side:ホーク
デビッドの世界前哨戦から2ヶ月後、デビッドは世界タイトルマッチを勝利してWBCミドル級チャンピオンになった。
約束の2年まで後11ヶ月はある。
デビッド次第だが2、3回は防衛戦をこなせるだろうな。
俺もノンタイトルマッチや防衛戦をこなしていく。
この調子でいけば、デビッドとのタイトルマッチまでにデビューから30戦を超えるな。
まぁ、経験が多いにこしたことはない。
さてそんな感じで日々が過ぎていき、約束の時まで残すところ8ヶ月となった。
昨日防衛戦に勝って休養に入った俺は、後2回ノンタイトルマッチをこなし、さらに防衛戦を1回こなしてからミドル級に階級を上げる。
そしてミドル級で1戦したらデビッドとの世界タイトルマッチといった状況だ。
そんな状況の俺にミゲルは唐突に旅行の準備をしろと告げてきたのだった。
◆
side:ホーク
「ホーク、旅行の準備をしてくれ。」
「旅行だぁ?構わねぇが、どこに行くんだ?」
「日本だよ。」
ミゲルの言葉に俺は首を傾げる。
「次の防衛戦を予定している相手が日本人ボクサーと世界前哨戦をやるらしい。日本人ボクサーは世界ランキングが低いので、君とのタイトルマッチに向けた調整のつもりなのだろうね。」
「こういうのを『噛ませ犬』って言うんだったか?」
「日本語の発音が随分と上手くなったね。」
几帳面にノートに書き出しながら俺の減量メニューを考えていたダニーが声を上げた。
「ヘイ、ボス。その憐れな日本人は何て言う奴なんだ?」
「鷹村 守といって、鴨川ジムに所属するミドル級のボクサーだよ。」
「ミドル級?なんでまた、わざわざ階級を落としてまで試合をするんだ?」
ダニーの疑問の声にミゲルは顎に手を当てて答えていく。
「マッチメイク出来ないからだろうね。特に日本人ボクサーの実績が少ない重量級ではその傾向が強い。」
「確かに日本人ボクサーの世界チャンピオンってのは聞かねぇな。」
ミゲルの言葉に俺はそう言いながら頷く。
ダニーが言うには一昔前なら日本人ボクサーにも世界チャンピオンがいたそうだ。
でもその世界チャンピオン達の多くは軽量級の選手ばかりで、重量級では一番上の階級でジュニアミドル級の選手が一人いただけだそうだ。
「日本人選手の試合はチャンピオンと挑戦者の立場に関係なく、ほぼ必ずと言っていい程にホームである日本で組もうとする。金払いはいいのだが、あまり評判は良くないのが現状だね。」
ミゲルの言葉で少し前世の事を思い出す。
そういえば日本人ボクサーのアウェーでの試合ってのはほとんど聞いた事がねぇな。
「さて、明後日には日本に行くので準備を頼むよ。」
そう言って去っていったミゲルの背中を見て、俺とダニーは顔を見合わせて肩を竦めたのだった。
◆
side:ホーク
ファーストクラスの飛行機での空の旅に、ダニーは終始ハイテンションだった。
シャンパンを飲みまくって酔い潰れるまではな。
「ダニー、下りる前に顔を洗って来なさい。それではカメラに映れないよ。」
ウェルター級の世界チャンピオンになってからは、デビッドではなく俺自身がテレビクルーに撮影される様になっている。
この映像はデビッドとの世界戦の広告として使われるそうだ。
飛行機を下りて前世以来の日本に足を踏み入れたが、特に感慨は沸いてこなかった。
まぁ、今の俺はブライアン・ホークだからな。
これでいい。
「ブライアン!」
空港内を歩いていくと、アメリカで友人になった日本人の飯村 真理の声が聞こえた。
「なんだ、来てたのか、真理。」
「ミゲルから連絡をもらってたのよ。それにしても、なんだはないんじゃないかしら、ブライアン?」
「真理の言う通りだ。女性の扱い方がなっていないよ、ホーク。」
真理とミゲルの言葉に俺は頭を掻く。
「ところで真理、後ろの男性は誰かな?」
「彼は私の職場の先輩で藤井さんという人よ。」
ミゲルの言葉で真理が後ろの男を紹介する。
「『初めまして。月刊ボクシングファンの藤井と言います。』」
そう言って藤井は俺に手を差し出してきた。
俺は藤井って男と握手をしながら日本語で話す。
「『俺はブライアン・ホークだ。よろしくな、藤井。』」
俺が日本語を話すと、藤井は目を見開いて驚いた。
「日本語が随分と上手くなったわね、ブライアン。」
「出来れば日本語で最初に話す相手は真理がよかったけどな。」
「ふふ、それは残念ね。」
俺と真理が気楽に話す様子を見て、藤井が更に驚いてやがる。
まぁ、真理の様ないい女と話す役はデビッドの方が似合うだろうから仕方ねぇか。
「それじゃ行きましょ。美味しいステーキを食べさせてくれる所を予約してあるわ。」
そう言って真理が俺と腕を組むと、藤井は顎が外れるんじゃねぇかと思うほどに口を開けたのだった。
これぐらいのスキンシップはアメリカじゃ当たり前なんだがな。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。