不敗の魔術師が青春するのはまちがっている。 作:佐世保の中年ライダー
「いやぁ甘露、甘露!」
雪ノ下の淹れた二杯目の紅茶を一口啜り、ヤンの口から紡がれた最初の一言がそれだった。
「…何だか色々と脱線してしまったけれど、話を戻そうか……。」
「…何か、色々すまん…。」
脱線の原因となった一言を口にした八幡が、ヤンへ詫びの言葉を告げる。
確かに一言目となった専業主夫発言だが、ヤンもその発言に乗ってしまっている身なのだから謝罪は不要であろう。
気を取り直し、再び、ヤンの口から紡がれる、銀河の歴史が。
『距離の防壁。』国父『アーレ・ハイネセン』の死後、帝国領より脱出した共和主義者達の実質的指導者『グエン・キム・ホア』が残した言葉だ。
同盟領と帝国領の間には宇宙船の航行を阻むサルガッソースペースが拡がっており、彼等が長い年月手探り状態で探し出した、イゼルローン回廊と呼ばれる細長い回廊の様な宙域を通らなければ航行は不可能であり、おいそれと互いの領土への行き来できないのだ(もう一つフェザーン回廊と名付けられた宙域も有るのだが其処は後にフェザーン自治領が発足、不文律により戦闘行為は行えない、、互を国家と認め無い帝国と同盟は其処を通して間接的な国交が行われるようになる所謂三角貿易だ)
その言葉に従い、後進達は同盟の国力強化に努めた。
何と言っても最初の同盟市民は十六万人程しか居ないのだから、国家としての基盤を築くには人口を増やさなければ、やがては帝国もイゼルローン回廊の存在を知り、帝国に呑み込まれてしまいかねない、故に多産が奨励され。
徐々に国家基盤が固まり、着実に人口も増え軍備も整ってゆく。
同盟建国よりおよそ百年、遂にゴールデンバウム朝銀河帝国と自由惑星同盟との間に戦いの火蓋が切って落とされる。
時に宇宙暦640年/帝国歴331年
、7月。
イゼルローン回廊出口付近に位置するダゴン星域における戦い、同盟軍は帝国軍の半数の兵力でこれを迎撃。
後に「ダゴンの殲滅戦」と呼ばれる様になる程の同盟軍の圧倒的大勝利に終わる。
それが、その後百五十年に渡り続く事になる、同盟と帝国による戦争の始まりであった。
「…万単位の数の宇宙艦隊による戦いかよ、規模がデカすぎて、何とも想像がつかねぇな……。」
「…うむ、それだけの大兵力ともなると、艦隊の統制を取るだけでも一苦労で在ろうな…。」
「そうだね、私の場合は艦隊運用の名人『フィッシャー』提督、私の艦隊の副司令を努めて貰っていた人物なんだが、その彼に丸投げしていてよ…実際彼が居なければ、私の立案した作戦の実行は困難な物が多かったからね。」
ヤン艦隊の屋台骨を支えてくれた、寡黙な男『エドウィン・フィッシャー』、この時ヤンは彼を失ってしまった事を改めて悼み静かに目を閉じる、彼に対し黙祷を捧げかの様に。
「………………。」
そのヤンの様子を、彼の隣に座る八幡は、じっと視ている。
此れまでヤンが語った話、ヤンの語り口調、話術にも拠るのだろうが、ここに居る皆がその世界に引き込まれている。
リアリティーのある設定、登場人物達の人格描写等…聴き進むうちに何時しか八幡はそれがまるで本当に有った歴史の物語を聴いているかの様な気分になっていた、もしかすると他の皆もだろうか。
そして今、『フィッシャー』と云う人物について語ったヤンの表情と態度、其処に八幡はヤンがまるで実際に居た人、何らかの理由により会えなくった、大切な人へと思いを馳せているのではないかと思ってしまった。
『……何考えてんだ俺、そんな事ある訳無いだろ、考え過ぎだっての…。』
ガリガリと頭を掻きつつ、八幡はそんな考えに至った自身の思考を否定する。
これ迄に経験して来たトラウマ故に、他者を観察し裏を探す様に人間になった八幡は、人の仕草や態度言葉からそれを読み取ろうとするのだか、今のヤンの様子は八幡から見て嘘を吐いている人間のそれには見えなかったからだ。
ダゴン星域での会戦による圧倒的な勝利により、自由惑星同盟の存在は帝国領全域に知らしめられた。
帝国領を脱しイゼルローン回廊を渡って来た亡命者を受け入れ、同盟の人口は更に膨れ上がった。
しかしその亡命者は、純粋な共和主義者ばかりでは無く、権力闘争に破れた貴族階級の者達迄も含まれており、その様な存在が混ざった事でやがて同盟は建国の理念を失い、変質を招く事となって行く。
同じく帝国も権力闘争や特権意識ばかりが肥大した貴族の有り様により、その内部は腐臭に塗れていた。
「イゼルローン回廊が帝国と同盟の実質的な国境となっていてね、この戦争はそのイゼルローン回廊付近で行われていたんだ、まぁ国境紛争の体をなしている様なものさ、だから大規模な戦闘は年に1〜2度位かな。」
「1万光年以上の距離がある上に、万を超える兵力を運用するのですもの、そうおいそれと戦を仕掛ける訳にも行かないでしょうね。」
「同盟の場合は一個艦隊の兵力は凡そ1万数千隻と云った所かな、1艦の乗員はオートメーション化が進んだお陰で数百人程度だけど、艦隊全体になると数はその1万倍以上だからね、ちょっとした都市の人口と変わらない数に登るんだ、それだけの人間に飯を食わせるとなるとその量だけでも膨大なものさ。そして戦争なんて物は、生産に何らの寄与もしない、ただ消費するだけの行為だからね、
愚行としか言いようがなよ。」
雪ノ下の発言に対するヤンの返答は、前世と変わらず、戦争を否定するものである、巨大都市一つ分の人口が一度の戦いで消えて逝く、それも自分の出した命令により、敵味方関係なく。
「あら、ヤン君貴方は軍人だったのでしょう…今の発言を聞くと貴方はまるで軍人を嫌っているように思えるのだけれど、だったら何故軍人になったのかしら?」
「ああ、私は軍人が、そして戦争が嫌いだよ、外敵の存在が無ければ、そんな職業なんぞ無くなってしまえと思っているよ、後で話すが私が軍人になった理由は訳有でね、嫌々ながら軍人を続けていた訳さ。」
そのやり取りはかつて彼の養子であった『ユリアン・ミンツ』との会話を彷彿とさせる物だった。
幾度となく語った戦争の功罪、事に罪の部分は彼の性分故にしつこい程に語り聞かせた物だ。
『でも提督はそんな軍人ではありませんよね、だから僕は提督の様な軍人になりたいんです、能力は追いつかなくとも、せめてその志だけでも。』
だが、ヤンがその思いを、思想を、語れば語る程に少年の軍人を志す意志は増して行った、ヤン想いとは裏腹に。
ヤン・ウェンリーは宇宙暦767年4月4日生まれた。
星間交易商人の父ヤン・タイロンとカ
トリーヌ・ルクレール・ヤンとの間の長男として誕生。
5歳の時に母親が死去、その後父親の所有する星間交易船で父ヤン・タイロンと共に幼少期から多くの時間を宇宙で過ごした。
「親父の奴は、骨董品を集めるのが趣味でね、私は物心が付いた頃からその骨董品を親父と一緒に磨いていた、と言うより磨かされていたと言ったほうがいいかな。」
ヤンはその独特の思想哲学を持つ父親に影響を受け育って行く、ある日ヤンは父親に質問した、『ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム』について。
『ソイツは民衆が楽をしたがったからさ、自分たちの努力で問題を解決せず、どこからか超人なり聖者なりがあらわれて、彼らの苦労を全部ひとりでしょいこんでくれるのを待っていたんだ。そこをルドルフにつけこまれたんだ。いいか、おぼえておくんだウェンリー、独裁者は出現させる側により多くの責任がある。積極的に支持しなくても、黙って見ていればそれは同罪だ。』
とにかく専制政治、独裁政治は悪だとしか言わない同盟の世論とは見解を異にしたその意見はスリリングであった。
その様な父親の元で育ったからこそヤンは歴史に興味を持ち、歴史研究家を志したのかも知れない。
「大学の歴史研究学科に入学したいと言った時、親父はこう言ったんだ『まぁ歴史で金銭儲けした奴がひとりもいなかったわけじゃない』とね。」
そう言ってヤンの大学進学を認めてくれたのだが、その後間もなく宇宙船の事故で父は急逝してしまった。
「遺された遺族に対する保険金や、取引先への違約金の支払い、それから借金もしていてね、その支払で私はほぼ無一文となってしまったのさ。」
大学への進学の道を絶たれ、途方に暮れるヤンだが、それでも歴史研究の道を諦めきれないヤンは一つの道を見出す。
「それが同盟軍の士官学校、戦史研究科だったわけさ。」
「それでお前、士官学校に入学した訳かよ…それがさっき雪ノ下に言った理由か…けど士官学校って相当な成績優秀者じゃないと入れないんじゃないの、普通はよ…。」
「ハハハ…それなりに勉強はしたからね、まぁ私の場合は好きな科目や得意な科目は力を入れたけど、そうで無い物は極力手を抜いていたからね。」
55点以下が一つでも有れば即退学となってしまう為、赤点を回避する為の必要最低限の努力はしたけれど、ヤンはそう締め括った。
「はぁ」雪ノ下はそのヤンのセリフに額に手を当ては溜息を吐く、もう何度目になるのか。
雪ノ下は、これ迄にも八幡の思考や、言動(常人の斜め下等と言われる)に対しそのポーズを度々取っているのだが、ヤンが奉仕部の部員になってから、その頻度は更に上がっていた。
彼女にとってヤンもまた八幡と変わらぬレベルの問題児と認識しているのだろう。
同盟軍士官学校戦史研究科への入学を果たしたヤンであったが、その戦史研究家はヤンが2年次に廃止されてしまう。
それに伴いヤンは戦略研究科へと転属させられた。
戦略研究科は士官学校でもトップエリートコースであるのだが、ヤンにとっては何の価値も無い物はだった。
「天才の誉れ高い首席の『ワイドボーン』に戦術シミュレーションで勝ってしまった為に、『シトレ校長』に眼を付けられてしまって、遺憾ながら戦略研究科へ転属したんだ。」
仲間と共に戦史研究科廃止反対の活動も行ったが、結局その決定は覆らなかった。
「へぇ、どんな策で勝ったんだ。」
「うむ、それは我も知りたい、是非ともお聞かせ願いたい。」
ヤンが、どの様な策を弄したのか、八幡と材木座はそれが知りたかった。
そしてヤンは、二人の希望に応えその戦術を語った。
相手の勝ち気を誘い戦線を伸ばさせた上、自身は受け身に徹し、伸び切った相手戦線と補給線のスキを付き別働隊で相手後方に位置する補給部隊を攻撃し、継戦能力を奪い勝利判定を勝ち取ったのだった。
「…ヤン、俺、お前の戦術すっげぇ好きだわ。」
「うむ別働隊を以て補給線を断つか、何とも玄人好みの戦法だな。」
ヤンの取った戦法は男子二人には高評価であるが、女子二人には些か不評で有るようだ。
「でもさ、なんかそれってちょっと卑怯っぽいて云うか、何か、なんてゆうかだよね…。」
「そうね、やはり敵を倒すのならば、正面から堂々と叩き潰すべきよ、でなければ自分自身に対してその功績を誇る事も出来無いじゃない。」
由比ヶ浜はその気持ちを、言語化出来ず、もどかしく感じている様だ。
一方の雪ノ下も、これまた何とも彼女らしい感想を表明する。
これ迄敵対者を正面から叩き潰したとの自負が有る彼女らしい意見だ。
「正面から堂々とね…そうだね私も敵に対し十倍の兵力を以て事に当たれるなら、多分そうするだろうね。」
そのヤンの返答にピクリと雪ノ下の額が引きつった、ヤンの言葉が彼女には皮肉と挑発の様に思えたのだろう。
キッと、雪ノ下はヤンを睨みつける、その発言の真意を語ることを促す様に。
「…雪ノ下さん、戦争に勝つには相手を上回る兵力を投入する事は、ごく当たり前の事だろう。」
「太平洋戦争、大東亜戦争とも言うが先の戦争でこの国が敗北したのも、結局は国力に於いて劣っていたからさ。」
「ワイドボーンとのシミュレーションは所詮はただの学校のカリキュラムに過ぎないが、それを実戦に置き換えて見るとしようか…部隊を預かる指揮官として自軍を勝利に導くには、戦う前の段階、戦略の段階から口出ししたい所だが、先ずはより精度の高い情報の収集、彼を知り己を知らば百戦して危うからずだ、それから綿密な補給体制を確立する事、古来より飢えた軍隊がまともに勝った例は無いんだからね、そして相手に数倍する兵力を揃え、より確実に勝利を得る為に自軍に有利な戦場の設定をする、信頼が置ける有能な指揮官に兵を預けて、戦線に投入する。
簡単に纏めるとそんな所かな。
だがただの一軍の指揮官たる身ではそこまでの口出しは、中々出来る物ではないからね、その権限が無い。
故に与えられた戦力で事に当たらなければならない。
ならば私は勝つ為では無く、負けない事を念頭に置いて戦う事を選択するよ。
さっきも言ったが1隻あたりの乗組員の数は数百人に登るんだ、と云う事は1隻艦艇が沈む度に数百の命が失われると言う事さ、数百の命その一つ一つに背負っている物が有るだろう、その者の帰りを待っている人が居るだろう、恋人が妻子が、父母が居るだろう。
その死者の数に倍する悲しみが産み落とされてしまうんだ、だから私はその悲しみを少しでも減らす事が出来る様に策を練るのさ、例えそれが堂々たる物で無く、姑息なものでもね。」
何も言えなかった、雪ノ下も由比ヶ浜も、そして八幡と材木座までもが。
それ程に重かったのだ、彼等にとってヤンが語った言葉は。
雪ノ下も由比ヶ浜も命の重さに対するヤンの考えの深さに沈黙を以てするしか出来なかった。
彼女達は、そこまでの考えには至らなかったのだと自覚させられたのだ。
ヤンの言葉は、とても自分と同世代の男子の言葉とは思えなかった。
自分よりも年長の者に自身の不明を諭された様な気持ちを抱いた。
「……ヤン君…ごめんなさい、私の考えが浅かったわ、貴方が戦争に対してそこ迄の思いを持っているなんて、私は想像もしていなかったわ…。」
「あたしも、ごめんなさい…よく知りもしないのに勝手言って……。」
二人の少女は自身の発言に非が有ると認め素直に謝罪の言葉を口にした。
その事態にヤンを含む男子三人は、呆気に取られてしまい、思わず息を飲んでしまった。
正気に戻ったヤンは頭を下げ続ける二人の少女に、慌てながらその頭を上げるように懇願した。
「申し訳無い、私は何も君達の事を非難するつもりは無いんだよ、ただ何かを行う時にほんの少しだけで良いから、その周囲の事を考えて行動して欲しいと思っただけであってだね…あぁ参ったな、そんなに思い詰められる様な事を私は言ってしまったのかな…ははっ。」
何とも、この様子では、今生に於いてもヤンは女性の扱いに手慣れる事が出来なそうである。
「それに私が、さっき言った様な考えを抱くようになったのは、戦場に出て戦争の現実を知ったからであって、士官学校の生徒だった時は、ただ単により簡単に勝つ事を考えていただけなんだ、それにこれは私の持論なんだが、軍人というのは敵を殺し、味方を死なせ、他人を騙したり出し抜いたりすることに明け暮れるろくでもない商売だ。どんなに言葉を飾ろうとその事実は変わらないんだよ。
だからだね、そんな商売を長年続けた私は、やはりろくでなしなんだよ。」
士官学校をごく平凡な成績で卒業したヤンは、自由惑星同盟軍に少尉として任官。
その勤務態度に対する評判は芳しく無く、『無駄飯食いのヤン』『穀潰しのヤン』等と揶揄される程であった。
ヤンの人生の転機が訪れたのは士官学校卒業より一年後、惑星『エルファシル』に於いてで有る。
宇宙暦788年、21歳で中尉の階級にあったヤンは、惑星エルファシルに侵攻して来る帝国軍の艦隊より、民間人を脱出させる為の指揮を上官より押し付けられた際の事だ。
守るべき民間人を捨て、自分達だけでエルファシルを脱出しようとした、リンチ司令の艦隊を囮として、同惑星に居住する三百万人の民間人を一人の犠牲も無く脱出させた事により、ヤンは英雄へと祭り上げられてしまったのだった。
「全く迷惑な話さ、司令官の逃亡と云うスキャンダルを糊塗する為に、体よく英雄なんぞに祭り上げられてしまったんだからね。」
「テレビ出演だ雑誌インタビューだのと、分刻みのスケジュールを押し付けられて、辟易とさせられたものさ…だけどそのお陰で、出世もした訳だし、給料も上がり退役後に貰える年金の額も増えたし、これも給料分だと割り切ってスケジュールをこなしたものさ。」
ハイネセンへ帰還後、ヤンは大尉への昇進の事例受けた、更にその6時間後には少佐への昇進の辞令を受ける。
生者に二階級特進無し、その不文律がこの奇妙な人事の理由であった。
因みにヤンの軍歴、階級に於いて最も短いのが大尉で、最も長かったのが少佐であった。
ヤン・ウェンリー27歳、大佐となった彼は後の彼の後継者となる、一人の少年と出会う。
「なんせ百五十年も戦争が続いているんだ、毎年毎年、孤児や未亡人を量産し続けている様なものさ。」
「軍事子女福祉戦時特例法、発案者の名を取ってトラバース法と呼ばれる法案なんだか、要するに高級軍人の家庭で戦災孤児を養育すると言うものなんだ。」
15歳までの養育費が軍から支給されるが、それは貸与という形であって、軍人にならなければ返還義務が発生する。度重なる帝国との戦争によって増えた孤児への対策、と同時に減少する軍人の数、この2つの問題を解決する為の施策だ。
「要するに、子供の将来を金で軍に縛り付けてしまうとんでも無い悪法だよ。
そこ迄しなければ、兵力の確保もままならないんじゃ戦争なんぞ止めて、和平の路でも模索すれば良いのにさ。」
士官学校時代から付き合いのある6歳上の先輩『アレックス・キャゼルヌ』からの紹介で、彼はヤンの元を訪れた。
自身の身体程の大きなケースと小さな猫を連れ『ユリアン・ミンツ』とヤンとヤンの官舎にて対面した。
「ヤン君、後学の為に…そう、私の飽くなき知的探究心を満たす為に質問するわ、そのユリアン少年が連れていた猫さん……んっ、んんっ、その猫の種類とお名ま…名前を教えて貰えないかしら。」
雪ノ下はキラリとその瞳を輝かせ、その身を椅子から乗り出す勢いでヤンに質問をした。
この日語られたヤン・ウェンリーの話の中で、雪ノ下雪乃が最大の関心を示したのはこの話題であった。
「…出たよ、猫ノ下猫乃さん…。」
「アハハハ…ゆきのん、猫大好きだもんね。」
「貴方達、勘違いをしないで欲しいのだけど、これはあくまでも私の探究心に依る質問なのよ、そうあくまでも探究心を満たす為の質問なのよ。」
「モハハハっ!何を誤魔化す必要が在ろうか、雪ノ下殿。
人間誰しも、好きな物の一つや二…たつ……いえ、何でもありましぇぬ…。」
雪ノ下に対して意見をしようとしていた材木座だったが、雪ノ下の鋭い眼光の前に、その意見を最後まで言えずにしゅんと押し黙ってしまった。
何ともメンタルの弱い男である。
「あぁ、その私は生き物の種類とかそう言った物に詳しくなくてね、申し訳無いが分からないんだ、名前は『アドミラル』元帥と名付けられたんだ、家主である私はどうせ元帥になんぞに成れないだろうから、せめて猫位は元帥と呼んでやろうと周りの連中が言い立てたもので、その名になったんだ。」
「……元帥、元帥さん、さぞや立派な猫さんなのでしょうね…ぜひ会ってみたいものね……。」
会うことなど叶わぬ、猫との出会いを夢見て雪ノ下は、暫しの間己の心の内にある、ニャンニャンワールドへとトリップしてしまった。
尚、彼女が、現世への復帰を果すまでに、数分の時間を必要とした。
ユリアンとの出会い、共に暮らす日々の事を語るヤンの表情と声音には、それを聞く四人にも分かる程に、情愛の念に満ちていた。
「ユリアンが来たことによって、見違えった私の部屋を見てキャぜルヌ先輩等はこう言ったものさ、『有史以来初めてお前さんの部屋が綺麗になったのではないか』とね。」
私としては甚だ不本意な言われようなんだがね…等と不平を口にしながらも、表情はそれを裏切っていた、その事に気が付いていないのは、ヤン本人だけなのだ。
ユリアン・ミンツを養子として迎え、2年余の歳月が過ぎた、宇宙歴796年/帝国歴487年2月、准将の階級に在ったヤンは同盟軍第2艦隊、次席幕僚として出征した、アスターテ星域の会戦に於いて初めて彼と相対する事となった。
「帝国軍上級大将、『ローエングラム伯ラインハルト』正に時代の主人公と呼ぶに相応しい偉大な個性だ。」
アスターテ会戦、それは後に終生のライバルと位置づけられる二人の軍人。
ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラムが初めて直接相対した戦いである。
猫大好きなゆきのんの為に、石黒監督版のアニメ独自の猫に関するエピソードを挿入しました。