目が覚めたらスラムでした   作:ネコガミ

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本日投稿5話目です。


第34話『活気づく鴨川ジム』

side:鴨川 源二

 

 

鷹村が突如連れてきた小僧…幕ノ内 一歩を鍛え始めて数ヵ月、宮田の息子とのリターンマッチとなるスパーリングまで残すところ後1週間じゃ。

 

一目見た時はボクサーとしてやっていけるとは欠片も思えぬ程に覇気が無かった。

 

プロの世界で生きられるとも思えなんだ故に、儂は小僧の初めてのスパーリング相手に宮田の息子を指名した。

 

酷な様じゃが、諦めるなら早い方がいいと思ったからじゃ。

 

だが小僧はその初めてのスパーリングで、覇気の無さからは想像出来ぬ程の意思の強さを見せおった。

 

気が付けば儂は小僧を本気で鍛えるつもりになっておったわ。

 

鍛えていく内にわかったのは、小僧は日本人離れをしたパンチの強さを持っておった事じゃ。

 

その反面とでも言うべきか、小僧はとことん不器用じゃった。

 

試合前にビデオで相手のボクシングを研究する事は今の時代では当たり前じゃ。

 

故に何でも出来るボクサーが求められるが、不器用な小僧はインファイターとしてしか生きられぬ。

 

まるで時代を逆行するかの様な挑戦じゃ。

 

一先ずは宮田の息子とのリターンマッチに向けて出来る限り鍛えるしかないが、その後はディフェンスを中心に鍛えていくとしよう。

 

地味な反復練習が続くが、そういった練習を小僧は苦にせんからな。

 

一昔前の鷹村ならば文句を言っておるところだわい。

 

「ガードが下がっとるぞ!」

「はい!すいません!」

 

ミットで小僧の横っ面を張ったが、小僧は真剣な目で練習を続けおる。

 

この小僧の姿を見て、青木と木村も練習に熱が入っておるわい。

 

鷹村も日本ミドル級チャンピオンとして初めての防衛戦に向けて練習に励んでおるしの。

 

ジムの活気が日に日に増していくこの光景…嬉しい限りよ。

 

「よし!休憩じゃ!」

「はい!」

 

肩で息をしながらタオルで汗を拭く小僧を見て、宮田の息子が走り込みに行きおった。

 

その息子の後ろ姿を見て、宮田が笑っておるわい。

 

「楽しそうじゃな。」

「えぇ、一郎があそこまで誰かに対してムキになるのは珍しいですからね。幕ノ内には感謝しますよ。」

「その余裕がどこまで続くか見物じゃな。」

 

儂がそう言うと、宮田は不敵な笑みを浮かべる。

 

「1週間後のスパーリング、楽しみにしてますよ。」

「ふんっ、一泡吹かせてやるわい。」

 

 

 

 

side:宮田 一郎

 

 

走り込みをしながら数ヵ月前の幕ノ内とのスパーリングを思い出す。

 

ガードした手が痺れる程のパンチと、何度倒しても立ち上がってくる姿についムキになっちまった。

 

あのスパーリングが終わった後、父さんにはそのムキになった事を指摘された。

 

今思い出せば、あんな事をしていたら俺が追い求め始めた『あのカウンター』には絶対に届かない。

 

…くそっ!

 

苛立ちを紛らわせる為にダッシュすると、今度はニヤついた鷹村さんの顔が頭に浮かんだ。

 

ダッシュを止めてシャドーボクシングを始める。

 

右ストレートを振りきった所で止めると、自分の拳に目を向ける。

 

幕ノ内のあのパンチの強さは天性のものだ。

 

俺がどれだけトレーニングを積んでも、決して届かない領域。

 

正直に言えば嫉妬するぜ。

 

だがボクシングはそれだけじゃ勝てない。

 

幕ノ内…その事を1週間後のスパーリングで証明してやるぜ。

 

 

 

 

side:幕ノ内 一歩

 

 

「小僧!練習再開じゃ!」

「はい!」

 

数ヵ月前までいじめられていた僕が、今ではボクシングの練習で汗を流している。

 

今でもその事を不思議に思う事がある。

 

全てはあの時に鷹村さんと出会ったから始まったんだ。

 

まさか会長と顔合わせをしたその日に、宮田君とスパーリングをするとは思わなかったな。

 

宮田君は本当に凄かった。

 

僕が当てられたパンチはガードの上からの一発だけ。

 

それ以外は全部避けられてしまった。

 

そして何度もダウンさせられて、気が付けばKO負けしていた。

 

そんな僕が1週間後にはまた宮田君とスパーリングをする…。

 

会長を信じて練習を続けているけど、正直に言って宮田君に勝てるとは思えない。

 

でも後悔はしたくない。

 

だから僕に出来る事を、会長に教えて貰った事をやろう。

 

僕に出来る全部を…宮田君に見せるんだ!




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。

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