不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
ヤンの突然の発言、自分は異世界の未来人で有るとの発言に、奉仕部の三人がヤンを見る目はまるで残念な者を見るかの様な、言わば材木座に対する目線と同等の物へと変わって行った。
『ははっ、まぁそうなるだろうな。』
内心そう呟くヤンである、ヤンにとっては前世に於いて実際に体験している現実であったとしても、それを証明する術など有りはし無いのだ、宇宙暦の彼の居た世界に当たり前に存在していた、宇宙船のエンジンとなる核融合炉も、亜空間航法の技術の実用化も為されていない西暦の21世紀の初頭のこの世界なれば致し方無い事で在ろうと言うものだ。
尤も、そのヤンの元いた世界に於いても21世紀は未だその技術は実用化に至ってはいなかったのだが。
「まぁ皆が今の私に対してどういった感情を抱いているのか、なんとなく解ってはいるつもりだが、取り敢えずは少しばかり私の昔語りに付き合ってはもらえないかな。」
奉仕部の三人と材木座にヤンはそう語り掛ける、材木座は顔を上下にブンブンと振りながら、「ヤン殿是非語ってはくれまいか!是非に是非に!」と椅子から身を乗り出し興味津々と言った様子でヤンへ話をせがむ。
対して奉仕部の三人は、『話したいなら話せば良いんじゃね』位の気持ちか。
コクリと軽く頷き、紙コップの紅茶を一口啜り、「では…。」と前置きをし、ゆっくりとかたりはじめた。
「この地球を含む太陽系から1万光年以上彼方に存在する、バーラト星系第4惑星ハイネセン…私は、そのハイネセンを首都星とする、星間国家フリー・プラネッツ=自由惑星同盟と云う国家に属する軍人だったんだがね。」
一旦言葉を区切り、ヤンは癖であるかのように、その収まりの悪い黒髪の頭を掻き、「ふぅ。」と息を吐き、話を続ける。
「色々とまぁ紆余曲折が有ってだね、最後は暗殺されてしまってね…気が付いたらこの世界に転生していたんだ…。」
ヤンが其処で口を噤み、その場は沈黙に支配された。
されたのだが、その沈黙はほんの僅かな時間であった、その沈黙を破ったのは材木座である。
「何と暗殺とな、う〜む、暗殺のターゲットとされるとは、もしやヤン殿はその自由惑星同盟に於いて高位のソレこそ一軍の指揮官たる軍人であったのでは御座らんか!?」
暗殺のターゲットとなる物、それは主に時代のキーパーソンとなる者、その者の存在が己にとって不利益となる存在、政治家や軍人等がその対象とされる事が多いと云う事は、歴史が証明している。
故に材木座が、ヤンの当時の立場が高級軍人ではないかと予想するのも当然と言えよう。
「うん、宇宙艦隊の司令官でね、まぁ最終的な階級は元帥だったんだ、尤もその国も滅亡したんだけどね。」
「なんとぉ!凄いでは御座らんかヤン殿、宇宙艦隊の司令官でしかも軍の最高位である元帥とは、将軍たる我よりも上の階級とは、恐れ入りましたぞぉ!」
ヤンの応答にいちいちオーバーに反応する材木座の様子に、何だかヤンは愉快な気持ちがしていた。
奉仕部の三人はそんな材木座の反応にウンザリとしているのだが。
「ははっ、ありがとう材木座君、では続きを話させてもらうよ、そうだな先ずは…………。」
ヤンは語り始める、先ずは彼が元いた世界の西暦から宇宙暦へと至る、謂わば物語のプロローグたる前史。
2大国の対立より始まる全面核戦争とその後の混迷の時代、それを乗り越え生き残った人類による再建の時代から宇宙への進出。
太陽系内の惑星開発による生存圏の拡大、人口の増加、やがて技術の確立により実用化されるワープ航法。
外宇宙への進出、人類が居住可能な惑星の発見により、更に拡がりを見せる人類の生存圏。
地球圏に居残り巨大な経済力と軍事力により、外宇宙へと移住した宇宙移民者に不公正な状況を科す地球政府。
やがてそれは取り返しの付かない事態となり、地球と宇宙移民の対立、最終的には地球は宇宙移民者達に敗北し、その主権を剥奪され、宇宙の、その辺境の人類社会のその後の発展に何らの寄与もしない、忘れられた1惑星へと墜ちていった。
地球より主権を勝ち取った宇宙移民国家だがその後、彼等自身も対立、内乱により人類社会の安定した状況の訪れには今少しの時間が必要であった。
やがてひと時の安定を見た人類社会、銀河連邦は西暦を廃止、宇宙暦へと年号を改めた。
「……と言う訳で西暦2801年を以て西暦は廃止され、宇宙暦元年と改まった訳さ。」
正味20分程の時間を掛け、あらましを語ったヤンは残り少ない紅茶を啜る、流石に季節は初夏でもあり、其れだけの時間話をすると喉も乾くだろう。
そして紙コップの紅茶を全て飲み干したヤンは、名残惜しそうにそれを見てからの紙コップを卓上に置いた。
そして部室内に居る人達に目を向けてみた。
材木座は兎も角として、奉仕部の三人の表情はヤンが話を始めた頃の表情とは打って変わっていた。
彼等の表情から伺える物は、ヤンの話に対する関心と興味の色、あの雪ノ下でさえもが、ヤンの語る物語の世界に引き込まれていた。
「…すまんヤン、正直ここ迄本格的な物とは思わなかったわ、続きがすっげぇ気になるわ。」
「…誠に遺憾ながら、私も彼と同意見だわ…遺憾なのだけれど…。」
「…お前何なの、何で態々遺憾を強調してくれちゃてんの、止めてくれる、俺悲しくて泣いちゃうよ。」
「あら、私は必要だと思ったから強調したのであって、何ら貴方に含む処など無いのだけれど、被害妄想もいい加減にしてもらえないかしら、妄想ケ谷君。」
含みまくりだよね、絶対に…尚も続く八幡と雪ノ下のいつものやり取り、由比ヶ浜はそんな二人の様子を苦笑いしながら見つめている。
「アハハ、でもさ、本当に凄いと思うよ、あたしゆきのんやヒッキーみたいにあんま、頭良く無いけどさ、今のヤン君の話、凄い解りやすかったし、続きが気になるよ。」
「うむ、左様であるな、ヤン殿是非話の続きを語ってはくれまいか!」
実際の所、ヤンは公の場でのスピーチ等は面倒くさがり、一言で済ましてしまう様な男なのだが、部下への作戦指揮や説明等の手間は惜しまなかった。
作戦遂行上、秘匿しなければならない事柄を外してだが。
部下との意思の疎通を図る為に頻繁に会議を開き、ヤン提督の会議好き等と揶揄されていたりもしたのだ。
彼の養子であったユリアン・ミンツなどはヤンの語る思想、歴史観、国家観、軍事観等の影響を多大に受け、それがヤンの死後(ヤン自身は知らぬ事であるが)イゼルローン共和政府をフレデリカ・グリーンヒル・ヤンと元に率いる上での指針と成った事は言うまでもないであろう。
「…ありがとう、そう言って貰えると私も話し甲斐が有ると言うものだよ……ではお言葉に甘える事としようか。」
その言葉の後、再び魔術師は語り始めるのだった。
銀河連邦の樹立により、繁栄の時を歩む人類だが、その内外には当然ながら問題を孕んでいた。
そのうちの一つが宇宙海賊の存在だ。
その宇宙海賊の討伐に辣腕を揮った、カリスマ的軍人が居た、『ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム』だ。
彼はその後、軍から政治の世界へと転身、そのカリスマ性と実行力で政界に於いて着々と地歩を固めてゆき。
政治の世界の頂点へと立ち、独裁的権力を手中に収め、遂には申請不可侵なる皇帝を僭称しゴールデンバウム朝銀河帝国の樹立を宣言、その初代皇帝の座に付き、銀河連邦議会を解体。
同時に宇宙暦を廃止し、帝国歴を制定した、それは民主共和制の崩壊の序曲、共和主義者達にとっての冬の時代の到来を告げる鐘の音であった。
ルドルフは自分に与する者たちを要職に付かせ又、貴族の称号と特権を与え、帝国の地盤の強化に努めた、その一方で自分に反対する者には徹底的に排除、弾圧した。
其れは功を奏し帝国の基盤は盤石の物となる、数十億の人々の血に塗れた城の上に。
民主主義の復活にはそれから数百年の月日を待たなければならなかった。
アルタイル星系、共和主義者達はその第7惑星、その極寒の惑星に於いて強制労働を科されていた。
極寒の劣悪なる環境での強制労働を強いられる共和主義者達の一人『アーレ・ハイネセン』は子供が氷を水に浮かべ遊ぶ様に天啓を受ける。
その惑星に無尽蔵に存在する天然のドライアイスを船体とする宇宙船を建造し仲間達と共に帝国より脱出、帝国の追っ手を振り切り新天地を目指した。
後に長征1万光年と呼ばれる旅路の果て、半世紀以上に渡る旅路の末に居住可能な惑星を発見。
ハイネセンを始め多数の死者を出しながらも辿り着いた惑星、其処で遂に民主主義は復活する、僅か十六万人の民主共和主義の信奉者達によって。
自由惑星同盟の誕生と宇宙暦の復活はその惑星から始まった。
脱出行の指導者、ハイネセンの名を取って付けられその惑星ハイネセンにて。
「おおっ!遂にヤン殿の故国が誕生したのであるか、感無量であるな。」
「あぁ、でも怖いな何十億もの人を殺しておいて、それが全体の数パーセントに過ぎないとか、言ってしまえるメンタルがよ、やっぱ社会は怖いし外は怖い、家の中最高だよな、改めて思うわ専業主夫こそ、俺が目指すべき道だってな。」
「……はぁ、全くこの男は…現実を見なさい、貴方の様な男を養う様な奇特な女性が何処の世界に居ると言うの、夢を見るのは結構だけれど、それは自室で一人ひっそりと見なさい、夢見ヶ谷君。」
「……人の苗字を弄くるの止めてくれる、てか夢見ヶ谷とか随分メルヘンチックにしてくれちゃって、可愛いなおい、俺には似合わねぇ。」
またもや始まる二人の掛け合い、それをヤンは微笑ましげに見ていたが、はたと気づいたように、左手の掌に右手を打ち付けた。
「そうか!専業主夫かなる程その手が有ったか、いや八幡、君は中々の慧眼の持ち主だね…う〜ん、専業主夫か、いい考えだな…。」
八幡の何時も語る戯言に心底感心した様に、ヤンは何度も専業主夫と言う単語を呟くのだった。
「おうヤン、やっぱお前は俺と同じ類の人間だよな、そうさ専業主夫万歳、目指せ専業主夫、誰か俺を養ってっ下さいお願いします。」
世間一般的に余り褒められる様な事では無い目標を掲げ、意気投合する二人の様に雪ノ下と由比ヶ浜、女子二人の冷たい眼差しが向けられる。
「ヤン君、貴方は彼を慧眼の持ち主と言ったけれど、私から言わせてもらうなら、真の慧眼の持ち主は、平塚先生よ、比企谷君に続いて貴方という問題児の存在を見抜き、此処へこうして送って来たのだから。」
こめかみに手を当て、やれやれ呆れたと意思表示をしながら雪ノ下は、平塚教諭こそが慧眼の持ち主と宣いながら椅子から立ち上がり、ティーセットが置いてある場所へと向かう、彼女はヤンの為にもう1杯紅茶を淹れるつもりなのだ。
その行動を見ていたヤンはそれが自分の為であると理解していた、だから。
『いやはやどうしてこの少女は、結構な毒舌家では有るのだろうが、その為人は他者に対し気配りが出来て、それでいて優しい心根を持った少女なんだな。』
雪ノ下雪乃と言う少女に懐かしい人達の姿を重ね合わせた。
『キャぜルヌ』『アッテンボロー』『シェーンコップ』と云った毒舌家として知られる彼の幕僚であった者たち、無論彼女とは性別からして違うのではあるが、そしてその彼女の紅茶を淹れる姿にあの少年の姿が重なる。
生活人として至らない所だらけの自分の、家族となってくれた『ユリアン・ミンツ』の姿を。
「あっ、あのさヒッキーあたしさ、やっぱ旦那様にはちゃんと働いて欲しいんだ……。」
それまでの冷めた視線を二人に向けるのを止め、由比ヶ浜は八幡へ思いを伝える、その頬を朱に染めて。
「…おぅ、そうか、まぁ頑張って旦那捕まえろよ…っかお前こそ専業主夫志望の旦那捕まえた方が良いんじゃねぇか、お前の料理を食わされた日には、その旦那死んじまうからな。」
「ひどっ!あたし死なせないかんね、ちゃんと料理作るし!これからママに習うし、ヒッキーの事びっくりさせるんだからね!!」
「…何で俺がお前に吃驚させられないといけないのかはさて置きだな、お前これから習うんじゃ無くて、習ってから言えよ。」
何気なしに、ヤンは八幡と由比ヶ浜とのやり取りを見ていたのだが、由比ヶ浜の態度と言葉は(元来色恋沙汰には疎いヤンではあるが)、ヤンにさえ解ってしまう程に由比ヶ浜の八幡に対する想いは見え見えであった。
『八幡、君は気が付いているのかい、由比ヶ浜さんの想いに、気が付いていながらその想いに蓋をしているのか、それとも本当に気付いていないのかな?』
神ならぬ身のヤンに他者の心の声を聞く事など出来よう筈は無く、ましてや色恋沙汰など他人があれこれと介入すべき事では無い。
精々傍から見守らせてもらうか、そう思うヤンであった。
「……ヒッキーの鈍感…。」
由比ヶ浜のその小さな呟きは、恐らくは誰にも伝わってはいないだろう、それ程に小さな呟きだったのだから。
「我なんか、蚊帳の外……。」
材木座の切ない呟きは、由比ヶ浜のそれとは違い皆に聴こえた様だが、華麗にスルーされた。
「八幡よ、お主我にかまうのだ、かまってくれなければ我泣いちゃうぞ、男泣きに泣きわめくぞ良いのだなそれで、泣くぞ、泣いちゃうぞ!」
「…うぜー。」
雪ノ下が紅茶を淹れ終え、ヤンへ渡し再びヤンの語りが再開される迄材木座の
絶叫は続いた。
雪ノ下に謝辞を示し改めてヤンは話の続きを語り始める。