不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。   作:佐世保の中年ライダー

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魔術師は剣豪将軍と邂逅する。

 ヤン・ウェンリーが総武高校へ転入して来て早数日、放課後となり彼は比企谷八幡と共に奉仕部の部室へと向い歩いていた。

 生徒たちのヤンを見る好奇の視線は、転校当初に比べると、少なくなり落ち着いて来たが、それでも目を向ける者は皆無とはなら無い様である。

 彼に向けられる視線は比較的女子生徒の物が多かった。

 その視線を向けて来る生徒達のボソボソと話す声が、ヤンと八幡の耳にも僅かながら聴こえてくる。

 大半はヤンの容姿に対する好意的な評価の様である、比較的東洋系寄りの外見で取り立てて美形と言う程の物ではないが、前世と変わらぬ穏やかで優しげな眼差しは、見るものに安心感を与えるのか、女子生徒からの評価は割と高いようだった。 

 「随分と女子から高い評価受けてるみたいだな、このイケメン転校生さんは…」 

 と八幡からからかいの成分を多分に含んだ声に、辟易とした様子でヤンはぼやいてみせる。

 「からかわないでくれよ八幡、彼女たちは単に物珍しさから言っているだけだろうさ、もう暫くすれば私なんぞ見向きもされなくなるんじゃあないかな、それにイケメンと言うのは我がクラスの葉山君の様なタイプの人の事を言うんだろ?」

 「まあ、どこの学校でも転校生ってのは嫌でも他の生徒にとって興味とか話題の対象になるのは仕方ないんじゃね? ましてやお前は海外からの転校生だしな、動物園に新しく入った動物と変わんねぇのかもな、転校した事無いから知らんけど」

 八幡はヤンのボヤキに余りにもあんまりな言を返した。

 「やれやれ私は珍獣か何かと同列に置かれて居るのかい、全く甚だ不本意な事だね…」

 等と会話を交わしている内に二人は奉仕部の部室へ到着した。

 八幡が、扉に手を掛けると扉はガラガラと音を立て開かれた、鍵が掛かっていない事から部室には既に誰が居ると言う事だ。

 

 

 部室の中には二人の女子生徒が居て、それぞれの席に座り、開かれた扉に目を向けていた。

 長い黒髪の見る者の眼を惹きつけて離さぬ程の美しい容姿とどこか硬質さを感じさせる雰囲気を持つ、奉仕部部長の雪ノ下雪乃と、桃色掛かった明るい色合いの茶髪にお団子ヘアと少し幼さの残る愛くるしい容姿の少女、由比ヶ浜結衣。

 自分を見つめる二人の女子生徒に、八幡は「うす」といつもの挨拶をして入室し、続いて「やあ、こんにちは雪ノ下さん由比ヶ浜さんも」と挨拶をしてヤンも入室する。

 「こんにちは比企谷君、ヤン君。」     

 「あっヒッキー、ヤン君遅かったね二人共」

 彼等の挨拶に、雪ノ下は淡々と、由比ヶ浜は笑顔で挨拶を返す。

 「俺達が遅いんじゃ無くてお前等が早いだけだろ、何なのワープでもしてんの?波導エンジン搭載してる?それとも瞬間移動でもマスターしたのかすげえなお前等。」

 八幡は自分の定位置の席に着きながら由比ヶ浜の発言へとツッコミを入れつつ、彼女へジト目を向ける。

 「何それ!ヒッキー意味解かんないし!」

 由比ヶ浜はプンスカと怒りを現した体で八幡のツッコミに応じ、対し雪ノ下は紅茶を淹れながら。

 「そんな荒唐無稽な事がある筈無いでしょう、私は授業が終わった後に一度職員室へ行き、平塚先生から鍵を受け取り此処へ来たのだから、由比ヶ浜さんが言う様に、貴方達が遅かったのでしょう」 

 負けず嫌いな彼女はそう八幡へと応じてみせる、その表情にはしてやったりと言いたげな微かな笑みが浮かんでいるのだが、他の部員からは後ろを向いている格好になっているので、その表情は他者には見られてはいなかったが。

 

 八幡に続いて自分の席に着きながらヤンは彼等のやり取りに苦笑しながら「まだこの世界では亜空間航法の技術は確立されて居ない筈だよ八幡。まぁ瞬間移動については解らないけどね」 

 と己の額に人差し指と中指を宛てながらヤンは八幡へツッコむ。

 お前ドラゴンボールも見てたのかよ、とヤンへジト目を向けながら八幡は呆れた様にぼやくのだった。

 

 

 優しい紅茶の香りに包まれた室内で、それぞれの席に着いた四人の間には、まるでそこだけ世界から切り取られ独立したかの様な穏やかな時間が流れてゆく。

 ほぅ、と気持ち良さげな溜息は雪ノ下が淹れた紅茶を味わうヤン・ウェンリーの口から漏れたものだ、彼の表情は幸福に満ちているかの様に他者からは見えている事であろう。

 

 「お前ホント幸せそうに紅茶飲むのな、よっぽど好きなんだな」

 八幡のヤンへと向けられたその言葉は感心なのか呆れなのか、その両方であろうか。

 「そりゃあね、これだけ美味なる紅茶を飲んでいるんだから、顔もほころぶだろうさ、実際大したものだよ雪ノ下さんの紅茶はね、これを飲ませて貰えるだけでもこの国に来た甲斐があると云う物だよ」

 惜しみの無いヤンの絶賛に、普段余り表情を崩さない雪ノ下も、少しだけ頬を染め面映いかの様な嬉しそうな表情を浮かべていたのだが、彼女はその顔を自分が読んでいた文庫本で他者に見えない様に隠すのだった。

 

 

 その時、部室の扉を廊下側からノックする音が聞こえ、四人は扉へと眼を向ける、数瞬の間を置き雪ノ下がどうぞと入室の許可を出そうとした矢先。

 「八幡よ中に居るのは解っている、我だ入るぞ」と芝居掛かった物言いで八幡の名を呼ぶ声が発せられた。

 その声にヤンを除く三人の顔には、心底面倒臭いと言わんばかりの表情がうかんでいた。 

 これは貴方の懸案よ比企谷君、雪ノ下は己の額に手を当て無言のプレッシャーを八幡へと向ける。

 雪ノ下のプレッシャーに事を諦めた八幡は、溜息を吐くと自分だって相手にしたく無いだかなと言いたげな眼を雪ノ下へ向け、扉の外に居る人物へと声をかける。

 「俺の知り合いに我なんて名前の奴は居ない、帰れ材木座!」

 それはもう心の底からウンザリだと言いたげな感情が現れたかの様な声音であった。

 扉の外に居た人物は、八幡の声にこのままでは追い返されると思ったのか、慌てて力一杯に扉を開き、若干涙目になりながら八幡へと呼び掛ける。

 「八幡、今我の名前言ったよね!知ってるよね我の事!我だよ我!戦友たる我の事を忘れたとは言わさんぞ八幡よ!!」

 それは、大柄で太目の体型に眼鏡を掛け、初夏だと言うのに制服の上にコートを羽織り手には指貫のグローブを着けた、暑苦しい身なりの少年。

 八幡はその少年に、見向きもせずに紙コップの紅茶を啜りながら「俺は材木座なんとかと言う奴の事なと知らん」と宣う。

 「ほらね!知ってるよね、又言った八幡!材木座って我の名前、超言ったよね!!」

 彼は涙声で、八幡を指差した腕を上下に高速で動かしながら自分の存在を八幡に認めさせるべく呼び掛けるのだが、ふとその時奉仕部の部室内にいつものメンバー、八幡と雪ノ下と由比ヶ浜の三人以外にもう一人の人間が存在している事に気が付いた。

 「なんだ、我の他にも依頼者が来ておったのか、これは失礼をした」

 少年は、これまでの醜態を誤魔化すかの如く、最初の芝居掛かった物言いでヤンへ詫びる。

 「あぁ、いや私今週からはこの部へ入部した、ヤン・ウェンリーと云う者だよ、よろしく材木座くん、で良いんだよね」

 ヤンは材木座へ挨拶をする、これまでの八幡と材木座のやり取りに少し呆気に取られていたヤンだったが、気を取り直し彼に語り掛ける。

 「おおっ!何と、では貴殿が噂になっておる海外からの転校生か、うむ如何にも我が名は材木座義輝!剣豪将軍材木座義輝!以後見知り置いて頂こう!!」

 材木座は、右手の二本の指で眼鏡のフレームを抑え、見えを切る様に身体を前傾させ左手を大きく開きポーズを取りヤンへ自己紹介をする。

 その言動は再度ヤンをして呆気に取らせるに足る物であった様で、ヤンはハハハと乾いた苦笑の声を漏らすのだった。

 

 「剣豪将軍、剣豪将軍……あぁそうか、室町幕府の十三代将軍足利義輝、材木座君はその足利義輝と同じ名前なんだね、だから彼をリスペクトしていると言う訳だ」 

 日本の歴史を学び覚えた足利義輝の存在に思い至ったヤンは、材木座に対しそう問うのだが、問われは本人である材木座はと言うと。

 「それは違うぞヤン殿!我こそが剣豪将軍!現代に蘇りし剣豪将軍その人也ィ!」

 と見栄を切り、本人としてはバッチリと決めたつもりなのだろうが、端から見ると只の痛い人にしか観えないと言う事に、材木座本人は気付いて居ないのか、気付いていないふりをしているか、それは他者には解らない。

 「ヤン、相手にすんなよ、概ねお前の言ったことで正解だ、コイツは所謂コミュ障でな、そんな風に演じないとマトモに人との会話も出来ないんだよ、所謂厨二病ってヤツだよ」

 八幡はヤンへ材木座の事を説明する、その説明に納得しヤンはコクリと頷く。

 

 「で、今日は何しに来たんだ材木座。用事が無いなら早く帰れ、否何なら還ってくれ」

 部室への来訪理由を問い質す八幡だが、その言葉は隠しようの無い、寧ろ隠す気の無い彼の本音成分100%で出来ていた。

 「けぷこん、けぷこん、そう釣れない事を言うでないぞ八幡よ、否何、我の新たなる作品のプロットが出来たのでな、その批評をして貰おうと思ってな、今日はそれを持って来た」  

 ゴソゴソとカバンの中に手を入れ材木座は、中からレポート用紙を取り出しテーブルの八幡の席の前にそれを置いて、胸の前に腕を組みふんぞり返り、「さあ、忌憚のない意見を聞こうではないか」と宣う。

 八幡は材木座の言動に辟易とし、その淀んだ眼を更に濁らせ「うぜぇ」とひと言漏らし嫌々ながらも、そのプロットの書かれたレポート用紙を手に取った。

 八幡は手に取ったそれをパラパラと捲りヤンも又八幡の横からそれを覗き見るのだが、材木座自身は、そのプロットの出来に自信を持っているのかニヤリと口角を吊り上げ得意気に問う。

 「どうだ八幡よ、我の自信作だこれは受ける事間違い無しだ!厶ハハハーッ!!」

 が八幡はそれに対し興味無さ気に淡々とした声音で告げる。

 「イヤ、面白いも何もこの程度のプロットじゃそんなの解かんないし、どうせ持ってくるならきちんと作品仕上げて持って来いってこないだ言ったよな俺、しかも今回も又お前…これ何のパクリだ」とバッサリと切り捨てた。

 「うわ〜っ中二またパクりなんだサイテー」

 「全く、同じ事を何度も繰り返すだなんて、まるで成長していないのね、それでは人間とは言えないのでは無いかしらね」

 女子二人の材木座本人への酷評に、ヤンと八幡はなんだか居た堪れない気持ちになり、材木座は口から半ば魂がぬけかけていた。


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