラスカースト最底辺に位置する八幡に関わる様になり、この様に話しかけて来る様になったのはここ数週間程の間の事である。
ざっくりと言ってしまえば八幡が所属する部活動『奉仕部』の活動中に彼とそのカーストグループとの間に発生した一悶着が原因なのだが、それは此処では割愛しよう。
「あの時は本当に助かったよ、もし君が声を掛けてくれなければ、私は今少しあの場所で迷って途方に暮れていただろうからね。」
あまりの質問攻めに辟易としていたヤンだったが、その人の波が治まり一段落着いて八幡達の会話にその話のタネと言える当人たるヤンが加わる。
「ヤン君はじめましてやっはろー、あたし由比ヶ浜結衣よろしくね。ヒッキーとは同じ部活なんだ。あっ、ヒッキーは比企谷だからヒッキーなんだよ!」
由比ヶ浜は、何時もの変な挨拶で、自己紹介をする。
「はぁ、何お前その説明、何か『バカボンのパパはパパだからパパなのだ』みたいな言い方だなおい。頭悪そうだぞガハマさん。」
由比ヶ浜のやんへの自己紹介と彼女に着けられた、聞きように依っては不名誉でいてそしてセンスの自身の無いあだ名を彼に教える彼女の言動に茶々を入れる八幡。
「もうっ何さヒッキー!あたしバカボンとか知らないし!意味解かんない!」
ムキーッ!と八幡に怒りをぶつける由比ヶ浜だったが、その仕草と言動にはあまり迫力を感じられず『寧ろかわいいだけなんだよなぁ』と八幡は思っていたりするのだがそれを性格的に素直では無い彼が口にする事は無いのだが。
「まぁまぁ落ち着いて結衣。」
憤慨する由比ヶ浜を苦笑しながらなだめつつ葉山はヤンへと向き直り挨拶をする「俺は葉山隼人、よろしくねヤン君。ヒキタニ君とは、う〜んそうだな何だろう?」と口調も物腰も一見すると爽やかな好青年と云った雰囲気を感じさせるのだが、ヤンには彼が何だか只の爽やかな好青年なだけでは無いと思われた。
しかしヤンにも流石にその彼に対する印象が何処から来るのか初見では解らないのだが。
「さぁな、只のクラスメートじゃねえのか?知らんけど。」
投げやりと言うかどうでも良さ気な口調で八幡が答えるが、自身と葉山の関係それは確かに当の本人達にも解らない事の様で、その答えも二人似たものとなったのだった。
「あっ僕は戸塚彩加テニス部だよ宜しくねヤン君。八幡とは友達、そうだよね八幡!」
「おっ、おぅ。」
三人の挨拶を受けヤンも「いやぁこちらこそ宜しく、由比ヶ浜さんに戸塚さんと葉山君。」と返礼をするが、一人戸塚の表情が少しばかり冴えない物へと変じてしまい、ポソリと彼は呟く様に言うのだった。
「ヤン君、僕は男だよ。」
戸塚の外見は一して男子としては肉付き良く無い様に見受けられるうえに、面立ちも中性的で確かに少女と見紛われても仕方の無いのたが最近は体力筋力アップのトレーニングを行っており、インドア派学者肌のヤンより余程身体能力は高かったりする。
「えぇ〜っ!そっ、それは失礼申し訳ない戸塚君、その改めて宜しく。」
即座に戸塚に対して詫びるヤンに良くある事だから気にしない様にと戸塚は述べる。
元々戸塚自身以前からよく少女に見間違われていた事もあり、またヤンが真摯に謝罪してくれた事もあり戸塚も遺恨を残すさずその謝罪を受け入れた。
「でもさ、ヤン君日本語すっごい上手だよね!ホントにびっくりだよねっうん本当に凄いよぉ。」
「うん、ホントに由比ヶ浜さんの言う通り凄いねヤン君。」
ヤンの操る日本語に素直に賞賛する由比ヶ浜と戸塚が賞賛するが、それはこの数分間に他の生徒達にも同様な賞賛を頂戴していた事もありその事に何度も礼の言葉を述べると適当に愛想笑いでやり過ごしていたが、この二人はどうやら八幡ともそれなりに付き合いがある様なのできちんと答えることにした。
「ありがとう、まあ将来は日本で学ぶつもりでいたからね、11歳の頃から日本語の勉強を始めたんだよ。
まぁ所謂好きこそ物の上手なれってヤツかな。」
「好きこそ物の??」とヤンのその言葉に疑問顔の由比ヶ浜に八幡が答える。
「ちょっお前っ、はぁ…『好きこそ物の上手なれ』って言うな、諺だよことわざってか由比ヶ浜お前ヤンより日本語知らないのな…はぁ、そんなお前に同情の念を禁じ得ない俺が居るわ。」
態とらしく同情的で残念なものを見る様な表情を造り由比ヶ浜に視線を向けてそう宣う八幡。
「ムッカーッ!あたしだってことわざ位知ってるし何さヒッキー、人の事バカにして!キモいマジキモいし、二回もため息なんか吐いちゃってさホントあったまくるう〜っ!」
プンスカと八幡の態度に憤慨する由比ヶ浜たが、八幡は右手の小指を耳の穴に入れ耳をほじくる仕草で由比ヶ浜を適当にあしらう。
そんな八幡に更に怒りの感情を強くする由比ヶ浜とそれを宥める戸塚と苦笑混じりにため息を着きながら由比ヶ浜を宥める葉山。
ヤンはそんな彼等を暖かな眼差しで見つめる、あの日出逢った淀んだ眼の少年は、何処か人を拒絶している様な雰囲気を醸し出していたが、今の彼は以前よりその雰囲気は、少し柔らかくなっている様におもえた。
『なる程ね、こんな風に言い合う事のできる人達が居るのか、だからあの時よりも彼の眼は荒んでいる様には感じられ無い訳だ。』
あの日出逢った淀んだ眼をした少年のその眼は、あの日よりも幾分が和らいでいる様にヤンには感じられた。
それは比企谷八幡と云う少年にとって何か良い出逢いと経験が有ったが故ではないかと推察する、平塚教諭が言っていた強制的な部活への入部が彼に良い影響を与えているのかも知れないと。
こうして一時間目の休み時間は終る。
二時間目、三時間目後の休み時間もヤンの席の周りにはクラスメイト達が、入れ代わり立ち代わり訪れては彼に対し質問や自己PRに励んむ、そんな状況を所要があると躱したり躱し切れなかったりでかなり疲れを感じていたヤンだったのだが、そして迎えた昼休み。
その昼休みもクラスメート達に昼食を共にと誘われるが、その申し出を断りヤンは八幡の案内で彼と共に購買で昼食のパンを買い込み、現在は八幡のお気に入りの場所ベストプレイスにて二人腰掛けドリンクと共にパンを食している。
八幡はご愛飲のマックスコーヒーを、ヤンは午後の紅茶レモンティーを食事の共として。
食事も一通りの終え八幡は気になっていた事をヤンに尋ねる。
「なぁヤン、お前は俺がこの学校に居るって知って此処に来たんだよな…何で判ったんだ?イヤ調まぁべたんだろうけど違うか。」
「うん、ご明察だよ比企谷君、私は君がこの学校の生徒だと知ってここへ来たんだ。」
訝しげに己を見つめ問い質す八幡にヤンは静かに肯定の意を示し告げる、飲み終わった空缶を弄びながら。
「君が言うように私はその方面の職業の人に依頼してね、そして調べてもらったんだよ。
キーワードは、かつて君が語ってくれた千葉県とそして君の姓…君の姓は日本でも珍しい様だね、割と直に発見の報せを受けたよ。」
ベンチの自分の傍らに空缶を置き「すまない比企谷君、余りイイ気分じゃ無いだろう…否、かなり君の気を悪くさせたと思うけど。」と謝罪する。
「…だな、確かにマジで気分のイイもんじゃねぇな…けど全くなぁけどあの時の約束し本当に実行するなんて思いもしなかったわ。」
「何と言うか、申し訳ない。」
頭をガシガシと掻きつつ八幡はヤンヘ向けて率直に己の心境を述べヤンは改めて謝罪し二人は暫し何も言わず心中感慨にふける。
何とも言えない気不味さもあるその雰囲気は「ハァ…」と八幡の溜息と共に終る。
「なぁ、何でだ?…俺はそんな大層な奴じゃ無いと思うんだが、理由解らないんだよお前がそこまでする理由がよ?」
八幡の疑問、ヤンがそこまでしてこの総武高校へ転入して来た理由、ボッチを自認し人との係わりを極力避けて来た彼は自分に自分自身へそこ迄される価値を見い出せない。
「そうだね…理屈を付けようと思えば色々と言えるかも知れないんだが…」
ゆっくりと彼に対し自分の本心を誤解が無い様に語りたいヤンは言葉を探す様に思案し見つけ出した言葉を告げる。
「極論するとね、単純な事なんだ…そうだね、あの日君に教えてもらってもらったジョジョの奇妙な冒険のセリフをアレンジ引用していうとだね。」
八幡の顔を見、右手の人差し指を立て「んっ、んんっ」と咳払いをした後、言った。
「…たった一つのシンプルな答だ…私は君を気に入ったって事なんだよね。」
そのヤンの言葉に八幡は、少し呆れと驚いた様にヤンの顔をみつめ「何?お前あれからジョジョにハマったの!?マジで!?」と、そう言った八幡の口の端は小さく引くついている。
まるで溢れ出そうな笑いの衝動を堪えるかの様に。
「うん、あの作品は実に面白いね、向うでも売っていたんだけど、英訳版しか無くてね。
ジョジョの面白さの一つに日本語としてもあの独特な台詞回しが有ると思うんだよね、だけど英訳版だとその部分が伝わり辛くてね。
だから通販で日本語版を取り寄せて読んだよ。」
ヤンの告白を聞きクスリと笑ってしまう八幡、笑いを抑え八幡はヤンヘ自分も又ジョジョのセリフをアレンジ引用して言うのだった。
「……ヤン・ウェンリーは日本の漫画にハマった!意外、それはジョジョ!って所か。」
二人は互いの顔を見合いフッと笑みをこぼす。
「あの日の約束覚えているかい?比企谷君。」
ヤンは八幡へ問うと八幡は「あぁ覚えている」と静かにしかしハッキリと応えた。
ヤンは拳を差し出し願った次に出会えたら友になってくれないかと、そして八幡は応えたのだったその時はなと。
しかし実際八幡はこの時が来るとは思ってもいなかったしあまり期待もしてはいなかったのだった。
故に思い掛けずも訪れた『その時』たる今日という日とこの異国の少年の律儀さに感心を抱くのだった。
そして八幡はため息一つ吐くとボソリと言葉を紡ぐのだった「約束しちまったんだから、しょうがねぇか…」と頭を掻きながら。
「そうだねこれから宜しく頼むよ比企谷君。」
静かに笑みを湛えてヤンは告げる。
「ああ、まぁよろしくな……それとな君てのは要らねぇから、そのな呼び捨てで構わないぞ何だかムズ痒いしな。」
八幡は顔は解りにくいが少し照れた様子でヤンへ告げる。
「解ったよ、ではこれからは八幡と名前で呼ばせてもらうことにするよ。」
ヤンは八幡の意を汲む事にしそう告げると、あの日のように拳を差し出す。
「えっ、またやんのかコレ……。」
そうボヤキながらも八幡は不承不承を装いつつもヤンに付き合い自らの拳を突き出し、コツンと軽く合わせるのだった。
ヤンと八幡がベストプレイスへ居た同じ頃の校舎特別棟四階。
そこには八幡と由比ヶ浜が所属する奉仕部の部室が有り、現在その室内には二人の女子生徒が昼食を摂っていた。
「でね、ヤン君て日本語すっごく上手なんだよ!そんでヒッキーてば、ヤン君の方があたしより日本語上手だって失礼しちゃうよねっ、もうマジムカつく。」
由比ヶ浜結衣は本日転入して来た、転校生ヤン・ウェンリーの事を話題に出してもう一人の女子生徒との昼食の時間を楽しんでいた。
「そう、そのヤン君と言う人がどの程度の日本語を話せるかは実際に話して見ないと解らないけれど由比ヶ浜さん、貴女は確かにきちんとした日本語を学ぶべきだと、私も思うのだけれど…」
と由比ヶ浜の先程の発言に対して、八幡と同じ様に彼女の砕け過ぎる日本語の使い方に苦言を呈する女子生徒。
雪ノ下雪乃。
長い黒髪と端正な容姿の美しいこの少女こそが件の奉仕部の部長である。
「ひどっ!もうゆきのんまでっあたしちゃんとした日本語使ってるじゃん!」
雪ノ下の苦言に憤慨しながら、由比ヶ浜は雪ノ下へと反論する。
「それにそんな事言ったら、とべっちなんてもっと酷いし!」
更には、自身と同じグループに属する友人戸部翔を引き合いに出し自己肯定して見せる。
「とべっちと云うのは確か『べぇ』とか『○○っしょ』だとか変な言葉使いをするサッカー部の彼の事ね。
由比ヶ浜さん貴女は下を見て自分の立ち位置に安心するのでは無く、上を手本として自己の向上をこそ目指すべきだと思うのだけれど。」
澄まし顔で、由比ヶ浜を嗜める様なセリフを吐く雪ノ下。
「ううう…ゆきのんいぢ悪だ…」
しょんぼりと呟く由比ヶ浜を優しげな眼差しで見つめる雪ノ下の表情は、とても大切な者を見守る様な慈愛に満ちている。
彼女は由比ヶ浜との関係をとても貴重な物としているのだ。
『けれどまさかあの捻くれ者の比企谷君と友人になろうと思う様な人間が、戸塚君以外に居ると思わなかったわ…一度会って見たいものねそのヤン君と言う人に。』
昼食を食べながらまだ見ぬヤンと云う男に興味を抱いた雪ノ下は口に出さずに心中呟いた。
その男に彼女が出逢うのはこの数時間後この日の放課後の事であるのだが、その事はこの時の彼女が知る由はないのだが。