side:ホーク
真理が予約していた銀座のステーキハウスで、日本ブランド牛のステーキを食った。
柔らかくて美味かったけどよ、1枚200グラムでニューヨークの行き着けのステーキハウスのステーキ500グラムと同じ値段ってのはどうなんだ?
スラム時代の俺だったらぜってぇに手をつけねぇな。
まぁ、今は金があるから毎日でもこいつを腹一杯に食えるけどよ。
とりあえず5枚ペロリと食ったら藤井が驚いてたな。
食うのは身体作りの基本だぜ?
一応、今の時代にもプロテイン粉末はあるんだが、それがくっそ不味いんだよなぁ…。
前世の様に飲み物に溶けやすくて、飲みやすいフレーバーなんかは無い。
ほんとに粉を飲んでる感じなんだ。
だからなんだろうな。
アメリカでも食事に頓着しねぇ奴か、よっぽど意識の高い奴ぐらいしかプロテイン粉末を飲んでねぇんだ。
ちなみに俺はプロテイン粉末を飲むぐれぇなら、迷う事なくステーキを食うぜ。
当たり前だろう?
「『このサラダのドレッシングは梅干しを使っているのかな?』」
「『そうね。この味は梅干しが使われていると思うわ。』」
ミゲルと真理はサラダ好きだから、この銀座のステーキハウスでもサラダを食ってる。
しかし梅干しドレッシングか…。
日本らしいドレッシングだな。
「『随分と食べるんですね…。減量は大丈夫なんですか?』」
食後にコークを飲んでゆっくりとしていると、唐突に藤井がそう聞いてきた。
「『あぁ、問題ねぇよ。』」
「『海外のボクサーはナチュラルウェイトで戦う事が多いと聞いた事がありますが、チャンピオンもそうなんですか?』」
俺はチラリとミゲルに目を向ける。
頷いてるって事は喋っていいんだな?
「『俺の今のナチュラルウェイトはスーパーミドル級だ。だから2階級落としてる事になるな。』」
「『2階級落としてるのに2ヵ月に一度のペースで試合をしてるのか?!』」
そんなに驚く事か?
デビューしてから半年は一月に2回のペースで試合をしてたんだ。
それに比べたら随分と楽なんだけどな。
「『藤井先輩、ブライアンはプライベートで日本に来てるんです。正式に取材申し込みをしたわけじゃないんですから、あまり突っ込んで聞くのはマナー違反ですよ?』」
真理の言葉を聞いて、藤井は頭を掻きながらメモを閉じた。
「『別に構わねぇよ。もっとも、野郎に取材されるよりは、真理みてぇな美人に取材される方が嬉しいけどな。』」
俺がそう言うと真理は微笑み、藤井はため息を吐いたのだった。
◆
side:鴨川
鷹村の前日計量が終わって、儂は安堵のため息を吐いた。
3時間前までサウナに入って鷹村は減量を続けておったのだが、そこで意識を失ったと小僧から連絡が入った時はヒヤリとしたわい。
「これ、鷹村!もっとゆっくりと飲まんか!」
少し水を飲ませて口を潤わせた後、鷹村にはスポーツドリンクを飲ませておるのだが、鷹村は脇目も振らずに飲み続けておる。
目は窪み、頬は痩せこけ、唇は渇いて割れ、肋が浮き出ておる。
さらに疲労を抜く時間を取れなかった鷹村は、どう見ても最悪の状態じゃ。
この後に飯に連れて行くが、どこまで回復出来るか…。
1階級落とす影響は考えておったが、初めてのジュニアミドル級への減量にここまで鷹村が苦戦するとは思わんかったわい。
これは鷹村のマッチメイクを出来なんだ儂の力不足であり、先方からの話に飛び付いた儂の失態じゃ。
明日の試合、タオルを投げ込む事も考えておかねば…。
「心配すんな、ジジイ。」
儂が渋い顔をしておると突如、鷹村がそう言ってきおった。
「マッチメイクさえ出来りゃ俺様のもんだ。チャンピオンへの挑戦権、取ってきてやらぁ。」
国内には敵がおらず、海外の選手と試合を組もうにもツテは無く、資金もけして豊富ではない。
そんな状況故に鷹村は中々試合が出来ず、モチベーションの維持が大変じゃった。
そこに降って沸いたのが今回の具体的な世界挑戦への道筋じゃ。
普段は傍若無人な鷹村が寡黙に練習を続ける光景は、儂を始めとしてジムの皆が影ながら応援しておった。
勝たせてやりたいと切に思う。
そして世界への挑戦…ブライアン・ホークに挑戦させてやりたい。
正直に言って鷹村でも、あのブライアン・ホークには勝てるかわからぬ。
じゃがブライアン・ホークとの試合は、鷹村の大きな糧となる筈じゃ。
その為には、明日の試合に勝たねばならん。
鷹村…正念場じゃぞ。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。