オリンピックが始まると、俺はアマチュアボクシングだけを見学していく。
ポイントを重視するアマチュアボクシングだからこその戦い方が、見ていて面白かったからだ。
ウェルター級でオリンピックに出場しているデビッドは、順調に勝ち進んでいる。
1ラウンド目は相手を観察し、ラウンド間に戦略を立て、2ラウンド目から攻略していく。
デビッドの安定感は他の連中と比べても際立っていた。
まぁ、この調子なら問題ねぇな。
俺はデビッドの試合以外も見てるんだけどよ、まぁ…疑惑の判定が多いわな。
いや、ハッキリいって明らさまなホームデシジョンが起こっている。
なんせ開催国の選手全員が、明らかに劣勢な試合を判定で勝ってるんだからな。
しかも亀の様に丸まって手を出さずに試合終了まで耐えただけでも判定勝ちだぜ?
判定後に対戦相手がリングの上でぶち切れても仕方ねぇだろ。
だからこそアメリカ代表のアマチュアボクサーは全員、最初から積極的にRSCを狙いにいっている。
まぁ、アウトボクシングしか出来ねぇのは早々と負けちまったが、それでもアメリカ代表は出場している階級のほとんどで準々決勝まで勝ち残った。
でもまぁ、問題はここからだろうな。
おっと、言った側から開催国の奴との試合で、判定まで持ち込まれて負けた奴がいるぜ。
お疲れさん。
お?デビッドは日本人と試合か。
あ~…こりゃ日本人に勝ち目はねぇな。
1ラウンド目は気持ちよく攻めれたんだろうが、デビッド相手にパンチを見せ過ぎだ。
2ラウンド目のデビッドはショルダーブロックを多用して、日本人選手のパンチを捌いていく。
どうやら完全に見切ったみてぇだな。
日本人は生真面目にポイントになる所をガードしてるが、デビッドはポイントなんざお構い無しにダメージになる所を攻撃していく。
先ずは足を奪うつもりみたいだな。
デビッドが腹を丁寧に叩いていって2ラウンド目が終わると、3ラウンド目の日本人の動きは明らかに鈍っていた。
後は一方的だ。
3ラウンド目の終了間際に日本人をリングに沈めたデビッドが、準決勝に駒を進めた。
流石だな、デビッド。
そしてデビッドは準決勝も大したダメージを受けずに勝利すると、いよいよ決勝戦の日がやってきた。
◆
オリンピックの決勝戦のリングにデビッドが上がった。
対戦相手は開催国の選手だ。
ミゲルと一緒に相手の試合を少し見たんだが、ミゲル曰く『お粗末なボクシング』だそうだ。
正直に言って賭けが成立しねぇ様な組み合わせだが、それでも判定までいったら負けが確定している試合だからな。
油断すんじゃねぇぞ、デビッド。
オリンピックのアマチュアボクシング、ウェルター級の決勝戦が始まった。
相手はゴングと同時にガッチリとガードを固めやがった。
まぁ、試合終了まで立ってりゃ勝ちだからな。
そうしても不思議じゃねぇ。
だが、テメェの前にいるのはデビッドだ。
そんな事で勝とうなんざ、虫が良すぎるぜ。
丁寧にジャブを打ったデビッドは、様子見をせずに1ラウンド目から仕掛けていく。
ポイントを取りにいくのではなく、上下に揺さぶりを掛けながらダメージを積み重ねるためにパンチを打っていく。
1つ1つ基本に忠実に放つパンチは、ボクシングの教科書に載ってもおかしくねぇレベルだ。
おっ?ボディーを嫌がって相手がガードを下げやがった。
そこを見逃さずにデビッドはワンツーを叩き込むと、そのままパンチをまとめていく。
何度も顔を打たれて反射的に相手はガードを上げた。
そこにデビッドがタイミングよくボディーブローを打つと、相手はリングに膝をついた。
だが、レフェリーの判定はスリップときやがった。
普通ならブーイングが沸き起こってもおかしくねぇんだが、生憎とここは相手のホームだ。
ブーイングをしたのはデビッドの応援をする数少ないアメリカ人だけだ。
俺は相手を見下ろしているデビッドに目を向ける。
そこにはあの時と同じく、強い意思を秘めた目をしたデビッドの姿があった。
◆
明らかにダメージによるダウンだが、レフェリーにはスリップと判定された。
だが問題無い。
この事は既に想定していたのだから。
それに僕には果たさねばならない約束がある。
だから君が立ち上がる限り、僕はパンチを打ち込む。
君に戦って勝とうという意思が無かろうと遠慮はしない。
僕はブライアンとの約束を果たすために…全力を尽くす!
◆
3ラウンド目にイーグルのワンツーがクリーンヒットすると、対戦相手はリングに沈んだ。
だが試合後に勝者への称賛はなく、大きな罵声が会場を包み込んでいく。
しかしイーグルは勝ち名乗りを受けると罵声に怯むことなく胸を張り、誇らしげに拳を突き上げた。
止まぬ罵声の中でも、黄金の鷲の輝きは決して色褪せる事はなかった。
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