side:ホーク
デビッドのプロデビュー戦に続いてマイクのプロデビュー戦も観戦してから10日後、俺はジュニアミドル級で試合をする為にトレーニングと減量を始めた。
そんなある日の事、見事な髭をたくわえたじいさんが俺のトレーニングを見学していた。
「おい、ミゲル。あのじいさんは誰だ?」
「彼はダン…浜 団吉という日本人で、アメリカでボクシングのトレーナーをしている男だよ。」
「ハマ・ダンキチ?」
ミゲルに疑問の声を上げると、舌が回らずに独特なイントネーションの日本語になってしまった。
俺が難しい顔をしていると、ミゲルがお手本とばかりに日本語で浜 団吉の名を口にする。
「浜 団吉。」
「ハマ・ダンキチ。」
うへっ、やっぱり舌が回らねぇ。
まぁ、8年も英語だけで暮らしていたから仕方ねぇか。
「ふむ、ホークが興味あるのなら後で日本語を教えるかね?」
聞き取りは問題ねぇけど、話すと片言になっちまうから教えてもらった方がいいか?
いや、待てよ。
今生の俺はアメリカ人なんだ。
別に日本語を話せなくても問題ねぇだろ。
習うならスペイン語の方がよくねぇか?
…まぁ、どっちでもいいか。
「まぁ、暇な時にな。」
俺がそう答えると、ミゲルはニコリと微笑む。
なんで嬉しそうなんだ?
まぁ、いいか。
デビッドがスパーリングの準備をしてる事だし、俺も早いとこ準備をするかね。
◆
side:浜 団吉
儂はブライアン・ホークのトレーニングを見学してため息が出そうになった。
あれ程の体躯でありながら、軽量級と遜色がない程に動きにキレがあるのだからな。
まるでその動きのキレは猫田を彷彿とさせるものだった。
それも鴨川との試合で壊れる前の猫田のだ。
奴の動きを捉える為に、若き日の儂は左を磨き抜き『飛燕』を編み出した。
この顎が今少し丈夫であったならば、奴ともっとしのぎを削り合えたのだが…。
そこまで考えて儂は首を横に振る。
この顎で勝つために、若き日の儂は空間を制するべく左を磨いたのだ。
そうでなければ儂は猫田と鴨川の好敵手となれなかっただろう。
そう思い己の気持ちを納得させた儂はリングに目を向ける。
うむ、ラッキーだ。
今日はアメリカの若き英雄デビッド・イーグルとのスパーリングの日だったか。
じっくりと勉強させて貰おう。
そしてブライアン・ホークとデビッド・イーグルのスパーリングを見ていくと、儂の心は『惜しい』という感情で占められていった。
何故なら儂の目にはブライアン・ホークが若き日の猫田の姿と被り、デビッド・イーグルが若き日の儂の姿と被ったからだ。
非常に優れた身体能力と野性でセオリーに縛られず自由に戦うホーク。
そんなホークに基本のパンチで立ち向かうイーグルの姿を見て、儂は拳を握り締めてしまう。
…惜しい。
何度も思ってしまう。
戦略や駆け引きは見事なものだ。
だが、それだけでは奴の様な種類のボクサーを追い詰めるには『手札』が足りん。
…なるほど。
まんまとミゲルに一杯食わされたわ。
儂がこうなる事を想定しておったな?
その証拠に儂が目を向けると、ミゲルは不敵に笑いおった。
ふんっ!今回は貴様の思惑に乗ってやるわ。
ミゲルに不敵な笑みを返すとリングに目を戻す。
そしてトレーニング終了後に、儂はデビッド・イーグルに話を持ち掛けたのだった。
次の投稿は11:00の予定です。
イーグルの梃入れは出来たけど…鷹村はどうしよう?