目が覚めたらスラムでした   作:ネコガミ

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本日投稿1話目です。


第16話『とある会長の憂鬱と奮起』

儂は受話器を置くと大きくため息を吐いてしまった。

 

「その様子ですと、また空振りみたいですね、鴨川会長。」

 

八木ちゃんがそう言うて儂と同じく大きなため息を吐きおった。

 

「今ので都内は全滅じゃ。新人王戦で、ちと派手に勝ちすぎたわい。」

「仕方ありませんよ。鷹村くんに手を抜けとは言えませんからね。」

 

儂は鷹村との出会いを思い出す。

 

およそ2年前、儂は喧嘩をしていた鷹村を見て衝撃が走った。

 

あやつは出会ったあの時点で日本チャンピオンになれるだけの力を持っていた。

 

そんな鷹村を、儂は躊躇なくボクシングの世界に誘った。

 

それからは鷹村をひたすらに走らせ、左を徹底的に覚え込ませた。

 

いつか世界の舞台で戦う本物の強者達に振り回されぬ為にじゃ。

 

そして去年、鷹村はプロボクサーとしてデビューした。

 

デビュー戦から新人王戦が終わるまで、鷹村は全ての試合を1ラウンドKOで勝利しおった。

 

物が違うとはこの事じゃろう。

 

だがその結果、日本国内にはまだ新人王でしかない鷹村と戦おうとする相手がいなくなってしまいおった。

 

方々に声を掛け続けているが…返事は渋いものばかりじゃ。

 

「八木ちゃん、鷹村はどうしておる?」

「サンドバッグを叩いています。先日、栗田くんが辞めてしまったのでスパーリング相手がいませんからね。」

「出来るなら鷹村のスパーリングパートナーを用意したいとこなんじゃがな…。」

 

資金に乏しいうちのジムでは、鷹村のスパーリングパートナーすら満足に用意出来ん。

 

そして国内でなかなか試合相手が見つからない今は、本来なら海外から手頃な試合相手を呼ぶべきところなんじゃが、そういった事もうちのジムでは難しい。

 

鷹村が日本チャンピオンになってからならば、少しは話が違ったのじゃが…。

 

そこまで考えて儂は再びため息を吐いてしまう。

 

己の無力を痛感するばかりじゃわい。

 

「すいません、鴨川会長はいらっしゃいますか?」

 

最近うちのジムに頻繁に顔を見せる様になった男の声が聞こえるわい。

 

「藤井、入ってこい。」

「それじゃ、失礼します。」

 

月刊ボクシングファンという雑誌の記者である藤井が、遠慮無しに会長室に入ってきよった。

 

藤井のこの性分は間違いなく記者向きじゃな。

 

「どうした、藤井?儂等は鷹村の相手を探すのに忙しいんじゃが?」

「鷹村くんはデビュー戦から全試合1ラウンドKOのホープですからね。国内では相手を探すのも難しいのでしょう?」

 

藤井の言う通りに鷹村は全試合1ラウンドKOのホープじゃ。

 

それ故に鷹村はまともに試合を組めぬようになってしまいおった。

 

このままではブランクを抱えさせて、A級トーナメントに出場させる事になるじゃろう。

 

それでも鷹村なら勝てるじゃろうが…プロのリングで生き抜いてきた曲者に、思わぬ苦戦を強いられるやもしれん。

 

せめて鷹村に試合勘を失わせぬ為に、スパーリング相手だけでも用意したいところじゃが…。

 

いかん、藤井のせいでまた同じ事を悩んでしまったわい。

 

鷹村の出来が良すぎるが故の悩みじゃが、それで嬉しい悲鳴とはならぬのがな…。

 

「それで藤井、今日は何の用じゃ?」

「海外の記事で面白いのを見つけたのでお持ちしてみました。鷹村くんの発奮材料になればと思いましてね。」

 

そう言って藤井は机に一冊の雑誌を置く。

 

「鴨川会長は昔、トレーナーとして学ぶ為にアメリカに行ったので英語は読めますよね?」

「ふんっ!問題ないわい。」

 

儂は鼻を鳴らしながら雑誌を手に取る。

 

「アメリカのボクシング界は景気がいいのう。世界タイトルマッチが毎月の様に行われとる。」

 

雑誌を流し読んでいくと、一つの記事に目が止まる。

 

その記事にはとあるボクサーの事が書かれておった。

 

「名伯楽の秘蔵っ子か…。」

 

世界チャンピオンを5人育て上げた名トレーナー『ミゲル・ゼール』が、現役の世界チャンピオンからの依頼を断ってまで指導に専念する逸材と書かれておる。

 

「その記事に書かれている選手はブライアン・ホーク。ウェルター級の選手で、今年デビューしたばかりの新人ですね。」

「新人じゃと?」

 

藤井の言葉に疑問を持ちながら記事に目を向ける。

 

「なんじゃこの戦績は?!」

 

儂は心底から驚いた。

 

ブライアン・ホークはデビューから月2回のペースで試合を続け、僅か半年で11戦をこなしていたのじゃから。

 

こんなペースの試合スケジュールは近年のボクシングではありえん事じゃ。

 

しかもそれだけではない。

 

ブライアン・ホークは全ての試合を『一発もクリーンヒットを食らわず』に、1ラウンドKOで勝ち続けたと書かれておる。

 

鷹村でさえ数発は受けておるんじゃ。

 

思わず何度も記事を見返してしまったわい。

 

「八木ちゃん、世界は広いのう。」

「会長?」

「くくく…燃えてきたわい。」

 

この老骨の血が熱くなってきおった。

 

数年前までなら、世界など考えられんかった。

 

じゃが今なら…鷹村なら世界の舞台でも不足無く戦えるわい!

 

「八木ちゃん!日本中のジムに片っ端から電話を掛けてくれ!」

「会長はどうするんですか?」

 

儂は愛用のスクーターの鍵を手に取りながら、不敵な笑みを浮かべる。

 

「鷹村の尻を叩いてくるわい。不貞腐れさせとる暇などないからのう!」

 

そう言って会長室を出ると、儂は鷹村を連れ出してロードワークをさせるのだった。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

拙作のホークとイーグルは鷹村の1歳年下となります。

なので青木村の1歳年上、一歩の3歳年上になりますね。

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