「ま、待ちやがれ!」
少年達から逃げ始めて10分ぐらい経っただろうか?
明らかに息切れしている少年達を、俺は時折振り返って様子を窺う。
本来なら運動不足のアラサーである俺は、100mも走れば足が悲鳴をあげてしまうポテンシャルの筈なのだが、今はフルマラソンだって笑顔で完走出来るんじゃないかと思える程に余裕である。
これだけ余裕があると色々と考える事が出来てしまうもので、俺は走りながら自身に何が起きているのかを考えた。
その結果、一つの考えが浮かんだ。
転生。
普通なら馬鹿らしいと一蹴するだろうけど、俺もオタクの端くれである。
最早俺は転生したのだと受け入れ始めていた。
「…ははっ!」
今だに少年達から逃げているのに笑いが止まらない。
何故なら、家と会社を往復するだけの日々の中で数え切れない程に望んだ事が起こったからだ。
逃げている最中にそんな事を考えていたからフラグが建ったのだろうか?
無意識に曲がり角を曲がると、そこは行き止まりになっていた。
「も、もう逃げられねぇぞ…。」
思いっきり肩で息をしている少年達が、俺を追い詰めたと不敵な笑みを浮かべている。
「な、舐めた真似をしたんだ。財布の中身だけじゃ済ませねぇからな。」
少年の一人が息を整えながら、手の骨を鳴らし始める。
察するに俺を殴るつもりなのだろう。
少年達の方が人数は多い上に、俺よりも頭一つは背が高いんだ。
強気に出るのもわかる。
でもさ、明らかに体力切れしているんだが?
まともに殴り掛かってこれるのか?
うん、正直に言って負ける気がしない。
なんせあれだけ走っても余裕なくらいの身体スペックがあるからな。
問題があるとすれば…俺が喧嘩一つした事が無い草食系オタク男子だという事か。
「おらぁ!」
弓を引く様に、少年の一人が思いっきり振りかぶって殴り掛かってくる。
その動きは丸見えだ。
憧れの転生をしたという思いが俺に高揚感を
俺が一歩下がってパンチを避けると、少年は勢い余って上体が流れてしまい、俺の目の前に顔がやって来る。
そんな少年の顔を、俺は体重を乗せる様に踏み込んで思いっきり殴り抜いた。
バキッ!とでも形容する様な音が少年の頬から鳴る。
すると、少年は転がる様にして地面に倒れた。
それを見た少年達の一人が怒りの声を上げて殴り掛かってくる。
うん、これも動きが丸見えだ。
横に一歩動けば少年の顎はガラ空きだ。
下から思いっきり殴り上げたら、少年の一人は膝から崩れ落ちる様にして地面に倒れた。
パチンッ!
残った少年の一人の方向からそんな音が聞こえる。
振り向くとそこには、ナイフを手に持った少年の姿があった。
「ふざけやがって…もう容赦しねぇぞクソ餓鬼がぁ!」
かつあげをしようとしておいて容赦も何もないと思うんだけど?
残った少年の一人が俺を刺そうとナイフを突き出してくる。
俺はそれを下がりながら避けていくが、ついに壁を背にしてしまった。
「はっ!運が尽きたな!」
追い詰められてしまった俺だが、欠片も焦りは無い。
むしろ、非日常を味わって高揚している。
「なに笑ってんだコラァ!」
コメカミに青筋を浮かべた少年が、俺を刺そうとして踏み込みながらナイフを突き出してくる。
その動きはもう何度も見た。
俺は斜め前に一歩踏み込むと、思いっきり体重を乗せて少年の顔面を殴り抜く。
グシャ!
形容し難い音と共にナイフを持った少年が後ろに倒れる。
こうして生涯初めての喧嘩を終えた俺は、勝利の雄叫びを上げたのだった。
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