side:藤井
「あ~…飲み過ぎた。」
鷹村の試合を見た一昨日、そして昨日と続けてブライアンとその一行に同行していい酒にありついた結果、人生で最高の二日酔いになっちまった。
後輩の飯村はブライアンが乗った飛行機が飛び立って行くのを見送っている。
それにしても、飯村がブライアンとファーストネームで呼びあう程に仲がいいとは思わなかったぜ。
まぁ、おかげで名伯楽のミゲル・ゼール氏から色々と聞けたけどな。
ブライアンが乗った飛行機を見送りながら昨日の事を思い出す。
昨日のサプライズは本当に驚いたぜ。
まさかブライアンが公開スパーリングをするなんてな。
その公開スパーリングをジムの人間なら誰でも自由に参加出来る様にした結果、まさか3ヵ月後に日本タイトルへの挑戦が決まっている伊達 英二が名乗りを上げるとは思わなかった。
公開スパーリングの後に聞いた事だが、伊達はリカルド・マルチネスへのリベンジを目指している。
だが、現状はブランクの影響がまだ残っているそうだ。
そこで伊達はブランクを埋めて全盛期よりも成長する為に、階級は違えども世界トップレベルのブライアンのボクシングを肌で感じたかったらしい。
伊達はハイレベルな駆け引きで見ている者を唸らせたが、ブライアンは尽く伊達の上をいった。
スパーリングは3ラウンドで終わる予定だったが、伊達が要求して4ラウンド目も行われた。
それでも伊達は一発もブライアンにパンチを当てる事が出来なかった。
正直に言って信じられない光景だった。
ここまで日本と世界には差があるのかと思ったぜ。
そんな風に驚いている俺を見た飯村は…。
『藤井先輩、ブライアンが特別なだけですよ。もっとも、そんなブライアンに追い付き追い越そうと、世界のボクシングレベルは日々上がり続けていますけどね。』
鷹村の試合を見た後のホテルでの食事の時、俺はブライアンがどこか慢心している…もしくは自惚れている事を期待していた。
だが伊達とのスパーリングを見た後では、飯村のブライアンが特別という言葉を否定出来なかった。
そこまで思い出していると、ブライアンの乗った飛行機は雲の向こうに飛び去って行った。
俺は胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。
「ふぅ~…。」
愛煙しているタバコの煙が肺に染み渡ると、少し二日酔いが楽になった気がする。
さて、サプライズだったから昨日の公開スパーリングをしっかり取材出来たのはうちだけだ。
帰って記事を書くとするか。
今回のは編集長からの金一封を期待出来そうだぜ。
◆
side:伊達
「英二、大丈夫か?」
ジムに顔を出すと、笑いを含んだオヤッサン(会長)の声が聞こえてきた。
「強く打たれたのはボディーだけだから問題ねぇよ。」
「3ヶ月後に日本タイトル挑戦だってのに、世界チャンピオンとスパーリングをやるってんだからヒヤヒヤしたぞ。」
昨日、思いがけず世界チャンピオンのブライアン・ホークとスパーリングするチャンスを得たんだが、他の奴とスパーリングをしていたブライアン・ホークは明らかに流してやがった。
今の俺は日本ランカーでしかなく、更に階級も下とあっちゃあブライアン・ホークが流すのも仕方ねぇだろうが、俺はリカルド・マルチネスにリベンジする為にカムバックしたんだ。
だからこそ世界レベルのボクシングを経験する為に、俺はグローブの中の拳をわかりやすく握り込んでブライアン・ホークを挑発した。
そのせいでたっぷりとサンドバッグにされちまったがな。
「それで…どうだ?」
「世界レベルってやつを思い出したよ。奴さんには一発も当てられなかったが、俺自身の手応えはカムバックしてから最高だったぜ。」
1ラウンド目より2ラウンド目、2ラウンド目より3ラウンド目と、ラウンドを重ねる毎に俺の動きから無駄が無くなっていき、更にキレが増していった。
本来は3ラウンドの約束だったんだが、あの成長していく感覚が心地好くて、つい大人気なく4ラウンド目を頼んじまった。
オヤッサンが止めなけりゃ、5ラウンド目も頼んだんだがな。
「英二、しばらくは大人しくしとけよ。日本タイトル挑戦に向けてダメージを抜かなきゃいけねぇんだからな。」
「わかってるさ。ところでオヤッサン、俺はちょっと鴨川ジムに行ってくるぜ。」
俺がそう問い掛けると、オヤッサンは器用に片方の眉だけ吊り上げる。
「英二、どうするつもりだ?」
「鷹村をちょっとからかってくる。」
「おいおい、世界チャンピオンの恩を仇で返すつもりか?」
オヤッサンの言葉に俺は笑ってしまう。
「人聞きが悪いぜ、オヤッサン。ブライアン・ホークは少しでも強い相手との戦いを望むと思うから、俺はその手伝いをするのさ。だから、せいぜい鷹村をからかってくるさ。」
俺はオヤッサンに手をヒラヒラと振ると、鴨川ジムへと向かったのだった。
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