目が覚めたらスラムでした   作:ネコガミ

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本日投稿1話目です。


第11話『黄金の鷲の勇気と黒金の鷹の決意』

椅子に崩れ落ちる様に座った僕は、水を求めて口を開く。

 

スタッフは素早く水をくれた。

 

水を飲み込みたい衝動を堪え、口を濯いだら吐き出す。

 

「お、教えてくれ、僕は何を食らった?スウェーをしたホークはどんなパンチを打ってきたんだ?」

 

僕の疑問にスタッフは顔を歪める。

 

「イーグル…すまないが、我々にはそれに応える言葉が無い。」

「…どういうことだい?」

「大きくスウェーをしたホークが『下から殴った』としか形容出来ないんだ。強いて言うならスウェーをした状態で打つスリークウォーターからのアッパーだが…。」

 

優秀なスタッフが僕と同様に困惑している。

 

「僕はどう対処したらいい?」

 

スタッフから答えが返ってこない。

 

戦略が無い状態でホークと戦えというのか?

 

無理だ。

 

僕にはそれが出来る程…ボクシングの経験は無い。

 

今の僕ではホークに勝つことは出来ない。

 

そう思ってしまった瞬間、僕の身体と心から急激に熱が失われていった。

 

ラウンド間のインターバルの終わりを告げるゴングが鳴っても、僕は立ち上がる事が出来ない。

 

ホークが僕を待っているというのに…。

 

「イーグル、酷な言い方だが、アメリカの期待を背負う君に諦める事は許されない。」

 

スタッフの言葉に頷くが、それでも僕には立ち上がる気力が無い。

 

あのホークを相手に目標も戦略も無い状態で立ち上がれる程、僕は強くない。

 

「イーグル、よく聞いてくれ。一発でいい。ホークにパンチをクリーンヒットさせるんだ。」

 

クリーンヒット?

 

今までスパーリングで一発もクリーンヒットをされた事が無いホークに?

 

僕はスタッフの顔を見る。

 

「ホークを相手に無策で向かうには、大変な勇気が必要だ。だが、君なら立ち向かえる筈だ。」

 

勇気…。

 

そうだ、僕はアメリカ国民の期待に応え、勇気を与えなければならない。

 

その僕が、勇気を示さずにどうするんだ!

 

心に火が灯る。

 

身体に熱が戻る。

 

気が付けば、僕は立ち上がっていた。

 

「ありがとう。出来るかわからないが、全力を尽くす事を約束する。」

 

そう言った僕は、マウスピースを口にして微笑んだのだった。

 

 

 

 

ホークとのスパーリングの2ラウンド目、僕は勇気を振り絞って立ち向かった。

 

ジャブを、ワンツーを、そして奇襲気味にいきなり右ストレートを打ったりしたが、いずれもホークには届かない。

 

それどころか僕はホークのパンチで、立っているのかわからない程に意識が朦朧としていた。

 

(一発でいい…僕のパンチを…ホークに…。)

 

ショートフックやショートアッパーも、ホークは危なげなく避ける。

 

一発、二発とホークのパンチを受けてダウンすると、僕は目を開けているのが億劫になる程の眠気に襲われる。

 

(このまま目を閉じれば楽に…!?まだ…僕は全力を尽くしていない!)

 

マウスピースを噛み締めて上体を起こす。

 

そしてロープに縋る様にして立ち上がるが、余力はほとんど残っていない。

 

ファイティングポーズを取った僕に向かってくるホークの姿が目に入る。

 

身体に力が入らない。

 

どうして立っていられるのか、自分でも不思議に思う程だ。

 

迫るホークに、僕は無意識にワンツーを打っていた。

 

力強さの欠片もなく、見てからでも避けられる様な遅いワンツーだ。

 

だけど…。

 

ポスッ。

 

「…あっ?」

 

今日のスパーリングで、右拳に初めての感触が生まれる。

 

パンチと呼ぶにはあまりにも弱々しく、ただ触れただけのもの。

 

しかし僕のパンチは、確かにホークに届いていた。

 

それを認識した次の瞬間、僕はこれまで感じた事の無い程の大きな満足感に包まれながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 

 

 

「ホーク、お疲れ様。」

 

イーグルがリングに倒れてスパーリングが終わると、ミゲルが労いの言葉を掛けてきた。

 

「最後に一発くらってしまったね。油断したのかな?」

 

ミゲルの言葉に俺は舌打ちをする。

 

「してねぇよ。最後の一発だけ、わかんなかったんだ。」

「ほう?」

 

そう、わかんなかったとしか言いようがない。

 

あの最後のワンツーは身体に力感が無く、あまりに動きが自然過ぎて全くわからなかった。

 

それでもジャブは避けられたんだが、その後のストレートまでは避けられなかった。

 

俺は無意識にまた舌打ちをしていた。

 

そんな俺を見て、ミゲルは笑いを噛み殺している。

 

いい性格してんな、ジジイ。

 

リングに目を向けると、イーグルが担架に乗せられて運ばれていくのが見えた。

 

「イーグルは強くなるか?」

「オリンピックの金メダルは確実に取れるぐらいにね。賭けても構わんよ。」

「そうか…。」

 

俺はイーグルのグローブが当たった所に触れる。

 

あの感触が甦ると、俺の中で何かが熱く燃え上がるのを感じる。

 

初めての感覚に少し戸惑う。

 

でも、悪くない。

 

こんな風に熱くなるのも、悪くない。

 

「おい、ミゲル。」

「何だね、ホーク?」

 

俺は自分の拳を見る。

 

始めはスラムから成り上がる為の手段でしかなかった。

 

だが今ではこいつが…俺の生き様だ!

 

「俺を鍛えろ、俺はこいつで…誰にも負けたくねぇ!」

 

そう言いながら拳を突き出すと、ミゲルは嬉しそうに微笑んだのだった。

 

…初めからこれを狙ってやがったな、クソジジイ!




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

何故かライバルキャラが主人公化している事にデジャヴ。

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